夕暮れ時、遥か彼方の雲間に、越冬のため南に渡る雁の群れが目に入る。門前に広がる稲田では、そよそよと秋風に稲穂を揺らして、葉擦れの音が微かに耳に届く。実りの秋、豊作を想像させる田園風景である。
安寧な田園の環境に身をおいて、心穏やかに秋の収穫を夢想する実朝の姿が思い浮かぶ。心穏やかでない(?)歌に接する機会の多い実朝ですが、このような歌を遺されていることに、ホッとさせられます。
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[歌題] 田家夕雁
雁のいる 門田の稲葉 うちそよぎ
たそがれ時に 秋風ぞふく (『金槐集』秋・228)
(大意) 秋の黄昏時、遥かに見る大空には南に渡る雁の群れが目に入る。
あばら屋の門前に広がる田園では 稲穂が秋風にそよと揺れている。
[註] 〇門田:家の前にある田。
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<漢字>
田園傍晚 田園傍晚 [下平声七陽韻]
火焼雲間群雁翔, 火焼雲(ユウヤケグモ)の間に 雁の群が翔(ト)んでいる,
田園瞭望映金黃。 田園 瞭望(リョウボウ)すれば 金黃(コガネイロ)に映えている。
威威搖動門前景, 威威(ソヨソヨ)と搖動(ユレ)ている門前の景,
佳節清商掠稲粱。 佳節の清商(セイショウ) 稲粱(トウリョウ)を掠(カス)めてあり。
[註]○火焼雲:夕焼雲; 〇瞭望:遠く見渡す; 〇金黃:黄金色;
〇威威搖動:そよそよと揺れ動く; 〇清商:清々しい秋風;
〇掠:かすめる; 〇稲粱:稲、穀物、イネとアワ。
<現代語訳>
田園の夕暮れ時
夕焼雲の雲間に雁の群れが飛んでおり、
田園遥かに見渡せば、一面黄金色に映えている。
門前で そよそよと稲穂が揺れ動いており、
爽やかな時節、秋風が稲を掠めて吹き渡っているのだ。
<簡体字およびピンイン>
田園傍晚 Tián yuán bàngwǎn
火烧云间群雁翔, Huǒshāoyún jiān qún yàn xiáng,
田园瞭望映金黄。 tiányuán liàowàng yìng jīnhuáng.
威威摇动门前景, Wēi wēi yáodòng mén qián jǐng,
佳节清商掠稻粱。 jiājié qīng shāng lüè dàoliáng.
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実朝の歌の“本歌”とされ、百人一首*に撰された、源経信の歌(下記)に似た情景です。しかし実朝の歌では、宙に翔ける雁の群れが加わり、三次元の世界が無限に広がっています。なお、先に経信の歌の漢詩訳では五言絶句としました(閑話休題196参照)。
実朝の歌の“本歌”とされる歌:
夕されば門田の稲葉おとずれてあしのまろ屋に秋風ぞ吹く
(大納言(源)経信『金葉集』巻三・秋・173; 『百人一首』71番*)
(大意) 稲穂が黄金色に輝く田園、陽が西に傾く頃になると、爽やかな秋風
がそよと茅葺の山荘にわたってくる、稲葉の微かな葉擦れの音とともに。
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