「ねえ、見てよ、チトセちゃん」逸子は泣くチトセに優しく語りかける。「みんな、山賊を辞めるって」
チトセはすんすん鼻を鳴らしながら顔を上げる。友次は大きくうなずいて、地面を指差す。そこには大量の武器が積み上がっていた。それを見たチトセは立ち上がった。涙を手で乱暴に拭った。しかし、まだ鼻がすんすんと音を立てている。男たちはそれが治まるのをじっと待っている。チトセは何度も深呼吸を繰り返した。やがて音が止まった。
「……それじゃ……」
チトセは男たちを見回す。間が開く。男たちは次の言葉を待つ。
「解散!」
「へーい!」男たちは一斉に言うと頭を下げた。「お世話になりやしたぁ!」
男たちはぞろぞろと来た道を戻って行く。解散式はあっさりと終ったのだった。
「お嬢……」友次がチトセの前にやって来た。その表情は優しい。「本音を言いやすとね、オレらは忠太に付いて行くのがしんどかったんでさぁ。だから、ヤツが倒された時にゃ、心の中で小躍りしやしたよ。皆も同じ心持だったでやしょう」
「あのさ……」逸子が心配そうな顔で言う。「忠太がまた頭をやるって言って脅して来たら、どうするの?」
「いや、それはねぇよ、姐さん」友次が言う。逸子に対してはあくまでも姐さん扱いだ。「皆の前でぶちのめされるって赤っ恥をかいたんだ。しかも、お嬢のような若い娘にだぜ。もう山賊は出来ねぇよ。今頃は目を覚ましてどっかへ逃げ出しているさ」
「そう。それなら良いわ」
「あいつがもう悪さできないように、うんと悪い噂を流してやれば良いんだよ」チトセが言う。「ネンネのガキんちょに、ぼこぼこにされたってな!」
「まだ根に持っていなさるんで?」友次は弱ったとばかりにぽりぽりと頭を掻く。「勘弁して下せぇよ」
「まあ良いや」
「それとね、お嬢……」友次は真顔になってチトセを見る。「オレらはね、お嬢の涙にも、やらてたんでさぁ。オレらにゃ家族なんてのはいやせんがね、まるで娘に泣かれたみてぇでね。何だか胸がいっぱいになっちまいましたよ。皆は口にこそ出さねぇが、同じ思いだったはずで……」
「そう……」チトセはにっこりと笑む。「村はさ、友次が中心なって拓いて行くと良いよ」
「さいですな。今の根城辺りを拓いて行きやしょうか」
「そうするとだ、お前が村の長だ」
「へい。一生懸命に努めさせていただきやす」
「それで、村の名前は『友次村』で決まりだな」
「いえいえいえ!」友次は両手を突き出して左右に振る。「そんな、滅相も無ぇ! それにね、村の名前はもう決めてあるんで」
「どんな名前?」
「お嬢の名を頂きやしてね、『チトセ村』で……」
「ヤダ! 恥かしいよう!」チトセは真っ赤になって叫ぶ。「絶対『友次村』が良い!」
「こればかりは譲れやせんぜ。……なあ、みんな?」いつの間にか、二人の周りに男たちが集まっていた。男たちはうなずいている。「てなわけで、村の名は『チトセ村』にさせて頂きやすからね」
「でも……」
「良いじゃない、チトセちゃん」逸子は言って、チトセの肩をぽんと叩く。「わたしは『チトセ村』って、かわいくって素敵だと思うわ」
「ほら、姐さんもそう言ってますし……」
「ふん!」チトセは鼻を鳴らし、腰に手を当て、友次を見る。「好きにすれば良いんだ!」
「分かりやした」友次はチトセに頭を下げる。「では、村は『チトセ村』と言う事で……」
男たちも頭を下げた。チトセはまた「ふん」と鼻を鳴らすが、怒った顔をしていない。
「……では、これにて。お嬢も姐さんも随分とお達者で。仲間のお二人、無事に救い出せますよう、お祈りしておりやす」
友次は言うと、チトセと逸子に背を向けて歩き出した。残っていた男たちもそれに続いた。時折振り返って手を振る連中もいた。逸子が手を振り返した。チトセは腕を組んで黙ったまま立っていた。男たちの塊が曲がった道のところで見えなくなった。
「……さてっと……」逸子はつぶやくと、首を左右に傾け、ぽきぽきと音を鳴らした。「これからが本番ね」
「うん」チトセはうなずく。「……今思ったんだけど、連中の力も借りた方が良かったのかな?」
「……いいえ、大丈夫よ」逸子は言うと、にやりと笑う。「わたし一人で充分よ」
「そうだよな、それは言えるよな」チトセは大きくうなずく。「オバさん、力だけは凄いもんな」
「あら、力だけじゃないわよ」逸子は言うと、胸とお尻を強調するようなポーズをとった。「子供にはない、女の魅力も凄いのよん」
「ははは……」
チトセは空虚な笑い声を立てた。
「……それにしても、チトセちゃんが山賊に戻らなくて良かったわ」逸子は優しく笑む。「あまりにもお頭っぽく振る舞っていたから、心配しちゃったわよ」
「オレ、本当に、山賊がイヤだったんだよ……」チトセがしんみりと言う。「それにさ」
「それに?」
「山賊なんて、もう古いよ」
チトセは言うと、右手の人差し指と中指をぴんと立てて、額の右側に当て、右目をつぶり、ぺろりと舌を出して見せた。
「……それって、何かのポーズなの?」
「これか?」チトセは楽しそうに言う。「これは『キャプテン・ビューティー』の決めポーズだよ。これからは海賊、それも宇宙海賊だよ!」
「あら、そう……」
……やっぱりなんだかんだ言っても、まだ子供なのね。逸子は思った。
つづく
チトセはすんすん鼻を鳴らしながら顔を上げる。友次は大きくうなずいて、地面を指差す。そこには大量の武器が積み上がっていた。それを見たチトセは立ち上がった。涙を手で乱暴に拭った。しかし、まだ鼻がすんすんと音を立てている。男たちはそれが治まるのをじっと待っている。チトセは何度も深呼吸を繰り返した。やがて音が止まった。
「……それじゃ……」
チトセは男たちを見回す。間が開く。男たちは次の言葉を待つ。
「解散!」
「へーい!」男たちは一斉に言うと頭を下げた。「お世話になりやしたぁ!」
男たちはぞろぞろと来た道を戻って行く。解散式はあっさりと終ったのだった。
「お嬢……」友次がチトセの前にやって来た。その表情は優しい。「本音を言いやすとね、オレらは忠太に付いて行くのがしんどかったんでさぁ。だから、ヤツが倒された時にゃ、心の中で小躍りしやしたよ。皆も同じ心持だったでやしょう」
「あのさ……」逸子が心配そうな顔で言う。「忠太がまた頭をやるって言って脅して来たら、どうするの?」
「いや、それはねぇよ、姐さん」友次が言う。逸子に対してはあくまでも姐さん扱いだ。「皆の前でぶちのめされるって赤っ恥をかいたんだ。しかも、お嬢のような若い娘にだぜ。もう山賊は出来ねぇよ。今頃は目を覚ましてどっかへ逃げ出しているさ」
「そう。それなら良いわ」
「あいつがもう悪さできないように、うんと悪い噂を流してやれば良いんだよ」チトセが言う。「ネンネのガキんちょに、ぼこぼこにされたってな!」
「まだ根に持っていなさるんで?」友次は弱ったとばかりにぽりぽりと頭を掻く。「勘弁して下せぇよ」
「まあ良いや」
「それとね、お嬢……」友次は真顔になってチトセを見る。「オレらはね、お嬢の涙にも、やらてたんでさぁ。オレらにゃ家族なんてのはいやせんがね、まるで娘に泣かれたみてぇでね。何だか胸がいっぱいになっちまいましたよ。皆は口にこそ出さねぇが、同じ思いだったはずで……」
「そう……」チトセはにっこりと笑む。「村はさ、友次が中心なって拓いて行くと良いよ」
「さいですな。今の根城辺りを拓いて行きやしょうか」
「そうするとだ、お前が村の長だ」
「へい。一生懸命に努めさせていただきやす」
「それで、村の名前は『友次村』で決まりだな」
「いえいえいえ!」友次は両手を突き出して左右に振る。「そんな、滅相も無ぇ! それにね、村の名前はもう決めてあるんで」
「どんな名前?」
「お嬢の名を頂きやしてね、『チトセ村』で……」
「ヤダ! 恥かしいよう!」チトセは真っ赤になって叫ぶ。「絶対『友次村』が良い!」
「こればかりは譲れやせんぜ。……なあ、みんな?」いつの間にか、二人の周りに男たちが集まっていた。男たちはうなずいている。「てなわけで、村の名は『チトセ村』にさせて頂きやすからね」
「でも……」
「良いじゃない、チトセちゃん」逸子は言って、チトセの肩をぽんと叩く。「わたしは『チトセ村』って、かわいくって素敵だと思うわ」
「ほら、姐さんもそう言ってますし……」
「ふん!」チトセは鼻を鳴らし、腰に手を当て、友次を見る。「好きにすれば良いんだ!」
「分かりやした」友次はチトセに頭を下げる。「では、村は『チトセ村』と言う事で……」
男たちも頭を下げた。チトセはまた「ふん」と鼻を鳴らすが、怒った顔をしていない。
「……では、これにて。お嬢も姐さんも随分とお達者で。仲間のお二人、無事に救い出せますよう、お祈りしておりやす」
友次は言うと、チトセと逸子に背を向けて歩き出した。残っていた男たちもそれに続いた。時折振り返って手を振る連中もいた。逸子が手を振り返した。チトセは腕を組んで黙ったまま立っていた。男たちの塊が曲がった道のところで見えなくなった。
「……さてっと……」逸子はつぶやくと、首を左右に傾け、ぽきぽきと音を鳴らした。「これからが本番ね」
「うん」チトセはうなずく。「……今思ったんだけど、連中の力も借りた方が良かったのかな?」
「……いいえ、大丈夫よ」逸子は言うと、にやりと笑う。「わたし一人で充分よ」
「そうだよな、それは言えるよな」チトセは大きくうなずく。「オバさん、力だけは凄いもんな」
「あら、力だけじゃないわよ」逸子は言うと、胸とお尻を強調するようなポーズをとった。「子供にはない、女の魅力も凄いのよん」
「ははは……」
チトセは空虚な笑い声を立てた。
「……それにしても、チトセちゃんが山賊に戻らなくて良かったわ」逸子は優しく笑む。「あまりにもお頭っぽく振る舞っていたから、心配しちゃったわよ」
「オレ、本当に、山賊がイヤだったんだよ……」チトセがしんみりと言う。「それにさ」
「それに?」
「山賊なんて、もう古いよ」
チトセは言うと、右手の人差し指と中指をぴんと立てて、額の右側に当て、右目をつぶり、ぺろりと舌を出して見せた。
「……それって、何かのポーズなの?」
「これか?」チトセは楽しそうに言う。「これは『キャプテン・ビューティー』の決めポーズだよ。これからは海賊、それも宇宙海賊だよ!」
「あら、そう……」
……やっぱりなんだかんだ言っても、まだ子供なのね。逸子は思った。
つづく
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