佐久市 ヤナギダ 趣味の店

長野県佐久市野沢93番地
ヤナギダ☎0267-62-0220

「遠 恋」 愛よりも優しく ―Ⅸ―

2024-05-16 08:16:19 | 日記
新幹線が名古屋駅を出て五分ほど
した頃、会社から携帯電話に連絡
が入った。
デッキまで出て、メッセージを聞
いた。

「桜木さん、編集二課の深澤です。
ついさっき京都の永田先生の秘書
の方から、お電話がありまして・
・・・・・」
これから会うことになっている
絵本作家に急ぎの用事ができてし
まい、わたしとの約束を一時間
だけ、遅らせて欲しいという。

誰かがわたしに、一時間をプレ
ゼントしてくれた。そんな気が
した。

わたしは折り返し、会社に電話
をかけて「了解しました」と伝
えた。

列車が京都駅に着くと、地下通
路を通って八条口を抜け、学生
時代にアルバイトをしていた書
店へと向かった。地下からビル
ディングに入り、エスカレター
でゆっくりと、六階まで上がっ
ていく。

一階上がるごとに、十代の記憶
が、二十代のわたしが、そして
「あの日」が近づいてくる。

この書店を訪ねるのは、実に
十三年ぶりのことだ。売場に
着くと、わたしは「ちっとも
変わっていない」と驚いたり、

「昔のままだ」と嬉しくなった
り、「すっかり変わってしまっ
た」と感慨にふけったり、目
まぐるしく行き交う情報を楽
しみながら、通路を歩き、
書棚を見て回った。

気がついたら、わたしの持ち
場だった洋書売場に来ていた。
ペーパーバックの棚の前で、
清楚が横顔をした女性の店員
さんが、在庫チェックのよう
な仕事をしていた。

アメリカ出版された村上春樹
の作品集『The Elephant V
anishes』が、棚の中央に黄
色い表紙を表にして置かれて
いる。その隣に日本語版。
わたしはその場所にはいつも、
映画化された話題作を並べて
いた。

それからわたしは、絵本売場
へと向かった。
わたしが担当し、編集した絵本
も何冊も置かれていたし、会社
で出しているシリーズ物もちゃ
んと揃っていた。そのことを
確認したあと、

絵本売場の責任者がいれば、名刺
交換だけさせてもらおうと思い、
レジの方に向かって歩き始めた、
その時だった。


―――こんにちは。
この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« とれたての恋です。 | トップ | 「吠える月」 »
最新の画像もっと見る

日記」カテゴリの最新記事