SDTMの気まま空間-2

SDTMが徒然に書いて行きます。

【オトキチ・スペシャル】  過去帳(SDTMの気まま空間)より 追記にて再投稿

2020年01月22日 12時51分51秒 | 自動車

【オトキチ・スペシャル】  過去帳(SDTMの気まま空間)より

何故、この記事が読まれているのか、不思議で、Googleにて「走れ!オトキチ」を検索したところ、前あったはずのサイトが消えていることに

気が付きました。さらに検索すると「オトキチさんのお別れ会と練習走行」という記事を見つけてしまいました。記事によるとオトキチ」さんは2017年の夏にお亡くなりなったと事でした。(合掌)

 

 

【オトキチ・スペシャル】  

2013-10-27 05:22:50 | 自動車
★ 【オトキチ・スペシャル】  
(07.3.22の記事、タイトル変更、2007-03-27 【追記】)

ホンダZ記事の続きになります。
1970年GP FL500部門で優勝した「オトキチ・スペシャル」です。
TOPの画像がその勇姿です。
そのマシンは、あの悲劇のF1マシン、空冷エンジン搭載HONDA-RA302のデザインをそのままパクッたもので、空冷のための入気ダクトが運転席の脇に設置されていました。おぼろげな記憶ではホンダの空冷エンジンが搭載されていたと思うのですが、「オトキチ」さんの著書にはスズキの空冷3気筒エンジンを積んでいたとのことです。スズキのエンジンは2サイクルなので、そもそもトルク、馬力の点では同じ排気量では有利になるのは見えていますが、でもホンダのエンジンを使っているチームも結構いたと思います。4サイクルエンジンのチューニングのし易さと信頼性というか安定性を買っていたのではないでしょうか。


本題に戻って、
「オトキチ」さん板金屋を営みながら、自力でこの「オトキチ・スペシャル」を作成されていました。板金屋は1970年GP優勝後「堀オトキチ・スポーツショップ」(たぶん)と改名されました。場所は中央線三鷹駅北口(実際は北西)の線路沿いで、模型屋トリオ商会へ行く途中でした。その時の写真でも撮っておけば良かったですね。

その後、FL500もベルコというブランドで進出したスズキ板金が結構活躍して、オトチキ・スペシャル(アローⅠ)も後塵を拝する様になってしまいました。良くも悪くも個人で活躍できるFL500が大規模となり、組織だったチームでないと勝てなくなったという時期にも重なり、オトチキさんのFL500も以後収束することになります。

【追記】2013.10.26に検索サイトで調べたところ、オトキチさんは茨城に本拠地を移され、オートレースを続けられていることが判りました。また、後進の育成指導もされ、片山右京をはじめ多くのドライバーたちが巣立っています。

走れ!オトキチ←オトキチさんの随想が綴られています。



【タグ】 オートルック 三鷹 茨城 富士スピードウェイ 日本グランプリ 日本GP
     FL500     オトキチスペシャル 堀 雄登吉 片山右京
     トリオ商会
コメント
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