慶応ボーイの植木屋修行

ランドスケープアーキテクト福川成一のエッセイとオーベルジュ・スミの庭の記録

父のサービス

2007-03-13 13:28:14 | オーベルジュ・スミ物語
父と母 父のサービスは中々堂に入ったものだった。
 戦後間もない頃はどさくさの中でレストランの支配人のようなこともしたらしく、銀座ではお茶汲みのフーさんと自称し、私が小さい時夜の銀座を父と歩くと、化粧の濃いお姉さん達があらフーさんと角々で声を掛けられるのが恥かしかった。その頃は父はやくざの親分か何か世間に云えないような職業ではないかと疑っていた。

 私の大学時代、友達と金がなくて飲めなくなると銀座に行き、花売りにお茶汲みのフーさんは何処にいると聞くと、たちまちにして花売り仲間が見つけ出し、私達を案内してくれたものだ。父はいつも売れ残った花を彼女達から買ってやって味方にしていたのだ。

 父は若いバーテンや女の子達の教育係りを自認していて、おしぼりの渡し方がなってないと怒り出し、まずいカクテルは突っ返し、グラスに指紋が付いていると叱るような、つまりうるさい親父だったので、自身がウェーターになると今までの教育を実践することとなったのだっだ。

 もっとも生来ののんベーだったので、気に入ったお客様だったりするとサービスと称してヘネシーのエキストラなど振る舞い、自分もお客様の席に座って営業を忘れて飲み始める始末で母に良く叱られていた。

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