アルベール・カミュは閉所恐怖症だったらしい。飛行機に乗れなくて、それで日本に来なかったし、『アメリカ・南米紀行』は船旅である。最後は自動車事故で亡くなったわけだが、それはカミュにとっては最悪だっただろう。まあ事故死など、すべて最悪に決まっているのだが。
ところで閉所嗜好というものもある。学生時代、友達の友達という縁で何度か話した医学部の精神科志望の学生は、それはやはり子宮回帰願望と関係あるでしょう、と月並みなことを言っていた。(しかし彼がなぜ私に興味を持って何度もアパートに遊びに来たのか、今もって謎である。こっちはまだ卒論も書かない単なる文学少年だよ? とにかく彼の持ってきたショートケーキをぱくついて、彼の持ってきたウィスキーを紅茶に垂らした。)
初めは、洋ダンス。下に二段の引き出しがついていて、上の洋服掛けのスペースは子どもにはちょうどいい高さだった。そこに入って扉を閉めると、ほとんど真っ暗になるが、扉の隙間から光が漏れてくる。それで完全な孤独にはならないのだった。子どもの私はバターが好物で、タンスに上がってそこでバターを食べていた。(食べていた、のだ本当に。1個くらいは食べたようだ。)だが成長して重くなったためか、仕切りの板を踏み抜いたことを、父はその後、多少恨みがましく、いつまでも言っていた。あれは彼らの新婚道具だったはずだから。
それから、押入れ。これは誰にも記憶があるだろう。小川洋子の『猫を抱えて象と泳ぐ』のリトル・アリョーヒンが、やはり閉所嗜好者で、押入れを改造した小部屋で寝て、天井にチェスのマス目を描いてもらったのは、閉所マニアとしては快哉を叫ぶ場面である。小川さんの小説は、(『アンネの日記』由来の)監禁のモティーフが頻出するので、しぜん、閉所も頻出する。一つだけ挙げれば、『最果てアーケード』集中の「ノブさん」は、ドアノブ屋で陳列されているドアノブの奥に小部屋があって、そこで母を喪った少女が心を癒される話だ。傑作である。いや、小川作品はどれもこれも傑作なのだが。
最近、部屋にコタツを入れた。冬場、私は温風ヒーターの設定温度をいつも12度にしている。それ以下に設定できないからだが、これで通常は室温が14度くらいにはなる(外気温がマイナス5度以下などでない限りは)。コタツに当たっている時は、温風ヒーターを止めても下半身から十分に暖かい。手が冷えると手も中に入れて暖まる。北国の子どもにとって、コタツほど身近な閉所もないだろう。ずっぽりと腰、腹まで入って温(ぬく)まっていると、父は必ず、ケツから入るな、と叱った。いや、文字通りケツ「から」入るのは難しいよ、とその時は思ったが、コタツに入ると動けなくなることは確かである。
春になるとコタツは片付けられるが、しばらくは部屋に立てかけてあった。それで、例の洋ダンスと、隣の部屋との間を仕切る襖のL字の部分に、コタツ本体と天板とを使い、上からコタツ布団を掛けて密閉空間を作る。完全に立方体の閉鎖空間ができるのだが、やはり子どもにとっては開口部もないと不安である。そこで、掃除機のパイプを通して空気の通路を作る。これは、外部との連絡にも一役買った。妹と二人、コタツ空間の内外でこのパイプを伝声管にして連絡を試みている私に、去年亡くなった母は、汚い、やめなさい、と言ったが、無理にやめさせるわけでもなかった。
私は小学校の中学年くらい、妹は幼稚園の年長くらいだっただろう。その後、程なくして病んだ母は、その頃は、まだまともなことを言うことができたわけだ。掃除機のパイプが汚いなんて、その時は全く思わなかった。今でも、あまり思わない。妹はこんなことを覚えていないだろう。私はといえば、今でもなお閉所嗜好である。これは直るものではなさそうだが、別段、広場恐怖症でもないので実害はない。でも、特に広々としたところが好きということはない。乗り物の中や、小さな部屋に閉じこもっている時が一番安心することは変わらない。それにしても、彼はちゃんと精神科医になっただろうか。
ところで閉所嗜好というものもある。学生時代、友達の友達という縁で何度か話した医学部の精神科志望の学生は、それはやはり子宮回帰願望と関係あるでしょう、と月並みなことを言っていた。(しかし彼がなぜ私に興味を持って何度もアパートに遊びに来たのか、今もって謎である。こっちはまだ卒論も書かない単なる文学少年だよ? とにかく彼の持ってきたショートケーキをぱくついて、彼の持ってきたウィスキーを紅茶に垂らした。)
初めは、洋ダンス。下に二段の引き出しがついていて、上の洋服掛けのスペースは子どもにはちょうどいい高さだった。そこに入って扉を閉めると、ほとんど真っ暗になるが、扉の隙間から光が漏れてくる。それで完全な孤独にはならないのだった。子どもの私はバターが好物で、タンスに上がってそこでバターを食べていた。(食べていた、のだ本当に。1個くらいは食べたようだ。)だが成長して重くなったためか、仕切りの板を踏み抜いたことを、父はその後、多少恨みがましく、いつまでも言っていた。あれは彼らの新婚道具だったはずだから。
それから、押入れ。これは誰にも記憶があるだろう。小川洋子の『猫を抱えて象と泳ぐ』のリトル・アリョーヒンが、やはり閉所嗜好者で、押入れを改造した小部屋で寝て、天井にチェスのマス目を描いてもらったのは、閉所マニアとしては快哉を叫ぶ場面である。小川さんの小説は、(『アンネの日記』由来の)監禁のモティーフが頻出するので、しぜん、閉所も頻出する。一つだけ挙げれば、『最果てアーケード』集中の「ノブさん」は、ドアノブ屋で陳列されているドアノブの奥に小部屋があって、そこで母を喪った少女が心を癒される話だ。傑作である。いや、小川作品はどれもこれも傑作なのだが。
最近、部屋にコタツを入れた。冬場、私は温風ヒーターの設定温度をいつも12度にしている。それ以下に設定できないからだが、これで通常は室温が14度くらいにはなる(外気温がマイナス5度以下などでない限りは)。コタツに当たっている時は、温風ヒーターを止めても下半身から十分に暖かい。手が冷えると手も中に入れて暖まる。北国の子どもにとって、コタツほど身近な閉所もないだろう。ずっぽりと腰、腹まで入って温(ぬく)まっていると、父は必ず、ケツから入るな、と叱った。いや、文字通りケツ「から」入るのは難しいよ、とその時は思ったが、コタツに入ると動けなくなることは確かである。
春になるとコタツは片付けられるが、しばらくは部屋に立てかけてあった。それで、例の洋ダンスと、隣の部屋との間を仕切る襖のL字の部分に、コタツ本体と天板とを使い、上からコタツ布団を掛けて密閉空間を作る。完全に立方体の閉鎖空間ができるのだが、やはり子どもにとっては開口部もないと不安である。そこで、掃除機のパイプを通して空気の通路を作る。これは、外部との連絡にも一役買った。妹と二人、コタツ空間の内外でこのパイプを伝声管にして連絡を試みている私に、去年亡くなった母は、汚い、やめなさい、と言ったが、無理にやめさせるわけでもなかった。
私は小学校の中学年くらい、妹は幼稚園の年長くらいだっただろう。その後、程なくして病んだ母は、その頃は、まだまともなことを言うことができたわけだ。掃除機のパイプが汚いなんて、その時は全く思わなかった。今でも、あまり思わない。妹はこんなことを覚えていないだろう。私はといえば、今でもなお閉所嗜好である。これは直るものではなさそうだが、別段、広場恐怖症でもないので実害はない。でも、特に広々としたところが好きということはない。乗り物の中や、小さな部屋に閉じこもっている時が一番安心することは変わらない。それにしても、彼はちゃんと精神科医になっただろうか。