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SENSATION[サンサシヨン]

Sensation:印象・感覚・刺激・興奮 Concept:雑草魂 Keyword:20世紀ノスタルジア

2020-08-31 07:03:00 | vers
 夢

私の
ただ一つだけの
外部への出口



 野ばら    en hommage à Mimei

野ばらの咲いた 陽あたりのよい 春のベンチで
青年はショスタコーヴィチが好きだと言った
老人はヴィヴァルディが好みだと返した
二人はこのところの知り合いだった

青年は 楽器を欲しがっていた
やわらかな音の出るコルネットを
老人は もはや自分の唇が震えないことを知っていたので
リコーダーが欲しいと言った

青年は 未来や憧れについて語った
そのことばは尽きることがなく 
紙に向かうと とめどなく書かれた
老人は 自分の思い出について
ことば少なく語った 
自分の書いたもの 自分の演奏した曲

青年と老人は この夢の中だけで会う
彼らはこの夢から外に出られない
仮に外へ出たとしても そこは
野ばらも太陽もない 永遠の冬だと
彼らは気づかなければならない



 不条理について

われらは皆 孤独を求める輩で
切り離されていなければ 何も生まれない
だが生まれたものは 分かち合わなければ
意味を持たない という不条理の中にある

だから束の間だけ 交わらなければ
と夢の外に出るのだが すぐに戻ってくる
われらに与えられるのは ひとつかみの空間
そこに籠もって 紙を見つめる

われら ものを書く輩



 夕暮れ

夕暮れは 誰の上にも等しく訪れる
 空は空虚でさえぎるものがない
  遠い山にも 青い帳りが迫る

けれど 夢の中では
 決して会うことのできない人にも会うことができる
  今 同じ夕暮れに包まれている人に


幼年時

2019-10-27 17:19:00 | vers

   祭

祭は遠くで行われていた
八幡さまのお祭だ
祖母は私の手のひらに
百円札を握らせてくれた
私は浴衣を着ていた
(祖母の家にあった浴衣だ
誰のものということもなく)
ただ 祭の夜店を歩いてきた
その間に百円札をなくした
祖母はそれを聞き
(手に持っていたら なおさら落とさない
はずなんだけどな)と
やさしく私に言った


   鏡

母の持ち物だった三面鏡
あれは 母がいなくなった後
ばらばらに壊れて捨てられた

私を映す鏡がない
私は鏡に映らない
だから私には鏡像段階もなく
私は自分が何者だか 今も分からない


   河

上流から河を流れてきたシャンプーの容器が
河の入り江に入りこみ
くるくる回っている

私はそれをいつまでも見ていた
初夏の あたたかな日差しの下で


   言葉

切れるように鋭い
 言葉が書けるはずだったのだ
言葉は止めどなく湧き溢れて
 後からいくらでも生まれてきた

言葉が出てこなくなったとき
 私は戸惑い 焦り そして脅えた
たぶんテキーラの酔いが照準を狂わせ
 肌の木目が昂りを鎮めたとき

いつか言葉がほんとうに戻らなくなった日
 私の呼吸は止まるのだろう
生命の黄昏のその闇の中で

言葉は臓器のどこかに固まったまま
 私とともに死ぬのだろう
書かれなかった たくさんの追憶とともに


葉洩れ日の道

2018-07-30 12:08:00 | vers
葉洩れ日の舗道
ひと気のない朝の構内を歩く
遠くにいる人を思いながら

こんな時 宮澤賢治なら
首にさげた手帳にスケッチしただろうし
『ツイン・ピークス』のカイル・マクラクランなら
カセットテープに吹き込むのだろう

今は記録用具が何もない
だから自分の頭に書き込む
「葉洩れ日を踏みながら
あなたを思っていた」 と

帰れない街

2018-05-05 07:01:00 | vers
   帰れない街

いつかこの街に帰るだろう と私は書いた
だが あの街にだけは帰れなかった

いくつもの街を転々とした
その途中のどこかで ふるさとを喪った

どこかへ

2018-05-03 07:29:00 | vers
   どこかへ

歩いて歩いて その先へ
どこまでも来た
見知らぬ町 それがなじみの町となり
それでもここは 異邦の町

夜の暗闇に ふと光が差す
誰かがそこで待っている
それを頼りに どこへでも歩いた
そこで何が待つかも 知らないで

それでずっと来たとはいえ
もうどこへも行けない
帰るあてもなく 彷徨うだけ
残ったのは どこかへ行きたい気持ちだけ

けれどなお 歩こうとする
歩けなくなっても 歩くほかにない
それでずっと来たのだから それ以外にない
どこへも行かない ただ歩くだけ