しまねこのアルバム

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ちっぽけな人生で学んだこと

2024-06-10 17:19:10 | Weblog
夜勤明け

家に帰ってから6時間寝た


夜勤の疲れは精神的な物と目の疲れが酷い
今回も同じように目がヒリヒリしながら
何か落ち度はなかったか昨夜のことを思い返す

認知症の方が夜間に元気が出て
施設のあちこちを徘徊していた。
昼のぐったりした姿とは違い
笑顔を見せながら足取り良く移動する

居室に戻って就寝して頂きたいが
こんなに活き活きとした姿は久しぶりなので
好きなところを好きなだけ散策すれば良いと思った

この施設に入所して数十年
もう知らない場所はないだろうけど
それでも認知症はそこを未知の場所として
歩かせてしまうらしい

何度も居室に誘導したが
それでも出てきてしまった

「私もいつかはそうなる」
そう思うと行動を抑える力は
おのずと弱くなってしまう。


「支援員を辞めたいけど、しまねこさんみたいに
やりたいことが無いから困る」

そう言われた
しっかりしたやりたいことがあり、それを人生の目標としている人は少ない。
「やりたいことを見つけるには、自分自身に素直に向き合い
本当の自分を知ることに尽きる」
「それは大変なことかもしれないが、もし自分自身に向き合うことが出来たら
きっと自分がやりたいこと、成したいことは見えてくると思う」
「もしそれが見つかったら、それは自分をとても強い人にし、優しい人にし、人生観も変る」

そういう私を真剣な目で見つめて話を聞いてくれた。
他者の事ばかりを見て、常に他者を気にしている人は
自分自身を押さえ込み、他者のために、集団のために自分自身を押し殺し、
別な自分を演じながら生き続けなければならない。
そこには思考停止や価値観の相違という物を受け入れたふりをしながら
生きる他者のための人生しかない

うわべだけの同意や虚飾に飾られた世界で守られるのは
自分の人生ではなく自分の恐れだけ
そしてそれも決して安定した物ではなく薄氷の上に成り立っている

孤独になって自分を見つめ直すことは
とても厳しい事だと思う
特に親しい仲間といつも一緒に居る人にとって
それが家族でも親友でも恋人でも
それは大切なパートナーから離れる様に感じられるからだ。
でも実際はそうではない
自分に向き合うと言うことは他者にも向き合うと言うことで
他者への本当の労りや慈しみは
他者の都合や欲求を満たす行為からは見つからない

自分を信じられるから他者も信じられる
私はそう思うのだが
こういう話は敬遠されがちなので
聞いていただける方のみ
迷惑を承知で聞いていただいている。


とんだ説教爺になってしまったが
それは自分が自分に問い続けた結果であり
今、目の前で悩んでいる人の姿は
そのまま数十年前に私が悩んでいた姿だ。

若ければ可能性もあり悩みも多い
私は早くして孤独な環境に身を置いたので
お金で他者の笑顔を受け取り、それで満足して
本当の慈しみや労りに気づけなかった。
そして今もまだ多くの有り難さに気づかず
こうして生きている

人間、生きてるだけで罪深い存在だと思う
でもその中で本当に他者のためになりたいと願うならば
自分を見つめるしか方法はないというのが
こんなちっぽけな人生で学んだ一つだ。