たまゆら夢見し。

気ままに思ったこと。少しだけ言葉に。

我が背子 大津皇子68

2019-05-06 20:18:57 | 日記
「大名児殿はこれからどうするつもりじゃ。」大伯は寺に通された仏間で聞いた。

「出家し尼僧になります。私なりの方法で大津さまを供養し…山辺さまも供養致したいと思います。」

「そなたのような美しい女人が、並大抵のことではないと思うが…」と大伯はいままでの自分に置き換え話した。世俗慣れしているものにとって隔絶された世界の孤独が耐えられるのか…と心配した。

クスっと大名児は笑い「私はつい先ほどまで大和で一番美しい女と自負しておりました。しかし、大伯さまにお目通りが叶い自惚れも甚だしい、私の色香など足元に及ばない、ましてや私の美しさなどあっという間に通り過ぎると思いました。」と言った。

「そのようなことは」

「もう采女にもなれませぬ。妻も二夫にまみえず、でございます。草壁皇子に憎しみを抱きたくはありませぬ。」と涙ぐんでいた。

「草壁皇子か…」あの男のためにこの大名児が望んだとは言え運命を狂わされた。大伯はなんとかしてやりたいと心から思った。

「尼僧を受け入れてくれる寺に我が布施いたそう。それなら大津妃として体面も保てるというもの。」と大伯はなんとか大名児に報いてやりたかった。

大名児と別れ夜道を輿のなかから月夜に照らされる二上山をみていた。二上山は大津になってしまった。

うつそみにある我や 明日よりはいろせと我がみむ

次の日、大伯は持統の元へ参内した。

「苦労をかけたな。」持統は優しく大伯に声をかけた。「大津に恥じぬよう生きなくては。」とも言った。
持統のそばに見覚えのある男の顔がいた。草壁皇子だった。
思わず嫌悪感を覚えた。

そのような大伯の気持ちも知らないでか「義姉上、どうぞ今度は私めの邸にもお立ち寄りください。歓迎いたします。」と草壁が言った。

持統は「馬鹿も休み休みにせよ。斎宮であった大伯皇女がどうしてそなたを訪ねばならぬ。そなたが殺した大津が唯一心を許していた姉上じゃ。大津の一番の味方であったのだぞ。そなたなどに声をかけられるなぞ虫酸が走っておられるわ。」と冷たく草壁に言い放った。「そこに侍る男もそうじゃが。」と不比等を指した。

「持統さま、二人きりでお話ししたいことがあります。どうぞお人払いを。」と気まずい雰囲気のなか大伯は願い出た。

二人きりとなった内安殿で「そなたの話とは 」と持統が聞いた。

大伯は道作の流罪の放免、僧行信の放免を願い、また大名児の寺の話をした。

持統は大津への少しでも供養になるのであればと快諾してくれた。

「大伯、そなた自身の願いは。」と持統に聞かれ大伯は答えに窮した。

大津のことしかなかった。「二上山が毎日見える場所で過ごし…薬師寺の観音像を心待ちにしたいと思いまする。それまでは薬師寺の祠に毎日参りたいと思います。」

持統は「そなた、観音像が出来上がれば大津の後を追うつもりではないのう。」と大伯に聞いた。

大伯は見透かされた気持ちと「お許しください。」と涙が溢れてしまったことを恥じた。

「姉上の大田皇女が一生懸命に何かを訴える夢を見た。天武天皇、大田皇女との第一皇女のそなたをどこぞの輩が妃にし、皇位簒奪を企んでおるのかと心配したがそなたを見て違うとわかった。
そなたは、この世の出来事などもう興味はないの。しかし、後追いは許さぬ。大田の姉上はそなたを心配しておったのじゃ。わかるな。」持統は慈悲溢れる表情で大田の面影を残した大伯を見つめた。

「母の面影に持統さまが重なり…」と大伯は泣き崩れた。