無題

連絡する時かなり迷って緊張しました　と言った私に
広まらないもんだね　と彼のお兄ちゃんが笑った
来てくれるの待ってたよ　と彼のお母さんが笑った

色んな話を聞いて
悩みながら浮き沈みしながら頑張っていただろう彼の姿が目に浮かんだ

私の知らない数年間の
私の知らない数か月間の
私の知らない数日間の
彼と彼を支えた人達の話

私など何も知らない者が笑顔で話す二人を前に何を泣くことがあるのか

話の中にタラレバが混ざり、やりきれなさと後悔が滲む

私ですら考えたのだ　近くで彼と過ごした人達のそれはどれほどだろう


もうどこにも行けないから心配しなくて済むわ　と彼のお母さんが笑った

私はただ知りたかった
彼がどんな風に生きて、どんな最後だったのかを

話を聞いて想像以上につらい
こんなに悲しいものか
友人が亡くなるというのは

知ってほしい
彼がもういないことを
悲しんで皆泣いたらいい
それを見て彼が自分は一人でなかったと思ったらいい


知ってほしかったので同じ劇団だった皆には連絡しました　と私は言った

ありがとう　と彼のお兄ちゃんが言った


最後に会った時には幼かった彼の姪は高校生になっていた
母校が同じだと私が言うと、彼のお母さんも同じだった
私は55年前だけど　と彼のお母さんが笑うので
私だって25年前ですよ　と笑った


帰り道彼が作った歌を口ずさんでみた
うろ覚えなのが悲しかった

全て覆いつくした空
まだ重なり続ける青
その切れ間も
できるなら
この手で埋め尽くしたい

もう誰も
もう何も
もう誰も
傷つかなくて良いのに


誰のせいでもない病が彼を奪ったのだ