皇后は息子草壁皇子に大名児の気持ちを「女人」として伝えた。
草壁皇子に母としても優しく伝えた。不器用な息子を諭したかった。
「大名児は一途な女子じゃ。そなたでなく他の誰かを思うておる。それは今、我の力を持ってでも止めることは出来ない。そのようなことをすれば誰もが傷つく。そっとしておいてやれ。今は阿倍を大切にいたせ。母の力で女人をどうのこうの出来るとはもう二度と言うでない。」
草壁皇子は伏せたまま「でしたら何故母上は私の申し出をお聞きくださった。」こめかみの血管を青く浮き出し母である皇后に尋ねた。
母である皇后は「仕様もないことと笑いもしたが、そなたが思う女人がどのような女子であったか、その女人はどのような誰かを好いておるのか興味があったからじゃ。悪く思うな。」と笑みを浮かべ扇を顔に当て安堵したように答えた。
「興味…」草壁皇子は強い眼差しを母、皇后に向けた。
「これが解らぬようであれば、あの女人を手に入れることはおろか、阿倍のことも本当に思いやってはやれぬ。まず入内したばかりの阿倍を大切にいたせ。そして女人の心をわかろうといたせ。それ以上のことを母はもうせぬ。」
「阿倍、阿倍と申されますがすめらみこと、天皇がお決めになった相手を私に愛せよと仰言っるのか。阿倍は良い女子です。でもそれは恋ではないのです。私は大名児に恋をしたのです。母上はどうしてわかろうとなされない!」恫喝にも似た草壁皇子の悲鳴でもあった。
「ならばもうそうぞ。大名児の心はそなたにない。無駄なものは無駄。解らぬか。こんな単純なことが。」と草壁とは相反した低い声で伝えた。
草壁皇子は「大津ですな。大津皇子ですな。あやつが大名児の心を独り占めしているのですな。」と言い出した。皇后は「女々しいことを申すでない。そうやって大津と比べる度にそなたが貧相になることが解らぬのか。」と苦々しく言った。
その頃伊勢にいる大津は姉の斎宮である大伯と宮を歩いていた。
大伯は伊勢神宮の方角を示し「拝みましょう。我は天皇家、すなわちこの国の民をしあわせを祈るだけの存在です。民無くしてはこの国は成り立たない。しかし天皇家なくしてもこの国は成り立たない。その心の拠り所がこの伊勢の神宮なのです。
そなたもすめらみこと、天皇になる身です。民を慕い、敬われられるよう民に尽くしてください。民が迷う時は導き助け、民が悲しみや空腹の時は身を慎み、少しでも早く苦痛が通り過ぎるよう拝みなさい。民が喜ぶ時は一緒に喜びなさい。そして常に民のしあわせを思いなさい。そして慈愛を絶やさず民に送りなさい。それだけでこの和の国は幸せになる術を持っているのです。わかりますか、大津。」と、まるで皇祖神天照大神の言伝を大津に伝えたかのように話した。
大津は「わかりました、姉上のお言葉を朝、夕、夜とこの東の空に向かい唱えましょう。姉上も同じように拝んでおられるになら私は自ずと何をなすべきために生まれてきたのかもわかるような気がいたします。」と素直に喜び大伯に伝えた。
大伯も大津の素直な気持ちに嬉しくなった。
「伊勢に来て大津を待っていて良かった。」と笑みを浮かべ伊勢神宮に感謝を述べ拝んだ。
草壁皇子に母としても優しく伝えた。不器用な息子を諭したかった。
「大名児は一途な女子じゃ。そなたでなく他の誰かを思うておる。それは今、我の力を持ってでも止めることは出来ない。そのようなことをすれば誰もが傷つく。そっとしておいてやれ。今は阿倍を大切にいたせ。母の力で女人をどうのこうの出来るとはもう二度と言うでない。」
草壁皇子は伏せたまま「でしたら何故母上は私の申し出をお聞きくださった。」こめかみの血管を青く浮き出し母である皇后に尋ねた。
母である皇后は「仕様もないことと笑いもしたが、そなたが思う女人がどのような女子であったか、その女人はどのような誰かを好いておるのか興味があったからじゃ。悪く思うな。」と笑みを浮かべ扇を顔に当て安堵したように答えた。
「興味…」草壁皇子は強い眼差しを母、皇后に向けた。
「これが解らぬようであれば、あの女人を手に入れることはおろか、阿倍のことも本当に思いやってはやれぬ。まず入内したばかりの阿倍を大切にいたせ。そして女人の心をわかろうといたせ。それ以上のことを母はもうせぬ。」
「阿倍、阿倍と申されますがすめらみこと、天皇がお決めになった相手を私に愛せよと仰言っるのか。阿倍は良い女子です。でもそれは恋ではないのです。私は大名児に恋をしたのです。母上はどうしてわかろうとなされない!」恫喝にも似た草壁皇子の悲鳴でもあった。
「ならばもうそうぞ。大名児の心はそなたにない。無駄なものは無駄。解らぬか。こんな単純なことが。」と草壁とは相反した低い声で伝えた。
草壁皇子は「大津ですな。大津皇子ですな。あやつが大名児の心を独り占めしているのですな。」と言い出した。皇后は「女々しいことを申すでない。そうやって大津と比べる度にそなたが貧相になることが解らぬのか。」と苦々しく言った。
その頃伊勢にいる大津は姉の斎宮である大伯と宮を歩いていた。
大伯は伊勢神宮の方角を示し「拝みましょう。我は天皇家、すなわちこの国の民をしあわせを祈るだけの存在です。民無くしてはこの国は成り立たない。しかし天皇家なくしてもこの国は成り立たない。その心の拠り所がこの伊勢の神宮なのです。
そなたもすめらみこと、天皇になる身です。民を慕い、敬われられるよう民に尽くしてください。民が迷う時は導き助け、民が悲しみや空腹の時は身を慎み、少しでも早く苦痛が通り過ぎるよう拝みなさい。民が喜ぶ時は一緒に喜びなさい。そして常に民のしあわせを思いなさい。そして慈愛を絶やさず民に送りなさい。それだけでこの和の国は幸せになる術を持っているのです。わかりますか、大津。」と、まるで皇祖神天照大神の言伝を大津に伝えたかのように話した。
大津は「わかりました、姉上のお言葉を朝、夕、夜とこの東の空に向かい唱えましょう。姉上も同じように拝んでおられるになら私は自ずと何をなすべきために生まれてきたのかもわかるような気がいたします。」と素直に喜び大伯に伝えた。
大伯も大津の素直な気持ちに嬉しくなった。
「伊勢に来て大津を待っていて良かった。」と笑みを浮かべ伊勢神宮に感謝を述べ拝んだ。