エミール・ガボリオ ライブラリ

名探偵ルコックを生んだ19世紀フランスの作家ガボリオの(主に)未邦訳作品をフランス語から翻訳。

2-XI-10

2024-05-17 07:02:29 | 地獄の生活
このような気の滅入る考えで頭が一杯になり、食事の間中パスカルはずっと不機嫌な沈黙を続けていた。母が彼の皿に一杯盛り付けてくれたので、彼は機械的に食べ物を口に運んでいたが、出されたものがどんな料理だったか言ってみろと言われたら全く答えられなかったであろう。
しかし、ささやかではあっても、この料理は素晴らしい出来であった。『高級家具付き貸し間』のおかみさんであるヴァントラッソン夫人は料理人としてかなりの腕前だったのである。そして今夜の食事は彼女の実力以上の出来栄えだった……。ただ、期待した誉め言葉が貰えなかったことで、彼女の料理名人としての虚栄心が傷つけられた。辛抱しきれなくなって彼女は四、五回も「料理はどうでございますか?」と聞いたのだが、返ってきたのは実にそっけない「大変結構」だったので、この味の分からぬ惨めな連中に二度と自分の才能を無駄遣いするものか、と彼女は心に誓った。
実はフェライユール夫人も息子同様、沈黙を守り急いで食事を終わらせようとしていた。明らかに彼女もヴァントラッソン夫人を一刻も早く厄介払いしたくて堪らない様子であった。というわけで、貧弱なデザートが出されるや否や彼女はこう言った。
「もう引き取って結構よ。後は私が片付けますから」
ヴァントラッソン夫人は『この連中』の無口な態度にカンカンになって出て行き、そのすぐ後、通りに通じる出入口の戸が荒々しく閉められる音が聞こえてきた。
パスカルは胸から重い閊えが降ろされたように、ふうっと長い吐息を吐き出した。ヴァントラッソン夫人がいる間、彼は視線を上げることすら出来なかった。それほどまでに、この根性悪女がずうずうしい悪意を一応表面的に隠している偽善的な穏やかさを目にするのが怖かったのだ。この女の首を絞めてやりたいという衝動に逆らえないのではないかと、彼は恐れていた。しかしフェライユール夫人は息子の普段とは違う表情を別の意味に取り違えていた。で、二人きりになるや、彼女は言った。
「私があまりにも率直にものを言ったので、お前は私を許せないと思っているようね」
「まさか、お母さん、僕がお母さんを恨むなんてことはあり得ません。僕のためだけを思っていて下さることが分かっているのに……でもお母さんの主張なさることを聞いて僕が悲しく思うのは仕方ないでしょう!」
フェライユール夫人は身振りで息子の言葉を遮った。
「この話を蒸し返すのはやめましょう!」彼女はきっぱりとした口調で言った。「マルグリット嬢が私の人生で最も残念なことの原因になることは間違いありません、彼女自身に罪はなくても。けれどだからといって私は彼女を嫌うわけではありませんよ。私は常に、どんなに嫌いな人間でも正当に評価しようと努めてきました。そのことはお前に示しました。今度はその証拠を見せましょう。明白な証拠を……」
「証拠、ですか?」5.17

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