見出し画像

NPO法人POSSE(ポッセ) blog

大田区での水際作戦、何が起きたのか、何が問題か:(下)「自立支援」という名の制度的排除


2013年6月、大田区蒲田支所へ生活保護の申請に訪れた男性が「水際作戦」に遭い、POSSEのスタッフが同行したことで申請できたものの、翌日に呼び出されて申請の取り下げを強いられるという事件が発生しました。

私たちは、この事件を由々しきものと考えています。大田区の窓口で何が起きたのか、大田区がとった対応にはどんな問題があるのか、これは大田区の特殊な問題なのか。2回に分けて報告します。

「(上)福祉を担うはずの行政による狡猾な手口」はこちらから。


◆1 行政による違法な対応

今回大田区がとった対応は、虚偽の説明による違法な申請取り下げ強要でした。強調しておきたいのは、こうした対応は決して大田区だけのものではなく、日常的に多くの自治体で行われているということです。

生活に困っている人であれば、その人がどんな人であっても基本的に利用できるのが生活保護です。もちろん、その条件を満たしているかどうかについては、自治体が調査する責任と権限を有しています。ところが、こうした自治体で起きているのは、調査をした上で客観的合理的に保護を却下するのではなく、初めから調査をしもしないで追い返すという対応です。これは「水際作戦」と呼ばれています。

水際作戦にも色々なパターンがありますが、今回は、

①申請の段階で当事者に対して「実家に帰りなさい」「ホームレスは(生活保護を受けるのではなく)自立支援センターに行ってもらう」と説明して申請を妨げた。
②申請した直後に呼び出し、区の指定する簡易宿泊所で待機できないなら申請を取り下げるよう複数名で共謀して強要した。

と、二段階にわたって行われました。組織的で執拗なものと言えます。特に②のときは複数名の職員がわざわざ面談していることから、意図的・計画的なものであったと思われます。あるいは、これほどのことが悪意無く無計画に行われるほど、慣習化してしまっているのかもしれません。

私たちPOSSEは、労働相談も受け付けています。今回の大田区の報告を受けてまず思い出されたのは、「ブラック企業」の退職強要でした。本来は辞退する必要がないのに、虚偽の説明をして辞退は仕方のないことだと思い込ませる。労働者に無理やり辞表を書かせる「ブラック企業」の手口そのものです。

真に生活保護を受給できない状況にあるのであれば、本当にそのように判断したのなら、行政は正々堂々と公式に「不支給決定」を出せばよいわけです。「ブラック企業」は、解雇という法律行為をした際のリスクを避けて、非公式な「話し合い」を通じて本人が自分の意思で辞めたのだという体裁を整えようとします。大田区のとった対応は、これと全く同じでした。

なお、行政が生活保護の辞退を受け付けるにあたっては、きちんと要件が定められています。その要件は、

①本人の任意かつ真摯な意思にもとづくものであり、他からの強制や誤信によるものではないこと。
②保護を「辞退」することによって急迫した状況に本人が陥らないこと。

とされています(*1)。ですから、大田区は、実は体裁すら整えていないのです。仮に本人の辞退が大田区の強要によらないものであったとしても、生活に困窮している当事者の誤解に基づくかもしれない辞退をそのまま受け入れてしまうのは、責任ある行政の対応とはまったくかけ離れたものと言わざるを得ません。

こうした行政対応で、後述する「自立支援」に必要な信頼形成などできるはずがありません。もし自分が当事者なら、故意に法律を破ったり嘘をついたりして不当な不利益を被らせる人たちに、あるいは生活保護行政のルールなどまったく知ろうともしない人たちに、果たして支援してもらいたいと思えるでしょうか。

*1 生活保護の細かい運用規定が記されている『生活保護手帳 2012年度版』304-305ページには、辞退届が有効になるための要件として、次のように書かれています。「「辞退届」が有効となるためには、本人の任意かつ真摯な意思に基づくものであることが必要であり、保護の実施機関が「辞退届」の提出を強要してはならないことは言うまでもなく、本人が「保護を辞退する義務がある」と誤信して提出した「辞退届」や、本人の真意によらない「辞退届」は効力を有せず」、「また、「辞退届」が本人の任意かつ真摯な意思に基づいて提出された場合であっても、保護の廃止決定を行うに当たっては、例えば本人から自立の目途を聴取するなど、保護の廃止によって直ちに急迫した状況に陥ることのないよう留意すること」。


◆2 「自立支援」という名の制度的排除

大田区のとった水際作戦の背景を見ていくと、ホームレスの自立支援が生活保護から当事者を追い出す口実に使われていることがわかります。「自立支援」は、その言葉が私たちにイメージさせる理念とはまったく反対に、生活保護申請の現場では、水際作戦をする際の「道具」として機能しているのです。生活保護のこれも決して大田区だけでの話ではありません。今回の記者会見に参加してもらったホームレス総合相談ネットワークなどの支援団体は、ずっとこの問題とたたかってきました(*2)。そして、自立支援センターは、生活保護に先立って利用しなければいけないものではない、という言質を、政府からも獲得しています(*3)。そうした前進がありながら、依然として現場ではこれに反するような運用が維持されているのです。

更に、大田区は、生活保護を受けるならば区の指定する宿泊所で生活しなければならないと虚偽の説明をする際、東京都が作成したルールを根拠として掲げました。そのルールは、次のようなものです。

「生活保護を適用する場合には、日常生活を営む能力の程度と自立に向けた指導援助の必要性の程度をふめ、本人の生活状況と利用できる社会資源の有無などを総合的に勘案し、実際に居宅生活が可能かどうかを判断する。その結果、居宅生活に移行することが可能と判断された場合には、必要とする福祉サービスの利用にも配慮しながら居宅化を進める。」(*4)

この文章は、もしかすると、アパートに入る前にまずどこか別の場所で生活をして、自立生活が可能かどうか判断する段階を踏むように規定しているように読めるかもしれません。もしそうであるならば、生活保護のルールに抵触するのです。保護を受ける際に住居がないというだけの理由で差別的な処遇を受けることは許されません。東京都は、大田区のような違法な解釈が繰り返されないように周知徹底か、こうした文言自体の改善に努めるべきでしょう。

*2 たとえば、野宿生活者に対してはアパートでの生活保護受給は認めないとして男性を更正施設において収容保護した大阪市内の自治体の対応が誤りであったことが認められた佐藤訴訟があります(佐藤訴訟については、全国生活保護裁判連絡会HP『生活保護法的支援ハンドブック』を参照ください)。
*3 2008年6月20日の福島みずほ参議院議員の質問に対する総理大臣答弁に、「自立支援センターにより提供されるサービスは、生活保護法(昭和二十五年法律第百四十四号)第四条第一項の「その他あらゆるもの」に含まれない」、「自立支援センターにより提供されるサービスは、生活保護法第四条第二項の「他の法律に定める扶助」に含まれない」とあります。
*4 東京都の生活保護運用事例集「問8-19」。
 

◆3 七夕訴訟を繰り返すな

水際作戦の裁判としてよく知られている「七夕訴訟」(*5,6)でも、今回のケースや佐藤訴訟と同じことが問題になっていました。いずれのケースでも、「自立のため」の施設に入ることを希望しなかったことを理由に、不利益な取り扱いを受けています。今回の大田区の当事者は、アパートで暮らしながら「自立」に向けて治療や就労活動に専念する事を希望していましたが、それは許されなかったのです。

七夕訴訟の確定高裁判決が出されたのは昨年の7月のこと。新宿区の水際作戦が問題化された事件でした。実際に命を奪いかねない結果をもたらし、そしてつい最近司法判断で違法だと指摘されたばかりの対応を、依然として同じ都内の窓口が繰り返しているのです。

「ブラック企業」と呼ばれるような企業であっても、社内独自のルールが裁判で違法と判断されれば、そのルールを破棄・修正することがあります。東京都の生活保護行政の司法軽視は、POSSEが普段向き合っている「ブラック企業」以上のものであると言わざるをえません。直ちに現場での運用を改めるよう、継続して求めていきたいと思います。

*5 七夕訴訟の判決はこちらから。判決:http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20120611135851.pdf
*6 支援団体の一つであるNPO法人ほっとプラスのブログでも紹介されています。
 

◆4 生活困窮者自立支援法の問題点

今、「生活困窮者自立支援法」を制定する政治的な動きがあります。この法案には多方から批判が寄せられています(*7)。今回の事案を通じて強く訴えたいのは、大田区のような現場に、水際作戦の道具を新たに与えてはいけない、ということです。

こんな現場で生活困窮者全般を対象とする自立支援法を作ったら、より広範に今回のような問題が起こることは明らかです。同時期に法案が提出された生活保護法の改正案の中に水際作戦を合法化する文言が入っていたことも考慮すると、こうした効果は無いと判断する方が無理というものでしょう。

もちろん、生活困窮者自立支援法を推進するすべての人が、こうした帰結を狙っていると主張したいわけではありません。しかし、制度が立法者の意図を離れて現場で機能するということを踏まえて、もう少し慎重に議論するべきでしょう。この法律ができることでサービスの幅が広がると主張する支援者の方もいるのですが、そうした志と正確な知識と熟達した技術を持ち合わせた人たち以外にも多くの人たちが生活保護の現場では蠢いています。もっとはっきり言えば、後者の方が圧倒的に多いのが実情です。

私たちのような支援団体や弁護士のような専門家、あるいは良心的な行政職員につながることができれば、真に自立を支援することができるかもしれません。しかし、そんな運に社会保障の「最後の砦」を託してよいものでしょうか。加えて言えば、良心的な行政職員は、今の制度の下でも自立を支援する様々な工夫を凝らしています。もともと、生活保護は困窮者の自立を支援することをその目的に掲げているからです。

*7 NPO法人自立生活サポートセンター・もやいで生活相談を受けている大西連さんは、生活困窮者自立支援法と生活保護法改正案の廃案を求める署名活動を行っていました(一度廃案になったため、現在キャンペーンは終了しています)。


◆おわりに

2012年に行われた生活支援戦略についての特別部会の席上で、全国市長会相談役で高知市長の岡崎誠也氏は「恣意的に水際で排除することはしていない」と行政の対応を高く評価しました。これに対して生活困窮者支援を行うNPO法人ほっとプラスの藤田孝典代表理事が「水際作戦は厳然としてある」と最後まで引かなかった一幕が毎日新聞に報じられています(*8)。生活支援のあり方を議論する場でさえ、水際作戦の事実は共有されていません。事実認識が間違っているのに、実態への対応として提案される対策が間違っていないどと、どうして言えるでしょうか。

生活困窮者の自立に資する生活保護制度を整備したいと思うなら、まず水際作戦の存在を認め、その解消を図ることから、出発すべきです。そのためにも、大田区で行われた水際作戦の実態について、より多くの方に知ってもらいたいと考えています。

*8 http://hotplus2011.blog.fc2.com/blog-entry-166.html#container



****************************
POSSE(ポッセ)は、社会人や学生のボランティアが集まり、年間1000件以上の労働相談・生活相談を受け、解決のアドバイスをしているNPO法人です。

相談は、下記の連絡先にて無料で受け付けています。
____________________________________________________
NPO法人POSSE(ポッセ)
代表:今野晴貴(こんの・はるき)
事務局長:川村遼平(かわむら・りょうへい)
所在地:東京都世田谷区北沢4-17-15ローゼンハイム下北沢201号
TEL:03-6699-9359
FAX:03-6699-9374
E-mail:info@npoposse.jp
HP:http://www.npoposse.jp/
名前:
コメント:

※文字化け等の原因になりますので顔文字の投稿はお控えください。

コメント利用規約に同意の上コメント投稿を行ってください。

 

※ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。

  • Xでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

最新の画像もっと見る

最近の「活動報告」カテゴリーもっと見る

最近の記事
バックナンバー
人気記事