浄閑寺にたどり着いたとき、わたしは泣き崩れてしまったの。
確かあれはほおづき市の四万六千日の夜、
身請け先の旦那さんと浅草寺詣に出かけた。
町がね、あまりにも賑やかで煌びやかで華やかだったから、
急に首をもたげた罪悪感に苛まれてしまったの。
わたしはこの旦那さんに救われる。
大金をはたいて、わたしの身請けを覚悟してくださったひと。
なのに、幸せに慣れていないせいか、急にすべてが恐怖でしかなくなってきて、
境内まであと少しという揚げ饅頭屋のあたりで、
旦那さんの手をするりとほどいて、逃げ出したの。
吉原に身売りされたのはわずか5歳のとき、
それからというもの、わたしは生きた心地がしなかった。
色情の世界は地獄絵そのものだったから。
当然のように地獄絵から離れたいと強い思いを秘めるほどに、
なぜかわからないのだけど、
旦那さんの深い愛情が、疎ましくしか感じられなくなるの。
吉原はわたしの身請けが決まってからは、
浅草にひけをとらないほどのお祭騒ぎでね。
飲めや歌えと笛や太鼓の音色が町中に鳴り響き、
花魁のわたしはますます美しさに磨きがかかり、
男たちは目眩を覚えると言って、わたしをもてはやしていくの。
旦那さんも満更でもないといったご様子で、
幸せそうにして、いつも穏やかに微笑んでいた。
あのときわたしは、身体を使って男たちを癒していたのかしら。
今世のわたしは、こころを使って人々を鎮めるお役目、
人間を見つめる仕事が天職になる。
それからね、あの旦那さんを探し出すことが命題。
わたしの魂がしくしくと泣いているの。
旦那さんが恋しいと言って、泣き止む気配がないの。
泣くほどに魂の記憶が鮮やかに蘇ってきて、
たとえば肌の感触やニオイやわたしを抱きしめる際の癖にいたるまで、
あのときのままなの。
鎮魂が必要なことをいまさら気付かされてみたものの、
旦那さんはどこにいるやら。
外見、年齢こそ違っても、
魂の時間軸はあの日からなにも変わってはいないの。
だから、この世に生まれる。
会わなければ、やり直さなければならないひとの存在が、
青い地球に生を宿らせる。
幸せになるまで、ひとは生まれ変わりを繰り返す。