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EASY-GOING

始まりと終わりを繰り返し、繰り返すコトで回る地球

あっつ~、と言った。

2010-10-05 | 日記
昨夜怠けておいた分の皿洗いと、洗濯を済ませて、茶を沸かし、テレビをつけてみた、ノーメイクの、たぶんダンプ松本が、寂れた温泉街の、子悪党にしか見えなくて動揺して茶をこぼして「あっつ~」と言った。ダンプと言うより、軽トラだった。

出来るだけ純粋に、出来る限り無垢に。

2010-09-29 | 日記
いつもはだいたい25日そこいらにDOCOMOから停められる私の携帯電話が今月はそれより少し遅めに停まった。私はこの「不通」の期間をえらく気に入っている。今や日本中網の目のように隙間なく敷かれた電波網から弾かれた感覚というのは知らない見たこともない路地裏や田舎道で迷子になるのに似ているし、一人だけこの絶対的浮世ネットワークから緊急遮断されたようなバーチャルな感覚もたまんない。絶対に捕まんないよ、オレは。と、何に、というわけでもないが馬鹿みたいに得意面になってまう。路地裏や田舎道で迷子になるのも好きなことの一つ。空だけ見上げて安心している。それならば貴様、そんな不埒な阿呆の夏休みみたいなことをいい年してしゃあしゃあとヌカすなら携帯電話なんぞさっさと捨てやがれ折りやがれ踏み潰しやがれ踏み潰してドブ川に投げやがれ。と言う禿げたヤンキーも居るだろうがそれは違うのだよ。あくまで文明の利器という点に関しては私は異を唱えていない。あれば便利だ、だから持っている。からといって、無ければ無いで構わないと、私は言っているのだYouKnow?こんな、たかがポケットサイズのデジタル長方形にまるで魂を抜かれたように、まるで聖書のように、まるで母のように、まるでそれが全てのように、ありがとうありがとう、後生大切に扱います。てな具合に、携帯電話を何よりも重宝している人間や世代が私は滑稽に思えて仕方ない。新しいモデルが出るたびに買い換えるヤツなんて、幸い私の周りにはそんなウンコ人間はいないけれども、結構いるんだろうね。ニュウモデルを持つことに幾らかの自尊心やあたしってイケてる。と思っている人って。ま、思わされている人って。というか、完全に、イカれちゃってる人って。結構居るんだと思う。でなきゃ、あんないちいち流行の芸能人に高いギャランテー払って馬鹿みたいに大々的に宣伝とかやらないでしょ。バブルじゃないんだよ。餓死する人もいよいよ居る時代だよ。どいつもコイツも「あ、アイフォーンにしたんだ?おれもおれも」とか言っちゃって。なんでそこ伸ばすの?って感じです。率直な感想です。極端なこと言えば彼女とだけ繋がってる糸電話でいいよオレは。あ、あと田舎の母親と、仲の良い何人かの友人諸君と。

ま、デジタル機器は嫌いじゃないんだけど。
i-podは重宝してるけど。それに昨日も、i-padの話してたけど。
仕事の都合で携帯電話がどうしてもどうしても必要だからお前のようにそんな春に浮かれた河童のように暢気なこと言ってられないって人の都合もわかるけど。

うおぉぉいらねええつって前に半年近く携帯電話のない生活をしているときに、弟や彼女からそんなんじゃ駄目だってばお兄ちゃん、いい加減にして馬鹿一朗!なんつって携帯電話を半ば強制的に持たされた過去があるのだが、それはそれで「ああ、こんな僕でも必要とされてんだなー」ってキモイ自己陶酔に浸れて心がぽかぽかになった。

心がぽかぽかになった。

いずれにせよ此処で、私は君と繋がっている。




高円寺に引越して来て、PC環境を整わせていないままなので、山下悶々WEBの方の日記は更新出来ずに近頃はまたこのblogを綴っているのだがなんだか楽しい。自分の中からスプリンクラーように文字が飛び出してくる感覚に本来の自分を実感している。そういえばこうやって、若い頃から僕はまるで不要物を身体から取り除くように、大切な宝石を金庫から取り出すように、ゲージの中からピッチングマシーンが軟球を速球で投げるように、苔にまみれた暗闇の壁に愛や憎悪をぶつける感覚で、

文字を綴ってきたのだ。絵を描いていたのだ。詩を書いていたのだ。屁のよな理屈を述べているのだ。出来るだけ純粋に、出来る限り無垢に。




携帯電話で日記を綴っている

2010-09-28 | 日記
また、空を飛ぶ夢を見た。定期的に一番よく見る夢がそれなのだがなぜか今回は夢の中で「これは夢じゃないぞ。やった!遂に現実に空を飛べるようになったんだ!やった!」とヌカ喜んだだけあって寝起きのガッカリ感がいつもの倍はあった。別に普段から空を飛びたい願望があるわけでもないのだが、ミスターサタンの娘でさえ悟飯くんと修行して舞空術(空を自由に飛び回る術)を習得したのだから本当のとこ、限界を越えて頑張ればなんとかなるんじゃないの?と、心の何処かでは思ってはいるが来年30歳になるし「それどころじゃないでしょ!」と他方から言われるのは日の目を見るより明らかだからそんなことは決して言わない。それが大人のクオリティ。それに私は豚じゃないから飛べなくてもいいの。それともう一つカップリングの夢を覚えているのだが、カップリングの夢というより両A面だな、密やかにマンションの一室でメガネの大変よく似合う女教師な雰囲気の美女とその飼い猫みたいな若い女のレズプレイに「恐縮です」つって途中参加梨元するふしだらな夢を見た。これがまたエロ過ぎた。10年前なら確実に夢精の域に達していたであろうその夢は本来ならこういう公の場で、不特定多数の民衆に晒された場所に記すべきことではないというのはわかっている。しかし、それでも私の中の植木等イズムが咆哮する。SAY,わかっちゃいるけどやめられない!

起きたら股間がギャンギャンにクレイジーキャッツしていた。

これが2010年9月の終わりに私がみた2つの夢。

0.5秒の運命線

2010-09-27 | 日記
本日の東京は冷たい/雨が降っている。無言の住人がシグナルの色に従順に両端から縞縞のアスファルトを渡り中央でスレ違う、私は、それを歩道橋の上から眺めている。中年警官は余程ヒマなのか中洲部分でピッピッピッピ朝から日が暮れても笛を吹き続けているのだが当然誰からも相手にされていない。そこに居ても居なくても構わないあの人。笛の人。排気ガスの海の底で。いっそ縦笛を吹けばいいのにと思う、エーデルワイスを奏でれば幾らか存在感は増すでしょう。私は交通安全運動週間が大嫌いだ。ノルマに狂わされた権力の犬が血眼で善良市民を交通違反者に飾り立てる現実に反吐が出る。No Moreマザファッカ犬のゴリ押し検挙。私はおとついの真夜中、環七の交差点で「信号は青に変わる0.5秒前だったつまり赤だった」という理由で糞交通糞機動隊に捕まり、信号無視の大罪を負わされ罰金9000円を払え。と、命令された。目の前の交叉点の横切りの道路の信号が赤に変わったのを確認してなおかつ右を見て左を見て、さあ安全だ、いざゆかんと前進したら青信号より0.5秒早かった。0.5秒。0.5秒ですよ日本中の父さん母さん。「0.5秒早かった」って何ですか。ドッキリかと思った。「ドッキリですか?」と糞垂らし交通機動隊に尋ねたら「いいえ、交通違反です」と至極真っ当なことを返されて憤慨した。怒鳴った。怒鳴ったところで先方さんは国家権力の権化なのだから何がナニになるコトは万分のイチもないということは重々承知なのだが、寺山修司も「若者よ、怒れ」みたいな文句をよく述べていたのを思い出して怒鳴った。バイクの鍵を抜いて眼前の憎き青制服野郎の脇腹に突き刺してやろうかと思ったが、親殺し及び警官殺しの類いは国内における大小数多の罪の中でも特に重罪、あわよくば死刑。余裕で。と、いうことを何かの漫画で読んだことを思い出して思いとどまる。

雨降る夜はツイてない。
お前死んだら確実に地獄だな、と、角刈りの方の青制服に向かって捨てゼリフを吐いた私は雨降る高円寺の景色の中に消えた。マイナス9000円。

稲穂の記憶

2010-09-25 | 日記
豪雨と晴天と向日葵と秋桜と蝉と赤蜻蛉が入り交じった故郷から帰京。久しぶりに乗った山手線、新宿で乗り換えて笹塚の仕事場に顔を出す。「いつもの」景色を見て、僕の夏休みは幻想だったんじゃないかと思う程意識が元に戻る。飛ぶ。リフレッシュしたはずの感覚と肉体に東京がのし掛かる。あれ?私、夏休み貰いましたよね?と言う。

目を閉じずとも目前に広がる海のような稲穂の記憶を呼び戻す。記憶はあくまで過去でありそれが現在に追い付くことはない。なぜか強烈な寂しさが身体中を駆け巡る。

あれほど夢中に刺激と事件だけを欲して大都市にこだわり続けたいつかの私の魂の塊が今は不思議と大自然からの風と素朴な人の笑顔を欲求していることを全開に感じる。

幸い、隣りには最愛と言える自慢の女が小さな手で強く、私の左手を握ってくれている。

豪州の田舎町のゲストハウスから始まった私の20代は大阪での大失恋を経て東京へと続き、この街で覚醒して深化して迷走して小さな借金を生みつつも相変わらずもがきながら自分自身にだけは正直に純粋に孤独な戦いを続けている。

目前に迫ったネクスト・ステージ、もはや若くは無いが夢や希望を捨てたつもりも毛頭なくて、完全にイメージ出来ているその理想にこの現実をどのように隣接させてゆくか、最終的にどう合致させるか。

いずれにせよ、今の私はこの大東京に何の爪痕も残せてはいない。古箪笥の中の大江戸浮き世絵巻の端の凡暮らな登場人物でしかない。それで諦めて納得して自分を騙せる程、愚かでもない。

やり残したことを蹴散らしてやれ俺。そして、

娘を、過剰に見せたがる友人や

2010-09-23 | 日記
母親が一人で住む奥ゆかしい日本家屋から歩いて50歩のところに住んでいる妹が飼っている猫の鈴(リン・雄)がようやく僕にも慣れて腹を転がして「撫でろ」と言ってくれた。猫がのたんと転がっているのは僕が夕方に町のまあまあしょうもない古着屋と再利用ショップが併せ合ったような店で買った40%offのジーパンだ。うわ、毛が、と思ったが自分の身体を舐める猫の仕草が可愛くて許した。それよりも、絶え間なく続く季節変わりの偏頭痛が容赦を忘れて僕を苦しめている。よりによって、待ちに待った念願の帰省中にやってくるなんてガッデムだ。頭が痛いよ猫ちゃん。Eveをフリスクのように流し込む帰省して四日目。映える入道雲を背中に、トンボ舞う畑を眺めながらオーバーオールのポケットに両手を突っ込んで考えている。みんな結婚して子供が居て非常にハキハキしたテンションで「夜の10時には寝ているよ」とか言われると誘えたもんじゃない、誰だってあの頃のままじゃない、季節や町の景色が変わってゆくように人も変わると大人になったら気付くのです。

数年ぶりの帰省は彼女と一緒だった。ハードスケヂュールの間を塗って一泊二日の短旅行、笑った顔を幾つも見れて良かった。福岡からわざわざ駆け付けてくれた従兄弟や兄弟の気持ちが温かかった。歓迎してもらえて感激したのん。

故郷では、夏と秋と笑顔と頭痛がごっちゃになっている。

その赤いヤツ

2010-09-15 | 日記



かつらをカミングアウトしたアナウンサーが高い声で、男の名前を呼んだ。カメラは屋外に居る若ハゲた気象予報士を映す、画面、奥の位置で男女が映像に割り込んでいる。ピースしたり、意味もなく跳ねてみたり、昔からそういう人っている。CMになる。女性用カツラのCMになる。CM明け再度若ハゲた気象予報士が映る、奥の位置で割り込んでいる人の数が増えている、電話をしている作業服の男がいる「観とるか?え?8チャンや8チャン、ワシ、出とるやろ、んはは男前やろ、ワシや。その赤いヤツや、それや、な?ワシや」





今、隣りの家のドアをノックしながら「宅急便で~す」と5分以上やってる。ちょっと怖い。




そりゃやりますよ

2010-09-09 | 日記


っしゃ!!と叫び、起き上がって外に出てもちろん半裸で、雨だー!と天を仰いだ私。 数人の農家の方が同じことをやったと聞いています。私。私と、数人の農家。雨、恵みの雨。季節、季節が変わる。台風が、猛夏を退治する気で、そりゃやりますよと言った。




季節がかわる。






いとも簡単に越えてやるのさ。

2010-09-08 | 日記

日記を、書こうかな、と、
だいたい毎日思うのだがだいたい毎日書かずに近頃は時を経過させている。
これといって理由があるわけではないがもともとこれといった理由があって書いていたわけでもないので、まあ、こんな感じで。近況をいえば、引越したくらいか。笹塚での6人暮らしを終えて、9月からは高円寺に住んでいる。

友人のUFOくんと暮らす予定だったのだがUFOくんは先月末から仕事で地方に長期滞在していて、電話を掛けてもメールを送っても何の音沙汰もなしでお手上げ。昔からそういうやつなのだ。忙しいのだろうな。そんなわけで今は高円寺の鈴木の家に住んでいる。
鈴木の家は広くない、
ロフトがあるからかろうじてなんとかなっているものの6畳あるかないか程度のリビングは山のようなダンボールに詰められた僕の漫画や小説や雑誌やくだらない思い出によってぱんぱんに侵されている。困難や困惑は、愛で、いとも簡単に越えてやるのさ。










人間模様

2010-08-28 | 日記

同居人の青年が本日引っ越した。あと3日で僕も出なければならないのだが、
まあ、6割仕上がったかな5割かな、最低でも4割はいってると思う。3はないそれはない。
要ははなんでも自分との戦いなのだよ諸君。ビジネスマン諸君。
これは夏休みの宿題と似ている。青木君のように自分の分だけをサっと済まして
3日も余裕を残し去ってゆくタイプと、
自分の分もままならずいっそ自分がダンボールに入ってしまい、封をして欲しい私タイプと、
家のことを考えて燃えないごみの分別や廃車した誰彼のバイクやリビングのソファなどの巨大家具の分配に明け暮れつつも自分のことも予定通りこなしているオイチョリさん、
何をしているのか生きているのかもわからない知敷圭介という将太。
4通りの人間模様同じ屋根の下で、さようなら。どうも、ありがとう。



あ、サッカー観よ、