京都市内に戻り、詩仙堂丈山寺に行く。
ここは京都通の評価も高いし、人気の観光名所でもある。その秘密を知りに、かねてより訪れたいと思っていた。訪れてみれば、その理由は明らかだった。
江戸時代に生きた石川丈山が隠棲したこの庵は、個人が所有し得る空間として限りなく完成度が高い。住居に恐るべき感性と情熱を持った男が、自分の住まう家をひとつの小宇宙として存在させようとし、まさしくそうした、といったところのものだ。敷地の地形を生かした簡素な堂、繊細な庭。詩仙堂という名のもとになる狩野探幽の「中国三十六詩仙像」は、四畳半の間に飾られている。
芸術は常に生活の中にあり、生活に奉仕するものだという、私たちが背負うものであったはずの伝統。それは難しいことだが、単純なことでもある。
ここは京都通の評価も高いし、人気の観光名所でもある。その秘密を知りに、かねてより訪れたいと思っていた。訪れてみれば、その理由は明らかだった。
江戸時代に生きた石川丈山が隠棲したこの庵は、個人が所有し得る空間として限りなく完成度が高い。住居に恐るべき感性と情熱を持った男が、自分の住まう家をひとつの小宇宙として存在させようとし、まさしくそうした、といったところのものだ。敷地の地形を生かした簡素な堂、繊細な庭。詩仙堂という名のもとになる狩野探幽の「中国三十六詩仙像」は、四畳半の間に飾られている。
芸術は常に生活の中にあり、生活に奉仕するものだという、私たちが背負うものであったはずの伝統。それは難しいことだが、単純なことでもある。