韓国で芸能界をめざすのはハードルが高すぎる
「学歴偏重」という特徴を持った韓国社会では、
かつては、芸能界にいる人たちは低く見られがちだった。
そういう意味では、
一昔前の芸能人はかなり生きづらい思いをしていたに違いない。
しかし、
今は芸能人を見る社会の雰囲気が変わってきた。
芸能人が浴びる視線
韓国の学歴偏重を象徴するのが、
「韓国には老舗が極端に少ない」という事実だ。
仮に食堂で大成功したとしても、当人は子供に店を継がせない。
得た利益で子供に最高の教育環境を与えて、
肩書がものを言う職業に就かせるのだ。
その結果、
韓国では何代も受け継がれた名店というものがほとんどない。
それも学歴偏重の結果である。
そういう社会から見れば、
芸能界というのは低く見られる業界だった。
最近では、K-POPのスターの活躍によって、
子供たちの夢に堂々と芸能人というものが入るようになった。
それでも、
いまだに芸能人を「タンタラ」と呼んで、
見くびる傾向は残っている。
大衆文化産業の発展によって芸能人の地位は少しずつ変わってきているが、
いまだ多様性を許容しない傾向がある韓国社会では、
芸能人が冷たい視線を浴びる例も少なくない。
大きな夢を持って精進する若者たち
何よりも韓国では、
国・地域・家といった集団の価値が個人よりも上であると考えられがちだ。
その結果、
社会では、「少数」または「目立つ存在」を寛容的に見る傾向が
いまだに弱いのだ。
これは、
他人のことに強く興味を持って関わろうとする韓国人の特質も影響している。
人に意見をして自分の考えに合わせようとする習慣が韓国では根強い。
こうした風潮の中で、
芸能界をめざす人は、
家族の反対を押し切って夢に向かわなければならない。
結局、
日本以上に韓国では、
芸能界をめざすのにハードルが高いのだ。
さらに難題なのが、
韓国では人件費が現実的な水準まで上がっていないことだ。
アルバイトだけで生活することは、
ほとんど不可能と言わざるをえない。
物価は上がる一方なのに最低賃金などの人件費は変わらない。
そのために、
音楽や演劇をやりながらアルバイトで
生活するというのは不可能に近い。
どの国でも音楽や演劇だけで食べていけるのはほんの一部で、
多くはアルバイトなどをして生活を支えていくが、
韓国ではそれさえもできない。
そんな苦しい状況の中でも、
大きな夢を持って音楽や演劇に精進している若者たちがいる。
その中から未来のスターが誕生する。
その若者たちに大きなエールを贈りたい。
文=「ロコレ」編集部
私、昨年KNTVで放送された「タンタラ」を
視聴した時に「タンタラ」の意味を調べ知ったんッスけども~
昔の日本でも芸能人(歌舞伎役者など)に向けて
同じ様な差別言葉が存在してたッスね~~
(現在では差別用語になるので表記は控えるッス~)
詳しい説明記事はこちら「もっとコリア」さんより~
タンタラ:딴따라
ハングル:딴따라
ハングル発音:タンタラ
意味:芸能人を見下して呼ぶ言葉、
最近では、
あまり使わないがルームサロンなどでギターやサックスを吹く人をタンタラと呼ぶこともある
解説:朝鮮時代にサダンペ(寺党牌)と呼ばれる集団があった。
ギャンブラーや下層民の酒の席で歌舞で興をさかす女性の集団だったが、
裏での性売買行為が主な収入源だった。
朝鮮後期になって男性のサダンペあるナムサダン(男寺党)が登場したが、
社会から隔離されて、
自分たちだけの男色社会を成した流浪の芸人集団だった。
彼らは冷遇されてきた。
職人や白丁(ペクチョン/と殺を職業とした人)よりも低い扱いを受けた。
近代に登場した楽劇団はサダンペとは本質的に違うが、
一般人たちにとっては、
あちこちを巡って歌と踊りを売ることが似通って見えた。
地方公演を巡りながらその場で団員を募集する方式もサダンペと変わらなかった。
1960年代、
韓国人を泣かして笑わせたコメディアンのク・ボンソも
アコーディオンを持って道を歩いているときに、
楽劇団員にピックアップされた。
医師になることを望んでいた父親は
「タンタラのような真似はさせない」と止めにかかったが、
楽劇団の代表が訪ねてきて切実にお願いしたため
「それなら、3日間だけしろ」と許可を受けたという逸話が伝えられている。
サダンペから楽劇団に続く時代の芸能人は
人間以下の扱いを受けてきたが、
それに対する表現がタンタラという言葉のイメージに残っている。
タンタラがいつ生じた言葉なのかは定かでないが、
楽劇団の活動が本格的に行われた前後と推定される。
タンタラという言葉の意味もタンとタラジという言葉の合成語とされているが、
タンはラッパの音を意味する擬声語であり、
タラジは最下位の人生を意味する。
闘銭(賭博)でもタラジは最も点数の悪い牌だ。
最近では、
あまり使われないが、
昔の小説にはタンタラという言葉が頻繁に登場する。
例を挙げると、
朴婉緒の小説『裏切りの夏』にも
「父は俳優と歌手をあわせてタンタラと呼び、
どのような根拠によるものなのか、
タンタラは自分以下の唯一の職業として扱って軽蔑する癖があった」
という一節がある。
http://mottokorea.com/mottoKoreaW/Vocabulary_list.do?bbsBasketType=R&seq=34318
「もっと!コリア」さんの解説記事を拝読致しまして
以前もち子社長に教えて頂きました
イ・ジュンギ主演「王の男」を
思い出したッスよ~~
美しくも哀しいコンギルでしたッスね~~