たまゆら夢見し。

気ままに思ったこと。少しだけ言葉に。

我が背子 大津皇子7

2018-12-01 21:48:33 | 日記
大津が始めて斎院に訪れた夜、宴が催された。

「都ではなかなか膳に上がらないものを、女官長を始め神宮司の氏上達が用意してくれたのよ。伊勢の地にあるからこそよ。たくさん召し上がって。残しては海に座す神に怒られるわ。海の恵みをたまたま頂いているのよ。私たちは。そして命をかけ漁をしてくれた氏子たちにも感謝してね。」と大伯は嬉しそうに大津に言った。

鮑や鯛、海老など生で所狭しと置かれていた。海が近い伊勢だからこそ都では味わえない食べ方であった。
姉上は、このようなものをお召し上がりになっておられるから神々しいまでに美しいのかなど考えながら箸をすすめた。
「美味しゅうございますなぁ。近江の鮒や鱒も美味しゅうございましたがまた違う美味しさですな。」と大津はびっくりするやら感心するやらであった。

宴が終わり大伯と大津は二人きりとなった。「不思議なものね…姉弟でありながら近江から浄御原へ…またこの伊勢でまた巡り会えるなんて。」と大伯は感慨深そうに言った。
「大津は今何に関心があるの」
「漢詩です。時々川嶋皇子と遠出をしては風景を見て感じたことを詩にしています。」
「素敵ね。そこに女人はいないの。」
「女人はいませんな。そんなに必要ありませんし。姉上も読まれてみますか。なかなか唐の有名な詩は表現がおおらか且つ繊細でおもしろうございますよ。」と大津は真顔で言った。
この弟はいろいろ女人との噂も聞くが姉である私に精一杯答えようとしてくれているのだろうか。

「知りたいわ。大津。大津の詩も。」
「まだ未熟ゆえ姉上に見せても恥ずかしくないものが出来ましたらお見せしとうございます。」と大津は嬉しそうに答えた。
暫くすると女官長が大津を寝所への案内に来た。

「おやすみなさい、姉上。」
「ゆっくり休んで疲れをとってね、大津。」

姉の優しい声だけでゆっくり眠れそうだと大津は思った。

寝所までの廊下を進む大津に優しい月光が降り注ぐ。そんな背中を大伯は見ながらあなたが私たちは異母兄妹と知ったら私を女人として見てくれるのかしら…。しかし斎宮の命を外れないと…それには父上の命がかかっていること…なんて親不孝なことを私は思っているの…恥ずかしい。
「明日は一刻早く禊をします。それから大津にはゆっくり休ませ大津が起きてから朝餉を一緒にします。世話をかけ申し訳ない。」と先程大津を寝所に案内した女官長に告げた。
「承知しました。」と女官長は頭を下げながらも斎宮さまがあんな険しい表情をされたのは初めてお見かけしたわと少し違和感があった。しかし斎宮さまが望まれるのだから何かわけがあるのだろうとも思っていた。