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常識や空気に反して

学校やマスコミは本当のことを伝えないことが多すぎます

大川小の惨事① なぜもめる大川小の参事

2016-09-11 13:04:13 | なぜもめる大川小の惨事

84名死亡の大川小学校だけなぜ逃げなかったのか

 逃げる方法もあり(裏山・スクールバス)   逃げる時間も情報もあったのにだ。

(ちなみに、一言) 内陸の秋田の合川南小学校では、 遠足で津波にあい、13人死亡しました。 海水浴・修学旅行・出張など、 津波の犠牲は海沿いの人の専売特許ではありません。 

 

 さて、  想定外の津波であっても

大川小以外ではではみな再避難して犠牲を防いでいるのに,

①  なぜ、地震から再避難(逃げる)まで49分間もかかったのか、

②  その間何をしてどんな状況だったのか、 なぜ裏山に逃げなかったのか。

 これが遺族らの最大の疑問で、 この疑問を解かないと原因は分からず、

ここが問題の核心、 「疑問の49分間」が生きるか死ぬかの分かれ目、

  これが未解決では問題は残ると思います。 市教委もそう感じてはいたでしょう。

しかし、市教委も第三者委員会もこの核心部には当たらずさわらず、 原因をあいまいにしました。そこで、あえて言います惨事の原因を、一言で…、

 先生さえいなかったなら起こらなかった、即ち 原因は先生たち

 でも、こんなことが本当なら、教育委員会の幹部の首が飛び、 教育界の大改革に迫られます。そこで現状維持できるよう、都合のいい報告を出せるよう、  調査を当事者→管理責任のある教育委員会が行います、 容疑者が調べるのです。泥棒が警察官になるようなものです、 日本ではお馴染みだが…。

 すると…  市教委の心理は→先生たちが原因などとは絶対にしたくない。

万一そうだったら、そうならないように、 他に原因になりそうなものを探しそれを原因にしたい、  と言う潜在意識(津波のせいにしちまえ)になると思います。

 しかし、本来の市教委がとるべきは、                

先生たちが行動できなかった核心の49分間の実態を究明し、 

ア) 決断できなかった原因を調べ、再発防止に役立てる。

イ)先生たちがいなかったら山に逃げていたと思われないなら、徹底的に反論する。  

 しかし「先生が原因」とは絶対にしたくない心理に陥るため、   

そうであると思っても、ふそうでないと思うふりをして、 他の原因を探して反論したくなる。

 その結果市教委のやり方は…、  (さて、どうすると思いますか。私の推量は次回です…)


 

【参考サイト】

「揺らぐ真実」 :市教委や第三者検証委員会の対応が逐一報告されていて非常にわかりやすく、 更に記述者は「あのとき、大川小学校で何が起きたのか」を出版しているから、どちらかはどうぞご覧ください。

・「記録の部屋」さんの「大川小学校を襲った津波の悲劇・石巻」は地元紙の「河北新報」が多数コピーされていて資料としてもよく、分かりやすい。


大川小の惨事② 逃げたかったことを究明しないための作戦

2016-09-11 10:43:07 | なぜもめる大川小の惨事

《 子どもたちは逃げたがっていた 》

2:46 地震が起きて 

2:52 大津波警報を聞いて

3:25 「津波が来る、高台へ避難して!」との 広報車の呼びかけを聞き、はじめて 避難先を相談しはじめた  

3:35 避難開始

3:37  津波襲来

  津波襲来までは 警報を聞いてから45、 地震から51分もあったのに

 なぜ、大川小だけが、逃げなかったのか。 


・地震後校庭に集まり、みんな校庭の防災無線で大津波警報を聞いたのに、

・ ラジオも津波警報で、さかんに高台避難を呼びかけていたのに、

・迎えにきた母親たちも、「津波がくる、逃げて!」と訴えていたのに…。  

   佐藤勇樹君は「ここにいたら死ぬ。山に逃げたほうがいい」と言うと、

   「よけいなことを言うな」としかられ

   今野大輔君は「山に逃げた方がいいと思います」と言ったが「私にも分からない」と言うので「先生なのに何で判らない」と食ってかかっています。

   山に逃げてゆくのに呼び戻されたり、泣いたり吐いたり死んでたまるかと強がってもいます。

 子どもたちは逃げたがっていたし、

両親らは「裏山があるから大丈夫」思っていました


 しかし、先生はたき火を用意していたし、スクールバス運転手の〝うかがい“にも待機 させ、

 二日前のM 73の地震にも山に逃げず、校庭にいたのだが、
 逃げずに、いったい何を待っていたのか。

先生たちは逃げる気がなくでも“どうする”迷いながら

 何も決定も行動もせず、ただ危険が去るのを待っていたのでした。いや、

  そればかりか、逃げたがる子どもたちを逃がさず、

その結果犠牲になったのです、先生が原因と言えませんか。 

  

 6年生の天晋さんを迎えにきたお母さんは、激しく逃げるように訴えたら、「お母さんお母さん落ち着いて…」と逆になだめられたうえ「周りの子が動揺するので先に連れて帰ってください」と、怖がる子どもたちに怖さが伝わらないようにさせられ、「感情的に強く訴えた私がバカのようだった…」と言っていました。

(怖い→逃げたい→逃がしてくれない→逃がせば動揺の原因が無くなり収まり落ち着くのに…。動揺が広まれば逃げたい気持ちも広まり、逃がさざるを得なかったのに…) 

 

 逃がして命を守るための本当の義務や責任よりも、なぜ動揺を防ぎ、待機させる義務・責任・立場を重視したのでしょうか。  

 逃がす積極性よりも、何もせずに待つ消極性はどこから生まれたのでしょうか。

 なぜ子どもらの意見を先生たちは取り上げなかったのでしょうか? 

ゆうき大輔.jpg今野さん.png

ここに…いたら死ぬよと必死に】【大人が居なければ…】


【歯を食いしばりながら涙を流し…】

【写真は「みんなが知るべき情報・今の物語」さんのサイトより借用】

 歯を食いしばり涙流すほど逃げたかったことや、逃がさずに犠牲にした真因(及び怖ければ逃げる、と言う自然な行動をさせない教育)などを考えないように、

 逃げたくて進言までした二人の様子を証言する只野哲也君の聞き取りを、

市教委は無視し、検証委員会はなかなか行わず、

周辺部の小さい原因を寄せ集めています。

 

 こんな核心部を避けた報告書で真実にフタをされたら終わり、と感じた遺族らは何とか事実を明らかにしてほしいと、最終手段の裁判に訴えました。核心の最核心の「生き残りの先生」を証言させない主治医に、裁判所はどう立ち向かうのか楽観できません。 


・子どもたちは逃げたかったのになぜ逃がさなかったのか?

・津波が来るまでの51分間、何をしていたのか?    

この51分の実態が遺族たちが知りたい最大の疑問でありここに原因があります。  

 でも、教育委員会も、第三者検証委員会も、

・生き残った先生には、ドクターストップがかかり、他の先生たちは皆なくなっているとか何とかと、

当時の真相を追求する気はありませんでした。

何しろ、遺族の問いにはのらりくらり。例えば、逃げたがった子がいた、逃げ始めて2分もしないで襲われた、などの遺族の調べを、

市教委は何だかんだと1年間も認めなかったのですから…


  その間、市教委の説明は二転三転し、記憶違いだった、忘れた、再度調べ直す、などとはぐらかした上、担当者を入れ替えて振り出しに戻し、

「第三者検証委員会」も核心の51分間にせまらず、

「周辺部念入れ時間切れ作戦」で遺族らをいらだたせました。


 なぜ、議論だけで何も決めず、49分間もとどまり続けたのか、ここが

犠牲にしたかしないかの分かれ目だから、その原因の究明は最々々々重要です。

そこで大切なのは生存者の証言です。 なのに

【生存者の証言=真相は知らせたくないのだろうか】   
 きっとそうでしょう。

 なぜなら市教委は聞き取りメモは廃棄して隠す姿勢を示し、

好都合な証言のみ調査報告書に載せ、記憶は変わるものとか何とか屁理屈を並べ、

果ては「山に逃げようと言う子がいるいないはたいして重要ではない」とまで言って遺族らを侮辱し、

検証委員会はなかなか哲也君証言を聞こうとせず軽視し、

証言を公開したテレビ局やそれに協力した遺族に抗議までしたのですから。


 しかし、「揺らぐ真実」や遺族の報告書を見ればこんな姿勢がアリアリです。ぜひご覧ください。    

 

 今回の強い地震では大川小以外は、すぐに逃げています、議論に時間かけた学校などありません。

逃げる忠告も要望も警報も手段も裏山もあったのに、なぜ同校だけ逃げず議論ばかりしていたのか…そこで考えたいのが、大川小では行われなかった

「すぐに逃げさせるセーフティミス」です。



《 市教委の作戦を推察すると… 》

 

 以上の通り原因は「校長と先生方」となるが、石巻教育委員会=市教委はそうは絶対にしたくない心理に陥るため、そうであると思っても、 そうでないと思うふりをして、他の原因を探して反論したくなり、核心の49分間は避けようとする。しかし、

 

 遺族は核心の49分間( 避難行動は多くて2分、計51分)の議論にするから市教委・第三者検証委員会も、それを避けようと…       

 

1)     反論しない反論=話し合いを避ける作戦

 

 度重なる話し合い要求に市教委はなかなか応じず、遺族が調べた核心部には認めないだけで反論せず、不誠実に対応した。

 

 第三者委員会の説明会には調査した委員を欠席させて議論できないようにしたのが多かった。

 

2)     打ち切り作戦 

 

 上記の結果、市教委は議論・話し合いを早く終わらせたくなるので、しつこいほどの遺族らの話し合い要求に応えず、たった2回の僅か2時間の説明会で「終わり」を宣言した、遺族は全然納得しなかったのに…。第三者委は核心部を後回しにし、時間切れにしてお茶を濁した。

 

3)     慇懃無礼

 

 でも、学校側にも非があるのも自覚しているから、下手に出て遺族の追及を和らげようと腹背面従な丁寧さになる。

 

4) 風化作戦 

 

 指摘されても認めず、時間を稼いで疲れさせ 諦めさせ、風化を期待。    

 

5) 隠ぺい作戦 好都合の証言者だけを選ぶ。

 

 調査しても都合の悪いものは採用しない。

 

6) 人事作戦

 

〇偽装作戦 好都合の委員を選び、第三者委員会のように見せかけた。 

 

〇堂々巡り作戦 市教委は担当者を入れ替えて前任者との約束を反故にして振出しに戻した。新任者に説明納得させて再度約束させるまでの労力で気力を疲弊させた。   

 

7) 核心そらし 

 

  重要でない部分を先に念いり調査し、核心部を時間切れにする。

 

 好都合な背景原因、小さい原因を多数列挙し主原因を薄める。 

 

  特に第三者検証委はこの手で報告書を作っていました。

 

8) 国会議員を真似する 

 

 核心部を握る議員は証人喚問の必要性を感じると、面会謝絶の病気になる。それを(主治医か教務主任が)まねをする(まねさせる黒幕がいると思うが、市教委と主治医

 

とのつながりはまだ明らかにされていません)

 

9) ゴリ押し作戦 分断作戦 

 

  自分らに不都合な核心部は絶対認めず力で押し切り、疲弊させ諦めさせ遺族らを分断させる。しぶしぶ開いた一回目に続き、やっと開いた二回目の説明会では納得せずに立ち上がらぬ遺族を尻目に、さっさと椅子を片づけ、(説明会は) これで終わり、と言うのは非情なゴリ押しの象徴。 

 

       加えて裁判では…、 

 

10)想定不可能説(同校だけだが)   11)教師の義務の矮小化。

 

 この10) 、11)で「想定できなかった」し「やるべきことはした」んだから、これは天災「我々に責任はない」と主張するようです。つまり

 

12)責任転嫁作戦

 

 84人も犠牲にした直接の張本人は津波だが、防げたのに防がなかったのは先生たちでした。これは、防げた天災を人災にしたことを意味します。そして、管理責任者は校長だから校長が責任を取るべきです。不在だった のは情状酌量の問題であり、あくまでも責任は“長”にあり、そうでなければ長の意味がありません。しかし、そうなると類が及ぶので、市教委は天災のせいにしようとしていました。

 

 幸か不幸か、石巻も被害甚大で犠牲者はほぼすべて津波にやられています。市民・国民の間にも“死んだのは津波のせい”と言う一般認識があり、大川小の犠牲も“津波だからしょうがない”とする受け止め方は少なくありません。この状況は市教委にとって好都合で、核心の49分間の実態にフタさえすれば世間は天災と勘違いしやすくなります。こういう状況を利用して、市教委は責任を津波に転嫁させるのだと思います。

 

 【結局は裁判でしか49分間の真相は明かせない】

 

 いずれにせよ市教委は「49分もとどまり山に逃げなかった」と言う犠牲にした核心真摯に向きあおうとしませんでした。
 でも、遺族らは当初から、
話し合いで解決できると信じ、
しつこく話し合いの場を求めた
市教委は応じず

 

やっと開いた説明会は僅か2回それも一方的に打ち切ろうとしました。      

 

 (脱落者期待もしたと思うが)この打ち切り宣言で受けた遺族のショックは計り知れず、今思えばこの時「市教委は核心の49分間の話し合いによる解決の意思はない」と見て提訴していたら、話し合い解決を信じて丁寧に対処した3年間の“時間の損失”は生じなかったでしょう。  

 

 でも、そうしたら世間は「第三者にも調べさせないで‥」などと冷たく後ろ指を指したでしょう。その第三者検証委員会にも核心部をぼかされ裏切られ、最後の手段として裁判に訴えました。この提訴は3年間の“いたぶられ”があったからこそ世間は理解もしてくれる、と思い、理解を期待したいと思います。 

 

 なお、犠牲になった真相を知れば知るほど、市教委は(第三者検証委も似たり寄ったり)先述の作戦を用いて対立感情をかきたて、遺族らを裁判に押しやった経緯が分かるが、紙面の都合上、それは表記の書物やインターネットにゆだねますから、どうかそれらをご覧下さい。

 

 すると、どうしても市教委のおかしさに突き当たり、それを克服しないと本当の原因が分からず、真の対策もたてられないので、このサイトは市教委の追求になるがご容赦を。

 

 

 【セメント崖の手前が三角地帯】

 

 

 

 これは「揺らぐ真実」で検索した「大津波の惨事 大川小学校 揺らぐ真実」と言うダイヤモンドオンラインのサイトの表題です。

 

 その記述者の加藤順子、池上正樹両氏著の、青志社の「あのとき大川小学校で何がおきたのか」とポプラ社の「事故検証委員会を検証する」、それと金沢啓修著、文芸書房の「大川小学校避難訓練さえしていたら…」(遺族がまとめた報告書も含む)の三冊がお勧めです。

 

あの時.png

 

 (911では、検証委員会は中立を装いながら委員長を政権側の人物にしたから、市民の疑問には何一つ応えないのに、第三者検証委員会のふりをして、圧倒的に強い政権側が行った“犯人はアルカイダだ”とのゴリ押しで押し切ったので、世間の大部分はそう信じています。

 

「歴史は勝者によって書かれる」ように、強い者の言い分が通るのが今の強者中心主義社会であり、大川小の処理もそんな例小さな一例にされようとしています。

 

 世論の応援がなかったら、松川事件をはじめ冤罪裁判にされた裁判が数々あります。みなさんの関心と応援が必要です。最終日の応援支援をよろしく

 

  続きは③へ



【参考サイト】

ヤバイニュース  当時の校庭の様子がアリアリ。

ダイアモンドオンライン「揺らぐ真実」
一連の連載で全容が分かりやすいがここではこれを


「小さな命の意味を考える会」サイト


大川小の惨事③ なぜ「セーフティミス」を犯せなかったのでしょうか

2016-09-11 09:08:18 | なぜもめる大川小の惨事

 逃げる忠告も要望も警報も手段も裏山もあったのに、なぜ同校だけ逃げず議論ばかりしていたのか…そこで考えたいのが、大川小では行われなかった

「すぐに逃げさせるセーフティミス」
「安全な方に失敗するミス」です。

 即ち、津波が来なかった場合
「骨折り損のくたびれもうけ」や、山に逃げて滑って泥んこや怪我、
或いは倒木で大怪我をさせるミスはあるかもしれないが、
多くが死ぬと言うことはないと言うミス→
怪我ぐらいで済み死ぬと言う危険なミスより安全なミス。
こういう安全なミスを、なぜ恐れたのか。

 それは、…津波が来なかったのに怪我などさせたら、保護者やPTAに抗議される心配がある(モンスターもいる時代ですから)→校長からは「余計なことをして…」と叱られ責任(先生の責任だけではなく、校長の評価・責任)を取らされマイナス評価を受けるのだから、そんなことを考えたら迷いもします。
 迷う背景をもっと探ると…→次のような上司や管理者の姿勢や日頃の職場の雰囲気、及び本人がそういう風に染まっていたなら、なおさら迷いすぐには行動しないでしょう。そんな姿勢雰囲気とは           

 1) 余計なことはしない・するな。事なかれ主義。

 2) 意欲や積極性を評価せず失敗にうるさい。

 3) 成功加点より失敗減点をする・される。

 4) やろうとする努力はせず、やれない言い訳を探す。
 5) 自主性を嫌い、決められたこと(義務)をやればよい管理教育。

・哲也君は「早くしないと津波が来る」と子どもらで言いあっているのに、先生たちは輪になって「どうする、どうする」と相談し、ぐずぐずしていた、と証言しています。今野大輔君に「先生にも分からない」と言うはずです。

 こんなことから「49分間も再避難もせず校庭にい続けた」のは 

   逃げようと言う先生もいたが、なぜか強く主張できなかった。つまり、何かあった時の心配で「セーフティミス」を強く主張できなかった先生らと、
② 決断力の乏しいリーダーと、それに
 津波がなかった地区だし、学校が避難所になっているくらいだから、来るはずが ないとの強い思い込みと、しかも…、

   避難訓練も避難場所も決めていなかったため。
…ということになるが

  感覚ではなく頭で行動したから、(直観など感覚は頭で判断する時間を必要とせずすぐに行動できる)尋常ではない強い揺れの強い恐怖感による危機感、生徒の命は絶対守るという使命感など感じる力の減少も一因でしょう。

⑥ 更に、先生の自由な発言や自主性を嫌う管理教育も考えられ、 

   給料をもらうために無視できない市教委の本音もあります。

そこで災いした本音を探ってみましょう。

 実は裁判で市(石巻市の教育委員会=市教委)は、

「地震発生後1時間以内で判断せよとするのは余りに酷なことだった。先生方が子どもたちを落ち着かせようとしていた1時間は、教職員としては当然の行為である」「予測不可能な津波だった」と主張しているが、これは
当然のことをしたから責任はない、と言いたいことも示しています。
 でも…、

 当然の行為をしているのに犠牲者が出たのは、当然の行為の中に
「命を守る」ことが含まれていないか優先順位が低いからではありませんか。にもかかわらず、市教委は「命の大切さを教える」としていると思います。
 それなのに「命の危険が迫った時」に、
命を守ることより落ち着かせる方を優先させたのが当然、としています。本当に命を大切にしようと思っているのでしょうか、もっと他のものでは?

○ 犠牲が出たのにいまだに“…落ち着かせるのが当然の行為である”と、言っているのは、その当然の行為がおかしいとは思っておらず(思いながら、ふりをしたゴリ押しでしょう)、こんなことでは「命の大切さを教える」などとは言えません。言えないのに言うのだから、それが建前であると分かります。では本音は何でしょうか。

○ 当然の行為と言う以上、「当然の行為をしなさい」も本音と思います。即ち、教職員としての義務を行え責任を忘れるな、と言うこと、ただし、命を守ることを最優先としない義務、命を守らなくても責任をとらないでいい責任ですが…。

○ 一方、給料をもらっている以上、命を守るより落ち着かせることが

当然の行為とする市教委の言い訳用の本音でも無視できません。

 でも平常時には、命の危険がないから問題ありません。
 ○ そして311が起き、命を守らなくてはならなくなり、大川小以外では“落ち着かせるのが教職員としては当然の行為”と言う、市教委のこじつけ本音など構っておれず、すぐにそれを飛び越えて逃げています。 

 頭で判断するとどうしても、心(感覚)で感じたことをいちいち教えられたことや規則決まりなど頭に蓄積している知識に照らし合わせて行動するが、頭で計算もしてしまいます。得ならする・損ならしないと言う損得計算です。この損得勘定が立場や保身を考えさせ、良心の足を引っ張り決定を遅らせます。
 しかし、子どもたちの命を守らねば…と言う良心による善悪判断も無くなってはいません。だから、先生方は

良心と“…落ち着かせるのが義務や責任”と言う市教委の本音との板ばさみになって迷い、時間がかかり行動が遅れます。(この場合は給料や勤務評定のために守ろうとする義務や立場、減点避けようとする保身、或いはセーフティミスでも何か起きた場合の責任などの校長・市教委からの脅迫感念や、上司が醸し出す日頃の事なかれ主義も見逃せないと思います)

 以上のように、逃げ遅れ犠牲になった原因は①から⑥までのせいだが、セーフティミスの足を引っ張る1)から5) までの姿勢、特に  

 命を守ることを最優先しない市教委の本音 及び、 

 日頃の職場の雰囲気が災いしている、と思います。つまり、

 遺族らが強く求める決定も行動もしなかった51分間に、市教委も検証委員会ものメスを入れようとしなかったのは、その原因が(セーフティミスをさせにくい)自分たちの日頃の姿勢や本音、及び生徒の自主性や自由を嫌う管理教育にはね返ってくるからでしょう。

 なお当時の校長には、指導者としての不適要因となる1)と4】の姿勢があり、命を守ることを最優先させない市教委と共に、セーフティミスをさせない原因に寄与しています。だから校長と任命した市教委の責任は極めて重く、更に校長は犠牲にしないで済んだ次のことを怠ったのだから、犠牲になった原因は校長とも言えるでしょう。


大川小の惨事④ 原因は校長、ドクターストップに黒幕、ではないか

2016-09-11 09:06:48 | なぜもめる大川小の惨事

 当時の校長には、指導者としての不適要因となる 1)2)の姿勢があり、命を守ることを最優先させない市教委と共に、セーフティミスをさせない原因に寄与しています。
 

 だから校長と任命した市教委の責任は極めて重く、更に校長は犠牲にしないで済んだ次のことを怠ったのだから、
 犠牲になった原因は校長とも言えるでしょう。


 学校のある釜谷地区では津波の危機意識が薄かったことが犠牲にした背景にあるし、校長先生は午後は早退で不在だったので免罪されています。でも、

避難訓練さえしていたらすぐに
  避難場所を決めていただけでも(少なくとも相談の10分間もあれば)全員山に逃げられます(たとえ三角地帯に向かってももっと助かったハズ)。

 

 さらに先生さえいなかったなら…

 警報聞きながら迎えに来た母親と二人の6年生が山に逃がして、全員死ななくて済んだと思われ、
 訓練せず場所を決めず、日頃の学校運営を通じてセーフティミスを恐れる先生らに育てた校長の責任は重大で、不問にふせません。その奥には校長に従属させる管理教育があるが、大川小は校長
自体に問題があると思います。                                 

 裏山にロープ1本垂らせば応急できるのに校長は、階段を作るといいなとしていた矢先に津波が来たと新聞記者に、する努力ではなく言い訳する姿勢を示し、更に避難訓練せず避難場所決めない作文で市教委に“した決めた”との報告をしているが、

命の重要性を認識せず後回しにする日頃の姿勢が311日にも表れています。彼は

・地震直後に電話せず、帰校中の渋滞中の堤防道路で電話したが、もうすでに通話できなくなっていました。セメント 図

・後日、遺族のセメント崖問いに学校から2㎞ほどの堤防決壊場所(前回の写真の×印。点線が山道、□が三角地帯)まで来たと、言い訳したが、そのずっと手前(写真では“先”)の渋滞で通行不能と思い対岸に移り、橋が落ちていて帰校できず、役場で情報収取し、14日には一緒に行く人が来なかったからと行かず、翌々々々々日の16日にPTA会長からの電話催促でやっと学校へ行きました。                       

・決壊現場まで行ったと言うウソやその後のつじつまの合わない証言でいたずらに混乱させ、校長としての資格が問題だが、そんな校長を

・市教委が擁護して、校長の証言に合わせた当時の状況にしようとするから、事実と合致せず、事実を明したくない心境を作り、 

・二転三転などののらりくらり戦術で、遺族をいたぶっていました。

・事実を明かさないためには、生き残りの教務主任のドクターストップは、市教委にとってこんなに好都合なことはありません。出来すぎです
 主治医が単独でストップをかけたのでしょうか、疑わしいと思うのは、私だけでしょうか。


大川小学校の惨事⑤ 悲劇から学びたいもの

2016-09-11 09:04:05 | なぜもめる大川小の惨事

大川小学校の悲劇から学びたいもの

1、             避難訓練を甘く見ない。

避難計画書は作文にせず、全員の共通認識にする。

2、             訓練にはヘルメットをかぶって。

哲也君ら津波にのまれながら助かった人によると、波の中はガレキだらけだったそうです。津波で頭をやられて助かった話を聞いたことがないから、津波にのまれても、頭をやられなければ助かりやすいと思います。          

どちらにせよ安全確保には、最悪でも守るべきは頭。

訓練の時から習慣づけておきましょう。なお、懐中電灯・ラジオ・ライターを非常袋に入れておきすぐ持ち出せるように…。

3、 おかしいと感じたら、前言の誤りに気付いたら、すぐに訂正。

 堤防を越えて壁のような波が襲う前に、まず側溝や地面から水がわき出、次に川の水があふれて流れてきます。この時点で三角地帯は危険と判ります。

 そのあとに壁のような波が堤防を乗り越えました。 

 教頭先生は先に県道に行って、「津波が来ているから急いで…」と先生たちにも津波を確信させたのだから、少なくとも山を主張した先生は「山に上がれ!」と方針を変えておれば、或いはもっと多く助ったと思われます。

 でも、山を主張した先生でもどうして全体方針に縛られ、方針転換できなかったのでしょうか。(急かされた時ではなく、津波を見て方向転換していた)

・先生方は「どうするどうする」と言いながらも、再避難するか、どこに逃げるか、と話し合っています。しかし、山は倒木の危険性ありとの意見で、最初に山に逃げないことにしてしまいました。               

 それでも再度「山に逃げよう」と言われたが(又は川から波が来たのに)、また山に逃げるのを否定し、山への方向転換はしていません。

・ 最初に否定した手前、ぐらつく姿を見せたくなかったとすれば、

教頭と言う立場に囚われ、先生たちも管理者の指示を守らねばならぬ義務や立場や責任にこだわり、セーフティミスを犯せなかったのかもしれまん。

 おかしい、間違いと気づいたら、すぐに認めて改めないと、平時でもウソの上塗りにおちいり(市教委の事後対応のように)事態を混乱させ、非常時には取り返しのつかない犠牲につながりやすくなります。

4、「津波は川から来る」堤防や川べりは危険です。    
 釜石の鵜住居では、高速道路で止まった津波が、高速道路の下の川に戻ってさかのぼり、上流で堤防を乗り越えています。「津波は川から来る」を忘れないで下さい。

5、「1mでも高く、1分でも早く逃げる」「忘れ物は忘れろ」が津波の鉄則。 

 忘れ物を取りに帰ると、もっと大事なものを失います。

それほど津波は 早く、「逃げるが勝」なのです。

 市教委の「1時間以内で判断せよとするのは余りに酷」とは、これほど津波をバカにした言葉はありません。10分もかけていたらまた同じ過ちをおかすでしょう、考えてみて下さい。

“酷”と言うから、津波はゆっくり判断せよ=津波の怖さを教えない意味にもなり、こんな主張が裁判で通れば「49分もかけて何も決定しなかった学校側の行為」が正当化され、そんな謎にフタをしたままになります。フタをしたままでは、子どもらが若くして犠牲にされた意義も無視されませんか。 

 フタしたままなら、哲也君が言うように「何代か後の子孫が犠牲になり」かねません。いや、非常事態は津波だけではありません。例えば、変質者の侵入に1時間もかけて判断してもいいですか? 非常時にはすぐ対応、そして何はさておき命を守ることが最優先ですよね。

6、警戒の見張りをたてる。

 非常時にはどこから危険が来るかを知るのが大切。見張りをたてていれば、遠くから大津波と分かって川べりは危険と山に逃げ、少なくとも10分も相談することはなく、たとえ三角地点に逃げてももっと助かったでしょう。

7、学校近辺の状況を知っておく。              

 大川小では袋小路に逃げています。近隣の状況を知っていればこんなことあり得ません。地元の先生は少ないから、努めて知っておいてほしいです。

8、思い込みにとらわれない。

 先生たちは津波は来ないとの勝手な思い込みで危機感が薄かったようです。少し離れた南三陸の戸倉小学校の校長は、ここもここも危ないとさらにさらに逃げ、思い込みは禁物、と諭しており、多くの学校でもとらわれずに臨機応変に対処しています。迎えの母親まで死なせたのは思い込みのせい。         

9、ロボットにならずに臨機応変に。

 マニュアル通りに動くのがロボット。千年に一度の津波対策のマニュアルなどなく、どこの学校でも危機管理マニュアルを飛び越え、臨機応変と言う生きものの能力を生かしていました。決められたことだけを守れば責任は負わされないが、想定外の非常時にはやられてしまうでしょう。

10、命を守ることを最優先する。

 どこの学校でも生徒を守るのに必死でした。大川小だけは市教委の本音を守り他のものを最優先したようです。市教委の事後対応も、命より他のもの重視していました。命を重視する遺族とかみ合わないのはその結果でしょう。

11、命を守ることを義務付ける。或いは再認識できるようにする。

 大津波警報で盛んに高台避難を呼びかけていたのに、落ち着かせるのが当然の義務とか想定できなかったと言えるのは、命を守る法律があったのか?あっても気づかないくらいか、知らんふりできるくらい弱いのかでしょう。

12、青信号を守っても事故にあいます。状況判断と言う本能を働かす。

 このままでは死ぬ、強くそう感じたら、その本能に従うのが自然です。

その自然の法則を解明するのが科学などの学問だが、その過程や方法で人間に都合のいいものを見つけると、自然の法則でなくともそれをみんなに教え守らせます。すると常識となるが自然の法則も含まれます。しかし、

 ごちゃまぜになった常識の中には、リノール酸や原発など神話にして守らせたものもあったように、自然の法則に合致せず間違ったものもあります。

 でも、自然征服感に染まった現代文明では、自然の掟を軽視しそれを教えることさえなく、強者が作り大衆が支持する常識を教え信じ込ませています。 

 ハザードマップは人工物で、思い込みも自分で作り上げたもの、規則決まりも人工物であり、守れば都合のいいものだが、死んでも守る必要があるのか、今、考えてみて下さい。心や本能で行動するのではなく、頭で考えて行動するようにされてしまっているから、「非常時だ、先生の指示を破っても感じた恐怖感のまま逃げさせない」と、非常時に言っても通用しないから、今のうちに。    【校門の脇にあった海抜1mとある石柱】

 あの時だれか一人「死にたくないから私(先生なら私の組)は逃げます」と、山に逃げていたら、混乱は起きてももっと多く助かった、とは思いませんか。群集心理でさらに多くが…。釜石の津波防災を指導した群馬大学の片田教授は「ハザードマップを過信するな」「誰も逃げなくても、勇気をもって一番に逃げろ」「どんな状況でも最善を尽くせ」と教えて、学校管理下での犠牲者0の釜石の奇跡を生んでいます。

 しかし大川小では、先生方は混乱を起こすまいとの立場や市教委の本音のおかしな義務や責任に囚われたのでしょう、そうしてはいません。

子どもらもまた常日頃から「団体行動を守る」よう教えられて、逃げられない方の群集心理に縛られ、誰も逃げませんでした。

 状況判断、臨機応変、セーフティミスは、非常時生き残り策の要です

13、第三者が調査する 

 学校の死亡事故は教育委員会が調べているが、責任が問われるから、不都合な事実は、遺族をいたぶっても曲げたり隠したり認めなかったりしたうえ、押し切ります。だから事故の当事者の教師を、混乱を理由に遺族や報道関係者に会わせません。会わせて事実が判れば隠すことで起きる混乱は収まり、責任・補償問題で混乱します。この混乱を避けたい当事者に調査させるから、弱い立場の遺族は裁判か諦めにならざるを得ないのが現状です。


「真実こそが真の和解をもたらす」…ネルソン・マンデラの意思を生かす調査は、日常的な事故は別にしても、せめて死亡事故ぐらいは第三者の方がいいようです。
【「揺らぐ真実」より
by加藤順子(次の写真も)

14、遺族の望まぬ委員を入れたら、第三者委員会自体を拒否する。

委員会発足時の27日に望まぬ委員登用に押し切られ、更に、検証作業前の3月31日には複数委員解任要求も拒否された結果が、裁判にもつれこんだ一因になっています。最初から拒否するのは難しいが、否定しにくい心理を利用して押し切るのだから、対抗できる委員を申請し拒否させるように、粘ってはどうでしょう。

15、最後の最後は「津波てんでんこ」で。

子どもらは津波が来ると必死に訴えるのに、先生方は来ないと思い込んで聞いてくれませんでした。こんな事はめったにないが実際にあったのだから、こんな時のことを考えておいてみて下さい。 

「てんでんこ」とは、人のことを心配していたら自分も巻き添えになる、人のことは構わず「てんでんばらばらにでもすぐ逃げよ」という津波研究家の山下文男さんが岩手の教訓から学んでの提唱です。

とはいえ、学校はてんでんばらばらを許しません。そこで担任の先生に、どうしても「セーフティミス」を許してくれなければ、最後の手段として「もう付き合えない、〇年〇組はセーフティミスを犯します」と宣言して、組単位の「てんでんこ」で逃げることをあらかじめ頼んでおいてください。

それでも承知してくれないまま非常時になり、「つきあっていたら死ぬ」と感じた時は、「少しでも安全な所に逃げます」と言い捨てて、自分たちで「てんでんこ」で逃げることを提案します。それとも、規則通りに団体行動を乱しませんか、死ぬ覚悟で…。

16、教育委員会は首長から独立しているのか、首長は住民ではなく組織を守るのか、と言うことも考えてほしいと思います。

17、管理教育を考えてみる。

管理教育の副産物は「命令通りにせよ、余計なことはするな!」の上しか見ないヒラメ人間を育てます。団体通りにさせるには、自主性を嫌い規則決まりに従わせる管理教育が最適です。管理教育になっていないか考えて下さい。 

 と、厚かましい提案でした。また、なぜ裁判までしてもめるのかは、最初の書き出しの通りだが、現場での学校側の態度も知ってほしく頭下げる、その辺りを一寸記しておきます

○ 子どもたちは下校前に、津波で犠牲になっています。まだ帰校させていないのだから、学校が責任もって探し返すべきです。しかし、先生方も死に市全体が未曾有の大被害を受けたとはいえ、校長も生き残った教務主任も市教委も捜しもせぬどころか、学校にも来ず調べもしませんでした。やっと16日に催促されて出てきた校長は、必死に捜している遺族をしり目に、写真を撮るばかり。【頭は下げるが腹の中を読まないとだまされます】

いったいどうして犠牲になったのか、これからどうするのかなどの遺族の不安や疑問には関心がない様子。それもそのはず、1週間近くも学校現場にさえ行かなかったのだから…、罵倒を浴びつつ金庫から何かを大事そうに持ち帰っただけだったし…。  

だから、催促されて開いた49日の説明会では、質問に答えられずいい加減な答えをするから、遺族の我慢がついに爆発し、怒号が飛び交うほどの怒りを誘っています。まだ調べてはいなくとも、帰さないで犠牲にしたのは事実だから、この点はすぐに謝罪すべきなのにその言葉もなく、初めから対立感情を作っています。

市全体の甚大な被害があるから天災のせいにしようと、謝罪はおろか核心の51分間さえ明らかにする気が無く、遺族が明かす事実はなかなか認めようとしていませず、出だしの市教委の非情な態度が対立コースに乗せています。