私たちが住む松園団地(盛岡市街地の北部にある大きな団地)の北に、盛岡ドミニカン修道院があります。私たち夫婦は、時々、早朝ミサ(6:30)にあずかっています。
この修道院で9月19日から26日までシスターを対象とした黙想会があり、私たち信者も講話を聞く機会を与えられ、23日出席しました。指導司祭は高松から来られた精神科の医師でもあるドミニコ会の井原神父でした。
この日の講話は「時間」がテーマでした。幼児は明日のこと位しか時間感覚を持たないが中高校生位になると家系、民族、性、職業などを手がかりに自分は何者か確認しようとする。自分の存在を確認できず、自分が何者か分からなくなって、むなしさを感じ自殺や犯罪に走る場合もある。一方で、むなしさは時間を超えた永遠とか生涯と言う感覚でものを考える契機にもなる。
高齢者は物理的時間感覚が衰え10年前のことが3年前だったり、3日前のことが1年前だったりするようになる。これは時間密度が違うからである。自分にとって大切なことは10年前のことでも3年前になるし、どうでもよいことは3日前でも1年前になるのである。
私たちは物理的時間にとらわれすぎているのではないか、神やキリストに出会うために時間密度や永遠と言った感覚を大切にしなければならないと言うことだった思います。

盛岡ドミニカン修道院建物の全景

マリア像が優しく迎えてくれます

十字架の形の引手がついた木製の扉

信徒席から見た聖堂/心安らぐ空間です

聖堂/右側はシスターの席

勝手口に置かれたキャベツ/信徒の寄進?
この修道院で9月19日から26日までシスターを対象とした黙想会があり、私たち信者も講話を聞く機会を与えられ、23日出席しました。指導司祭は高松から来られた精神科の医師でもあるドミニコ会の井原神父でした。
この日の講話は「時間」がテーマでした。幼児は明日のこと位しか時間感覚を持たないが中高校生位になると家系、民族、性、職業などを手がかりに自分は何者か確認しようとする。自分の存在を確認できず、自分が何者か分からなくなって、むなしさを感じ自殺や犯罪に走る場合もある。一方で、むなしさは時間を超えた永遠とか生涯と言う感覚でものを考える契機にもなる。
高齢者は物理的時間感覚が衰え10年前のことが3年前だったり、3日前のことが1年前だったりするようになる。これは時間密度が違うからである。自分にとって大切なことは10年前のことでも3年前になるし、どうでもよいことは3日前でも1年前になるのである。
私たちは物理的時間にとらわれすぎているのではないか、神やキリストに出会うために時間密度や永遠と言った感覚を大切にしなければならないと言うことだった思います。

盛岡ドミニカン修道院建物の全景

マリア像が優しく迎えてくれます

十字架の形の引手がついた木製の扉

信徒席から見た聖堂/心安らぐ空間です

聖堂/右側はシスターの席

勝手口に置かれたキャベツ/信徒の寄進?
先日、職場で誰かのお土産でもらったお菓子に、「ガレット、ドミニカン修道院、盛岡」と書かれたシールが貼ってあり、これは何だろう?と調べていたらこちらのブログにたどりつきました。
写真も載せてあって、とても素敵な教会だとわかりやすかったです。
お菓子はおいしかったです。
そういえば今日はクリスマスイブ。教会では何かクリスマスっぽいことをするのでしょうか。
私は東京で、今はコロナの感染が広がっているのでクリスマスは家でゆっくりすごします。
岩手は寒そうですから、コロナだけでなく、普通の風邪もひかないようご自愛くださいませ。
ガレットはベルギーのシスターが伝えたお菓子です。
残念ですがシスターの高齢化で設備とノウハウを県内の業者さんに譲りました。
ミサは日曜日朝6時30分です。ただし、司祭の都合で変更することがあります。事前に確認が必要です。
クリスマスミサは行われたと聞いています。
お御堂でのお祈りは可能ですので訪ねてみて下さい。
舟越保武さんのレリーフが見られます。