友達
ふいに 友達という言葉を思い出す
けれど その実感は湧いてこない
友達を失ったまま ここまで来てしまった
思えば昔 たくさんの友達がいたではないか
友達は皆 どこへ行ったのだろう
証言
戦争のことを思えば
どんなことにだって耐えられる
そうお前は人に言ったではないか
父の書架にあった兵士の証言
艦から投げ出され
木端にすがって海を漂うと
尿が水中の服を伝って温かいという
あるいはアウシュヴィッツの写真集
痩せ衰え シャワーと偽られて
裸でガス室へ歩む女たち
お前はそれらを見たではないか
戦争のことを考えれば
どんなことにだって耐えられる
今がそのときではないのか
失われたもののある場所
そこに行けば 見ることができる
失ったもの にどと手の届かないもの
少なくとも 映像だけは見ることができる
既に声はなく 既に温もりはない
ただそこに行けば 思い返すことはできる
忘れないために
もういちど 手に入れたいと思うために
父は突然死んだ
私はまだ生きている
まだ生きていて
失われたもののある場所 それがどこか
知っているだけで
十分ではないのか
庭
父は庭を作り始めた
小さな庭だ。
最初は、篠竹を切ってきて
それを杭にして紐を渡した。
その後、(どこから貰ってきたのか)
ビール壜を逆さに埋めて
土止めにした。
水仙が咲いたね。
これはマリーゴールド、
これがアイリス。
クロッカス。
更地だった庭に、次第に木を植え
葡萄、さくらんぼ、李、桃
太陽がいっぱいで、
庭はいつかジャングルのようになった。
いつか 小さな従弟が家に来た時、
私はすももの実をもぎって食べさせた。
秋の雨
秋になって雨の日が増えた
部屋に閉じこもり雨音を聞く
なんと奥深い言葉だろう
ただし昔日とは違い そこには
しぶきを上げる車列の音
高架線を通る電車の音も
混じっている
飽くこともなく 降りそそぐ雨を
窓外に見ていた 昔日の雨
窓の向こうは畑で 開いた窓から
湿りきった空気が入り込んでいた
命の水?
街を移り 人は少しずつ減り
私から人は遠ざかる
近づく終末にかすかに脅えながら
今も私は雨の音を聞く
昔日の雨の中で
おそらく 私は守られていたのだろう
今も私は 守られているのだろうか
朝
朝、八時になると表の車に
隣家の女の子が乗り込む
おおかた保育園に送られていくのだろう
はしゃいだ声の日が多いが
泣きわめいていることもある
朝になって外部が動き始める
女の子の声がして ドアが閉まる音
そしてエンジンが一噴きし
元のしじまが戻る
*
隣家は越した
保育園へ送る車の音も
女の子の声も
朝の定時に聞こえなくなった
人が私から離れていくようだ
私が人から離れていくように
別れ
別れは いつもかなしかった
と過去形で一般化するためには
今 は常に早すぎる
そう呟くのは 余裕か強がりか
長く厳しい冬はいつか終わる
だが春が来れば次の冬が思われる
とはいえ 何も芽吹かないのではない
むしろその継続がかなしみの源(もと)なのか
ふるえているのではない
帰るところもない
行き着いた場所はそこも異郷
こうして詩をとめどなく書くうち
別れは必ずや訪れ
春と冬は こもごもに過ぎてゆく
見切り
私のまわりで人が死んでゆく
私を愛したまま
私を残して ではなく
たぶん 見切りをつけてゆくのだ