オモワザレバ 

才あれば「三年有成」、才なきにして「善人爲邦百年」オモワザレバスナワチクラシ、「欲速則不達」人生を語らず 

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目的とニーズ

2013-05-29 19:20:58 | その他
事業目的と住民のニーズはかならずしも一致しない。浄化槽の普及によって、下水道事業においては一致しないことが多いというべきかもしれない。
かつて、事業の目的は「水洗化」という言葉で理解されていたと思われる。
ところで、下水道事業において水洗化とは接続を意味しているが、一般にはトイレの改造による水洗トイレを指しているにすぎない。
単にトイレを水洗化することは単独浄化槽で可能であったろうし、トイレ以外の生活排水についても合併浄化槽で対応できる。しかし、合併浄化槽は適切な管理をしていなければ意味はない。また、合併浄化槽の濃縮した汚泥は一般会計負担(又は一部事務組合)の浄化場で処理される。

従って、下水道事業の目的がトイレの近代化としての水洗化なのか、合理的かつ適正な汚水処理による環境改善なのかによって、議論は混乱する。
トイレの近代化や生活排水の臭気の除去といったニーズは、個人の問題であるが、公共水域の水質環境の改善という目的は社会的な問題である。

目的が、トイレの近代化等としての水洗化であると仮定すると、もはや公共下水道事業を続行する意味はほとんどない。せいぜい、住民の負担とサービスの公平性を確保するために、あるいは投資による地域経済活性化のために事業を続けるという程度の意味しかない。従って、ニーズのないところに公共下水道はいらないという選択はありうる。

一方、目的が公共用水域の水質改善であるとすると、閉鎖性水域に流入する区域においては、まず、公共下水道事業の続行しかありえない。浄化槽の設置が不可能な狭隘な土地や、排水路の確保されていない地域にも公共下水道は敷設が可能であり、なおかつ法律上の接続義務によって、その目的を達することができるからだ。公共下水道への接続は個人の選択の問題ではない。

非閉鎖性水域においてはどうだろうか。近隣に海水浴場や著名な漁場や養殖場がある場合には、閉鎖性水域と同様の事業水準が求められるだろう。しかし、そうでない場合には、政策判断によって一定の選択が迫られることとなる。

何がいいたいか。まず、一点目として、個人のニーズのために事業を実施しているということばかりではないが、ニーズの有無を完全に無視することができるかどうか。

そして、ニーズは間接負担とは無関係だが、直接負担と大きく関係する。ただなら買うが、お金を払えと言われればいらない。国直轄方式の無料の高速道路には乗っても、急ぎでない限り有料の高速には乗らずに一般道を走るトラックのようなもの。下水道の受益者負担金がかかるなら、事業しなくてよいというものも出てくる。受益者負担金を廃止して、地方債を100%借りて償還を使用料で賄えば、それならニーズは出てくるかもしれないが、それは過去の負担者との公平性を欠く。


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