藍の旋律

☆作品は最愛のあなたに捧げます☆

一行のあなた

2013-04-20 19:37:50 | 
あなたをどこかで見かけたことがある 
どこだったのかしら いつだったのかしら 
窓の明るさだけ忘れているような

あの日、読んでいた本のページに 雪のように舞い踊り 
歩く早さの韻律でならぶ文字 足跡を口ずさんでいるように 
故郷で泥まみれに遊んでいた あの頃の春を呼んでいるような 
剥がれそうな記憶を塗りかえていく なつかしい一行は

百冊まえに読んだあの本に綴られていたのだろうか 
二百冊まえのページだったのだろうか 
ううん、これから手にとる本の未知のページで眠っているような 
或いは、何億冊の本を読んでも出逢うことのないような 
失ったパズルのピースのように 
ほかのピースでは埋め合わすことができなくて

一行では語り尽くせないあなたを
一行のあなたに喩えてみたくて
一行のあなたから

ひとのからだを巡る血の薫りが、めくるページの指先に滴り
波打つ鼓動が傷にうずく拍動に共鳴している 
触れるだけで心地よい微熱がなまあたたかい湯気のように拡散する 
生まれるまえから包まれていた体温のように
命尽きても唄いつがれている芽吹きのような

一行のあなたに

南極と北極を結ぶ地軸のように あなたを廻る軌道は 
永久に六十六・五度傾いて 止むことなく地球は自転を繰り返す 

一行のあなたを探して

太陽を公転する 色褪せない惑星のように
物語を語り継ぐ銀河のように 綻びを知らない 

一行のあなた 










水のゆらめき

2013-04-20 19:23:00 | 
横たわる水面は 風の指に叩かれた ピアノの鍵盤のように ゆらめいていた 
小石を投げた波紋は 呪文のように輪をえがき コンクリートの水底に 
気配を消し沈んでいく

晩夏の陽だまりは 名残りを惜しみながら ゆるやかに熱を下げていた 
駅前のじんこう池の水面は 蒼ざめた旋律を反射して 水の色も蒼い

魚の泳がない水中を つらぬき建つモニュメントの 銀の柱につながる影と 
クリアな柱に跳ね返る光が 白い幻と黒い現のように 水面に交叉する 
まっすぐな線のとりとめのない きらめきに響く瞳は潤んでいた

生きるための忘却と 生かされていく牢記は 
あなたを失ったことから生まれていた

葬るはずの柩が見つからず みずのゆらめきは眠らない 
最後に交わしたありがとうは さよならと告げるよりも水の色になり 
鉛色の底を這い回っていた

夢中で溢れだそうとしていた 水の可憐な乱舞を夢に見て 
渇いた噴水筒のまどろみに 見果てぬ水滴のぬくもりは 
扉を閉めて鍵をかけている

受信箱に並ぶ文字は 明日が来るほど古びていた 
籠められていたものは とどまらずに流れていく 
遠くなるほど想い出す 言葉に愛をそそいでいた 水のゆらめき

















わたつみの文

2013-04-20 18:33:32 | 
小壜に手紙を入れて
笹舟を浮かべるように
わたつみにそっと流したのは
月のしずくが奏でる秘密です

手紙は漣に揺られて
沖へと流れてゆきました
気まぐれな高波に呑まれて
海底に沈みあなたのもとへ
届くことはないのでしょう

ほんとうのことを話したら
泣きたくなるばかりのわたしは
砂を噛む仮面を被り
不器用な踊り子になり
何気なく傍にいたいと思ったのです

開いてはならない扉の鍵も
行方の探せぬ海に葬りましょう
海鳥の声がしきりに呼んでいるのは
答えを求めているのではなく
憶えているから鳴いているのでしょう

橙色の澪標はふたりの孤独のために
途切れた出逢いを結ぶ徴(しるし)です
溢れる波折りを押し殺し
伝えることは砕けた小さな破片です
伝えないことも愛だと分かっていました
伝えなくても伝わることは
もっと深くて消えない愛だと知りました

小瓶に手紙を入れて
わたつみに眠らせたのは
砂を吐いた貝殻の秘密です
今宵も海霧のように
月を霞めていてください