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教育催眠研究会(面接・講習・研修)

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積極的幻視(3)一炊之夢

2019年07月27日 20時21分15秒 | Weblog
「一炊之夢」

 facebook の方で、少しふれたので、私たちの「認知」とか「認識」の成立過程について、つまりものが「見える」というのはどういう状態かについて考えてみたいと思っていましがが、今日も雑談をはさみます。

 「一炊之夢」。これにはいろいろな呼び方があり、邯鄲夢(かんたんのゆめ)、黄梁夢(こうりょうのゆめ)、他は省略。

 若い頃は、この話たんなる寓話だと思ってましたが、今日ふとこの話を思いだし、これは実際にあった「出来事」であろうと気づきました。

  『枕中記』という物語にあるそうですが・・・


 唐の開元七年(西暦719年)、盧生(ろせい)という若者が立身出世を志し、馬で邯鄲(かんたん)へやってきて、とある宿屋にはいった。

 そこには呂翁(りょおう)という仙人の術を心得た老人が泊まっていたので、身の上を物語る。

 宿屋の主人が、これから飯をたこうとする、飯の来るのを待って盧生は眠ろうとする。

 呂翁がリュックサックの中から青磁の枕を取り出して彼に貸してくれる。その枕の両端には穴があいている。盧生がその穴を見ているうちに、穴はだんだん大きくなり、トンネルのようになる、その中を進んでいくと立派な家がある・・・・・・。それから、とても美人で、しかもしとやかな娘と結婚する。高文試験に及第、それから知事になったり、検事総長になったりする。一度は讒言(ざんげん)に会って、死刑にされようとするが危うく免れる。後に位は人身の栄をきわめ燕国公に封ぜられる。その間に子供は五人、孫は十何人もできる。八十すぎて病気で死ぬ。

 盧生は、あくびして目が覚(さ)めれば、なんのことはない、もとの宿屋に寝たままであり、呂翁が、その傍に坐(すわ)っている、主人は飯をまだ運んでこない。「なあんだ夢だったのか」と盧生がいうと、呂翁は「それが人生だよ」と教える。

 しばらく考えていた盧生は、「なるほど立身出世といっても、はかないものだという道理が判(わか)りました、先生のお教えは有難(ありがと)うございました」と悟(さと)って帰っていった。



 デモンストレーションを見たことのある人ならわかるはずです。「催眠法」を使えばこれくらいの「夢」は、はっきりと見えるのだと。

 現在でも、武術の「達人」になると自然に催眠術をつかえるようになる人がいるくらいですから、昔の「仙人」と呼ばれたりする人は、もっと自由自在に「術」を使えたのでしょう。

 また、日本でも昔は「きつねつき」だとか、西洋では「おおかみつき」だとかいってトランス状態になる人がたくさん存在したので、今よりももっと被暗示性の高いひとが多かったのだと思います。

 だから盧生も、
「この夢は、呂翁が術を使って見せてくれたのだ。人生とはこんなものだということを教わったのだ」
 と悟ったからこそ「ありがとうございました」と言ったのでしょう。

 「一炊之夢」を見た方がよかったか、見なかった方がよかったか。すくなくとも盧生は、その教えに納得したようです。

 が、私たちの「催眠法」は、できるかぎり他者の価値観にはできるかぎり影響を与えないように配慮する必要があります。

 そのことも含めて、実際の催眠面接では「幻視」の技法はあまり使わない方がよいと私は思っています。

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