「岡崎正義のかわら版」

スピリチュアルカウンセラー「岡崎正義」が、日々感じるこの世の事象を綴っていきます。

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スピリチュアル的解釈昔ばなし・・・「浦島太郎」

2018年06月30日 13時46分17秒 | 小説・物語

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むかしむかしある漁村に、天涯孤独の若い漁師「太郎」が住んでいました。
太郎は真っ直ぐな性格で、朝早くから漁に出て、一生懸命生きておりました。

そんな村に、太郎とは対照的な性格の老人「亀吉」も住んでいたそうです。

亀吉も若い頃は真面目に働く腕の良い漁師だったそうですが、お酒が大好きで、そのお酒が原因で家族には愛想を尽かされ、しまいには周りの住人にも迷惑を掛ける始末・・。

そんな状態ですから、段々と村人からも相手にされなくなり、若者からもバカにされ、自暴自棄の人生を送っておりました。
太郎とは違う意味で「天涯孤独」だったようです・・。

そんな亀吉ですが、今でも時々身を案じてくれていたのが太郎でした。

「ケッ! どいつもこいつも俺を避けやがって! 若い頃、魚の取り方を教えてやったのは誰だってんだ!!」
「亀吉さん。そのあたりでやめておいた方が良いですよ・・♪」
「飲んでねぇとやってられねえんだよ! お前だけだよ・・、俺を心配してくれるのはよ~(泣)」
「ほら♪ もう休んでください」
「おぅ・・。ちくしょうめ・・・。」

こんな会話がたびたびあったようです。

そして、しばらく経ったある日、日頃の不摂生がたたり、亀吉は病に掛かってしまいました。

そんな亀吉を見て、村人は口々にこう囁いていたそうです。
「ありゃぁ天罰だな。 いい気味だよ!」
「本当にね・・! 太郎が真面目なのを良い事に身の回りの世話をさせて、本人は酒浸りなんだもんなぁ・・」
「太郎も太郎だよ! あんなじいさん、ほっときゃ良いのに・・」
「今も看病しているそうじゃないか・・。 めでたい性格だよ、太郎は・・。」

そんな周りの陰口も気にせず、太郎は一生懸命亀吉を看病しておりました。

「亀吉さん、早く良くなって下さいね♪ 話し相手がいないと私が寂しいですからね♪」
「すまんなぁ、太郎・・ゴホッ!ゴホッ!!」
「咳が止まれば楽になるんですがね・・・。さ!ゆっくり休んでくださいよ♪」
「この年で人の優しさが身に染みるなんてなぁ・・、やっぱり周りが言う通り俺はバカなんだよ・・泣」

太郎の優しさが身に染みた亀吉ですが、日増しに容態は悪化するばかり。
それどころか、日を追うごとに太郎まで高熱が出て咳がひどくなっていったのです・・。

そんな二人の様子を村人たちは知っていたのですが、村中に広がっては大変と、誰一人近付く者はおりませんでした・・。

半月も過ぎた頃でしょうか。
やがて亀吉が息も絶え絶えに太郎に話しかけました。

「太郎・・・、すまんなぁ・・。お前を・・、巻き込んじまった・・・。」
「はぁ、はぁ、何を言うんですか・・・。 私は人として亀吉さんをほっとけなかったんですから・・」
「その・・、気持ちが・・、有難い・・。 きっと俺が先に死ぬから、上でお前を待っているぞ・・。」
「は、はい(笑)、その時は上の案内よろしくお願いしますよ・・・」
「へっ!・・、任せとけ・・・。しっかり・・、案内・・・、す・る・か・ら・よ・・・・。」

そう言うと、亀吉はゆっくり息を吐き、そのまま動かなくなってしまいました。

それから数日後、亀吉の亡骸を葬る気力も無くなった太郎が、亀吉のそばで静かに息を引き取りました。


再び目を開けた太郎の前には、若々しくなった亀吉が立っておりました。
「おぅ!太郎!! 約束通りに迎えに来たぞ!!(笑)」
「亀吉さんですか!? なんか見違えましたね♪」
「だろう?(笑) すっかり人間の心を取り戻したぜぃ! とは言っても死んでるがな! ガハハ!!」
「冗談はよしてくださいよ(笑) でも、元気になってよかった♪」
「おいおい!お前こそ最高の冗談だな!! ガハハ!!」

そんな二人は、仲良く天国に登って行ったのです。

上に登った二人ですが、最初は慌ただしく時間が過ぎていきました。

今まで人生を過ごしてきた感想。
人生を通じて学んだこと。
次の人生をどう過ごすかの目標設定。

そんなことを、上の「受け入れ担当者」と話し、やっとそれぞれの「魂の故郷」へと戻っていきました。

太郎もウキウキしながら戻っていったのですが、
そこでは、太郎の帰りを心待ちにしていた「ソウルメイト」達が、とても歓迎してくれました。

最初に、そこのリーダーである女性のような風貌の魂からの歓迎のあいさつ。
次に、同じソウルメイトたちが繰り広げてくれる踊りや歌の出し物。
地上ではめったに食べる事が出来なかったごちそうの数々。

そんな心穏やかな日々が3日ほど続いたでしょうか。
段々と太郎は、飲めや歌えやの日々が、退屈になってきてしまい、地上に戻りたくなってしまいました。

そこで、太郎はリーダーの女性にこう言ってみたのです。

「すみません・・、大変歓待してくれているのは感謝しているのですが・・、そろそろ下の世界に戻りたくなってしまいました・・。」
「そうですか‥♪ 分かりました♪ では、戻る手続きを致しましょう♪」
「ありがとうございます♪」

そう太郎が言い終わると、リーダーの女性は、着ているローブの裾から小さな箱を取り出しました。
「これは、あなたにとって大事な物が入っております。 しかし、本当に困った時以外は決して開けてはいけません。」
「えっ!? 大事な物・・? でも開けてはいけないって・・」
「そうです。 開けてはいけません! 下界に行ったら役に立つかもしれませんが、出来るだけ開けずに新たな人生を過ごしてください」
「分かりました・・。なるべくそうします・・。」

開けてはいけないなら渡さなければ良いのにと思いながらも、太郎はその小さい箱をリーダーから受け取り、下界に通じる光輝くエレベーターで、みんなに見送られながら元いた漁村へと降りて行ったのです。


光に包まれながら降りて行った太郎ですが、途中からまるで海の中にプカプカ浮かんでいるような感覚にとらわれ、しばらくすると、激しい光が身体中を突き刺し、あまりの衝撃に太郎は泣き叫んでしまいました。

「あら~♪ 浦島さん! 元気な男の子ですよ♪ おめでとうございます♪」

そんな声が太郎の耳元で聞え、程なくして、太郎は全身をお湯で洗われ、柔らかい布で包まれた感触を感じつつ、誰かに抱きしめられる感覚を味わっていました。

『なんだ・・? どうなっているんだ・・? 俺は今どこにいるんだ・・?」

目を開けて周りを見ても、ぼやけて何も見えません。
不安になった太郎は、リーダーから貰った小さな箱の存在を思い出しました。

『そうだ!あの箱を開けたら、何か分かるかもしれない! あの箱はどこだ!!」

一生懸命手探りで探したのですが、それらしき物は見当たりません。
「しまった! 途中で落としてしまったのか・・。」

しばらくはどこかに落ちていないか探していた太郎ですが、段々と月日が経つうちにその存在もおぼろげになっていきました。


徐々に周りの状況を認識出来るようになってきた太郎ですが、自分がいつの間にか赤ん坊になっている事、また言葉がうまく話せない事、何より不思議なのは、自分の事を別の名前で呼ぶ大人たちが常にいるという事が不思議でなりませんでした。

早く状況を知りたくて、その大人たちに聞くのですが、出てくる言葉は「バブバブ~」
もどかしくて、泣き叫んでも、やさしく抱っこをされると、なぜか落ち着く自分がいました。

やがて、身体の自由がきくようになり、何かにつかまると歩けるようにもなりました。

そんなある日、食卓台の上に、何となく見覚えのある箱を見つけました。
「あれ~・・? 何となく見た事がある箱だな・・・、!!! あ!」

太郎は、かつて上でリーダーから貰った箱の存在を思い出したのです。
しかし、感覚的にはずいぶん昔に貰ったような感じでした。

「ここにあったのか! よし! 開けるのは今だ! よいしょ!!」

太郎は、小さくなった体を一生懸命伸ばし、台の上の箱を自分に引き寄せ、えい!っと箱のふたを開けたのです。
その瞬間、箱の中から湯気のようなものが立ち、太郎の目の前に不思議な光景が広がりました。

かつての自分の人生。
そして、上での出来事や記憶。
加えて、自分がかつて住んでいた漁村の目まぐるしい変化・・。

見終わった太郎は、すべてを悟りました。

今自分がいる場所は、かつて住んでいた漁村。
ただ違うのは、あれから200年経っているという事・・。
そして、いつもお世話してくれている大人の女性は、新しい母親と同時に「今の亀吉」であると。
亀吉は上の世界で、世話になった太郎を、次の人生では「とことんお世話しよう!」と誓い、生まれ変わって太郎の母親になったという事。

「そうか・・。そういうことか・・。 リーダーは、『新たな気持ちで人生を過ごせ』と言いたかったのか。」

太郎は、静かに再び箱のふたを閉め、元置いてあった場所に戻しました。

「そういいう事なら、今の全てを受け入れて、新たな気持ちで人生を過ごすとするか‥♪」

そう心で呟くと、太郎は静かに目を閉じ、新たな人生を歩む気持ちが固まったのです。

新しい名前。
新しい親。
新しい環境。

全てを受け入れると不思議な事に
、すぐに太郎は言葉をはっきりと話せるようになりました。
かつての記憶も微かに残ってはいたのですが、段々とかすかな夢物語のような感覚になり、やがてすっかり忘れてしまいました。

それから数十年。

「元太郎」は、すっかり新たな人生になじみ、太郎の時と同様に真面目に過ごしました。
でも、時々落ち込んだりすると、無性に見たくなるものがあります。

それは、タンスの中に大事にしまってある「へその緒」です。
そのへその緒が入っている箱を開けて、ぼーっと眺めていると、不思議と気持ちが落ち着くのです。
とても懐かしく、何か大事なことを忘れているような、もどかしい感覚。
でも、その感覚は「元太郎」は嫌いではありません。
むしろ心地よく、大人になった今でも、小さい頃の純粋さを思い出せそうで、つい眺めてしまうのです。

今日も密かに眺めておりました。
今日は、これまで大事に育ててきた娘が嫁ぐ日。

午後には式場に行く予定です。

眺めていると、部屋のドアをノックする音が。
「お父さん、ちょっと良い・・?」
「あ、あぁ・・。」

箱をしまいながら答えた「元太郎」なのでした・・。


終わり。

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時代小説「お幸と辰二郎」の後編です♪・・・第4章~最終章

2017年05月06日 11時04分42秒 | 小説・物語

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 時代小説「お幸と辰二郎」・・・時空を超え再会した二つの魂

 第4章・・・「沈む太陽」

 それから晴れて夫婦となったお幸と辰二郎でしたが、時が経っても、相変わらず毎日賑やかな一家のようで・・・。

 「おい!お幸! おいらの足袋はどこでぃ!」

 「フフ♪ その、肩にぶら下げているのは、なんですか・・?笑」

 「お、おう・・、誰だ!ここに掛けやがったのは!!」

 「何言ってんだい!! このバカ息子が!! ちっとは父親らしくならないもんかねぇ・・。先が思いやられるよ・・」

 「何を~!! 口が減らないババアだな! そろそろ棺桶で寝た方が良いんじゃねえのかぁ!!?」

 「はいはい♪ そろそろ出ないと遅れますよ♪」

 お幸に促され、しぶしぶ仕事に出掛ける辰二郎。

 「んにゃろぅ・・。 お~い♪ 父ちゃん行ってくるぞ♪ すっ飛んで帰ぇって来るから待ってろよ♪♪」

 口の悪い辰二郎でしたが、生まれて間もない長男には猫撫で声のようで・・・。

 お幸と抱っこされた長男に見送られ、元気に出掛けた辰二郎なのでした。


 そんな日常が繰り返され、お幸のお腹には2人目の赤ん坊が入っていたある日の事です。

 「お幸ちゃん、ちょっと寄り合いに顔出してくるから、あとで裏の洗い物取り込んどいてくれないかい」

 「はい♪ おっかさん。ゆっくりしてきてくださいね♪」

 「そうもいかないよ♪ あのバカが帰ってくるまでに戻らないと、何言われるかわかったもんじゃないよ!」

 そう言うとお吉は、近くの茶屋での寄り合いに出掛けて行ったのです。


 それから2時間ほど経った頃でしょうか。 血相変えて家に飛び込んでくる男性の姿がありました。

 「お、お、おい! お幸ちゃん!! お幸ちゃん!! てーへんだ!! お、お吉さんが!!」

 裏で洗い物を取り込んでいたお幸は、その声に慌てて土間に姿を現しました。

 「おっかさんがどうしたの!!?」

 「た、た、倒れちまって! ピクリとも・・! 動かねぇんだ・・!!」

 「!!! 巳之吉!! ここを動くんじゃないよ!!」

 長男にそう言うと、お幸は身重の身体を庇いながら、必死に茶屋へと急いでおりました。

 
 茶屋へ到着すると、お幸は奥へ飛び込み、お吉の姿を探しました。

 「おっかさん! おっかさん!!」

 すると、お吉の姿は、奥の座敷にありました。

 「おっかさん!!!」 駆け寄るお幸。

 その声が届いたのか、わずかに動くお吉。

 「おう!! お吉さんが目を覚ましたぞ!!}

 寄り合いで集まっていた一同も、一斉に声を上げました。

 「おっかさん!しっかりして!!」

 「・・あ・・、お幸ちゃんかい・・・。どうやら・・、お釈迦様が・・、お迎えに・・、来たようだよ・・・・」

 「なに言ってるの!! すぐに戻るって!言ってたじゃない!!泣」

 お幸はしっかりとお吉の身体を抱きしめながら、泣き叫んでおりました。

 「自分の身体はね・・・、自分が・・、一番・・、分かるからねぇ・・・。こりゃ・・・、どうにもならないよ・・・」

 「そんなこと言わないで!! 今からまだこのお腹のややこも産まれてくるんですよ!!泣」

 「・・会いたかったねぇ・・・、その子にも・・・」

 「いやぁ!! しっかりして!! 死なないで!!!」

 その時、物凄い勢いで茶屋に飛び込んでくる姿がありました。

 「ハァ、ハァ、ハァ!! おい!! どこだ!! ババァ!!」

 裾もはだけ、渾身の力で街を駆け抜けてきたであろう辰二郎でした。

 「・・なんだよ・・、お前は・・。いっつも・・、バカでかい・・、声だねぇ・・・」

 今にも消え入りそうな声で、お吉が辰二郎に対して答えておりました。

 「おい!ババァ!! 大袈裟に寝っ転がっているんじゃねぇ!! 早~く帰ぇるぞ!!」

 姿を見つけた辰二郎が、涙を浮かべながら、お吉に向かって怒鳴っておりました。

 「笑・・、上に・・行く時ぐらい・・、静かに出来んもんかねぇ・・・」

 「何言ってやがんだ!! ババァがいねえと、お、お幸が寂しがるだろ!!」

 「・・もう・・、大丈夫だよ・・・。お前の・・お望み通り・・、棺桶に入ろうってんだよ・・・笑」

 「な、な、な、何勝手な事言ってんだ!! 棺桶に入れるのはな!! お、お、俺がじじいになってから・・・」

 「お幸ちゃん・・・」

 お吉がゆっくりとお幸を見つめ、手を握りしめました。

 「おっかさん! なんですか!!?」

 お幸もしっかりとお吉を見つめ、握り返しました。

 「・・この・・、バカ息子を頼んだよ・・・。口は悪いけどね・・・、根は・・正直な・・子だからね・・・・」

 そう言うと、お幸の手を握りしめていたお吉の手が、ゆっくりと力を失っていきました。

 「おっかさん・・? おっかさん? !!! おっかさん!!!!!!泣」

 ゆすっても動かないお吉の身体に、お幸は気が狂ったように泣き叫び、すがりついておりました。

 そのそばで、仁王立ちで呆然とし、一点を見つめながら、絞り出すような、か細い声で辰二郎が呟いておりました。

 「・・おい・・、ババァ・・。なに寝たふりしてやがんだぃ・・・、早~く帰ぇるぞ・・・」

 ・・・・・・・

 「ババァ・・笑、何いつまで・・、寝っ転がっているんでぃ・・、聞えねえのかい・・、早~く・・・」

 「辰さん!!! もういいの!!  もう・・・、行ったのよ・・・、おっかさんは・・・泣」

 お幸はお吉の身体を抱きしめながら、うろたえる辰二郎に言葉を掛けました。

 すると辰二郎は、よろよろと足を進め、お吉の亡骸のそばに、膝から崩れ落ちるように座り込みました。

 「おい・・・、冗談じゃねえやぃ・・・。 誰が勝手に棺桶に入って良いって言ったんだ…泣」

 頭を垂れ、涙を滝のように床へこぼしながら、辰二郎が呟いておりました・・・。
 
 「・・・、おぃ・・、おぃババァ・・、バ・、おっ母・・、おっ母! おっ母!! おっ母!!!!」

 今まで我慢していたであろう感情を、ありったけの叫び声で、辰二郎はお吉にすがりながら吐き出しておりました。

 その悲痛な声は、夕焼けに染まる綺麗な街並みとは裏腹に、いつまでも茶屋に響いておりました。


 第5章・・・「普通の幸せ」 

 チーン♪
 「ババァ、行ってくるから、そこの饅頭でも食って待ってろ♪」

 お吉が亡くなって早10年、相変わらずの口の悪さの辰二郎でしたが、毎日欠かさず手を合わせるようで・・・。

 「おい!巳之吉!何してんだ!! 早くしろってんだ!!」

 「うるせいやい! 腹に何も入れずに出られるかってんだ!!」

 「何を~!!親・に・向・か・っ・て・・・!!」

 「はいはい! 親子喧嘩なら外でしてくださいよ!!」

 朝から賑やかな、辰二郎と長男巳之吉との喧嘩を、慣れた感じで収めるお幸の姿がありました。


 すっかり母親が板についたお幸は、明るい性格もあって、ご近所付き合いもお吉同様、色んな人に愛されていました。

 「お幸ちゃん♪ あのバカ亭主は相変わらず元気かい?笑」

 「フフフ♪ あの人は毒を盛っても死にゃしないよ♪」

 「ははは!そりゃそうだ!笑 お♪ これお吉さんに持って行ってくれ♪」

 饅頭屋の亭主が、お供え用の饅頭を、かつての親友お吉の為に、お幸に渡してくれました。

 「ありがとう♪ おっかさんも喜ぶわ♪」

 「何言ってんだぃ♪ 水臭いやぃ! お吉さんに、あのバカ息子に取られないように気を付けろって言っといてくれぃ♪」

 「フフフ♪」

 街のみんなの心には、亡くなって10年経っても、まだお吉さんが生き続けているようでした。
 
 そんな人情に篤い、商店街のみんなが、お幸は心から大好きでした。

 旦那の辰二郎がいて、すっかり一人前になった長男の巳之吉がいて、わんぱく盛りの次男吉五郎。

 そんな家族に囲まれているお幸は、時々しみじみこう思うです。

 『まさかこの私が普通の生活が出来るなんて・・♪ はぁ♪毎日が幸せ♪ 座長さん、お松姐さん、お吉さん、そして辰さん♪ ありがとう♪』

 今日も、夕焼けで真っ赤に染まった商店街を歩きながら、幸せな気持ちで家路につくお幸なのでした。


 「さぁ♪ こんばんは雑炊にしようかな♪」

 家についたお幸は、裏の井戸で、雑炊に入れる里芋を洗っていました。

 「土は・・、だいぶ落ちたわね♪ あとは・・、鍋の水を・・」

 里芋を洗い終わったお幸は、鍋に水を入れる為に、立ち上がって井戸の縁にある踏み石に足を乗せた瞬間、フッと立ちくらみが・・・

 体の平衡を失ったお幸は、足元がおぼつき、なんとか踏ん張ろうと井戸の縁に手をついたのですが、そこに生えていた苔がお幸の手を滑らせ、
一回転をするように頭の後ろから地面に落ち、そこにあった踏み石に頭を強く打ってしまったのです。

 「へまをしちゃった・・・。は、早くしないと・・、みんなが・・、帰ってくるから・・・、は、早く・・、しないと・・・」

 薄れゆく意識の中でも、お幸は家族の事を気遣っておりました。

 「おかしいわ・・・、なんだか眠くなってきちゃった・・・。早く・・、起きないと・・・」

 裏の井戸で段々と意識が遠のきながらも、手を空に伸ばし起き上がろうとするお幸でしたが、その瞳はゆっくりと閉じてゆきました。

 踏み石にぶつけた頭からは、ゆっくりと赤い筋が地面に伸び、今まさにお幸の命のろうそくを吹き消す勢いで、流れておりました・・。

 その頃、表の通りには、家路に急ぐ多くの人々が行き交っておりました。 仕事を終えた辰二郎と巳之吉を含めて・・・。

 
 最終章・・・「時を超え」 

 「・・・ん・・・。」

 ご飯の支度途中に転んでしまい、頭を打ち意識を失ったお幸が、ゆっくりと目を開けました。
その目に最初に映ったものは、吸い込まれそうに綺麗な、澄み切った空でした。

 「フフ♪、本当に私はそそっかしいわね笑 こんな姿見られたら、辰さんどころか巳之吉にまで馬鹿にされるわ笑」

 お幸は寝っ転がったまんま、一人でクスクス笑っておりました。

 「いけない! 早く支度しなきゃ!!」

 お幸は急いで立ち上がると、その辺に転がった里芋を集めようとしてました。

 その時、土間に続く入口に、大変懐かしい姿を見つけました。

 「・・!!座長!!」

 「久方ぶりだね♪ あれから幸せに暮らしていたみたいだね♪」

 座長は、お幸を慈しむような眼差しで、満面の笑みをたたえておりました。

 お幸は、二度と会えないと思っていた座長と再会し、嬉しさのあまり泣きながら座長に抱きついておりました。

 「座長!泣 もう会えないかと思ってました・・・泣」

 「何言ってるんだい♪ 今こうして会えているじゃないか♪」

 「はい・・・泣 本当に嬉しいです♪泣 座長のお蔭で、私は本当に幸せな毎日を送れました・・泣」

 「うんうん♪ 分かっているよ♪ お前を見りゃ一目瞭然だ♪」

 「座長・・・!泣」

 お幸は、小さな女の子に戻ったように泣きじゃくり、座長に優しく抱擁されていました。

 「そうだ♪お幸♪ もう一つびっくりさせることがあるんだよ♪」

 座長は、お幸をゆっくりと自分の身体から離し、お幸の身体をくるりと裏庭の方へ向けてあげました。

 すると!そこにはありえない人の姿が・・・!

 ・・・・・!

 「お!お!おっかさん!!??」

 なんとそこには、辰二郎の母「お吉」が立っていたのです。

 「お幸ちゃん!!久しぶりだねぇ♪」

 お吉は生前と変わらない笑顔で、お幸に言葉を掛けたのです。

 「な・な・何!!? ど、ど、どうなってるの・・・?」

 お幸は、今目の前で起きている出来事が、にわかに信じられませんでした。

 「お幸♪ お前はよく頑張ったんだよ♪ 最後はそそっかしいところが出てしまったけどね・・・笑」

 座長は、まだ困惑しているお幸の肩を、後ろからやさしく両手で包み込みながら、言葉を掛けました。

 「お幸ちゃん、信じたくはないだろうけど・・、あそこを見てごらんよ」

 自分をじっと見つめているお幸に、お吉はそっと井戸の方へ指を差しながら、穏やかに話しかけました。

 促されるように目を移したお幸は、今にも目を開けそうなくらい、まるで眠っているような、透き通った肌をして横たわる自分の姿を見つけたのです。

 「わ、わ、わたし・・・、死んだの・・・?」

 自分の手を、顔を、身体を触り、生きている時と何ら変わらない感触を確かめるお幸に、二人はそっと近づき、寄り添っていました。


 「お幸♪ こうなってしまったら仕方がないんだよ・・・♪ 大事なのはね♪ 想いを残さない事だからね…♪」

 座長がそう言うと、お幸はハッとして聞き返しました。

 「じゃあ・・、もしかして座長も・・・」

 「ははは♪ とっくにお迎えは来たよ♪ だから今度は♪ 大事なお前をお吉さんと一緒に迎えに来たんだよ♪」

 「そうだよ!♪ 親代わりの二人が来なきゃ、誰が来るというんだい♪笑」

 昔と変わらぬ豪快な笑顔で、お吉がお幸に言葉を掛けました。


 その時です。表の入口から辰二郎と巳之吉が帰ってきました。

 「おーい! 今帰ぇったぞ!! 幸! 飯だ飯!!」

 相変わらずの大声で、辰二郎が足袋を脱ぎながら茶の間に上がってきました。

 「おーい!聞えねえのか!? 幸! いるのか~!?」

 辰二郎は返事をしないお幸にいぶかりながら、半纏を鴨居に掛けようと立ち上がり、ふと裏庭に目を移した瞬間でした・・・。
そこに変わり果てたお幸の姿を見つけたのです。

 「!!!! ゆ、ゆ、幸~!!!!!」

 茶の間から縁側沿いに飛ぶように裏庭に降り、幸の身体を揺すったのです。

 「な!な!なんで!! こんなことに・・・!!!!」

 お幸の身体は冷たく、血の気は失せ、もはやピクリとも動きませんでした。

 「幸~!! なんで・・・、なんで一人で行っちまうんだよ~!!! う、う、う・・・泣」

 辰二郎は全身を悔しさと悲しさで震わせながら、お幸をギュッと抱きしめていたのです。

 「辰二郎さん・・・泣、ごめんなさい・・・・泣」

 お幸は、自分の存在がもはや辰二郎からは見えなくなった事を忘れ、辰二郎の身体をそっと包み込んだのでした。

 「俺は・・、これからどう生きていくって言うんだ!! ちくしょう!!!!!」

 辰二郎の泣き声に気付いた巳之吉と、遊びから帰ってきた吉五郎が井戸に駆け寄り、変わり果てた姿になった母お幸の姿を見て、呆然と立ち尽くしておりました。

 「お、おっ母!!泣 おっ母!!泣」

 二人の息子は、まだ現実を受け入れきれませんでした。

 「ごめんなさい! ごめんなさい!! もっと側にいたかった・・・!泣」

 その光景を一部始終見ていたお幸は、申し訳なさそうに、三人に謝っておりました。

 「お幸ちゃん・・・、こればかりはしようがないんだよ・・・。宿命というものさ・・・」

 お吉は、辰二郎たちに必死に謝るお幸を慰めるように、後ろから抱きしめてくれました。

 「さあ、悲しいだろうけどさ・・・。上に行く準備をしょうかね・・♪」

 お吉はお幸を促すように立ち上がらせ、座長と共に裏庭に降りてきた「白い光の筋」の中へお幸を導いたのです。

 すると、お幸の目の前に光の白い幕が拡がり、そこにお幸の一生が映し出されました。

 
 産まれた時。
 座長と出会った日。
 稽古に励んだ日々。
 そして、辰二郎と出会い、共に過ごした日々・・・。
 
 その幕の中に繰り広げられる「自分の人生物語」に、お幸の心はまるでもう一度体験したかのように、様々な想いが蘇ってきたのです。

 「・・・はぁ、こうして見ると、本当に私はいろんな人に助けてもらった・・・。幸せだった…♪」

 見終わったお幸は、心の底からしみじみそう感じておりました。

 「そうだよ♪ お幸ちゃんは頑張ったんだよ♪ ほら♪見てごらん♪ あのバカ息子が、ちゃんと大事な人が誰かを分かっているんだからね♪」

 息子の辰二郎が人間的な成長を遂げたのはお幸のお蔭と言わんばかりに、母としての眼差しを辰二郎に向けながら、お幸にそっと囁いておりました。

 「お幸♪ だから、あの三人の為にも憂いなく上に登るんだよ♪」

 座長もお幸に対し優しく語り掛けながら微笑んでおりました。

 「・・・分かりました♪ 上に行って、しばらく休んで、また再び巡り合えるように願います・・♪」

 お幸は決心したように上を見つめ、光が導くままに身体を任せ、お吉と座長と共にゆっくりと上がっていきました。


 「・・・いつか、必ず・・!辰二郎さんと、もう一度・・・、逢えますように・・・。」

 「いつか・・、必ず・・・」

 「いつか・・」

 「必ず・・・」

 ・・・・・

 ・・・・

 ・・・

 ・・

 ・
 完。


 ・

 ・・

 ・・・

 ・・・・

 ・・・・・

 
 2017年3月、一人の女性が、自然豊かな生まれ故郷を離れ、大都会東京に上京してきました。

 慣れない都会に戸惑いつつ、新たな職場のドアを、彼女は今まさに開けようとしてました。

 「ふぅ、落ち着け~! 落ち着け~! ・・よし!! おはようございます!!♪」

 フロアにいた皆が一斉に彼女の方を見つめ、一瞬止まったかと思うと、また何事も無かったかのように、仕事を再開しました。

 「あちゃ~、メッチャ恥ずかしい・・・。気合い入れ過ぎた~・・・。」

 その女性は、顔を赤くしながら、玄関で縮こまっていました。

 「おぅ!おはよう! 今日からの新人さん♪?」

 そんな女性に、馴れ馴れしそうでいて、どこか憎めない態度で声を掛けてきた男性社員がおりました。

 「は、はい! よろしくお願い致します!!」

 女性は慌てて、その男性社員に深々とお辞儀をしたのです。

 「いやいや♪ そんなにかしこまらなくて良いの♪ 俺はアフターファイブ専門だから♪笑」

 その男性はケラケラ笑いながら、話しかけておりました。

 「こらー!! 森口! なに新入社員をからかっているんだ! ちゃんと仕事しろ!!」

 上司と思しき男性が、その「森口」らしき男性に怒鳴っておりました。

 「はいはい♪ 分かってますよ♪ あ、俺森口っす♪ 森口辰雄です! 皆から辰って呼ばれているから、よろしく!!」

 「あ、私、山畑です・・。山畑幸恵です!よろしくお願いします!!」

 「OK♪ 幸ちゃんね♪ 覚えとく笑 あ、美味しいもんじゃ食べに行く?」

 「こら~!森口!! 何度言ったら!!」

 「はいはい♪ 耳は聞こえてますよ! まだ若いんで!」

 「なんだと~!!」

 「幸ちゃん、また後でね♪」

 そう言うと、辰雄はフロアの人垣に溶け込んでいきました

 出社初日から賑やかなこの会社を、幸恵は不安は残りつつも、何となく気に入り始めました。

 「ふぅ、なんか・・、分からないけど、楽しく働けそうだな♪」

 幸恵は気を取り直し、人事部のドアを叩いておりました。

 数百年の時を超え、かつて寄り添った魂が、今再び巡り合った事には気付かずに・・・。

 魂がこの場所を選択したという事を・・・。

 巡り合うために東京に出てくることを決断した事を・・・。 
 
 でも、きっといつか気付くであろう・・。

 
 それが「魂の選択」ならば・・・。


 



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時代小説「お幸と辰二郎」の前編です♪・・・第1章~第3章

2017年05月06日 10時30分29秒 | 小説・物語

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 皆さんこんにちは、スピンクルです♪
GWは順調に楽しんでいますか?(笑)

 GW期間中も、お仕事の方もいらっしゃるようで、本当にお疲れ様です♪

 さて、以前6回に分けて掲載した、セッションでの奇跡を題材とした時代小説「お幸と辰二郎」でしたが、ご覧になった方からのリクエストがありました。

 「一気に通しで読みたい!!」(笑)

 有難い事ですね♪
まさかここまで反響があるとは予想もせず(笑)、恐縮しきりです…(笑)

 という事で、若干修正も加えながら、一気に全編掲載したいと思います!(笑)
その方が読みやすいのかな・・?(笑)

 それでは、改めてご覧ください♪

と!思ったら、ブログの字数制限に引っ掛かっちゃいました・・(笑)
最大3万文字のところ、55000文字・・・。
気付かぬうちに、原稿用紙140枚強の長編になっていたんですね・・(笑)

 なので、前編と後編に分けますね。 

時代小説「お幸と辰二郎」・・・時代を超え再会した二つの魂

 第1章・・・「運命」 

 時は今から数百年前。
田園地帯が広がる、自然豊かなある地域で、一人の女の子が産まれました。

 しかし、6番目という事もあり、経済的には決して裕福ではない事もあり、周りの親戚や知人から、地域の慣習に従って「口減らし」をしろ!と、両親は勧められておりました。
とは言え、ようやくこの世に産まれてきたその娘に手を掛ける事など露ほども考えられず、幸せになって欲しいという願いを込め、「お幸」と名付け、愛情たっぷりに育てていったのです。

 そんな両親の愛情を受け、すくすくと育ったお幸でしたが、3歳のある日、経済的に困窮を極め、これ以上一緒にいると不幸になってしまうと考えた両親は、考えに考えた挙句、断腸の思いで知り合いの「大道芸人一座」の座長にお幸を預けたのです。

 若い女性におぶわれ、号泣し手を伸ばしながら両親を求めるお幸の姿を、一座が山あいの向こうに消え入るまで、両親はつい奪い返してしまう衝動を必死に抑え、見送っておりました。

 それからしばらくは、両親を思い、毎日泣いていたお幸でしたが、年が近い同じ境遇で引き取られた子供達と次第に打ち解けあい、また「子守役」の若い女性座員の優しさもあって、半年も過ぎる頃には、すっかり笑顔を取り戻しておりました。

 季節が何度も巡り、北は東北、南は九州まで一座は興行を繰り返し、お幸も最初はコマ回しや子供踊りで観客を賑わせておりましたが、天性の素質があったのか、17・8歳に成長した頃には、一座の目玉である「綱渡り」の看板へとなっておりました。

 
 そんな一座に、ある街の有力興行主から「長期公演」の話が舞い込んできます。
ある神社の「落成」を記念して、祭りを開催するから、そこで一定期間公演して欲しいとの内容でした。

 通常は一週間単位で興行を繰り返し、次の興行地へ移動していた一座でしたが、安定した収入を見込めるならと座長は決断し、その話を引き受ける事に致しました。


 祭り会場の境内で公演が始まると、連日札止め大入り満員。 中には毎日通う「つわもの」もいたようです。

 そんな「常連」の中に、地元で大工を生業とする男「辰二郎」がおりました。

 口は悪いが心は正直者。大工の腕も天下一品の、母親と二人で暮らす根っからの職人でありました。

 そんな辰二郎の目的は、他の常連客同様、公演最後の目玉である「綱渡り」に出演する「お幸」であったようです。

 境内の一角に張り巡らせた綱の上を、命綱なしで右手に扇子、左手に傘を持ちながら軽快に渡るお幸を、辰二郎は興奮しながら見入っておりました。


 そんな大人気の一座も、週に一度は休息日。 座員は思い思いに街へ繰り出し、おいしい食べ物に髪飾りにと、休日を楽しんでいたようです。

 その中の一人に、一座の看板「お幸」の姿もありました。

 幸が街を散策していると、一人の若者が近付いてきました。 あの辰二郎でした。


 「お♪ これは一座の花形お幸さん! 街巡りですかい!」

 「えぇ。お店がたくさんあって、どこが良いのか・・笑」

 「おっと!それならあっしに任せてくだせぇ! この辰二郎がうまい饅頭やら名物やら食わしてやりますよ!!」

 
 張り切った辰二郎は、お幸を伴い賑わいを見せる「商店街」を歩き出しました。


 「こっちのソバ屋は食えたもんじゃねぇ、犬に食わせろってんだ!」

 「なにを~!! やい!辰! 商売の邪魔をしやがったら、承知しねえぞ!!」

 「うるせぃ!! なら美味いそばを出してみろってんだ!!」


 「ここの饅頭の味は街道一なんですがね! あのオヤジの顔がいけねえや! あれじゃせっかくの饅頭がまずくなる!」
 
 「こ~の野郎!! 誰の顔でまずくなるだと~!!」

 「うるせいやぃ!! このひょっとこオヤジが!! とっとと裏で饅頭こねてろってんだ!! なんなら頭の湯気でふかしてみろぃ!!」


 そんな辰二郎と店主のやり取りを見ながら、お幸は辰二郎お薦めのお店で、食事や買い物を楽しんでおりました。

 休日のたびにひょっこりと現れる辰二郎に伴われての「散策」は、お幸にとって恒例行事になり、丁々発止のやり取りもすっかり慣れ、逆に楽しみにもなっていたようです。


 そんなお幸でしたが、いよいよ公演も千秋楽が近付いた頃、この街での最後の「散策」で、例のごとく同行していた辰二郎にこう話しました。

 「もう少しで千秋楽ね・・・。こうして辰さんとここを歩くのも今日が最後ね・・・。」

 「よせやい!笑 話が湿っぽくなるじゃねぇか! なにもこれが今生の別れであるめぇし、千秋楽まで毎日見に行ってやるから心配するない!」

 「うん♪そうね笑 千秋楽は絶対!見に来てね♪ 千秋楽だけの大技に挑戦するから♪」

 「ほぉ!そうかい♪ じゃあ楽しみにしてねえとな!♪」

 
 そんな会話の数日後、公演は千秋楽を迎えたのです。

 会場は立ち見も出るほどの大入り満員。 ほとんどの住民が集まったかの如く賑わった公演は、いよいよ目玉の綱渡りへと移りました。

 その時、観客から一斉にどよめきが上がりました。

 昨日までとは打って変わり、渡された綱の長さは何倍にも伸び、高さも街全体が一望できるのではないかと思うほど高くなっておりました。


 「こりゃすげぇ!! あの高さは・・、とびのお前でもぜってぇ無理だな!!」

 「うるせぇ!! 大工のお前に言われる筋合いはねえやい!!」

 「ほら!お前さんたち! 始まるよ!!」

 「おっ、おう・・・。頑張れ!お幸ちゃん!!」


 会場の松明に照らされたお幸が、ゆっくりと静かに、足場の踏み台から綱へと、一歩目を踏み出しました。

 固唾を飲み、しーんと静まり返りながら見守る観客。

 二歩、三歩と綱の上を軽快に渡り始めたお幸。途中で傘を開き、扇子をクルクル回しながら、また一歩また一歩と順調に進んでいきました。

 その度に声なき声を上げ、手に汗を握りながら見守る観客・・・。
 
 あと数歩で到着と思われた次の瞬間、境内を駆け抜けるすさまじい突風!

 同時に、綱を結んでいた大木が大きく揺れ、綱の上で必死に耐えていたお幸を右に左に揺らします!!

 「うわぁ~! 危ない!!」

 会場中から悲鳴とどよめきが起こります!

 どうにか体勢を整えようとしていたお幸でしたが、大木のしなりの反動で、身体が綱の上から投げ出され、遥か下の地面へと落ちてしまったのです。


 「お幸ちゃん!! お幸ちゃーん!!!」

 悲鳴と怒号が飛び交う境内の中を、野次馬を必死にかき分けながら近付く辰二郎。

 地面の上でピクリとも動かないお幸・・・。

 
 「おい!!お幸ちゃん!!しっかりしろい!!」
 
 必死に声を掛ける辰二郎。

 「おい!このでくのぼう! 突っ立ってないで戸板持って来い!!」

 辰二郎に言われ、慌てて本堂から戸板を運んでくる周辺の男性陣。

 
 そのまま意識を取り戻さないまま、近くの診療所に運び込まれたお幸なのでした。


 第2章・・・「二人を見守る月」

 それからしばらく昏睡状態が続いたお幸でしたが、奇跡的に命は助かり、ゆっくりと目を開け始めました。

 そこには心配そうに見守る座長、座員、そして辰二郎がおりました。


 「お!おい!じじい! お幸ちゃんが目を開けたぞ!!」

 「お、おぅ!! お幸分かるか!? 私が分かるか?」

 「ざ、座長・・・・、私・・・、ごめんなさい・・・・泣」

 「大丈夫だ♪ 大丈夫だよ♪ お前は頑張ったんだよ・・・泣」

 大事そうにお幸の身体を包み込み、愛おしそうに頭をなでる座長。
 

 「お幸ちゃん!! 俺の事覚えているか!!・・・?」

 そんな座長を押しのけて、お幸の前で自分を指さす辰二郎。

 「辰さん・・・、声が大きい・・・笑」

 泣いていたお幸が、辰二郎の仕草に笑顔を出した瞬間、診療所に詰め掛けていた一同から大きな歓声が上がりました。


 転落から数日、公演の荷物を積み終えた一座は、次の興行地へと向かう準備を進めておりました。

 
 「座長、私大丈夫ですから、一緒に連れて行ってください!」

 「いや・・、この身体じゃしばらく養生しなきゃいけない・・。万が一命に関わったらどうするんだい!」

 「でも・・・。」

 「私たちの事は心配しなくて良い♪ 幸いにもしばらくはお松がトリの綱は務めてくれるから、お前はしっかり養生しなさい♪」

 「そうだよ♪ 私もまだまだ捨てたもんじゃないよ!笑 さんざん子守をしてきたあんたに負けるわけにはいかないからね♪」

 「それでしっかりけがを治して、あとから追いかけて来れば良い♪ 私はいつでも待ってるよ♪」

 「ざ、座長・・・泣」

 お幸を心配させまいと、明るく振舞う座長と、子守役でもあり先代の綱渡り芸人だったお松ではありましたが、一つ気掛かりがございました。

 「とは言っても・・・、いつまでもこの狭い診療所でご厄介になるという訳にもいかないしなぁ・・・。」

 「誰かがお幸を預かってくれたら良いんですけどねぇ・・・。」


 「やいやいやい! 誰かぁ忘れちゃぁいませんかい!?」

 いつも声と態度だけはでかい辰二郎が二人に近づいてきました。

 
 「幸いにも、うちは棺桶に片足突っ込んだばばあとあっしの二人だけでさぁ! お幸ちゃん一人ぐれぇなんてこたぁ、ありませんぜぃ!」

 「とは言ってもねぇ・・、お前さんに預けるのは少々気乗りがしないねぇ・・・。」

 「やい!じじい!!もういっぺん言ってみろぃ!! こちとら大工の端くれでぃ! お天道様に誓って、やましい事はこれっぽっちも考えてねえってんだ!!」

 診療所の前でわめく辰二郎に、一人の恰幅の良い老女が近付いてきました。


 「こら!このドラ息子が!! 座長さんがあんたみたいなとうへんぼくに大事なお幸ちゃんを預ける訳ないだろ!!」

 「なにを~!!このばばぁ! まだ棺桶に入ってねえのかい!!」

 どうやらこの老女、辰二郎の母親のようです。

 「座長さん、うちにはあんなバカ息子がいるから、気乗りしないのは百も承知ですけどね。私が責任を持ってお幸ちゃんを預かりますから、どうか安心して下さいよ♪」

 「そう言ってもらえると私共も助かるんですがねぇ・・・。」

 座長はそう言うと、チラッと辰二郎の方を不安げに見つめるのでした。

 「おうおう!なんだ!その疑うような目つきは!! 俺が信用出来ねぇって訳かい! それならな!・・・」

 「うるさいよ!! 静かにおし!! 奥のお幸ちゃんが起きるだろ・・。」
 
 「お、おう・・・。」

 辰二郎は母親の言葉にシュンとしながら、お幸の方へ目を運ばせました。

 「なら、当のお幸に訊いてみましょうかね」

 座長はお幸の気持ちに判断を委ねました。

 「お幸どうなんだい? あのお方がしばらく面倒を見てくれるって言うんだが・・」

 「あの・・・、もし・・、お邪魔でなかったら・・・」

 お幸は遠慮がちにそう呟きました。

 「もちろんだよ♪ 私が責任を持って、お幸ちゃんの身体をしっかり治してあげるからね♪」

 母親はそう言うと、慈しむようにお幸の頭をそっとなでるのでした。

 「よし!そうと決まれば、こんな陰気臭い所とはおさらばでぃ!!」

 相変わらず辰二郎の態度はでかいようです。


 その翌日、一座は次の興行先に向けて出発しようとしていました。

 「どうか、お幸をよろしくお願いします・・。」

 「任せて下さいよ♪座長さん。しっかり!この吉がお幸ちゃんを守りますからね♪」

 「座長・・・、すぐに、すぐに治して行きますから! お松姐さんも無理はしないで!」

 「分かってるよ!笑 心配しないで早く傷を治しな♪」

 座長と松は、蚊帳の外でふてくされている辰二郎と、その母親「吉」に深々と頭を下げ、お幸に笑顔で頷きながら一座を引き連れ出発したのでした。


 それからしばらく奇妙な「同居生活」が続きました。

 お幸とお吉が奥の居間、辰二郎は土間の近くが「生活の場」となりました。

 寝たきりだったお幸も、献身的なお吉の看病や、辰二郎の天性の明るさが功を奏したのか、体調が日増しに良くなり、もともと鍛えていたせいもあってか、2,3か月過ぎる頃にはすっかり普通の生活に支障が無くなっていました。

 そんな日の夜の事でした。休む準備をしている二人に、お幸はこう切り出しました。
  

 「お吉さん、辰二郎さん、こんな私に本当に良くしてくれて、ありがとうございました・・。お陰様ですっかり身体も元に戻りました。なので・・・、そろそろ一座へ戻ろうと思います・・・。」

 「お幸ちゃんなんだい♪やぶからぼうに。もうちょっとゆっくり養生してからでも良いんじゃないかい?」

 お吉が寝支度の手を止めながらお幸にこう言ったのです。 

 「そ、そうでぃ! お幸ちゃんの世話が出来ねえとな、このばばあが寂しがるからよ・・!」

 辰二郎も、お吉とお幸を交互に見ながら、彼なりに引き留めていました。

 「いえ・・、これ以上ご迷惑は掛けられないし・・、それに座長たちも待っていると思うので・・・」

 「そうかい・・・。そう言われると、引き留める理由も無いねぇ・・・」

 お吉は寂しそうにそう呟くと、ひとつため息をつくのでした。


 その夜の事です。

 お幸はなかなか寝付くことが出来ず、これまでお世話になっていたここでの日々を思い返していました。

 娘のように接してくれたお吉。

 興行中に散策した際に気に入ったお菓子や食べ物をさりげなく買ってくる辰二郎。

 そんな二人が毎日繰り広げる親子喧嘩。
 それでいてお互い思いやっている事が伝わる、暖かな家庭。

 「賑やかだったなぁ・・・笑 私も普通に育っていたら・・・泣」

 つい、嗚咽が出そうになるのを堪え、涙が頬を伝わりそうなのを布団で拭い、隣で寝ているお吉に気付かれないように、そっと裏庭へお幸は出たのでした。

 すると、庭の向こうに一つの影が月夜に照らされ浮かんでいました。

 そっと近づいてみると、それは腕組みしながら月を見上げている辰二郎でした。

 
 「・・・ちくしょう・・! なんで俺は『ずっといて欲しい』と正直に言えねぇんだ!! この口が!この口が!!」

 身体の奥から絞り出すように、まるで月に向かって言ってるかのように、頬を涙で濡らしながら呟いていたのです。

 お幸はその場所から一歩も動けなくなってしまいました。気付かれないように、悟られないように、じっと、じっと・・。

 「お幸ちゃんもお幸ちゃんだ・・。そんなに俺が嫌いなのか・・! 座長んとこがそんなに良いのか・・・!」

 その言葉を聞いた瞬間、お幸は思わず口から言葉が飛び出してしまいました。

 「違う!違うの・・・、ずっといたいけど・・・」

 驚いたのは辰二郎です。

 「うわっ!! お!お幸ちゃん!! な、なんでここに!!」

 「ち、違うんだ! これはな、そ、そのぅ・・・」

 自分の正直な気持ちを聞かれた辰二郎は、ひどく狼狽し、恥ずかしそうにお幸を見つめるのでした。

 「ありがとう辰さん♪ 私も正直に言うと、ずっといたいけど・・、小さい頃から大事にしてくれた座長に迷惑はかけられない・・・」

 そう言うとお幸は、今まで我慢していた感情を、辰二郎の胸に飛び込みぶつけるのでした。

 「そ、そうだよな・・うん・・。 座長はな、お幸ちゃんにとって親代わりだからな。 迷惑はかけられねぇやな・・。」

 辰二郎も自分の感情を必死に抑えながら、胸元で泣くお幸を優しく包み込むのでした。

 「本当に、本当に今までありがとう・・・。」

 そんなお幸の言葉に、辰二郎も自然と涙が頬を伝うのでした。

 いつのまにか起きていたお吉も、月夜に照らされた二人を見守りながら、涙を拭っておりました。


 第3章・・・「それぞれの想い」

 別れの朝のことです。

 お幸が、寂しさを見せまいと必死にこらえるお吉と、どこか落ち着きなさげな辰二郎に言葉を掛けました。

 「お吉さん、辰さん、本当に今までありがとうございました・・。またこの街に来た時は、必ず・・! 必ず・・・泣」

 必死に寂しさを我慢していたお幸でしたが、とうとう大きな瞳からは大粒の涙がとめどもなく溢れてきてしまいました。

 「なんだよぅ!お幸ちゃん♪ お幸ちゃんに泣かれちゃ、こっちまで涙が止まらなくなるじゃないか・・・泣」

 お吉もお幸と抱き合いながら、別れを惜しんでいたのでした。

 「そ、そのぅ、何だ! ま、又よ・・! こっちに来るときゃ、会えるってぇのによ! 二人して大袈裟ッてぇもんだ!」

 辰二郎もいつもの陽気さを出そうとはしていましたが、寂しさを隠しきれていません。

 「お幸ちゃん!達者でね! 座長さんをしっかり盛り立てるんだよ!」

 「はい・・! 本当にありがとうございました・・・!」

 残る未練を振り払い、お幸は真っ直ぐ前を向き、親しんだこの街を後にしたのでした。


 それから1か月を掛けて、一座の辿った場所を訪ね歩き、ようやくお幸は合流することが出来たのです。

 「座長! 本当に今までご心配をお掛けしました・・。」

 「おぅおぅ!お幸! すっかり元気になって♪ さぞ大事にしてくれたんだね・・・泣」

 座長も久しぶりに見る元気なお幸の姿を見て、ホッとした様子でした。

 「お松姐さんも、これまで本当にありがとうございました♪」

 「ひゃぁ!助かったよ♪ あの時ゃ・・あんな啖呵切っちまったけどね、もう・・いつ足がもげるかと思って生きた心地がしなかったよ・・・笑」

 お松もおどけるように、お幸の戻りを喜んでおりました。

 「さあさあ!今夜はお祝いだよ♪ みんな英気を養っておくれ♪」

 一座が賑やかに自分の戻りを喜んでいることに、お幸は心の中で、自分に言い聞かせておりました。

 『これで良い、これで良いんだ・・。普通の家庭なんて・・、自分には勿体ない・・・』


 その夜の事です。お幸は夢を見ておりました。

 「お吉さん! 大根貰ったから、今夜は煮物にしましょ♪」

 「そうだねぇ♪ じゃあ今日はお幸ちゃんに頼もうかね♪」

 「なんでぃ! いつもでっけぇ大根ぶら下げているくせに、そんなに大根が珍しいか、ばばぁ笑」

 「何を~! このすっとこどっこいが! そりゃ私の足のことを言ってるのかい!!」

 「へっ! わかりゃいいんだ!わかりゃ!」

 夢の中のお吉と辰二郎の掛け合いが愉快で、お幸は眠りながらも、二人に声を掛けていました。

 「もう♪ 二人ともやめて♪ 辰さんも火を起こすの手伝って♪ フフフ・・・」

 楽しそうな笑顔を浮かべ寝ているお幸の姿を、座長が複雑そうな表情を浮かべ、見つめておりました。


 「お話って何ですか?座長♪」

 翌日、復帰に向け必死に稽古に打ち込んでいるお幸を、座長は奥の座敷に呼び出しました。

 「お幸・・、正直に話してごらんよ。お前・・、ひょっとして、あの親子のもとへ帰りたいんじゃないのかい・?」

 唐突にそう言われたお幸は、一瞬戸惑いの表情を見せましたが、すぐに笑顔を取り戻し、こう言いました。

 「いえ♪ 大丈夫です笑 だって、私が早く元の感覚を取り戻して公演に・・・」

 「正直に言ってごらん!! あの親子、いや、あの辰二郎に惚れたんだろ・・・?」

 座長は真っ直ぐお幸の瞳を見つめながら、諭すように声を掛けたのです。

 「だ、だって、そんなこと・・泣 座長にこれ以上迷惑なんて…泣」

 お幸は、今まで必死に堪えてきた辰二郎への想いが再び溢れ、畳へと突っ伏してしまいました。

 「昨晩ね、お前の寝言を聞いちまったんだよ・・・。本当に!嬉しそうに寝ているお前を見て、私はピンと来たんだよ♪」

 座長は優しくお幸の背中をさすりながら、言葉を続けました。

 「お前が3歳の時、私はお前の親から預けられた時、こうお願いされたんだよ。『必ず!幸せにしてください!!』って」

 「そりゃぁもう必死だった。だから、私はお前を実の子供のように、これまで育ててきた。」

 「はい・・・、本当に大事に育ててくれました・・。だから!・・・」

 お幸は泣きはらした目で、じっと座長を見つめていました。

 「だから!私はずっと心に決めていたんだよ♪ この子に好きな男が出来たら、迷うことなく!そいつにお前を預けよう!って・・」

 そう言うと、座長もぎゅっとお幸を抱きしめながら、涙が頬を伝うのでした。

 「お前には普通の幸せを掴んで欲しいんだよ!・・」

 「座長・・・泣 でも・・、座長は辰二郎さんの事・・・」

 「ハハ・・、あのお吉さんが育てた息子だ。根は優しいに決まっているじゃないか♪」

 「あ、ありがとう、ございます・・泣」

 「しっかり胸を張って戻るんだよ♪ なにせうちの花形なんだから♪」

 座長とお幸は、実の親子のようにお互いへの思いやりを感じさせながら、頷くのでした。


 翌日、一座に事情を説明した座長は、旅支度をしたお幸の手に『支度金』を握らせ、こう言いました。

 「くれぐれも!無理をするんじゃないよ♪ そしてどんなことがあっても、夫婦として仲良く過ごすんだよ!・・」

 今まで手塩に掛けて育ててきた座長にとっては、実の娘のように思えたのでしょう。

 「はい・・・泣、本当に!本当に!ありがとうございます・・。そして、みんなも・・!!」

 一座全員が涙を浮かべ、お幸の門出を祝福してくれたのでした。


 それから数週間後、見慣れた街の、見慣れた家の前に、お幸の姿はありました。

 ガラガラ・・

 奥の座敷には、見慣れた、久し振りに見る二人の姿が・・。

 「た、ただいま・・・」

 「お!お幸ちゃん!! お幸ちゃんなのかい!!泣」

 飛び上がるように奥から飛び出してきたお吉は、お幸をしっかりと抱きしめるのでした。

 幽霊でも見たかのような表情を浮かべた辰二郎は、気を取り直して、こう言ったのです。

 「お、おう! やけに戻るのが早ぇじゃねぇか! さては・・!ばばぁの事が気になって戻ってきた口だな♪」

 「何言ってんだよ!このバカ息子が!! こんな時くらい正直になれないもんかね!!」

 涙でぐずぐずになりながら、お吉は辰二郎を睨みつけ、お幸を一層強く抱きしめるのでした。

 「辰さん・・・、ただいま・・♪」

 お幸が辰二郎の方へ向き直り、優しく言葉を掛けました。

 「お、おう・・。なんでぇ、改まって・・・」

 「ここに・・、いても・・、良い・・?」

 「お、おう!、一ヶ月でも半年でも・・・」

 「ずっと・・、ここに・・・、いても・・、良い?」

 「ず!ずっと‥!? お、おう! そうすりゃばばぁの面倒も見なくて済むし、助かるってぇもんだ・・」

 「本当に!この子は!! お幸ちゃん♪あんな馬鹿はほっといて、楽しく過ごそうじゃないかい♪」

 「ウフフ♪ はい♪ そうします♪」

 「何を~!! 女二人でバカにしやがって!! 勝手にしろってんだ!!」

 ふてくされるように寝転がり、向こうを向く辰二郎でしたが、顔には嬉しさと安堵が浮かんでおりました。



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時代小説「お幸と辰二郎」最終章・・・時代を超え、再会した二つの魂

2017年04月19日 13時09分18秒 | 小説・物語

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 時代小説「お幸と辰二郎」最終章・・・「時を超え」

「・・・ん・・・。」

 ご飯の支度途中に転んでしまい、頭を打ち意識を失ったお幸が、ゆっくりと目を開けました。
その目に最初に映ったものは、吸い込まれそうに綺麗な、澄み切った空でした。

 「フフ♪、本当に私はそそっかしいわね笑 こんな姿見られたら、辰さんどころか巳之吉にまで馬鹿にされるわ笑」

 お幸は寝っ転がったまんま、一人でクスクス笑っておりました。

 「いけない! 早く支度しなきゃ!!」

 お幸は急いで立ち上がると、その辺に転がった里芋を集めようとしてました。

 その時、土間に続く入口に、大変懐かしい姿を見つけたのです。

 「・・!!座長!!」

 「久方ぶりだね♪ あれから幸せに暮らしていたみたいだね♪」

 座長は、お幸を慈しむような眼差しで、満面の笑みをたたえておりました。

 お幸は、二度と会えないと思っていた座長と再会し、嬉しさのあまり泣きながら座長に抱きついておりました。

 「座長!泣 もう会えないかと思ってました・・・泣」

 「何言ってるんだい♪ 今こうして会えているじゃないか♪」

 「はい・・・泣 本当に嬉しいです♪泣 座長のお蔭で、私は本当に幸せな毎日を送れました・・泣」

 「うんうん♪ 分かっているよ♪ お前を見りゃ一目瞭然だ♪」

 「座長・・・!泣」

 お幸は、小さな女の子に戻ったように泣きじゃくり、座長に優しく抱擁されていました。

 「そうだ♪お幸♪ もう一つびっくりさせることがあるんだよ♪」

 座長は、お幸をゆっくりと自分の身体から離し、お幸の身体をくるりと裏庭の方へ向けてあげました。

 すると!そこにはありえない人の姿が・・・!

 ・・・・・!

 「お!お!おっかさん!!??」

 なんとそこには、辰二郎の母「お吉」が立っていたのです。

 「お幸ちゃん!!久しぶりだねぇ♪」

 お吉は生前と変わらない笑顔で、お幸に言葉を掛けたのです。

 「な・な・何!!? ど、ど、どうなってるの・・・?」

 お幸は、今目の前で起きている出来事が、にわかに信じられませんでした。

 「お幸♪ お前はよく頑張ったんだよ♪ 最後はそそっかしいところが出てしまったけどね・・・笑」

 座長は、まだ困惑しているお幸の肩を、後ろからやさしく両手で包み込みながら、言葉を掛けました。

 「お幸ちゃん、信じたくはないだろうけど・・、あそこを見てごらんよ」

 自分をじっと見つめているお幸に、お吉はそっと井戸の方へ指を差しながら、穏やかに話しかけました。

 促されるように目を移したお幸は、今にも目を開けそうなくらい、まるで眠っているような、透き通った肌をして横たわる自分の姿を見つけたのです。

 「わ、わ、わたし・・・、死んだの・・・?」

 自分の手を、顔を、身体を触り、生きている時と何ら変わらない感触を確かめるお幸に、二人はそっと近づき、寄り添っていました。


 「お幸♪ こうなってしまったら仕方がないんだよ・・・♪ 大事なのはね♪ 想いを残さない事だからね…♪」

 座長がそう言うと、お幸はハッとして聞き返しました。

 「じゃあ・・、もしかして座長も・・・」

 「ははは♪ とっくにお迎えは来たよ♪ だから今度は♪ 大事なお前をお吉さんと一緒に迎えに来たんだよ♪」

 「そうだよ!♪ 親代わりの二人が来なきゃ、誰が来るというんだい♪笑」

 昔と変わらぬ豪快な笑顔で、お吉がお幸に言葉を掛けました。


 その時です。表の入口から辰二郎と巳之吉が帰ってきました。

 「おーい! 今帰ぇったぞ!! 幸! 飯だ飯!!」

 相変わらずの大声で、辰二郎が足袋を脱ぎながら茶の間に上がってきました。

 「おーい!聞えねえのか!? 幸! いるのか~!?」

 辰二郎は返事をしないお幸にいぶかりながら、半纏を鴨居に掛けようと立ち上がり、ふと裏庭に目を移した瞬間でした・・・。
そこに変わり果てたお幸の姿を見つけたのです。

 「!!!! ゆ、ゆ、幸~!!!!!」

 茶の間から縁側沿いに飛ぶように裏庭に降り、幸の身体を揺すったのです。

 「な!な!なんで!! こんなことに・・・!!!!」

 お幸の身体は冷たく、血の気は失せ、もはやピクリとも動きませんでした。

 「幸~!! なんで・・・、なんで一人で行っちまうんだよ~!!! う、う、う・・・泣」

 辰二郎は全身を悔しさと悲しさで震わせながら、お幸をギュッと抱きしめていたのです。

 「辰二郎さん・・・泣、ごめんなさい・・・・泣」

 お幸は、自分の存在がもはや辰二郎からは見えなくなった事を忘れ、辰二郎の身体をそっと包み込んだのでした。

 「俺は・・、これからどう生きていくって言うんだ!! ちくしょう!!!!!」

 辰二郎の泣き声に気付いた巳之吉と、遊びから帰ってきた吉五郎が井戸に駆け寄り、変わり果てた姿になった母お幸の姿を見て、呆然と立ち尽くしておりました。

 「お、おっ母!!泣 おっ母!!泣」

 二人の息子は、まだ現実を受け入れきれませんでした。

 「ごめんなさい! ごめんなさい!! もっと側にいたかった・・・!泣」

 その光景を一部始終見ていたお幸は、申し訳なさそうに、三人に謝っておりました。

 「お幸ちゃん・・・、こればかりはしようがないんだよ・・・。宿命というものさ・・・」

 お吉は、辰二郎たちに必死に謝るお幸を慰めるように、後ろから抱きしめてくれました。

 「さあ、悲しいだろうけどさ・・・。上に行く準備をしょうかね・・♪」

 お吉はお幸を促すように立ち上がらせ、座長と共に、裏庭に降りてきた「白い光の筋」の中へお幸を導いたのです。

 すると、お幸の目の前に光の白い幕が拡がり、そこにお幸の一生が映し出されました。

 
 産まれた時。
 座長と出会った日。
 稽古に励んだ日々。
 そして、辰二郎と出会い、共に過ごした日々・・・。
 
 その幕の中に繰り広げられる「自分の人生物語」に、お幸の心はまるでもう一度体験したかのように、様々な想いが蘇ってきたのです。

 「・・・はぁ、こうして見ると、本当に私はいろんな人に助けてもらった・・・。幸せだった…♪」

 見終わったお幸は、心の底からしみじみそう感じておりました。

 「そうだよ♪ お幸ちゃんは頑張ったんだよ♪ ほら♪見てごらん♪ あのバカ息子が、ちゃんと大事な人が誰かを分かっているんだからね♪」

 息子の辰二郎が人間的な成長を遂げたのはお幸のお蔭と言わんばかりに、母としての眼差しを辰二郎に向けながら、お幸にそっと囁いておりました。

 「お幸♪ だから、あの三人の為にも憂いなく上に登るんだよ♪」

 座長もお幸に対し優しく語り掛けながら微笑んでおりました。

 「・・・分かりました♪ 上に行って、しばらく休んで、また再び巡り合えるように願います・・♪」

 お幸は決心したように上を見つめ、光が導くままに身体を任せ、お吉と座長と共にゆっくりと上がっていきました。


 「・・・いつか、必ず・・!辰二郎さんと、もう一度・・・、逢えますように・・・。」

 「いつか・・、必ず・・・」

 「いつか・・」

 「必ず・・・」

 ・・・・・

 ・・・・

 ・・・

 ・・

 ・
 完。


 ・

 ・・

 ・・・

 ・・・・

 ・・・・・

 
 2017年3月、一人の女性が、生まれ故郷を離れ、大都会東京に上京してきました。

 慣れない都会に戸惑いつつ、新たな職場のドアを、彼女は今まさに開けようとしてました。

 「ふぅ、落ち着け~! 落ち着け~! ・・よし!! おはようございます!!♪」

 フロアにいた皆が一斉に彼女の方を見つめ、一瞬止まったかと思うと、また何事も無かったかのように、仕事を再開しました。

 「あちゃ~、メッチャ恥ずかしい・・・。気合い入れ過ぎた~・・・。」

 その女性は、顔を赤くしながら、玄関で縮こまっていました。

 「おぅ!おはよう! 今日からの新人さん♪?」

 そんな女性に、馴れ馴れしそうでいて、どこか憎めない態度で声を掛けてきた男性社員がおりました。

 「は、はい! よろしくお願い致します!!」

 女性は慌てて、その男性社員に深々とお辞儀をしたのです。

 「いやいや♪ そんなにかしこまらなくて良いの♪ 俺はアフターファイブ専門だから♪笑」

 その男性はケラケラ笑いながら、話しかけておりました。

 「こらー!! 森口! なに新入社員をからかっているんだ! ちゃんと仕事しろ!!」

 上司と思しき男性が、その「森口」らしき男性に怒鳴っておりました。

 「はいはい♪ 分かってますよ♪ あ、俺森口っす♪ 森口辰雄です! 皆から辰って呼ばれているから、よろしく!!」

 「あ、私、山畑です・・。山畑幸恵です!よろしくお願いします!!」

 「OK♪ 幸ちゃんね♪ 覚えとく笑 あ、美味しいもんじゃ食べに行く?」

 「こら~!森口!! 何度言ったら!!」

 「はいはい♪ 耳は聞こえてますよ! まだ若いんで!」

 「なんだと~!!」

 「幸ちゃん、また後でね♪」

 そう言うと、辰雄はフロアの人垣に溶け込んでいきました

 出社初日から賑やかなこの会社を、幸恵は不安は残りつつも、何となく気に入り始めました。

 「ふぅ、なんか・・、分からないけど、楽しく働けそうだな♪」

 幸恵は気を取り直し、人事部のドアを叩いておりました。

 数百年の時を超え、かつて寄り添った魂が、今再び巡り合った事には気付かずに・・・。

 魂がこの場所を選択したという事を・・・。

 巡り合うために東京に出てくることを決断した事に気付かずに・・・。 
 
 でも、きっといつか気付くであろう・・。

 
 それが「魂の選択」ならば・・・。

 だって、既に「再会」したのだから・・・。
 時代を超え・・・、二つの魂が・・・。 


 完。

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時代小説「お幸と辰二郎」第5章・・・時空を超え再会した二つの魂

2017年04月09日 18時05分24秒 | 小説・物語

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 時代小説「お幸と辰二郎」第5章・・・「普通の幸せ」

  チーン♪

 「ババァ、行ってくるから、そこの饅頭でも食って待ってろ♪」

 お吉が亡くなって早10年、相変わらずの口の悪さの辰二郎でしたが、毎日欠かさず手を合わせるようで・・・。

 「おい!巳之吉!何してんだ!! 早くしろってんだ!!」

 「うるせいやい! 腹に何も入れずに出られるかってんだ!!」

 「何を~!!親・に・向・か・っ・て・・・!!」

 「はいはい! 親子喧嘩なら外でしてくださいよ!!」

 朝から賑やかな、辰二郎と性格がうり二つの長男巳之吉との喧嘩を、慣れた感じで収めるお幸の姿がありました。

 「ったく! 誰に似やがったんだ~!!」

 「フンッ! てめーの顔見て言いやがれってんだ!!」

 「何を~!!」

 父親と同じ大工になった巳之吉と辰二郎の親子喧嘩は、この界隈では朝の恒例行事で、その姿は在りし日のお吉と辰二郎を見ているようで、みんな微笑ましく見ておりました。

 すっかり母親が板についたお幸は、明るい性格もあって、ご近所付き合いもお吉同様色んな人に愛されていたようです。

 お幸が買い物で商店街を歩いていると、誰でも声を掛けてくれました。 

 「お幸ちゃん♪ あのバカ亭主は相変わらず元気かい?笑」

 「フフフ♪ あの人は毒を盛っても死にゃしないよ♪」

 「ははは!そりゃそうだ!笑 お♪ これお吉さんに持って行ってくれ♪」

 饅頭屋の亭主が、お供え用の饅頭を、かつての親友お吉の為に、お幸に渡してくれました。

 「ありがとう♪ おっかさんも喜ぶわ♪」

 「何言ってんだぃ♪ 水臭いやぃ! お吉さんに、あのバカ息子に取られないように気を付けろって言っといてくれぃ♪」

 「フフフ♪」

 街のみんなの心には、亡くなって10年経っても、まだお吉さんが生き続けているようでした。
 
 そんな人情に篤い、商店街のみんなが、お幸は心から大好きでした。

 旦那の辰二郎がいて、すっかり一人前になった長男の巳之吉がいて、わんぱく盛りの次男吉五郎。

 そんな家族に囲まれているお幸は、時々しみじみこう思うです。

 『まさかこの私が普通の生活が出来るなんて・・♪ はぁ♪毎日が幸せ♪ 座長さん、お松姐さん、お吉さん、そして辰さん♪ ありがとう♪』

 今日も、夕焼けで真っ赤に染まった商店街を歩きながら、幸せな気持ちで家路につくお幸なのでした。


 「さぁ♪ こんばんは雑炊にしようかな♪」

 家についたお幸は、裏の井戸で、雑炊に入れる里芋を洗っていました。

 「土は・・、だいぶ落ちたわね♪ あとは・・、鍋の水を・・」

 里芋を洗い終わったお幸は、鍋に水を入れる為に、立ち上がって井戸の縁にある踏み石に足を乗せた瞬間、フッと立ちくらみが・・・

 体の平衡を失ったお幸は、足元がおぼつき、なんとか踏ん張ろうと井戸の縁に手をついたのですが、そこに生えていた苔がお幸の手を滑らせ、
一回転をするように頭の後ろから地面に落ち、そこにあった踏み石に頭を強く打ってしまったのです。

 「へまをしちゃった・・・。は、早くしないと・・、みんなが・・、帰ってくるから・・・、は、早く・・、しないと・・・」

 薄れゆく意識の中でも、お幸は家族の事を気遣っておりました。

 「おかしいわ・・・、なんだか眠くなってきちゃった・・・。早く・・、起きないと・・・」

 裏の井戸で段々と意識が遠のきながらも、手を空に伸ばし起き上がろうとするお幸でしたが、その瞳はゆっくりと閉じてゆきました。

 踏み石にぶつけた頭からは、ゆっくりと赤い筋が地面に伸び、今まさにお幸の命のろうそくを吹き消す勢いで、流れておりました・・。

 その頃、表の通りには、家路に急ぐ多くの人々が行き交っておりました。 仕事を終えた辰二郎と巳之吉を含めながら・・・。

 続く。 

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