「おお、そうであった」と彼は言った。「今思い出しましたぞ」
そしてたった今繰り広げられたばかりの悲惨な口論を思い出し、苦し気な口調で尋ねた。
「で、いつからここにおいでで?」
嘘を吐くべきだろうか、それとも真実を言うべきか……? パスカルは逡巡したが、それも十分の一秒ほどだった。
「三十分ほど前からここにいます」
真っ青だった男爵の顔に血の気が昇り真っ赤になったかと思うと、目が血走り、威嚇的な身振りをした。彼の隠しておきたい恥ずべき秘密を聞いてしまったこの男に飛び掛かって絞め殺したいという誘惑が容易に見て取れた。しかしそれは彼に残っていた最後の力だった。妻との激しい諍いで彼は憔悴しきっていたので、こう言ったときの彼の声は弱弱しかった。
「それでは、何もかも……一言残らず……あちらの部屋での話は聞かれたのですな?」
「はい、一言漏らさず」
男爵はへなへなと長椅子に座り込んだ。
「ということは」と彼は呟いた。「もはや私一人ではないわけだ……。私の心の奥底まで見通した第三者の目がある。私の悲惨な運命と絶望はもはや私だけのものではなくなった!」
「ああ、そんな!」とパスカルは遮った。「このお屋敷の敷居を越えない前に、すべてを忘れますから。この世のすべての聖なるものに掛けて、誓います!」
彼は宣誓するために手をさしのべた。その手を男爵はしっかり握りしめ、苦痛の迸る声で言った。
「あなたの言葉を信じます!あなたは誠実なお方だ。そのことはあなたのお宅を一目見れば分かります。あなたなら私の不幸をお笑いにならないでしょう。私の苦しみも」
彼は恐ろしい苦悩に晒されていたのだろう。大粒の涙が彼の頬をゆっくりと伝わり落ちていた。
「ああ神様、私はどんな罪を犯したというのでしょう」彼は言葉を続けていた。「こんなにも残酷な罰を与えられるとは……。私は常に善良で人間らしくあろうとしてきました。頼られれば人助けもしてきました……ああ私は一人ぼっちだ! 私には妻と娘がいるが、二人とも私を避け、私を嫌っている。私の死を望んでいるんだ。そうなれば私の金庫の鍵が手に入るのだから……なんたる責め苦! もう何か月も私は家でも婿の家でも食事をしていません。そう、それぐらい事態は酷いのです。毒を盛られることを恐れているから……娘か妻が口に入れるのを確かめてからでないと何も食べられない有様だ……。