藍の旋律

☆作品は最愛のあなたに捧げます☆

人魚姫

2013-04-29 15:45:35 | 
生まれた時から足はなかったの
半身は人なのかもしれない
半身は魚の尾鰭で

だだっ広い海の わたしが泳ぐすぐそばに あなたが堕ちてきたこと 
沈むあなたをわたしが 受けとめてしまったこと それは奇跡のような偶然で 
異次元を超えて 人と魚との出逢いだった

人に生まれることのできなかった理由を 海の奥底で揺らぐ藻に秘めて 
一目見たあなたに惹かれてしまったの 人でないわたしが……

この尾鰭を捨てるため 水底を泳ぎまわり 声を売れば足をくれるという魔女を探す 
おなじ道を歩めるのなら この声を魔女にくれてやることぐらい なんでもなかったの

声にできるひとにぎりの綴りには 灰汁を取り除いたうわずみばかり 
声にできないことを呑みこんで 喉に刺さる茨の棘に引っかかる痛みが疼いている 
にほんの足が手に入るのなら 浮かぶかかとにナイフが突き刺さっても 
そんな痛みぐらい どうにもなると思ったの 

だけど 魔女の居場所は見つからない 群れる珊瑚礁に尋ねても 
竜の落とし子に問いかけても 背を向けて口をつむっていた

海と陸ほどの距離を越えることなんて たいしたことではなかったけれど 
半身が魚であるわたしが まるごと人であるあなたと交わることは 
神の掟に背くことだった

たとえ魔女に声を売り 足を手に入れたとしても 魚は人肌を持てなくて 
ぬくもりをあなたに 伝えることはできなかったでしょう

ひとりきりの夜は つないでいた手のひらを想い出して
他愛ない話になぐさめられる そんなちっぽけな望みを
賭けて それが叶うのなら 神の掟を破っても人になり
たいと 無声の木霊に叫び続けている

抱きしめたくなり 抱かれてみたくなり 人になれないわたしが 
告げてはならない言葉をあなたに告げる時 この身は引きちぎれ 
砕け散っていくでしょう

いつか そんな瞬間が訪れたら 口にできなかった言葉と共に 
泡になり消えていく 潮風になることを選び 磯の薫りを届けている 
螺鈿(らでん)色の飛沫にやすらぎを

人である あなたへ





三日月のなみだ

2013-04-28 21:35:00 | 
潮風に
はるか彼方の六等星で暮らそうと
プロポーズされた三日月は
銀河鉄道の片道切符を買って
海に 堕っこちてしまったの

人魚の肉を食べたら
いつまでも三日月でいられるから
人魚の肉を食べようとしたけれど
海のものが 
どうしても三日月の口に合わなくて
潮風だけが 
人魚の肉を食べてしまったの

人魚の肉を食べてしまった潮風は
いつまでも潮風のままで 
海を守らなくてはならない
人魚の肉を食べられなかった三日月は
明日は三日月でなくなってしまう

最後のお別れに
三日月はなみだを
巻貝に閉じこめて 
夜空へと還ってしまったの

遠い古のことだけど……
巻貝に耳をあててみたら
三日月のなみだが奏でる
潮風の音色が

耳の銀河の果てに
ひびいているよ


しゃぼん玉

2013-04-27 23:05:16 | 
こわれないように
ゆっくり ふくらませていた
おおきく ふくらむように
ストローの さきから
はなれないように
ほそく
ながく
よわい
といきで
はじけそうな あわを
まもっていたよ

いつも 
いっしょにいたのに
きこえていたのに
だいすきだったから
とどいていたのは きみのこえ

プツンと とばし
なぐさめていた かぜのまよいご
つぎに ふくらむ
やくそくをしないまま

どこまで とんでいけるのか
たしかな みらいを
かぜにのせて だれを
あいしていたのか
ふくらせるたびに 
ぼくらは きづく 

ながれのまま
しぜんに うかんだ
まるいじかん
あらいたての 
ちりとほこりに ふれて
まぼろしがきえるほど
ほんとうのぼくらに
であう

あいたいと
ふくらむ いきをふき
おやすみと 
うかべる いきをふく

こわれて
あわいしずくが はちきれる
なくなったのは
うらがえしの いつわりだけ
まぶたに やきついた
いとゆうの しゃぼんだま











モノクロームの眼差し

2013-04-27 22:29:36 | 
眠りかける記憶が忘却に
うつり変わる黄昏
伸びてゆく影は薄くぼやけて
釣瓶落としの凪に彷徨う
渇くアスファルトに
忘却も記憶の一部なのだと
アンダンテの靴音が唄う

はじめて名乗りあうのに
どこかでふれ合っていたと思える
出逢いは既視感(デジャヴュ)を彩り
見なれた傷痕を辿りながら
はじめての哀しみを感じるような
未視感(ジャメヴュ)を刻む別れの繰り返し

そぼくな糸を拒むほど縺れて絡む
その重荷をほどく鍵は
見ひらく瞳に見えないものを
信じあうことだと
分かっていながら震えた指先
沈む夕陽の淡い残照に
明日の雨を予感する
ながれる時間にとどまる面影の
儚い夢への祈りは
紅い椛の葉脈を拭う

何を失くしても
骨の欠片であったかのように
痛みだす幻肢痛
夕化粧の透間に飾られた
輪郭のない瞳
ヴェールに包まれている
白い三日月の影に濡れていた
淡い花野に帰りゆく
影絵のようなかすかな笑顔に
モノクロームの縫い痕残す
形に眠るノスタルジア
あの日を抱きしめて 
一枚からよみがえる
むすうのあなたの眼差しを








かくれんぼ

2013-04-26 22:08:09 | 
まぁだだよ

鬼のいないかくれんぼ 
どこかの森の奥深くの遊園地 
幻の回転木馬をふたたび廻すため 
息をひそめて身をちぢめ
頬を寄せて影にかくれていた 
天使の少年と少女 
ふたりして

もぅいいかい?

鬼の代わりにたずねていたのは 
ながく伸びた影法師 
幻の回転木馬はいつ歌う? 
ちいさなちいさな木霊の声が 
風に漂い耳をなでていた

遠い日に蓋をした曇りガラス
閉じ込めてしまった寂しさに
月と星の光を見せてあげたくて
見つけていけないものなど
どこにもないと探し歩く 
まわりっぱなしの時の果てに 
見つかるものが愛おしく 
幻の回転木馬は錆から目覚めていた

逢魔ヶ刻のあわいで
沈みかけた夕陽に約束していた
少年が少女を見つけたら
少女が少年を見つけたら
たがいの翼を千切って交換するよと
こゆびを結んでいた

きみよ、かならず想い出すよ
出逢って ぼくたちはたがいの
分身になるんだよ

それまで曲がり角の鬼に惑わされ
くねくね道は銀の光を育てている
見つけるためのものを 
見つけられるように仕舞っていた 
おぼろ雲の向こう側 

独りでいることが孤独ではなくて 
独りだと思うことが孤独なのだと分かったから

もぅいいよ

返事しているのは
木の実を食べてる回転木馬 
翼の契りを交わすふたりを待っている 
永遠は命ではなく魂にかくれている
なな色の月の光から糸を曳き
差し出すもう一枚の翼に編みこむ
少年と少女

出逢ったら誰にも内緒で
約束は果たされる
天使の記憶を消されて
にんげんのまま 
うつつにかくれる夢と 
夢にかくれるうつつの 
かくれんぼ

まぁだだよ
もぅいいかい?
もぅいいよ

今なら言葉にできる 
ずっと伝えたくて秘めていたけれど
泡に溶けてしまいそうで 
声に出せなかったこと
少年と少女がおなじ時刻に
おなじ時空間で話していた
物語のこと
そう
今なら

みぃつけた
数え切れない寂しさを
数えてはいけなかったこと

まわりはじめた回転木馬 
だぁれもいなくても 
なぁんにも見えなくても
かさなる少年と少女 
天空の手のひらから舞い上がる 
なな色のひかりの翼 
ふたりのさいごの言葉を届けるため
もう一度

みぃつけた









白い夢幻

2013-04-26 22:05:35 | 
あなたのかいなが
あたたかすぎて
目醒めるのが恐くなる
届かぬ月明かり
白い布にくるまれて
あなたの涙を
くちびるで受けていた
ほろ苦く溶けた甘さ
洗い流すほど
傷みを覚えていく
合わせても
すき間のできる輪郭に
埋もれた火影をあたためる
形にならない最後の滑空
なぜかしら手を放しても馨しく
それは足跡のない空虚の寄る辺
 
愛しさは限りなく
たった一つの刻限になる
果実は腐敗を恐れずに
豊熟の捧げる果汁は
泡沫に溶けてゆく
(泡になるまえに
 知らないあなたを知りたくて)

目覚めれば
忘れなければならない夢だとしても
生かされているのだと
純白の花びらのように囁いて
あの日、棘に触れた疼きは
撫でられて手のひらに
眠るのでしょう
憐れみ深くなれるのなら
哀しくても頷いていられる
夜が明けても
流れる藻屑に身をあずけ
一輪挿しの白薔薇を
抱きしめています
あなたの指に零れた
光る朝露を拭っています








  白薔薇の夢


あなたのかいなが
あたたかすぎて
目醒めるのが恐くなる
届かぬ月明かり
白い布にくるまれて
あなたのなみだを
くちびるで受けていた

ほろ苦く溶けた甘さ
洗い流すほど
傷みを覚えていく
夢中になるほど
おぼろ気にしたくなる
合わせても
すき間のできる輪郭に
埋もれた火影をあたためる
 
愛しさは限りのない
たった一つの刻限になる
熟すものは腐敗を恐れずに
豊熟の捧げる代償は
泡沫に消えてゆく
(泡になるまえに
 知らないあなたを知りたくて)

遥かな彼岸に葬る一夜
生まれてならない水子の夢に
封印するなら
許されていくのでしょうか
あの日、棘に刺された疼きは
撫でられて手のひらに
眠るのでしょう
(どれほど哀しくても
 ずっと、そばにいますから)
流れる藻屑に
身をあずけて目覚めたら
花びらを抱きしめています
紐解く汚れは白薔薇の夢幻に溶かし
あなたの鼓動に零しています
光る朝露を









一輪の約束

2013-04-25 22:07:01 | 
咲き乱れて
絡まる蔦はあふれる棘を見る
箱庭の傷は数えなった
翡翠色の葉の波折り
真紅の花びらを彷徨う白い蝶
ヴェールを脱ぎ捨て素肌になる

溶けはじめて
夏の陽射しに反射する
スプーンの銀色
甘い波がきらめきほろ苦くなる
口うつしに囁く囀り
あなたの指に
染みた薄紅を拭っていた
カラッと音をたて
グラスの氷は崩れて水になる
ガラスの湖に泳ぐ

揺らぐ風を裂き
孤独が境界を消していく
形にならない感情が
形になろうと馳せ出る吐息
真昼の白さに遊離する影になる
残照になることを否み
輪郭は真紅であり続けようとする
透明に映る秒針の沈黙
生を負う

温もりを求め合うため
生まれる前から
植えられていた孤独の華

一輪の瞬間をたばねた
百万本の永遠は
薔薇の薫りに泡になり

種をこぼす

それは一輪の約束









月の旋律

2013-04-25 22:05:29 | 
朝 めざめたら
おぼろ気な夢のきれはしを
想いだしていました
踏みだしてもあともどりする
たちどまることもなく
どこをあるいていたのでしょう
見かける人もだれもなく
銀蠅が数ひき       
不明のものにとまっていました
漣のような憂鬱が
湖にささやいていました       
ひこうき雲のような倦怠が
空にひっかかっていました
ふと 蕾のひらく訪れに気づき
夢から醒めていたのでした
虫の夢を見たときは
なにかが起こる前ぶれです
虫の知らせのように   
月の知らせを予知していたのでしょうか
子宮はお月さまのようです
えいようたっぷりの血をあつめ
内膜をふんわりさせて
ゆり籠のような 
厚みのあるベッドを
つくっています
受精卵をむかえるため
子宮はまんまるく満ちて
満月のように浮かんでいきます
なにごともなかったときは
このベッドは古びてしまうため
子宮からめくれ落ちてしまいます
からだのそとに 
剥がれた内膜がこぼれます
一滴が束ねられ小川のように
道をつたいます
あまたの花びらが舞い散るように
血がながれます
ちぢれる痛みもふくまれて
月が欠けてゆくように
子宮はすこしずつ小さくなります
あたらしい命のために
なんども生まれかわりをくりかえします
ひと月をサイクルにしたこの営みは 
いつか 萎えてゆくのでしょう
だけど
おぼろ気な夢のきれはしのように
おぼえています
白い髪が薄日になびいても
みがきあげた爪に 
淡い貝殻色の光沢が映ります
薄紅のかさなる唇は
バラードのような
子守唄を奏でています
いつまでも少女のように
なまえを呼ばれたら
ちょっとだけ首をかしげて
ほほえんでいます
貴女の鼓動にめぐり廻っています
生き抜いた血脈の
まどろみかけた銀河の暮れに
月の旋律がとめどなく











月のとびら

2013-04-24 22:31:08 | 
わたしの月が満ちる頃
このゆり籠で命をはぐくむため
わたしはあなたに逢いに行くでしょう
しなやかな水晶のドレスを身にまとい
わたしはあなたのそばに行くでしょう

わたしのからだを包む蒼白い月の光が
素肌の色をほの白く照らすでしょう
熟れている洋梨の実を秘めるため
白いヴェールを巻きましょう
胸まで垂れた髪に
桜色の花飾りをさして
真珠を散りばめた唇と
流れる星の影を瞳にえがき
あなたにそっとほほえみましょう

たった一度限りの満月は
造花のような夢幻を裏切って
人生(とき)の流れに欠けてゆく
たった一度限りだから
貝がら色に磨いた爪で
きよらかな妖精となれるのでしょう

わたしの月が満ちる瞬間(とき)
わたしはあなたを待っているでしょう
たとえ命が実らなくても
何度も繰り返し、わたしは生まれて
あなたを迎えるために月の船を浮かべて
微睡(まどろ)むように
溶けてゆくでしょう

いずれ
干からびてゆく黎明の行方
追いかけることもなく
わたしの月は欠けはじめ

いつの日か
蒼い血を搾られることもなくなって
閉じられてゆく月の扉
朧にかすみ悲観を忘れ
幻は萎えてゆくのでしょう








華化粧

2013-04-22 21:48:29 | 
ほのめくひとときに 
氷雨に濡れた肌と肌 
こすり合わせて熟れた身を 
ゆびのはらに焼きつけて 

すべらせたくちびるの 
薄紅散らせあなたの首筋に 
吐いた息から白い熱があふれだし 
秘めた蜜をむすび合う

その輪郭をうばい合い 
崩れぬ境界に埋もれて 
氷柱の距離をたしかめ合う

やがて 淡い陽だまりの光射し 
もたれる重みを受けとめて 
はらはら あつい涙がすべり落ち 
もつれた髪がほどかれる

まばたく睫毛のゆれるひとときに 
からめたあなたのゆびさきの  
ちいさな華になれたなら
遊女に生まれたことに 
悔いはないでしょう

愛も命もえらべずに 
艷色の衣をぬぎすてて 
抱かれてにぎりしめたぬくもりに 
こぼれて亡くなる雫のひとつぶは

あなたに捧げた 雪の華


  





銀河伝説

2013-04-22 21:45:20 | 
尖ったナイフを
自分の胸に焼きつけるたびに
夥しい体液は蒼白に嘆き 
たったひとつのぬくもり見失う 
体液をただよう産声の
ふるえた涙から目を反らしていた   

だけど、いつから 
憶い出していたのだろう
遠いにしえの時空に 
約束されていたこと 
生まれる前に辿り着いていた
あの場所からわたしが
あなたに約束したこと

傷痕からしたたる涙が
百億あるのなら
百億の鼓動から
真実というあなたを
見つけられるでしょうか

与えられる星々の瞬きが
千億あるのなら
千億の静寂から
永遠(とわ)というあなたに
出逢えるでしょうか

過去の海を航海し
不治の痛みを和らげる潮騒の
きよらかな唄は跳ね返る
渦潮にまみれた天空の
知られざる扉をひらく
つらなる星雲の声なき響き
えがく未来の翼に
受け容れていくための
約束をしたわたし

流れ堕ちる星屑が
幾多にあるのなら
幾多に消えた光のかけらから
無限というあなたに
辿り着いていけるでしょうか

巡りまわる銀河の涙が
すべてのあなたから
数多に溢れているのなら
数多の手のひらを伸ばして辿り着く
あなたのすべてに












月の涙

2013-04-21 19:41:32 | 
月のまるい夜 
夜露にしっとりとした砂浜を 
素足で歩いている 
鎮まる波に月の光が零れて 
それは銀でも金でもなく 
ゆらりと揺らめく水面は漆黒(しっこく)の鏡になり 
はるかな道のりをこんなに近く、
その年輪を映している

月は不思議だね 
ほんとうはいつでも同じ形なのに 
光と影の衣装をまとい 
完全であることを避(さ)けているのは 
まるで、生きようとしている
人の姿のようだね

欠落にさまよう未熟さと 
混沌(カオス)に乱れる思考が突き刺した  
だだっ広い夜空の傷痕を
爪型(つめがた)の三日月が照らしていた 
空から離れて生きてはいけないのに 
あたりまえのように隣にあるものに 
我がままに振る舞えたのは 
指をからめる寂しさを知る
君のやさしさだった

美しい光は目映(まばゆ)くて 
美しすぎて近寄りがたいから 
人はくちづけの時に目を閉じる 
そのひとときに浸(ひた)るほど 
ほのめく輪郭の 
おぼろ気なすき間に
安らぎを見つけていた 

「いつだって、まるい光だったら、
 おそらく月を眺めてはいないだろうね」

そう言って、君が見つめていた
灯かり取りの窓に 
ほどき合う指の隔(へだ)たりが冴え返る

あの日の月の紅さよりも 
今宵(こよい)の月の白さに 
語り明かした君のぬくもりを想い出す 
秘密にすることばかりの負い目を背負い 
振る舞いとうらはらの朔月(さくげつ)は 
奏でるほど言葉を紛(まが)い物にしていたね 

忘れたいことと覚えておきたいことの 
どちらを多く、人は抱えていくのだろう 
死を迎える日まで

波打ち際にしゃりしゃりと踏む砂は 
渇く踵(かかと)をなぐさめている 
割り切れない奇数の一つの余りを 
分け合うことが思いやりなのだと囁やく月の影 
飛沫(ひまつ)の夢は波の濁音になり寄せては還る 
過去に月が流した涙のように 
たおやかな波折(なお)りは 
曲がりくねる足跡を呑み込んで 
何もなかったように
夢幻を消していた











木蓮の手紙

2013-04-21 19:38:30 | 
遊歩道に立ちつくす木蓮の純白さに
はじめてあの人と交換した 
封筒の白さを思い出していた

どうしてかしら
人と人は出逢うと手紙を書きたくなるのに
綴られた文字の重みに便箋を入れ忘れ
からっぽの封筒だけを交換して
わかったように返事を書きながら
やっぱり便箋を入れ忘れ返信している

中味のない封筒の軽さで笑顔になり
信じる錯覚から小さな誤解が生まれ
大きな不信に渦巻いていくのかしら

あの人から海色の封筒が送られてきたのは
もうずっと昔のことだけど
いつだって便箋なんて一枚も入っていなかった
封筒からあまりにも磯の香りが漂っていたから
海が好きな人なのかしら 
なんて勝手に思い込んでいたのね
海が好きなのかどうなのか
そんな話は一度も交わしたことなかったのにね

人と人は微笑み合うだけでは物足りなくて
言葉をぶつけて傷つけ合い 
それは互いに成長しているのでしょうか
それとも離れていくのでしょうか
沈黙し合いながら傷つけ合うことがあるのは
人間だからでしょうか

潮風色の封筒をえらんで
ふたたびあの人に手紙を送れる日が来るのは
夜空に流れる天の河ほどの時間をくだり
ふやけ切った皺だらけの指に
年輪を刻んだ頃かしら

それほどの労を費やしても
精一杯書き綴った便箋は封筒に入れられないまま
空封筒に砂浜の切手を貼っているのかもしれない

からっぽだとわかっていても 
木蓮の花は返事を待っているかのように 
人肌の風に揺れている
わたしに微笑んでくれるのは
残り少ない時を咲く花びらだけなんだって
一番よく知っていたのはわたしだったはずなのにね











一行のあなた

2013-04-20 19:37:50 | 
あなたをどこかで見かけたことがある 
どこだったのかしら いつだったのかしら 
窓の明るさだけ忘れているような

あの日、読んでいた本のページに 雪のように舞い踊り 
歩く早さの韻律でならぶ文字 足跡を口ずさんでいるように 
故郷で泥まみれに遊んでいた あの頃の春を呼んでいるような 
剥がれそうな記憶を塗りかえていく なつかしい一行は

百冊まえに読んだあの本に綴られていたのだろうか 
二百冊まえのページだったのだろうか 
ううん、これから手にとる本の未知のページで眠っているような 
或いは、何億冊の本を読んでも出逢うことのないような 
失ったパズルのピースのように 
ほかのピースでは埋め合わすことができなくて

一行では語り尽くせないあなたを
一行のあなたに喩えてみたくて
一行のあなたから

ひとのからだを巡る血の薫りが、めくるページの指先に滴り
波打つ鼓動が傷にうずく拍動に共鳴している 
触れるだけで心地よい微熱がなまあたたかい湯気のように拡散する 
生まれるまえから包まれていた体温のように
命尽きても唄いつがれている芽吹きのような

一行のあなたに

南極と北極を結ぶ地軸のように あなたを廻る軌道は 
永久に六十六・五度傾いて 止むことなく地球は自転を繰り返す 

一行のあなたを探して

太陽を公転する 色褪せない惑星のように
物語を語り継ぐ銀河のように 綻びを知らない 

一行のあなた 










水のゆらめき

2013-04-20 19:23:00 | 
横たわる水面は 風の指に叩かれた ピアノの鍵盤のように ゆらめいていた 
小石を投げた波紋は 呪文のように輪をえがき コンクリートの水底に 
気配を消し沈んでいく

晩夏の陽だまりは 名残りを惜しみながら ゆるやかに熱を下げていた 
駅前のじんこう池の水面は 蒼ざめた旋律を反射して 水の色も蒼い

魚の泳がない水中を つらぬき建つモニュメントの 銀の柱につながる影と 
クリアな柱に跳ね返る光が 白い幻と黒い現のように 水面に交叉する 
まっすぐな線のとりとめのない きらめきに響く瞳は潤んでいた

生きるための忘却と 生かされていく牢記は 
あなたを失ったことから生まれていた

葬るはずの柩が見つからず みずのゆらめきは眠らない 
最後に交わしたありがとうは さよならと告げるよりも水の色になり 
鉛色の底を這い回っていた

夢中で溢れだそうとしていた 水の可憐な乱舞を夢に見て 
渇いた噴水筒のまどろみに 見果てぬ水滴のぬくもりは 
扉を閉めて鍵をかけている

受信箱に並ぶ文字は 明日が来るほど古びていた 
籠められていたものは とどまらずに流れていく 
遠くなるほど想い出す 言葉に愛をそそいでいた 水のゆらめき