つれづれのままに・・・WebLog
心に移り行くよしなしごとを不定期更新で書き留めます
 



「何を今更・・・」と思われるかもしれませんが、何かと話題の多かったドイツでのワールドカップが終了しました。
時間が経ってしまったのでこのブログに書くかどうか迷いましたが、何となく書いてみます。
特別な期待をしていたわけではありませんが、私の地元・富山県出身の柳沢選手の良いプレーが見られなかったのはやはり残念でした・・・。

日本はチームとしては残念な結果に終わりましたが、引退を表明した中田選手等、個々には良いプレーをした選手がいました。
その中でも私が大会前から大会中まで注目していたのは守りの要・ゴールキーパーの川口能活選手のプレーでした。
ワールドカップが始まる前から日本嫌いな人からはインターネット上で誹謗中傷もされていたようで、何かと注目された選手です。
私には10年前のアトランタオリンピック・ブラジル戦で雨霰のようなシュートを防いだ活躍の印象が今でも強く残っており、最後まで淡い期待を抱かせてくれました。

しかし考えてみれば、ゴールキーパーが他の選手よりも目立って“活躍”するような試合はチームとしてはあまり望ましいとは思えません。
ゴールキーパーの近くにあまりボールが来ずにゴールキーパーが実況のテレビにあまり映らない試合、相手に雨霰の如くシュートを撃たれない試合こそが望ましいのではないでしょうか?
この辺り、ゴールキーパーのファンにとっては複雑なところなのかも知れませんが。

ゴールキーパーは守りの人・防ぐ人であり、チームが“守勢”の時にこそ活躍します。
「撃つ」と言う“攻撃の派手さ”はありませんが、それでも「守り」「防ぎ」は重要です。
いくら「守り」があまり活躍しない方が平穏であっても、大事な地を守り、“攻撃”以上の活躍をして帰国した戦士は大きな拍手で迎えたいものです。

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「いただきます」で食事を始め、「ごちそうさまでした」で食事を終える。
これがずっと“当たり前の事”と思って来ましたし、今も“当たり前の事”と思っています。

先日のエントリー『国連安保理が北朝鮮決議案を採択』にコメントを頂きました。
そのコメント「国連大使をはじめ関係者の努力に拍手を送ります。(容子さん)」を読んで思う事がありました。
北朝鮮への制裁決議が全会一致で採択されるにあたり、国連大使を始め日本の関係者の大きな努力があったのでしょうが、その努力に対して労いや感謝の声があまり聞こえてきません。
それどころかマスメディアで大きく取り上げられるのは批難の声、それも的外れと思われるような批難ばかりです。

インターネット等では「国家公務員が国の為に働くのは当たり前」との意見もありました。
確かに百点満点と言える決議ではありませんでしたし、「国家公務員が国の為に働くのは当たり前」と言ってしまえば“当たり前の事”なのでしょう。
例え個人的な考えや立場が違っていても、仕事等で協力すべき時には協力するのが“当たり前の事”です。
しかしながら、理由や言い訳を付けてなかなかその“当たり前の事”をしない人・協力すべきところで足ばかり引っ張る人もいらっしゃるようです。

それでも“当たり前の事”をしっかりとこなしてくれる人がいるから、私達は「当たり前の生活」が送れるのではないでしょうか。
そんな事を考えているうちに、半年程前に話題になった『いただきます論争』を思い出しました。
当たり前の事として作物や家畜を育てる人がいて、当たり前の事として魚を獲る人がいて、当たり前の事として食材を流通させる人がいて、当たり前の事として調理してくれる人達がいるからこそ、当たり前の事として食事が出来るのでしょう。

同様に、当たり前の事として他国と交渉し、当たり前の事として治安を守り、当たり前の事として政治を執る人達がいるからこそ、当たり前の事として日常生活が出来るのでしょう。
普段自分が“当たり前”と感じている事が、人によっては“当たり前”でない事もあるのでしょう。
私だけなのかも知れませんが、「国家公務員が国の為に働くのは当たり前」なのであれば、その努力によって守られる国民が感謝する事もまた“当たり前の事”のように思えます。

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今回も前回に続いて国連安保理の対北朝鮮決議についてのエントリーです。
前回のエントリーを書いた時点では詳しい報道を見ていませんでしたが、今回国連安保理で採択された決議1695は制裁決議です。
明記されていなくとも法的拘束力があり、「拘束力のある制裁決議」が全会一致で採択された事は日本外交の大きな成果と言えます。
今後は日本国内で「制裁決議ではなく批難決議だ」「決議文に法的拘束力について明記されていない」「国連憲章第7章への言及がない」等、決議を誤解・曲解・歪曲した報道・発言が出てくる事が予想されますが、それに対して面倒であっても訂正していく等の広報が必要となるでしょう。
そう考えると、日本国内の誤解・曲解・歪曲が政府の無用な仕事を増やし、足を引っ張っているとも言えますが・・・。

さて、今後の推移に対応し、この問題に引き続き取り組む為に必要なのは決議文の形式ではなくその内容です。
直接「第7章」の文言が無くても「安保理の特別の責任の下で行動」「必要な措置を、加盟国に要求する」等々の文言がある事で、この決議を根拠に日本が独自に引き続きこの問題に取り組む事が出来ます。
これは直接『拉致』の文言が無くとも『日本国民の生命と安全にかかわる懸案問題』との表現で拉致問題に言及した日朝平壌宣言と同様に大きな効力を持ちます。
尤も日朝平壌宣言と同様、決議文を使いこなせない人・決議文の効力に気付かない人もいらっしゃるのかも知れませんが・・・。
【参考・1】外務大臣ぶら下がり会見記録(7月16日:北朝鮮のミサイル発射に関する安保理決議採決)(抜粋)
外務大臣ぶら下がり会見要旨(平成18年7月16日(日)06:45~於:中央玄関)
『ずっと日本が最初に提出した1から7までの文章は全部入ったまま。最初の出だしのところだけが、いわゆる各国の国際社会の平和と安全の保障のためにということになりました。
前文が変わったということであって拘束力は変わっていないと思っています。』
『日本から提出した決議文というものが全会一致で通るということになったということに関しては各国の協力に感謝したい』
【参考・2】国際連合広報センターHPより『国際連合憲章』(抜粋)
第7章 平和に対する脅威、平和の破壊及び侵略行為に関する行動
第39条
 安全保障理事会は、平和に対する脅威、平和の破壊又は侵略行為の存在を決定し、並びに、国際の平和及び安全を維持し又は回復するために、勧告をし、又は第41条及び第42条に従っていかなる措置をとるかを決定する。
第40条
 事態の悪化を防ぐため、第39条の規定により勧告をし、又は措置を決定する前に、安全保障理事会は、必要又は望ましいと認める暫定措置に従うように関係当事者に要請することができる。この暫定措置は、関係当事者の権利、請求権又は地位を害するものではない。安全保障理事会は、関係当時者がこの暫定措置に従わなかったときは、そのことに妥当な考慮を払わなければならない。
第41条
 安全保障理事会は、その決定を実施するために、兵力の使用を伴わないいかなる措置を使用すべきかを決定することができ、且つ、この措置を適用するように国際連合加盟国に要請することができる。この措置は、経済関係及び鉄道、航海、航空、郵便、電信、無線通信その他の運輸通信の手段の全部又は一部の中断並びに外交関係の断絶を含むことができる。
第42条
 安全保障理事会は、第41条に定める措置では不充分であろうと認め、又は不充分なことが判明したと認めるときは、国際の平和及び安全の維持又は回復に必要な空軍、海軍または陸軍の行動をとることができる。この行動は、国際連合加盟国の空軍、海軍又は陸軍による示威、封鎖その他の行動を含むことができる。
【参考・3】国連安全保障理事会で採択された北朝鮮決議1695
前文
 一、1993年5月11日の安保理決議825、2004年4月28日の決議1540を再確認。
 一、朝鮮半島と北東アジアの平和と安定を維持することの重要性を認識する。
 一、安保理は核・化学・生物兵器や(ミサイルなどの)運搬手段の拡散が国際平和と安全への脅威となることを再確認。
 一、核・化学・生物弾頭の運搬手段として使用され得る弾道ミサイルを北朝鮮が発射したことに、重大な懸念を表明。
 一、北朝鮮のミサイル発射凍結継続の公約違反に深い憂慮を表明。
 一、北朝鮮が(発射にあたり)適切な事前通告を怠り、民間の航空や海運を危険にさらしたことにも加えて懸念を表明。
 一、北朝鮮が近い将来にさらに弾道ミサイルを発射する兆候があることに、重大な懸念を表明。
 一、安保理は、この状況の平和的かつ外交的解決策を希求し、安保理理事国と国連加盟国が対話を通じて平和的かつ包括的な解決に向けた努力を歓迎する。
 一、北朝鮮が1998年8月31日、周辺各国への事前通告なくミサイル推進による物体を発射、日本近海に落下させたことを想起。
 一、北朝鮮が、核拡散防止条約(NPT)や国際原子力機関(IAEA)の保障措置があるにもかかわらず、NPTからの脱退を表明し核兵器追求を宣言したことに遺憾の意。
 一、中国、北朝鮮、日本、韓国、ロシア、米国による2005年9月19日の6カ国協議共同声明の重要性を強調。
 一、特に北朝鮮の核兵器開発宣言に照らして、ミサイル発射が地域の平和と安定、安全を危うくすることを確認する。

本文
 一、国際平和と安全の維持に対する安保理の特別の責任の下で行動する。
 一、現地時間の06年7月5日の北朝鮮による複数回の弾道ミサイル発射を非難。
 一、弾道ミサイル計画に関連するすべての活動を凍結し、ミサイル発射を凍結するという既存の確約の再公約を要求。
 一、加盟各国の法律と国際法に従い、北朝鮮のミサイルや大量破壊兵器開発に、ミサイルやミサイル関連の品目、物資、商品、技術が移転されることを阻止するために必要な措置を、加盟国に要求する。
 一、加盟各国の法律と国際法に従い、北朝鮮からのミサイルやミサイルに関連する品目、物資、商品、技術の調達を禁じ、北朝鮮のミサイルや大量破壊兵器開発に関連したいかなる金融資産の移転も阻止するために必要な措置を、加盟国に要求する。
 一、北朝鮮に対し、自制を示すことと緊張を激化させる行動を控えることの必要があることと、政治的、外交的努力で不拡散問題に取り組み続ける必要性を強調する。
 一、北朝鮮に対し、前提条件なく6カ国協議に即時復帰し、05年9月19日の6カ国協議共同声明の迅速な履行に向けて行動することを強く要求。特に、すべての核兵器と進行中の核開発計画を放棄し、早期にNPTへの復帰とIAEAの査察を受け入れることを強く要求する。
 一、安保理は6カ国協議を支持し、早期再開を求め、朝鮮半島と北東アジアの平和と安定と、検証できる形での朝鮮半島の非核化を平和的手段で達成する目的を持った、05年9月19日の6カ国協議共同声明の完全な履行に向け、協議参加国が努力を強めることを求める。
 一、この問題に引き続き取り組むことを決定する。


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ニューヨーク時間の15日午後4時(日本時間16日午前5時)頃国連安保理は北朝鮮決議案を全会一致で採択しました。
当初は議長声明に留めるべきとの意見もあり、その後多数の意見で決議が必要となったものの「制裁」を巡って様々な駆け引きがありました。
その内容は『北朝鮮のミサイル発射について「地域の平和、安定、安全を危うくする」として非難』『北朝鮮にミサイルの開発・試験の禁止、発射の凍結などを要求』『国連加盟国にはミサイルや関連物資・技術の移転、調達などを阻止するよう求める』等となっています。

この一週間は『雪斎の随想録』さんのエントリー標題にもあるように国連安保理は日本にとって重要な「戦場」でした。
麻生外務大臣が言うように『百点満点は双方ともとれない』交渉の場で日本の立場を明確にし、日本が求めた全てが盛り込まれた訳ではないものの、北朝鮮を批難する決議案が全会一致で採決された事は日本として高く評価すべき事でしょう。
アメリカが北朝鮮が決議に従わない場合、安保理が「追加的行動」を取ると警告する一方で、北朝鮮は決議の45分後に安保理決議を「全面拒否」する意向を示しており、今後もこの問題は収束しそうにありません。
日本としても今後の状況の推移を注視しながらそれに対応していく事が必要となりそうです。

日本では一週間前には「10日に採決か」等も報道されていましたが、北朝鮮の説得を試みる国があるなど、日本時間今日未明の採決となりました。
この間、様々な報道があり、曰く「日本は譲歩する事になる」「強硬論を続ける日本が孤立している」等々、様々な情報が錯綜するように飛び交いました。
日本の報道と海外の報道では論調が大きく異なる事もあり、ついつい日本の報道を先に見てしまう私としては報道を追うだけでも疲れを感じました。
偽情報や誤報に惑わされたり疲れの余り嫌気がさしたりしては「情報戦」では負けに繋がります。
報道を追うだけで疲れる程ですから、交渉の現場・裏方では更に凄まじいほどの外交戦・情報戦があった事と思われます。

またこの一週間は日本の国内・国外でも様々な人や組織が「北朝鮮に影響を与えられるか否か」「日本の為・平和の為になるか否か」「国際的な説得力があるか否か」等が明らかになった期間でもありました。
今後ミサイルだけでなく拉致等の北朝鮮問題を考える上で、考慮すべき指針が改めて明確になったと言えます。

今後「戦場」はサミットの場へ移る事となるでしょう。
何はともあれ大島大使とスタッフの皆様、御疲れ様でした。

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少し間が空きましたが前回からの続きです。
北朝鮮による拉致事件の解決に向けて、日本と韓国の連携がうまく行っていません。

当然の事ですが日本政府には日本人を救出する責務があり、韓国人を救う責務は韓国政府にあります。
日本人の救出に責任があり、その責任を果たそうとするからこそ慎重になる事もあります。
責任ある事案について、他国と連携するか否か等の重大な判断を誤った際に「相手が馬鹿だから」等との言い訳では済まされません。
そして、韓国政府が韓国人をどう救出する(或いは救出するかしないのか)か、その判断は主権国家である“大韓民国“が決める事で、日本政府の力の及ばない事です。

また日本政府の力(つまり日本の国力)も無限にある訳ではありません。
その力が有限なのですから、日本政府は責務がある「日本人の救出」を優先すべきです。
民間だけで行う等政府の力を用いないならともかく、政府の力を用いる以上は日本人の救出と他国人の救出を分けて考える必要があります。
日本政府は国際的な慈善団体ではないのです。

仮に韓国人を救う責務のある韓国政府が協力的でないなら尚更の事で、拉致事件や韓国に限らず、物事で他と「連携する」のであれば双方が注ぐ力のバランスが保たれなければうまく行きません。
繰り返しますが日本政府は国際的な慈善団体ではありません。
日本政府が責任を持って救出に乗り出す以上は、他国との連携は日本人救出の妨げにならない程度にするべきなのでしょう。

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北朝鮮のミサイル等いろいろな事が起こるうちに「過去の事」と感じられるようになりましたが・・・、北朝鮮に拉致された横田めぐみさんと韓国人拉致被害者・金英男氏に関して、日本と韓国の連携が(予測していた人も多いようですが)うまく行かないようです。
連携がうまく行かないながらも、横田さん御夫妻や日本政府が、北朝鮮の思惑や北朝鮮の策に嵌まってしまった人の思惑に乗せられなかった事は今後の希望に繋がると言っても良いでしょう。

それにしても、この連携がうまく行かないのは日本・韓国・北朝鮮の関係や拉致に対する取り組みが分かっている人には簡単に予測出来た事でしょう。
尤も、『玄倉川の岸辺』さんに書かれているような「日本国内での反政府・反家族会の存在」が少しは予測を複雑にしているのかも知れませんが。

日本・韓国・北朝鮮の関係が正しく見えていないのでしょうか、或いは「うまく行って欲しい」との希望的観測が強過ぎたのでしょうか。
そんな人の言葉や希望的観測に振り回されていては時間と労力を無駄に費やす事になりますし、解決出来るものも解決出来なくなる事も考えられます。

考え方は人それぞれですが、いずれにしても私には「こんな簡単に予測出来たはずの事すらも予測出来なかった人」が理解出来ません。
予測に必要なのは甘い希望的観測よりも厳しくとも現実を見据える事です。
今後も拉致事件解決に向けて「思い切って強行策に訴える」か「慎重に根回しをしながら時を待つ」か等、難しい判断を要する場面もあるでしょう。
そのような場面で、予測する力のない人の希望的観測に振り回されるのは非常に危険な場合もあります。

長くなったので次回に続きます。

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今回も前回のエントリーに続いて北朝鮮のミサイルについて。
現時点ではどの国にも直接の被害は出ていないようで、とりあえずは安心しました。

北朝鮮のミサイルに関連した情報を得ようとインターネットをいろいろと見ているうちに『玄倉川の岸辺』さんのエントリー・「対話と圧力」を読んで共感を覚えました。
あのエントリーを読んだ後では「自分で書く事が無い」と思えるほど(こんなことだから更新しないまま半年が過ぎる事もあるのでしょうが・・・)でした。
かと言って全文無断引用する訳にもいきませんので、内容はリンク先で御読み下さい。

さて『玄倉川の岸辺』さんへのコメントにも書いた通り、今後どう変化するか読み切れない情勢に対応する為にも選択肢は多く・選択の幅は広く持つべきです。
日本はただでさえ「戦争を放棄」していて他国に比べて選択肢が少ないのに、更に選択肢を減らすのは自分で自分の手足を縛るようなものです。

北朝鮮のミサイル発射を受けて日本は制裁措置を取りましたが、これも最初から最大限の制裁をしては選択の幅を狭める事になります。
中には「今最大限の制裁をかけておけば、仮に将来北朝鮮が6者協議に復帰する過程で段階的に解除することも可能」と主張する人も(驚いた事に国会議員にも)いらっしゃるようではありますが。
これでは「段階的に解除することも可能」と言うよりも、先に最大限の制裁をしてしまえば後は「解除する事しか出来ない」と言うべきです。

一方、取り得る手段の半分程度を用いた制裁であれば、後で制裁を強くする事も弱くする事も可能なので、それだけ選択の幅を広く持つ事になり、場合によっては事態が推移する間に(例えば新しい制裁法等で)新しい選択肢を増やす事も可能です。
北朝鮮が全てのミサイルを打ち尽くしたのならともかく、北朝鮮側が「更なるミサイル発射」の選択肢を持っているうちに、日本側が「制裁強化」の選択肢を放棄するのは、後先の事を考えるのであれば避けるべきでしょう。
勿論、選択肢を多く残す事で難しい選択を迫られる場面に遭う事もありますが、選択から逃げる為に選択肢を減らすような人に国の舵取りは任せられません。

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昨日北朝鮮がミサイルを長距離短距離あわせて7発発射しました。
着弾の事等、心配をすれば“きり”がありませんが、日本も他の国もミサイルが発射された場合の対応についてはシミュレーションされていたようで、日本も午前中には制裁を発動するなど素早い対応を取りました。

それにしても発射時期は日米首脳会談で北朝鮮への対応を話し合った直後、また、北朝鮮を批難する事が予想されているサミットの直前と言う事で北朝鮮にとって“最悪の時期”とも言えます。
また着弾地点についても、ロシアのすぐ近くに着弾するなど、これまで比較的北朝鮮を擁護する事が多かったロシアも今回は擁護しない事を考えるとこれもまた北朝鮮にとって“最悪の場所”のようです。
これだけ各国の関心が高まった時に更に関心が高まるようなミサイル発射を行った事で、他の周辺国にとっても表立って北朝鮮を擁護する事は難しくなったと言えるでしょう。
ミサイルに燃料を注入してから「いつかは発射するだろう」と言われていましたが、「何故この(北朝鮮にとって都合の悪い)時期にこの(北朝鮮にとって都合の悪い)場所へ?」との言うのが私の正直な感想です。

これまで、日本国内にも経済制裁の発動を強く求める声はありましたが、周辺国の動向が読めない等の為に制裁の効果を計り切れない部分がありました。
経済制裁カードを温存しつつ圧力を掛けながら、先に北朝鮮にミサイルを“発射させる”に至るまで制裁発動を抑えていた事で、今後日本が日朝交渉の主導権を握る状況を作り易くなった面もあります。
日本政府の対応について「制裁が不充分」「手ぬるい」との声も出て来るでしょうが、これは逆に「まだ日本側が“カード”を残している」と見る事も出来ます。

いずれにしても日本が制裁を発動し、周辺国が北朝鮮への批難をする事で拉致事件等の日朝問題にも少なからず影響はあるでしょう。
事態が動き出した以上は、この状況を拉致問題等の日朝問題の解決にも繋げるように、政府関係者の尽力を期待します。
国会が閉会中で総理や閣僚が比較的動き易い事も、今後の日朝交渉に影響を与えるかも知れません。

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先週、小泉総理が訪米しました。
私が見た限りの報道では、笑顔の小泉総理と笑顔のブッシュ大統領の映像ばかりでした。
エルビス・プレスリーの名曲の歌詞を交えての会見ではアメリカの記者にまで笑いを振り撒いていました。

日本ではあまり大きく報じられていないものの、共同会見で拉致問題や北朝鮮のミサイルに言及するなど“国際的な難題”についても話し合ったようです。
しかし何と言っても、プレスリー邸を訪問しエルビス・プレスリーの歌詞を口ずさむなど“エルビス・プレスリー抜きには語れない訪米”であったように報じられていました。
小泉総理は麻生外相と共に、これまでの「日本の政治家」のイメージを(日本国民が持っていたイメージだけでなく、外国人が持っていたイメージも)大きく変えたのではないでしょうか?

しかし本当に笑いを振り撒いただけの訪米なのでしょうか?
なにせ今や小泉総理とブッシュ大統領と言えば、テロと闘う国家の首脳です。
プレスリー邸に向かうエアフォースワンの中でテロ等の対策についての“具体的な密談”をしていても不思議ではありません。

実際にはそのような密談は無くても、密談の可能性があると言うだけでもテロリスト等にとっては圧力になり得ます。
テロ対策の密談を満面の笑みで覆い隠しているのでしょうか、或いは、心からの笑顔が結果的にテロリスト達の猜疑心を煽るのでしょうか。
小泉総理訪米中の日米首脳の顔は明るい笑顔でしたが、テロリスト達の笑顔などは見たくないものです。

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前回、沈む船について書きましたが、「沈む船」と関連して取り上げられる言葉に「カルネデアスの板」があります。
私も詳しくはないのですが、「カルネデアスの板」とは「船が難破した際に、一人分だけの浮力しかない板に二人がしがみ付いている場合、自分が生きる為に一方が板を独り占めして相手を殺しても(緊急避難が適用されて)罪にならないという事例」だそうです。
その板が本当に一人分の浮力しかないのか、使い方によっては二人共助かるのではないか、そんな事は海の上で溺れそうな二人には判断は出来ず、ただただ自分が助かりたい一心なのでしょう。

「罪にならない」との事なので、板を独り占めした者を責めたりはしませんが、かと言って板を独り占めした者を擁護するつもりもありません。
ましてやそれが、仮に溺れそうな所で何とか助かりそうな板を探し出した時にたまたま流れ着いた人が協力する事もなく板を奪ったのであれば、尚更の事です。
自分が無関係の第三者ならともかく、仮に自分が板を奪われた人の側であるならば、それは当然の事ではないでしょうか?

船が人為的に沈められたのであれば、一番悪いのは「船を沈めて、溺れかけた二人に対して一枚の小さな板しか用意しなかった者」である事は間違い無いでしょう。
ただそれだけでなく「見るからに沈みそうな船に乗るように軽率に二人に勧めた人」や、「板を奪い合う事になるであろうと予想出来る相手と警戒する事なく協力するように勧めた人」が居たのであれば、それらの人々にもまた責められるべきでしょう。
これらの人が板を奪われた人の周囲にいるのであれば、安心して船に乗る事も出来ません。

いずれにしても、船の難破で海に投げ出されてしまった人はなんとか助かって欲ものです。
その場合も自分が板を奪われた人の側であれば、やはり板を奪われた人にこそ助かって欲しいと強く願うのは当然の事ではないでしょうか?

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