きのう(8月31日)NHKで戦後の大阪の町工場の変遷をドラマにしたのをやってた。
はじめのところで、陸軍造兵廠(?)の物資横流しのことがちょっと出てくる。
それで、じいさんが生前言っていたことを思い出した。
じいさんも軍隊経験があり、前半は朝鮮・満州と大陸方面に送られ、
後半は(幸運にも?)北海道に回された。
北海道は、はじめ計根別の陸軍の飛行場にいたのだが、
そこから浅茅野の飛行場に移されて、そこで終戦を迎えた。
計根別は最後に米軍の空襲があったそうだが、じいさんは、その前に移動になったので、危ない思いはしなくてすんだと言っていた。
それで、その浅茅野での戦争が終わった直後のこと。
飛行場にあったいろんな物資を、穴を掘ったか、山の方だか(詳しい話は忘れた)に隠したそうだ。
ところが何日がして、トラックで、兵隊(と言っていたような?)が来て勝手に全部持って行ってしまった。
軍の正式な命令じゃなく、戦後の混乱に乗じて、早くも時代の流れを読む才に長けたずる賢いやつらの仕業だったらしい。
こういう物が闇市とかに回ったんだろう。
写真は、じいさんの軍隊時のもの(フェイスブックで既出)。じいさんの実家は八王子だったので空襲で全部焼た。だから、これ以上古い写真がない。

左上が(昭和)18.3.28 朝鮮 平壌 右下が(昭和)19.8.7 北海道 川湯 とある。