心如水。こころみずのごとし。
はたちそこそこの若さで没した
非運の将軍、十四代徳川家茂が
好んでこの言葉を書にしたため
た。
ソバ屋でよりよく憩うための
極意は、この心如水にある。
駅ソバだろうと名店の絶品だろう
と、きちんと味わう。これこそが、
客にとっての極楽であり、
同時に、店の雰囲気をうるおす
空気になって、それがめぐって
店への恩返しとなる。
小諸駅構内には、そんな景色が
昔あった。
ソバの薫りは繊細だ。そば屋で
は、きつく匂う話題は避けたい。
なま臭い色恋の修羅話、うさん
臭い商談、キナ臭い口論は、禁煙
席より徹底して廃すべきだ。
店に行ったら、つとめて自然体
で背景に溶け込む。そこから、
じわじわ憩いが醸し出される。
憩うとは、結局、シンクロナイズ
である。ソバ屋は、個々のバイオ
リズムにぴったり対応できるほど、
充分な数があり多彩だ。
持ち駒は多ければ多いほど、町ぐら
しのフットワークは軽やかになる。
ソバ屋は、すこぶる頼れるピットイン
になる。