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愉しむ漢詩

漢詩をあるテーマ、例えば、”お酒”で切って読んでいく。又は作るのに挑戦する。”愉しむ漢詩”を目指します。

閑話休題 478 歌と漢詩で綴る西行物語-30 心と身と

2025-07-21 10:03:14 | 漢詩を読む

 西行は、都周辺を離れる初めての修行の旅に出ました。先達・能因法師の奥州・歌枕の旅に思いを得て、陸奥に向かいます。能因に倣い、春に都を発ち、秋に白河の関に着いた、その折の感慨を詠い、関守の番小屋の柱に書き付けたということです。

 西行の心を捉えたのはやはり小屋の廂から漏れた月影でした。遥かな遠国で見る秋の月に、来し方に逢った諸々の想いが重なり、去来したことでしょう。

<和歌-1>

白河の関屋を月の洩る影は 

  人の心を留むるなりけり   [山1126]、新拾遺集九  

 

 白河の関を過ぎ、信夫(シノブ)というところまで来た。都を出て逢坂を過ぎるまでは、白河の関に関してさほど思い入ることはなかったが、能因も通って来たというその跡を辿って、ここまで来たのだと思うと、感無量である。自分の心が、能因の心と一つになれた思いがして詠んだ。

<和歌-2> 

都出でて逢坂越えし折までは 

  心かすめし白河の関   [山1127]  

 

和歌と漢詩 

ooooooooooooo 

<和歌-1> 

  [詞書] 陸奥国へ修行して罷(マカ)りけるに、白河の関に留まりて、所柄(トコロガラ)にや、常よりも月おもしろくあはれにて、能因が「秋風ぞ吹く」と申しけん折何時なりけんと思い出(イ)でられて、名残り多くおぼえければ、関屋の柱に書き付けける 

白河の関屋を月の洩る影は

  人の心を留むるなりけり  [山1126]

 [註]〇陸奥国:奥州; 〇罷りけるに:下ったときに; 〇白河の関:歌枕。旧関址は福島県白河郡古関むら旗宿。西行が通ったのは旧関。 〇所柄にや:場所柄である; 〇名残り多く:そのまま過ぎ去りがたく; 〇関屋:関守の番小屋; 〇洩る:“関”の縁で「守る」との掛詞; 〇留むる:関に“人を留める”と“人の心を留める”の掛詞。

 (大意) 白河の関所の庇を洩れる月の光は関を守っており、その冴えた月の光には心が引き付けられる。

<漢詩>  

 白河関秋月   白河関の秋月  [上平声十五刪 -平声十三元通韻] 

懷往時緣白河関, 往時の緣を懷(オモ)う 白河関(シラカワノセキ),

秋風引誘別乾坤。 秋風 別の乾坤(ケンコン)へ引誘(イザナ)う。

漏房簷光保関卡, 房簷(ヒサシ)に漏(モ)れる光 関卡(セキ)を保(マモ)り,

清徹月華留我魂。 清徹(サエワタ)る月華(ゲッカ) 我が魂を留(トド)む。

 [註]〇往時:往時。昔; 〇緣:昔、能因法師が訪れた縁を思っている;〇乾坤:天地、世界;〇房簷:軒先; 〇清徹:澄み切った、冴えわたった; 〇月華:月の光。

<現代語訳> 

 白河関に見る秋の月 

白河関では昔 能因法師が訪ねてきた縁を思う、

秋風が渡ると別世界の感を深くする。

軒先に漏れてくる月光は関を守り、

冴えわたった月の光は私の心に留まる。

<簡体字およびピンイン> 

 秋季白河关        Qiūjì báihé guān

怀往时缘白河关, Huái wǎngshí yuán báihé guān,

秋风引诱别乾坤。 Qiūfēng yǐnyòu bié qiánkūn.    

漏房檐光保关卡, Lòu fángyán guāng bǎo guānqiǎ, 

清彻月华留我魂。 Qīngchè yuè huá liú wǒ hún.   

 

<和歌-2>

 [詞書] 関に入りて、信夫(シノブ)と申すわたり、あらぬ世のことに覚えて哀れなり。都出でし日数(ヒカズ)思ひつづけられて、「霞とともに」と侍ることの跡、辿(タド)り参(マウ)で来にける心ひとつに思ひ知られて詠みける。

都出でて逢坂越えし折までは 

  心かすめし白河の関  [山1127]

 [註]〇関に入りて:関を越えて奥に入って; 〇信夫:岩代国信夫郡、福島市付近; 〇あらぬ世のことに覚えて:昔のことのように思われて、能因を懐かしんだもの; 〇霞とともに:能因の歌による; 〇心ひとつに:能因の心とひとつに; 〇かすめし:能因の歌の「霞とともに」を踏まえている。

 (大意)都を出て逢坂山を越えたころまでは、ただ心をかすめるだけの白河の関であったが、能因の辿った跡を夢中に辿ってきて、今、その関を越えたことである。

<漢詩>

   至陸奧地         陸奧の地に至る     [下平声十二侵韻]

北白河関紅葉, 白河関を北して 紅葉の林が目に入る,

倣師時処秋正深。 時(トキ)処(トコロ)ともに師に倣(ナラ)い秋正に深まった。

発都至過逢坂嶺, 都を発って逢坂の嶺(トウゲ)を過ぎる至(マデ)は,

只不過是僅留心。 只だ僅(ワズカ)に心に留(トドメ)たに不過是(スギナカッ)たが。

 [註]〇師:能因法師。

<現代語訳>

  陸奧の地に至る 

白河関を過ぎて、紅葉の林が見えるようになった、

春に発ち、秋に来たという能因の行程に従い、秋も正に深まった。

都を発って逢坂の峠を越える頃までは、

さほどに気に留めていなかった白河の関なのだが。

<簡体字およびピンイン> 

 至陆奥地         Zhì lùào dì 

北白河关红叶林, Běi báihé guān hóngyè lín,   

仿师时处秋正深。 fǎng shī shí chù qiū zhèng shēn.   

发都至过逢坂岭, Fā dū zhì guò féngbǎn lǐng,  

只不过是仅留心。 zhǐ bùguò shì jǐn liúxīn

ooooooooooooo 

 

歌の周辺

 西行は、1147年(30歳)と1186年(69歳)の頃に、修行等の為、2度に亘って陸奥に赴いている。初度の旅は、能因の歌枕の旅に倣ったもので、再度の旅は、戦災で焼失した奈良・東大寺大仏殿の再建に必要な“金”の勧進のためであった。まず、初回旅の歌から読みます。

 西行が倣った能因の歌というのは下記の歌である。能因38歳 (1025)、春霞の頃 都を発って、奥州の入り口・白河の関に着いた時には秋になっていた、随分長い旅であった と感慨を詠っています。

都をば霞とともに立ちしかど 

  秋風ぞ吹く白河の関 (『後拾遺集』巻九・羇旅) 

 西行が長途の陸奥の旅を志すに、能因歌枕の旅の影響が大きかったことは、取り上げた両歌の“詞書”から推して明らかである。なお、この旅程は、後に、芭蕉が踏襲し、俳句で綴った紀行書『奥の細道』が成っているようで、特筆に値しよう。

 

≪呉竹の節々-13≫ ―世情― 

 閑話休題-472に至る稿において、保元(1156)・平治(1159)の乱および帝位をめぐる争い等々、世の動きを概観してきました。以後の歴史の流れを追うと、“権力”の中心が都・京都から関東(鎌倉幕府開府1192)へと移っていきます。

 西行の陸奥の両旅の時期は、その権力移行過程と重なるように思われる。ここで、奥州の歴史の話題を挟み、西行の旅の歌の理解に役立てつゝ、追々、世の中の動きを見ていきます。

 陸奥・胆沢(イザワ)は、蝦夷の辺境地域として位置づけられていたが、征夷大将軍・坂上田村麻呂による胆沢遠征により、阿弖流為(アテルイ)率いる蝦夷連合軍が破れ(804)、胆沢郡が建てられた。これを機に、陸奥地方が律令国家に取り込まれたようである。

 田村麻呂により胆沢城が造営され、808(大同3)年、鎮守府が多賀城から移され、以後150年にわたって古代東北経営の拠点として機能した。現在、「胆沢城跡」として国史跡に指定されている。

 

井中蛙の雑録

〇 能因(988~1051?)は、歌枕の土地を訪ねて全国を行脚、歌学書『能因歌枕』の著書がある。中古三十六歌仙および百人一首歌人の一人。能因の上掲の歌には、面白いエピソードがある。能因は、作歌後、暫く公の場から姿を隠し、日光浴して日焼けした後、“修行のため陸奥を旅して来ました”と言って、本歌をお披露目した と。

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閑話休題477  歌と漢詩で綴る西行物語-29 心と身と

2025-07-14 09:23:01 | 漢詩を読む

 西行の恋をめぐる歌は比較的多く、中でも恋の相手として待賢門院が擬せられる歌は少なくない。“有り得ないよ”と頭では否定しても、なお関心をそそられるのである。

 次の歌は、その葛藤に答えを用意しているように思われる。すなわち、義清(西行)が待賢門院に対して懐く“想い”は、現実的なドロドロした“恋”ではなく、純な“母性”に対するものであろうと。

<和歌-1>

君慕ふ心のうちは稚児(チゴ)めきて 

 涙もろくもなるわが身かな [山1321] 

 

 山家集中、出家前から出家後初期の頃に至る仏者としての“想い”の変遷を連作された10首が“述懐十首(山家集1503~1512)”として纏められている。次の歌は、その最後の歌である。世の人々を教化して仏の道に導こうと志した青年僧の初心の挫折を表しているように思われる。

<和歌-2> 

経(フ)りにける 心こそなほ あはれなれ 

  およばぬ身にも 世を思はする [山1512]  

 

和歌と漢詩

oooooooooo 

<和歌-1> 

君慕ふ心のうちは稚児めきて 

  涙もろくもなるわが身かな [山1321] 

 [註]〇乳児めきて:幼児らしくなって。

 (大意)あなたを慕う心のうちは まるで乳児のようになって ただ涙もろくなるだけのわが身であるよ。

<漢詩>

   類嬰兒意       嬰兒(チゴ)類(メ)く意(オモイ)   [上平声四支韻] 

慕君吾意啊, 君を慕(シタ)う吾が意(ココロ)啊(ヤ),

真是類嬰兒。 真(マコト)に是れ嬰兒に類(ニ)る。

往往愛流淚, 往往(オウオウ)にして淚を流し愛(ヤス)く,

自己胸裏奇。 自己(オノレ)の胸の裏(ウチ)奇なる。

 [註]〇往往:ややもすれば、しばしば; 〇類:たぐい、似る; 〇奇:思いがけない、びっくりする。

<現代語訳>

   乳飲み子めく思い 

君を慕う私の心は よ、

真に稚児めいている。

往々にして涙脆くなる、

わが身の胸の内は意外なことである。

<簡体字およびピンイン>

 类婴儿意     Lèi yīng'ér yì 

慕君吾意啊, Mù jūn wú yì a,   

真是类婴儿。 zhēn shi lèi yīng'ér.      

往往爱流泪, Wǎngwǎng ài liúlèi, 

自己胸裏奇。 zìjǐ xiōng lǐ .

 

<和歌-2> 

経(フ)りにける 心こそなほ あはれなれ 

  およばぬ身にも 世を思はする [山1512] 

    (大意) 過ぎし日のわたしの心が 今もなお哀れに思われる、とても及ばぬわが身ながら、ただ一途にこの世のことを思ってきたことが。

<漢詩>  

 往時反省   往時(オウジ)の反省    [上平声十灰韻] 

往事我誠意, 往事(オウジ) 我が誠意,

豈非還是哀。 豈(アニ) 還是(ヤハリ)哀(アハレム)べきに非(アラズ)や。

努力改人世、 人世を改(アラタメ)んと 努力す、

雖然是菲才。 菲才(ヒサイ)ではあった雖然(ケレドモ)。

 [註]〇往事:昔のできごと; 〇真心; 〇豈非:~ではなかろうか;〇還是:やはり; 〇人世:人の世、この世; 〇雖然:~ではあるけれども; 〇菲才:わずかな才能。

<現代語訳> 

  昔の反省 

往時の事であるが、我が真心、

哀れむべきにあらずや。

私はこの世を改めるよう努めてきたのだ、

力は及ばないながらも。

<簡体字およびピンイン> 

 往时反省     Wǎngshí fǎnxǐng  

往事我诚意, Wǎngshì wǒ chéngyì, 

岂非还是哀。 qǐfēi háishì āi.    

努力改人世、 Nǔlì gǎi rénshì,   

虽然是菲才。 suīrán shì fēi cái.

 

ooooooooo  

【歌の周辺】

 <和歌-1> 

 本稿でも、待賢門院を想像させる歌として、6首取り上げてきた。歌中“雲居”や“高貴な方”等々の用語から推して、歌中“恋”の対象が待賢門院であることに異論はないように思われる。と同時に、待賢門院を現実的な‘ドロドロ’した恋の相手と考えるほどに 身の程を弁えない義清(西行)であろうか とも自問する。その上で、改めて、待賢門院と義清(西行)間での距離感を整理、推論してみます。

 まず誕生年を挙げると、待賢門院(徳大寺璋子タマコ)[1101年]、義清(西行)[1118年]、待賢門院が17歳年長である。現実的な“恋”の相手として、想像に難い。

 待賢門院(徳大寺璋子)は、徳大寺実能(サネヨシ)の妹として誕生、幼時に白河院の養女となり、院の元で育つ。17歳に鳥羽天皇の中宮となり、皇子顕仁(アキヒト)(崇徳天皇、1119年)誕生。

 義清(西行)は、荘園・田仲庄の棟梁であったが、14,5歳の頃、徳大寺実能の家人となる。18歳、実能の随身となり、鳥羽院の下北面の護衛武者となる。その折に、遥かに待賢門院を垣間見る機会があった可能性は否定できないが、両者の距離は計り知れない程に大きく、且つ、両者が身近に接する機会は皆無であったと思われる。

 徳大寺実能は、機会あるごとに義清(西行)を引き立てるべく心掛けていた節があり、義清(西行)は、実能に対して“父”として尊敬の念を懐いていたと推測される。ひいてはその妹に“母性”を感じていたのではなかろうか。

 義清(西行)は、年齢の近い顕仁親王(崇徳天皇)に対して生涯にわたって親近感を持っていた、裏返せば、待賢門院に対して“親しみ”、あるいは“母性”を感じていたと想像できる。

 以上、状況の考察を基に、義清(西行)から一方向性の“想い、platonic”ながら、歌に表されたほどに近い、距離感ではあったと推論できる。

 

<和歌-2> 

 掲歌は、「述懐十首」中、結論を述べた歌であり、そこに至る出家前後における“想い”・“心”が推移していく様子がよくわかりますので、以下、諸歌の概略・要点を示します。以下、[ ]内数字は山家集中の歌番号を示す。

 

・出家を決心し、心躍る、開放感を感ずる反面、現世への未練も覚える。[1503]  & [1504] 

・出家直後、これ以後は庵の中に独座して、相手は“月”のみとなる。少々不安、無念の思いあり。[1505]  & [1506] 

・身を捨てたのちも、心だけは世に置いておこうと現世への未練が残る。[1507] & [1508] 

・僧となり、人々を教化し、仏の道に導こうとの願望がある。しかし空言に終わり失望する。[1509] & [1510] 

・一途に思ってやってきた過ぎし日の自分の心があはれに思われ、挫折感を覚える、及ばぬ身ながらも。[1511] & [1512] 

 

井中蛙の雑録】 

〇 義清(西行)の生誕以後、仏者としての修行に励みつつ、肉親との縁および恋に悩む青年歌人の姿を追ってきました。都から離れがたく、転々と都周囲の深山で庵を結び、修行に励んできました。

〇 30歳の頃(1147)、陸奥への長途の修行の旅に出ます。何がその旅を思いつかせたのか?を含めて興味が湧きます。次回から暫く、西行の案内で、陸奥の旅を楽しむことにします。読者のみなさんも同道できると嬉しいです。

 

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閑話休題476  歌と漢詩で綴る西行物語-28 心と身と

2025-07-07 10:09:24 | 漢詩を読む

  かつて住んでいた我が家、妻も娘も今は住んでいない。つる草や蓬が生い茂った廃屋の荒地となり、昔とはすっかり様子が変わってしまっている。ここで「昔の人」とは、妻のことでしょう。妻は、一体どこへ行っているのであろう と。

<和歌-1>

故郷は見し世にも似ず褪(ア)せにけり 

  いづち昔の人往きにけん  [山1030] 

 

 西行は、妻と可愛い娘の姿を幻想しているのです。今は荒れ果てた状態になっているが、妻と娘が、昔の庭を思い出して、すみれ摘みにいきましょうよ と出かけて行くとよいのに と。

<和歌-2> 

故郷の昔の庭を思ひ出でて 

 すみれ摘みにと来る人もがも [上人集122] 

 

和歌と漢詩

ooooooooo

<和歌-1> 

故郷は見し世にも似ず褪せにけり 

  いづち昔の人往きにけん  [山1030]

 [註]〇見し世にも似ず:かって栄えていた時とは変わって; 〇いづち:何方、いずこ。

 (大意) 故郷は、かつて見慣れた時とは変わって、すっかり荒れてしまった。何処へ、あの頃の人は行ってしまったのだろう。

<漢詩>

  憶恋人    恋人を憶(オモ)う    [上平声十一真韻]

寂寂故郷景, 寂寂(セキセキ)とした故郷の景,

庭園蔓草頻。 庭園は 蔓草(ツルクサ)が頻(シキリ)に。

不知何処去, 何処へ去(イッ)たか知らず,

昔宿恰当人。 昔 宿(ヤド)せし 恰当(アノ)人は。

 [註]〇寂寂:ひっそり寂しいさま; 〇蔓草:つる草、蔓が伸び、蔓延(ハビコ)っている雑草; 〇恰当:思い当たる、推定に相当する。

<現代語訳>

  恋人を憶う 

故郷は昔と変わって寂しい状況になり、

庭は荒れて雑草が蔓延(ハビコ)っている。

何処へ行ってしまったのであろうか、

昔 住んでいたあの人は。

<簡体字およびピンイン>

 忆恋人       Yì liànrén 

寂寂故乡景, jì jì gùxiāng jǐng, 

庭园蔓草频。 tíngyuán màncǎo pín.   

不知何处去, Bùzhī hé chù qù, 

昔宿恰当人。 xī sù qiàdàng rén.  

 

 

<和歌-2> 

故郷の昔の庭を思ひ出でて 

 すみれ摘みにと来る人もがも [上人集122] 

  (大意) 故郷の昔の庭を思い出して「すみれを摘みに」と言ってくる人がいてほしい。

<漢詩>

  所思何処       所思は何処に    [上平声四支韻] 

綿綿思故鄉, 綿綿として故鄉を思い,

寂寂意所思。 寂寂(セキセキ)として意(オモウ)は所思(アノヒト)のこと。

告来掐堇菜, 堇菜(スミレ)を掐(ツ)みに来たよ と告げて,

願秘訪来茲。 秘(ヒソカ)に茲(ソコ)に訪ねて来て願(ホシイ)ものである。

    [註]〇綿綿:長く続いて絶えないさま; 〇寂寂:物寂しいさま;〇所思:胸中の人;〇掐:(指先で)摘む; 〇堇菜:すみれ; 〇茲:そこ、ここ。

<現代語訳>

   胸中の人は何処に 

故郷のことが思い出されて、

彼(カ)の人のことを寂しく思っている。

すみれを摘みに来たよ と言って、

密かにそこに訪ねてきて欲しいものである。

<簡体字およびピンイン>

 所思何处     Suǒsī hé chù 

绵绵思故乡, Miánmián sī gùxiāng,

寂寂意所思。 jí jí yì suǒ. 

告来掐堇菜, Gào lái qiā jǐncài,  

愿秘访来兹。 yuàn mì fǎng lái .

ooooooooo  

 

【歌の周辺】

 西行の妻子について、さほどに十分な資料は残されていない。妻および娘ともに、西行の勧めで尼となり、高野山の麓の天野で修行を積んだことは、実話のようである。内容の真偽は不明であるが、鎌倉時代中期に作られた『西行物語(絵巻)』に語られている西行の妻子の動静を、要約すると次のようである。

 義清(西行)が、出家を決意して、帰宅した折、4歳の娘がいつもの通り、「おかえりなさい」と縋り付いてきたのを、「出家を妨げる」と、縁から蹴落とします。周囲の人々が驚く中、かねて義清の志を知っていた妻は、驚く気配はない。

   妻は、義清の出家後すぐに剃髪して、娘を冷泉殿に養女として預けて、天野で庵を結んで仏道修行に励んだ。後に、娘と再会した西行は、尼になって母と一緒に暮らすよう娘に進める。娘は、直ちに自ら剃髪して天野の母の元を訪ね宛て、一緒に住んだ と。

 

【井中蛙の雑録】

 妻子は元より、現世の生活から身を引くべく、出家の道を選んだ義清であるが、現世への想いは、却って募るばかりである。その苦しみを赤裸々に訴える手立てが歌を詠うことなのであろう。西行にとっての“救いを求める呪文”なのであろうか。

 

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閑話休題475  歌と漢詩で綴る西行物語-28 心と身と

2025-06-30 09:53:35 | 漢詩を読む

 西行は、出家に際して、 妻と約束を交わしました:“例え、遠く離れ離れとなっていても、お互いに月を介して、偲び合いましょう” と。今、その形見の月に対して、妻を想いつゝ、月に話しかけています。

<和歌-1>

月のみや 上の空なる かたみにて 

  おもひもい出ば 心かよわん [山727];新古今十四  

 

 出家直後の西行は、都の周辺で転々と庵を結んで、過ごしてきました。都から離れがたい思いが強かったようです。その間、来し方に遭遇した人々や景物への愛着から逃れることができず、煩悶する日々であった。かかる憂き世のことどもはすべて昔語りにして、忘れてしまおう。

<和歌-2> 

世の憂さを昔語りになしはてて

  花橘に思い出でめや [山722]    

 ただ、懐かしいことがらは胸の奥にしまっておき、橘の花に事寄せて思い出しつゝ、喜びの種にしましょう と。

 

和歌と漢詩

ooooooooo

<和歌-1> 

  [詞書] はるかなる所に籠りて、都なる人の許へ月のころ遣わはしける 

月のみや 上の空なる かたみにて 

  おもひもい出ば 心かよわん [山727];新古今十四 

 [註]〇はるかなる所:都を遠く隔てたところ; 〇上の空:“上空”の意と、“上(ウワ)の空”(物事に浮きあこがれて心も身に添わぬ)意とを掛けた; 〇:かたみ:思い出の種、形見。

 (大意)。空にある月だけが、我を忘れてあなたを思い出させる種であり、いま私が月を前にあなたを思い出しているように、あなたもこの月に向かって私を思い出すなら、互いに心は通うことになります。

<漢詩> 

    向月祈求          月 向(ヘ)の祈求(ネガイ)    [上平声十二文 韻] 

独能依靠月,  独(ヒト)り能(ヨ)く 月に依靠(タヨ)り,

使我緬懷君。  我を使(シ)て 君を緬懷(メンカイ)せしむ。

同君連想我,  同(オナジ)く 君 我を連想すらば,

心意必通欣。  心意 必(カナラズ)や通い 欣(ヨロコビ)とならん。

 [註]〇依靠:頼る、依拠する; 〇緬懷:過ぎ去ったことを追想する; 〇心意:こころ、気持ち。

<現代語訳> 

 月への願い 

ひたすら月を頼りにして、

君へ思いを馳せている。

同じく月を頼りに 君が私を思い出すなら、

心は互いに通い合い、喜ばしいことだ。

<簡体字およびピンイン> 

    向月祈求         Xiàng yuè qíqiú

独能依靠月, Dú néng yīkào yuè,    

使我缅怀君。 shǐ wǒ miǎnhuái jūn.      

同君联想我, Tóng jūn liánxiǎng wǒ, 

心意必通欣。 Xīnyì bì tōng xīn.   

 

<和歌-2> 

  [歌題] 寄花橘述懐

世の憂さを昔語りになしはてて 

  花たちばなに思い出でめや [山722] 

 [註]〇花たちばなに:花橘は、昔を思い出させるものとされている;〇思ひいでめや:坂本による。底本「おもひはてめや」。

 (大意)世の憂さを、昔語りに流してしまって、花橘になつかしい思い出だけを寄せることにしよう。

<漢詩> 

 芳香追懷       芳香(ナツカシ)い追懷(オモイデ)  

塵世多憂苦, 塵世(ゾクセ)では憂苦(ユウク)すること多かった,

把斯為往事。 斯(ソ)の事を把(シ)て 往事(ムカシガタリ)と為(ナ)さん。

寄託花橘香, 花橘の香に寄託(コトヨセ)て,

沈浸昔芳思。 昔の芳思に沈浸(ヒタ)ろう。

 [註]〇塵世:出家前の俗世; 〇憂苦:苦慮すること; 〇往事:過ぎ去ったできごと、昔語り; 〇寄託:託する; 〇花橘香:橘の香りは昔の人を思い出させる とされる; 〇沈浸:思いにふける;〇芳思:懐かしい思い。

<現代語訳> 

 懐かしくよい思い出 

出家する前の俗世では、憂慮することが多かった、

そのことは、昔語りにしてしまおう。

橘の花の香りに事寄せて、

出家前の懐かしい思い出に浸ることにしよう。

<簡体字およびピンイン> 

 芳香追怀      Fāngxiāng zhuīhuái 

尘世多犹苦, Chénshì duō yōu kǔ, 

把斯为往事。 bǎ sī wéi wǎngshì. 

寄托花橘香, Jìtuō huā jú xiāng,

沉浸昔芳思。 chénjìn xī fāng .

ooooooooo  

 

【歌の周辺】

 歌を鑑賞するに当たって、読む人・百人百様の解釈がなされるのは自然の理と言えよう。しかし作歌に当たっての周囲の状況についての情報がないか又は無知であった場合、結果的に、作者の思いを逆なでするのではと危惧される解釈がなされることがある、そのような可能性は否定できないと思える。今回取り上げた<和歌-1>について、その思いを持ったので、一言。

 これまでになされた話題の展開から推して、<和歌-1>で、「“月”になぞらえられる女人」として、まず“待賢門院”が想像されます。実際、世情、書籍でも、その解釈で論じている例があります。しかし、この歌に関する限り、この歌の主人公は、西行の“妻”であると理解できます。

   この歌は、[詞書]によれば、≪……月(満月?)のころ、都なる人に贈った≫歌でした。少なくとも、一出家僧が、雲居に御座す、時の皇后に恋文を贈ることは有り得ないことと言えよう。当時、西行は、出家後間もなく、都から遠く離れがたく、都周辺で転々と庵を結んでいた頃である。

 

【井中蛙の雑録】

 <和歌-2>の歌は、『伊勢物語』(60段)/『古今和歌集』(3-139)(よみ人しらず)の次の歌 に拠っているようです。

≪五月待つ花橘の香をかげば昔の人の袖の香ぞする≫ 

(大意)五月を待って咲く橘の花の香をかぐと、昔親しくしていた人の袖に薫じられた香りと同じ香りであり、(思いはその人に馳せる)。

ご参考までに、伊勢物語の第60段「花橘」から:

≪宮仕えが忙しく、妻のことをあまりかまってやれなかった男の妻が、他の男と出奔した。年経て、元夫が勅使として出張することがあり、出張先で、役人の妻から接待を受けた。元夫は、元妻が役人と結婚していたことを知る。そこで元夫は、接待を受けている際に、酒の肴として出されていた橘をとって歌を詠んだ。それが上の歌である。

元妻は、この歌を聞いて、元夫と悟ったか、後に尼となり山にこもって暮らした と。≫ 

この歌以来、花橘は、昔を思い出させる花 として定着していて、よく歌に詠まれる。

 

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閑話休題474  歌と漢詩で綴る西行物語-26 心と身と

2025-06-23 09:16:26 | 漢詩を読む

 出家してまだ間もなく、都周辺で転々と庵住まいをしていたころでしょうか。山中、一人 寝すんでいて、深まる夜寒に衣を重ねなくては と思っていると、何処からともなく砧(キヌタ)の音が聞こえてきた。まず、「誰」のための衣を檮(ウ)っているのであろうか と問う、次の歌である: 

<和歌-1>

ひとり寝の 夜寒になるに 重ねばや  

  誰がために檮(ウ)つ衣なるらん   [山442] 

 “まず、誰がため”と問う西行の心の内には妻の温もり、また、衣を整え、重ねてくれる妻の存在があったに違いない。“世を捨てた” としながら、なお歌や妻子への想い等々、事々に執着心が募るようで、先々、思いやられる事柄ではある。

 

 都に捨て置いた妻とは、出家する前に、ある約束事を交わしている、すなわち、月を見たなら、お互い相手を思い出して、偲び合うことにしましょう と。今宵、今、私は月に対していて、都の妻を思い、涙している。妻もきっと、同じく月に涙していることでしょう と。

<和歌-2> 

月見ばと 契り置きてし 故郷の 

  人もや今宵 袖ぬらすらん [西行上人集 186] 

 西行がこだわる“月”とは、満月でしょう。西行が出家したのは、十月十五日、満月の日であったという。西行は、以後も狂おしいほどに、月、特に満月にこだわる歌あるいは行動が多いが、この妻との約束が基になっているのでしょうか。

 

和歌と漢詩

ooooooooo

<和歌-1> 

 <和歌>

  [題詞]独聞檮衣 

ひとり寝の 夜寒になるに 重ねばや  

  誰がために檮(ウ)つ 衣なるらん   [山442] 

 (大意) ひとり寝のこの夜、夜更けの寒さのつのるままに、さらに衣を重ねたい、と思っている時に、どこからともなく、砧の音が聞こえてくる、一体誰のために打っている衣なのだろうか。

<漢詩> 

 夜深搗砧声  夜深く砧を搗(ウ)つ声    [下平声十二侵韻]

独宿夜已深, 独(ヒトリ)宿す 夜 已に深し, 

寒威欲重衾。 寒さ威(ツヨ)く 衾(キン)を重(カサネ)んと欲(ホッ)す。 

遙聞砧板響, 遙かに聞く 砧板(キヌタ)の響(ヒビキ), 

因誰搗茲心。 誰が因(タメ)に茲(コレ)を搗(ツ)くその心は。 

<現代語訳>  

 一人寝の夜中に砧を打つ音

一人寝の夜はすでに深まり、

寒さが増して、布団を重ねたくなる。

遥かに砧を捣(ウ)つ響きが聞こえてきた、

誰のために捣(ウッ)ているのであろうか、その心の内は。

<簡体字およびピンイン> 

 夜深捣砧声   Yè shēn dǎo zhēn sheng 

独宿夜已深, Dú sù yè yǐ shēn,   

寒威欲重衾。 hán wēi yù zhòng qīn.  

遥闻砧板响, Yáo wén zhēnbǎn xiǎng,  

因谁捣兹心。 īn shuí dǎo zī xīn. 

 

<和歌-2> 

月見ばと 契り置きてし 故郷の 

  人もや今宵 袖ぬらすらん [西行上人集 186] 

 [註]〇故郷の人:昔妻だった人か? 

 (大意)月を見たらお互いに思い出して偲びあいましょうと約束しておいた故郷の人も、今宵の月を見て、私と同じように涙で袖を濡らしているのだろう。

<漢詩> 

 対望月懐故郷人 満月に対して故郷の人を懐(オモ)う  [上平声十一真韻]

看月相懐恋, 月を看(ミ)たら 相(タガイ)に懐恋(シノ)びあいましょうと,

誓約故郷人。 誓約した故郷の人。

面対今宵月, 今宵の月に面対して,

汝同濡袖頻。 汝(ナレ)も同じく袖を濡(ヌ)らすこと頻(シキリ)ならん。

<現代語訳>  

 満月を見て故郷の人を偲ぶ 

月を見たら 互いに偲び合おうと、

約束した故郷の人。

今宵の月に対面して、

爾も私と同じく袖を涙で濡らすことしきりであろう。

<簡体字およびピンイン> 

 对望月怀故乡人  Duì wàngyuè huái gùxiāng rén 

看月相怀恋,Kàn yuè xiāng huáiliàn,   

誓约故乡人。shìyuē gùxiāng rén. 

面对今宵月, Miàn duì jīnxiāo yuè, 

汝同濡袖频。 rǔ tóng rú xiù pín

ooooooooo  

 

【歌の周辺】

 仏道にあっては、物事に対する“執着心・欲望”が“苦”の基となる、従って、“苦”から逃れるためには、“執着心・欲望”あるいはその元となる事柄を避ける、あるいは断つことが、重要である と説く。それを実現するためには、世俗を離れ、修行を重ねる道を選ぶ。以上、仏教に対する筆者の理解はこの程度である ことを先ず断っておきたい。

 執着の対象は、金品、財産、等々の物品や、恋人、家族、友人等々の人に限らず、自身の考えや意見等々、和歌を詠むこともそのうちに含まれ、また「私」自身への拘りも含まれる。それらの“執着心・欲望”に繫がる世俗との“しがらみ”を断つ方便として“出家”の道が採られる。

 鳥羽院北面を守る武者・兵衛尉佐藤義清(ノリキヨ)は、23歳で出家して法師名・西行となります。しかし和歌を詠むこと、さらに、さる女人や妻子への想い等々、本稿でこれまでに読んだ歌を通して推察する限り、傍目にも、出家後なお仏教の教え(?)に背く道を歩んでいるように感じられる。

 にも拘わらず、特に 生涯を詠作に注ぎこんだ、その理念なり、生き様には強く興味がそそられる。向後、西行の歌を鑑賞するに当たって、注意しておきたい方向の一つである。    

 

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