ぶうけがるに

gallery展覧会のご案内と日常のできごとを綴っています www.noivoi.com

川崎和美展 

2021-04-08 14:02:00 | 日記
春は何かと忙しく・・
現在開催中の展覧会をお知らせするのも忘れておりました。。


川崎和美展 - 蠢く-  














ん?写真が小さい・・



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川崎和美展のお知らせ

2021-03-24 15:07:00 | 日記
次回展覧会のお知らせ

「川崎和美展 蠢く - うごめく- 」


何やら、すごいことになっている。
見てみたいような、怖いような。
〝聖域と呼ばれる場所には恐れや不安、不気味な感情を呼び起こすものが存ずる。”







こうあるべきものという世間の「常識」というものにことごとく疑問を抱き、人に合わせて同調することが出来ない自分を実は、なんて不器用な人間なのかとあきれていました。ただ、芸術という世界はそんな不器用な生き方をした人間を「おもしろい」と評価してくれるのです。

日々、皆気が付いているのに気が付かないふりを
していること
そこにあるものはこういうものと無意識に決め付けて
いるもの
違和感を見過ごせず「なぜ?」と深く深く掘り下げ作品が生み出されます。

川崎和美


川崎和美氏の経歴などは、ギャラリーのHPでご覧下さい。


3/30 〜 4/11     4/5close
11:00 - 18:00


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80年後は・・

2021-03-22 13:44:37 | 日記
癒しの存在、リヒピーハーフ⁉️

6か月の君へ。
(君のお母さん力作の記念写真だね)





君が80歳になった地球はどうなってる?
世界地図は変わってない?
車が空を飛んでるかも?
当然もう現金なんて使ってないよね?
一家に一台人型ロボットがいる?
富裕層のセカンドハウスは月にある?


君と君の家族が幸せな地球でありますように・・・

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近所のお勧めレストラン

2021-03-17 19:38:00 | 日記
久しぶりに外食をしました!
近所のお店ばかりですが、

ビストロ シェコリンさん
美味しくて、お手頃な予算のランチがお勧めです。





夫婦の記念日はいつもここ😊
フレンチレストラン エリタージさん
ここも決して高くない予算で美味満足!
写真はコースの一部です。
オーナー夫妻だけで切り盛りし、シェフは有名フレンチから独立された方です。
寡黙で真面目・・かたや奥様は明るい方です😊
パンについてくるオリーブオイルは絶品で、かなりのハイレベル‼️

HPは有りませんが、











オーガニック 食堂エンギさん

ランチでこのボリューム!これにスープがつきます。
メインや野菜は好きな食材を選ぶワンプレートです。
こちらは↓つれあいがチョイスしました。




私はこちら↓をチョイス😊




どのお店も、ギャラリーのお客様がお勧めのランチのお店を尋ねられたとき、ご紹介する近所のお店です。
ぜひ予約してお出かけください‼️


ギャラリーノイボイ 



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2021/03/11

2021-03-11 11:31:11 | 日記
今日は、東日本大震災10年目の日。
名古屋もかなり揺れました。
当日の記憶は鮮明に残っています。
当時は20階以上の高層マンション住まいで、ちょうど真ん中の階でした。


地震があった時間は買い物に出かけていましたので激しいビル揺れの実感はないのですが、東北で余震があるたびに、その2、3分後この地方が揺れていました。
ゆっくりゆっくりの横揺れ・・
室内のペンダントライトが少し左右に動く、なんとも気持ちが悪い揺れでした。

免震ではなく耐震構造のマンションでしたが、当日は何一つモノが落ちたり倒れたり移動したりすることもなく、(これは真ん中の階層だからかな)エレベーターが止まっただけでした。


震災1年後、その被災地を訪ねました。
当時宮城県知事がテレビで、ぜひ宮城に来て下さい、と呼びかけておられました。
迷いましたが、新幹線を乗り継ぎ東北新幹線くりこま高原駅へ、そこからレンタカーで南三陸町に向かいました。
1時間半くらい走りましたが、車窓からは地震の爪痕もなく、そろそろだね、とつれあいと話した直後、山道を抜けると・・最初は何が何だかわかりませんでしたが、ぺっちゃんこというよりくしゃくしゃになった車が数え切れないほどの塊で積み上げられていました。
その光景には言葉がありませんでした。
それから少し車を走らせると、海を背に広がる土地、南三陸町に出ました。


建物は数戸あるのみ、何もない平地の中に
赤い色に塗られた何かが見えました。
現在震災のシンボルとして残されていますが、当時の防災センターは津波が襲ったという痕跡が鮮明に分かる姿で、ただ骨組みの鉄骨だけが残っていました。


海岸近くには、在るはずもない電車の車両だけがポツンと残されていて、そこにかつて漁業で栄えた数万人が暮らす町があったこと、たくさんの人々が犠牲になったことの想像がつかないほど静かな平地でした。


地震と津波の影響を受けずに営業していた高台のホテルに一泊し、静かな海を望む部屋の窓べに数羽のカモメが留まり、私を見ていました。
ゆっくり流れる時間の中、一年前に何が起こったのか、私は想像することも避けていたことを思い出します。
地元の特産品を販売する仮店舗ができていて、元気な地元の方と少し話をした記憶がありますが、何を話したのか思い出せません。
そこで海鮮加工品を買い、南三陸町を後にしました。


この体験は、この地方にも必ず起こるといわれている大地震を意識するきっかけになったことは言うまでもありません。




こうして花を飾ることができるということは、幸せなことなんですね。


















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