くじけたので誰かに先を行かれた男のブログ

ワケありフリーターRRによる、いきあたりばったりブログ。読物もあるでよ

『バブル・ポップ』 その1

2006-05-27 05:50:37 | 『バブル・ポップ』
 5月25日は曇天であった。

 昨日のような爽やかな目覚め――といっても二日酔いで気分は最悪であったが――が訪れるわけでもなく、思いのほかの寒さで私は目覚めた。はだけられた薄い毛布の一辺を暗闇の中手で探り、それを掴むと羽織るようにして亀のように丸まる。サイドテーブルに置かれた目覚まし時計。ぼんやりと青い光を放っている針と文字盤。数字を読み取る。4時…、半。まだ早すぎる。だが眠ってしまうとおそらく起きられない。仕方なく立ち上がる。血液ではなく鉛が身体に流れているかのようだ。目の前でゆらめいている蛍を捕らえ、そのまま下に引いた。明かりが灯る。

 まず水を飲もうと思った。どろりとした眠気を抱きかかえながら、流しへ向かう。蛇口を捻ると、当然のごとく水が出た。曇ったガラスのコップに半分くらい注ぐと、そのままぐいと飲み干す。一気に目が覚めた。目をしばたく。
 けれど、目が覚めたところで早朝、これといってすることなどありはしない。先月買いこんだ本はすべて読み尽くしてしまった。音楽を流すには非常識だ。私の趣味はメタルなのだから。

 テレビを点けよう。天気が気になる。テレビを点けた。大物俳優である親のコネで入社したとしか思えない、醜悪なアナウンサーが高笑いをしている。チャンネルを変える。天気予報だ。どうやら今日は雨が降るらしい。どうりで寒いはずだ。くだらないキャスターと気象予報士のやりとりのあと、ニュースが次の話題に移る。最近流行りの子供殺しのニュースだ。朝から胸糞が悪くなる。テレビを消した。

 他に何かすることはないかと部屋中を見回す。ノートパソコンに目が留まる。ため息をついた。たしかにやることはある。仕事だ。

 パソコンを起動させている間に、クローゼットの中にぶら下がっている背広のポケットから手帳を取り出した。レコーダーが主役になりつつある現場の中において、なんとアナログなことか。機械に疎い上司がいると彼と共にどんどん時代から取り残されてしまう。お決まりの悪態を呟く。

 ワープロ・ソフトを立ち上げ、いつものテンプレートを読み込ませる。メモは大概見出し付け程度の意味しか持たない。後は大体ライターの匙加減次第だ。私が右なら右に行くし、左なら左に行く。けれど私はスポーツ新聞専門なのであまり関係がない。

 手帳を開き、5・24と右上に小さく書かれた殴り書きの中から丸で囲まれた言葉をそのままテンプレートの中の見出し部分に埋めていく。この見出しの順序や、言葉の選び方次第で記事の方向性はがらりと代わってしまうのだから、慎重にやらなくてはならない。
 というのはあくまで一般論であって、私が求められているのは紙面に穴を開けないことであり、また臨時の広告が入れば潰されてしまうような記事を書くことであるから、毎度の如くそれらしく作業した。アウトラインさえ作っておけばあとはどうにでもなる。これで今日は楽なはずだ。どこぞの色狂いがスキャンダルさえ起さなければの話だが。あとは映画宣伝の取材だけだ。

 一体どこで?再びメモ帳を捲る。
 左上に5・25と小さく書かれたページに辿りつくと、『レモン・グレネード』という映画のタイトルと配給会社の名前を確認する。渋谷。

 質問もいくつか考えておくか。そう思い、オフィシャルサイトや俳優陣のファンサイト、あるいは2ちゃんねるなどにアクセスし、キャストと監督のプライベートの情報を、クエスチョン・マークを交えながらメモに追加していく。一通り作業が終わる。一息つく。これだけやっておけば社内でゆっくりコーヒーが味わえるはずだ。やれやれと煙草に火をつけながら、新たに書き加えられた情報をペン先で追いながら確認していると『バブル・ポップ』という殴り書きが目に入った。

 バブル・ポップ?
 ああ。いつぞやの尻すぼみの記者会見を思い出す。あのときは大したネタにもならずいい迷惑だった。だが気にはなる。おそらく今日から放映されるであろうコマーシャル・フィルムの出来次第では、それだけで記事が書けるだろうし、バブル・ポップ自体いまだ未知の存在であることからそれなりに話題性はあるだろう。目薬で有名なクヌーテのことだから目から飲むとか―。ばかばかしい。とりあえず、あとで買ってみよう。味くらいは知っておかなければネタにはなるまい―。

 そんなことを考えながら、デスクトップの右隅の小さな時計をちらと見る。6:05AM。そろそろ時間か。私はふうと息を吐くと、立ち上がった。


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