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静岡のお茶と清水港の歴史 その十七 静岡の外国商会(写真は静鉄A3000とタチアオイ)

2021-06-23 12:45:46 | 静岡の歴史、お茶、廃線

こんにちは  2021年6月23日の水曜日です。

表紙は5月23日、静岡鉄道静岡清水線  日吉町-音羽町

線路際にタチアオイが咲き始めたのをニュースで知り向かいました。

今年もありがとうございます。 現在の咲き具合はどうでしょう。

タチアオイついでで5年前のを。

昔は夕方までいましたが、最近は撤収が早くて・

静岡のお茶と清水港の歴史

明治32年(1899)8月、開場港に指定され

明治39年(1906)5月、再製茶を初めてアメリカに直輸出

(フェルケール博物館展示)

清水港から茶の輸出が開始された後、横浜でおこなわれていた茶の再製(仕上げ)が

静岡でもおこなわれるようになり、茶の取引を担う「外国商会」が進出しました。

背景には江戸時代から茶町付近に集積所が存在し、市場としての需要があったこと、

清水港が近く(当時はそれなりに遠かったかも)にあり輸送費が安くすむこと、

横浜に比べて気候がよく、茶の品質を維持できたことがあげられます。

これらの茶を扱う外国商社が集まり、外国風の建物が相次いで建てられ

静岡市が国際的に発展していくきっかけとなりました。

2020年 「地図・空中写真閲覧サービス」より

今でいうと緑あたりと思われるが、建物は今も存在するのかな?

ということで赤印のボウリング場まで来たが らしき建物は見つからなかった・・残念。

あきらめて静岡駅へ戻る。

茶町通りを南進。 

駅近に「家康公の散歩道」だって   静岡市はいいね。

お堀沿いも聖火リレーコース、19時ころ駿府城東御門から駿府城公園内へ、夜はセレブレーションが開催されます。 

「いいね!」押してくださりありがとうございます。

  

 


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