ポニーさんの街ブラと撮り鉄 「ポニ夢中」 (ぬる鉄紀行)

鉄道(ぬる鉄)写真ばっかですが覗いてくださいね。 適度にテキトーにやっております

EF210貨物列車 島田駅通過 (2021年6月 オマケは島田市聖火リレーコース)

2021-06-22 11:52:58 | EF200、210など 貨物列車

こんにちは  2021年6月22日の火曜日です。

表紙は今年6月、東海道本線は中西部の島田駅で下車。 

金網越しに昭和の香り漂う光景が! あくまで個人の感想です。

1060レかな? 

1975年 国土地理院「地図・空中写真閲覧サービス」より 

昭和50年、もう46年も前ですか  赤印が表紙の撮影場所かと。

想像通り昔は貨物取扱駅で引込線も製紙工場まで伸びていました(今は無いと思うが)。

列車撮影後サイクリング開始(非電動、変速機無し 500円)

建物は染めもの屋さんか? ここも昭和感満載!水量も多い!大井川の恵みかな。

旧東海道を。

間もなく大井川 (写真の矢印は後で説明)

「箱根八里は馬でも越すが 越すに越されぬ大井川」 は有名です。

江戸時代、船もなく、橋も架けられていない大井川を渡るには 人の手で川越しを手助けする「川越制度」が

設けられておりそのための施設が多くありました。(矢印も最後に説明)

旅人に川札(川越札・油紙 人足一人雇うために札一枚が必要)を販売した川会所や

川越人足の溜まり場だった番宿が建ち並び、往時の家並みが復元されております。

明日の夕方6時ころ、この場所はオリンピック聖火リレースタート地点となり、(さきほどの矢印)歴史を感じさせるコースを

島田市中心部「おび通り」まで走ります。   

ちなみに同日夕方4時ころは先日お邪魔した「ふじのくに茶の都ミュージアム」付近、お茶どころを走ります。

今日気がついたのですが、聖火リレーは島田市中心部「おび通り」到着からその15分後

静岡浅間神社をスタートするようです・

雨が降らないこと祈っております。

 

 

 

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静岡のお茶の歴史 その十六 島田は蓬莱橋の展望台 (表紙は211系)

2021-06-21 12:18:04 | 静岡の歴史、お茶、廃線

こんにちは  2021年6月21日の月曜日です。

表紙は東海道本線島田-金谷 牧之原台地の裾を走る211系普通列車

大井川堤防道路からの撮影です。構図は背景重視、電車がもう少し大きく見えるとヨカッたが。

やっとの思いで渡り小休止後展望台へ

お茶どころ牧之原台地の開墾のためにつくられた蓬莱橋  897.4(厄なし)メートル、やはり長い。

澄んでいれば富士山が見えるのですが、この日は全くもって・・。

2009年 国土地理院「地図・空中写真閲覧サービス」より 

赤印が展望台  写真下の緑は全て茶畑であろう。が、見に行く気力全くナシ・・今回は無事に戻るのが先決。

気合い入れて(なんで気合い入れなアカンの・・)戻るぞ。 

カップルさん、余裕そうに見えるが、この後暴風(個人の感覚)に見舞われ寄り添いながら歩くのだった。

なんとか戻ることができました。

ボロボロの身体を休めようと蓬莱橋897.4茶屋へ。

冷たいお茶を飲み英気を養いました(300円だったか)。 駅へ戻る際も逆風、ド根性で漕いだ。

徳川亀之助=家達

「農は里の宝、向こうの山は宝の山 みなで力をあわせ宝の山を切り開けよ」

谷口原の開墾が進むと農家の人たちが橋をかけてほしいと願いをだし、明治12年1月に橋が完成

名前をつける際「宝の山」にちなんで「蓬莱橋」とつけられたそうです。

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東海道新幹線浜松駅コンコース企画展示 (2020、2021年)

2021-06-20 21:25:13 | 都会の風景

こんばんは  2021年6月20日の日曜日です。

表紙はちょうど一年前、20年6月20日  3ヶ月ぶりに気をつけながら静岡へ行きましたね。

その帰りに浜松駅新幹線コンコースへ。

「スズキ」「カワイ」「ヤマハ」の3社が1年交代で大小ブースで展示されております。

昨年の「スズキ」「カワイ」さん、私は音色は分からないが、称賛の声が。 

7月からの一年は「カワイ」「ヤマハ」でしたが、今月末で見納め。

来月中旬から?は「ヤマハ」「スズキ」さんですね、趣向を凝らした展示を楽しみにしております。

 

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EF66 117 1092レほか (2021年6月 地元陸橋下 ブラバントラックシリーズ)

2021-06-20 15:16:17 | EF66 100番台

こんにちは  2021年6月20日の日曜日です。

撮影はどこかの梅雨の中休み  地元天竜川駅近く陸橋下は心地良い風が吹いており

「たまにはこんな日もなくちゃ!」 喜びましたが、その後いつもの梅雨空に。

午後1時ころ通過の1092レと5073レです。

わずか7分で雲の形はこんなにも変わるんだな。

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静岡のお茶の歴史 その十五 島田は蓬莱橋続き (表紙は大井川橋梁を渡る211系)

2021-06-19 15:21:57 | 静岡の歴史、お茶、廃線

こんにちは  2021年6月19日の土曜日です。

表紙は東海道本線大井川橋梁を渡る211系普通。  データイムは基本短い3連、5連となればもう拍手モンである。

さて、大井川は木造歩道橋「蓬莱橋」を渡りますが

橋上から東海道本線の列車撮影が目的でしたが

霞んでるわ、離れすぎだわ・・風速10メートル超える強風(個人の感覚)で

向こう岸まで無事にたどり着けるか?不安になってきた。 

バカな私は(向こう岸着いたら小休止してすぐ戻るだけなのに)自転車を押していたのであった・・

けど今振り返ると、欄干低くて寄っかかれないから、バランス取りにヨコに自転車持ってたのはかえって

良かったのかもしれない・・??

 

必死(感が伝わってこない)でコンテナ貨物を。  ほとんど見えていない・・

波の立ち方で強風を分かっていただけるでしょうか。砂ぼこりが目に入る~ 

  

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静岡のお茶の歴史 その十四 島田市は蓬莱橋 (2021年5月)

2021-06-18 12:44:21 | 専用線、廃線、歴史を辿る

こんにちは  2021年6月18日の金曜日です。

撮影は5月GW明け、東海道本線静岡県中西部の島田駅で下車。

静岡地区データイム運用はざっくり浜松~興津  島田~沼津(三島、熱海) 2分割されており

どちらも20分間隔で運転すれば島田~興津は10分間隔(静岡近辺はうらやましい)、その隙を貨物が通っています。

青春18きっぷ利用の際、上りはここで乗り換える方が多いですね。ホームかわって3番線から発車します。

島田駅は橋上駅  製紙工場紅白エントツが目印  

遠くには掛川かな、粟ヶ岳周辺もお茶どころなのでいつか行ってみたい。

駅前で自転車を借り(予約不可、電動アシストなし、変速機なし・ 一日500円)

追い風で楽だった。

初めて訪れました!大井川に架かる「蓬莱橋」(駅から徒歩20分で着くか?)

全長897.4メートル 幅2.4メートルの木造歩道橋

奥に見える全国有数の茶園牧之原台地の開墾のため、明治12年(1879)に架けられた農業用の橋でございます。

お茶とも関わりがあります。

窓口で通行料100円を払いましたが・・かなり強い風(見えていない)が吹いている・・

けどせっかくここまで来たのだから渡らなくちゃね    つづく。

ステキな週末を。

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東海道本線は豊田町-磐田 2021年の田んぼ風景 (2021年6月 313系)

2021-06-17 21:18:09 | 都会の風景

こんばんは  2021年6月17日の木曜日です。 

東海道本線は豊田町駅すぐ東側の田んぼ、撮影は10日前、水が勢いよく出ておりました。 

こちらにまた用事があった際は見にいこうと思っております。

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静岡のお茶と清水港の歴史 その十三 清水港開港(写真はEF66ほか)

2021-06-17 12:47:40 | 静岡の歴史、お茶、廃線

こんにちは  2021年6月17日の木曜日です。

表紙は静岡貨物駅停車中のEF66 27  1092レかな。

明治22年(1887)2月、東海道線は静岡まで開通しました。

新橋-静岡に直通列車上下2本が設定されましたが、当時は片道7時間を要したとのこと。

2月に三保から乗った船からエスパルスドリームプラザ(波止場)を見る。

(フェルケール博物館展示)   明治8年、波止場用地(中央下)確保から145年が経ちました。

(フェルケール博物館展示)

清水の廻船問屋や静岡県の製茶業界などが清水港を開港するよう

請願運動を重ね、その結果明治32年(1899)清水港が開港しました。

(清見寺前 EF210-901)

しかし、アメリカ直行船がなく、また茶の再製工場が静岡になかったため、依然として静岡茶は

船や東海道線(東海道線がかなり優勢か)で横浜まで運ばれ輸出されていました。

明治24年(1891)富士合資会社(横浜市)は再製機会を導入した工場を西方村(現菊川市)に建築

明治33年には静岡工場を設け。

(清水マリンパーク)

明治33年(1900) 海野孝三郎らは静岡市に東陽製茶貿易会社を設立し

この頃から静岡県下に続々と再製工場が建築されました。

(フェルケール博物館展示)

お茶を清水港から直接海外に輸出することで周辺産業や町の発展を目指そうと

海野孝三郎らの活躍により再製工場の設置や日本郵船への働きがけが実り

明治39年(1906)5月13日 アメリカ直行船の「神奈川丸」が

再製茶を積んでシアトルに向けて出港するため初めて清水港へ入港しました。

横浜や神戸の外国茶商も静岡に事業所を設立、再製工場も整えられたことから

静岡からの直輸出は急速に増え、静岡が茶の輸出の中心市場になっていきました。

つづく。

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東海道本線は天竜川駅付近を走る普通列車(2021年6月 土曜日の朝 ドラッグストアから)

2021-06-16 21:46:30 | 都会の風景

こんばんは  2021年6月16日の水曜夜でございます。

東海道本線は天竜川駅近くのドラッグストア駐車場内の古新聞回収コンテナ脇から

普通列車を。  開店1時間以上前だからクルマはありません。

先日業界3位のドラッグストアが浜松へ2店舗進出を計画しているのを知りました。

1店はここからそう遠くないところに来年1月オープン予定。

県内には3店舗展開してますが浜松は初めて、浜松は同業多いと思うのですが

まぁとにかくさらに競争が激化しそうですね。   おやすみなさい。

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静岡のお茶と清水港の歴史 その十二 渋沢栄一と静岡(写真は静岡市内ほか)

2021-06-16 12:34:24 | 静岡の歴史、お茶、廃線

こんにちは  2021年6月16日の水曜日です。

表紙は静岡県庁別館21階展望フロアから静岡市街を。

青葉シンボルロード  「お茶のまち 静岡」 イベントも多く。

撮影は10時前でまだ準備中、後で確認したら11時スタートでした・・

静岡市繫華街 呉服町通り。

日本資本主義の父、2024年新一万円札の顔となる渋沢栄一

明治元年12月19日だったか、パリ万博視察から帰国した栄一は出張報告のため

謹慎中の慶喜のいる静岡を訪れますが、泊まったのがこの呉服町の履き物屋の二階だったと

どこかに書いてあった。

静岡に着いて4日後、宝台院(中下)で涙の再会を果たし(慶喜はケロっとしていたそうだが)

慶喜は栄一に静岡に残るよう要請しました(静岡藩勘定組頭)。

翌年、近くの代官屋敷(だったかな 現在の浮月楼)に商法会所 (政府から割り当てられた資金と

豪商、豪農による出資を元手にした銀行と商社を併せたような会社) を設立しました。

(東海道本線 菊川付近 西方ではないが  矢印は製茶工場かしら)

お茶は摘み取った茶葉を製茶しなければ出荷できず、それらの作業を効率化するには近代的な工場が不可欠で

莫大な資金が必要とされましたが、静岡の茶農家の多くは資本がないため、工場を建設することは難しい状態でした。

栄一は商法会所で集めた事業資金を茶農家などに融資、これを元手に製茶工場が設立され

同時に流通経路も整備されていきました。

(フェルケール博物館展示)   栄一が静岡に訪れた頃の清水湊(と思われる)

(現在の巴川 港橋から河口方向を)

栄一は翌年(明治2 1869)4月20日から5月10日まで清水湊へ出張(当時なら出張だろな)したとの記録があります。

商法会所の出張所を建設したり、荷物を貯蔵する蔵を増やそうと仕事に奔走

地元の廻船問屋たちと協力し、清水を流通の拠点にすべく尽力しました。   つづく。

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静岡のお茶と清水港の歴史 その十一 横浜(写真は横浜港ほか)

2021-06-15 12:37:20 | 静岡の歴史、お茶、廃線

こんにちは  2021年6月15日の火曜日です。

表紙は2年前の横浜駅、特急「成田エクスプレス号」が2本いるところを撮れました。

こちら8年前、横浜駅(を抜けるのが大変だったが)から徒歩15分

高島貨物線で甲種輸送撮ったな、イイ思い出です。

この歩道橋は今でもにぎわいをみせているかな。

(写真ACよりDL) つづいているお茶の歴史

江戸時代末期にイギリス商人からの注文を受け、九州各地のお茶を一斤輸出したのが近代日本のお茶輸出の始まり。

その後横浜港が外国へ向けての港になるということで駿府の商人が横浜に出店し

1859年に港が開かれた際は180トン(静岡の比率はどれだけだろ?)が輸出され

お茶は生糸に次ぐ明治時代日本の重要輸出品となりました。

静岡県内では川根、本山など山間の産地に、写真の牧之原や富士などにも茶園が拓かれ、生産量を伸ばし

多くが輸出に向けられるのですが

(著作権フリー 東海道本線開通間もないころの江尻か興津か)

(清水駅みなと口 サッカーJ1清水エスパルスホームゲーム時はシャトルバスが運転されます)

お茶の輸出が始まったころの静岡で作られたお茶は、船や鉄道でいったん横浜へ運ばれ・・

(ふじのくに茶の都ミュージアム)

お茶の輸出が始まったころの静岡で作られたお茶は、船や鉄道でいったん横浜へ運ばれ

再製(仕上)加工含め、外国商社にほとんどが委ねられ、産地の立場も弱く、利益も薄いものでした。

また、混ぜ物がされた粗悪な茶も輸出され、評判を落とすこともありました。

静岡の人々は産地の静岡から良い品質のお茶を直接輸出しようと改革に強く取り組みます  つづく。

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EF210 1050レ いつもの陸橋(2021年6月 夏らしい雲かと思ったが・)

2021-06-14 21:15:57 | EF200、210など 貨物列車

こんばんは  2021年6月14日の月曜日です。

梅雨らしい天気でしたが夕方前から晴れたのでお出かけしたら

「夏を感じさせる雲だな」 百均で買い物後に陸橋で撮影しましたが

思ったほどの感がなかったな。  今日は関東甲信越も梅雨入りしたようで

本格的な夏はまだ先のようです。

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静岡とお茶と清水港の歴史 その十 (清水湊の変遷 オマケは巴川を渡るJR、静鉄)

2021-06-14 11:52:31 | 静岡の歴史、お茶、廃線

こんにちは  2021年6月14日の月曜日です。

撮影は3年前かな?春、巴川沿いの巴町公園から西を向く。夕方は思い切り逆光・・

南を向けば静鉄が撮影できます。   下の赤丸が撮影場所

(フェルケール博物館展示)  さて、清水湊の歴史

1682年(家康没から66年後)、江戸時代初期の清水湊は対岸の向島(印から下の地)はまだ小さく

ほぼ湾に面していました。

(フェルケール博物館展示)

嘉永7年(1854) (清水といえば清水次郎長 当時34歳) 向島は堆積で広くなっております。

1855年  安政地震後、隆起により向島は広くなり

巴川は細くなりました(ホント細くなりすぎてしまい 分かりづらい)。   変遷にただ驚くばかりです。

河口付近は干潟となり、湊の機能が失われると、外洋に面した「波止場」の建設が急務となりました。

(フェルケール博物館展示)

明治8年(1875) 中央青色部分「船繋場」と記された部分が

波止場用地となった。

(フェルケール博物館展示 明治20年)

鈴木与平や柴田勇吉ら廻船問屋主人たちは明治11年(1878)に「波止場・博運会社」を設立し

翌年に波止場を完成させました。

明治11年(1878年) 清水波止場を築造  沼津-江尻間で汽船海運業開始

明治12年(1879年) 港橋を架設 (写真は現在  もう一つ橋があるようだが富士見橋かな)

現在の富士見橋

明治22年(1889年) 東海道線(東京-静岡)開通(上部の黒線)  江尻駅設置

東海道線開通により清水港の移出入が激減してしまいました     つづく。

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373系「快速」静岡行きかしら(2021年6月13日 地元)

2021-06-13 20:49:43 | 快速、ホームライナー、団体列車

こんばんは  2021年6月13日の日曜日です。

撮影は本日、朝恒例のEF65の5087レを撮ろうと近所のポイントへ。

準備していたら前から思いもよらぬ373系があらわれ・・「なんで?」と思いながらも撮りました。

時刻は8時48分。運行状況によれば「鹿と列車の接触および踏切の安全確認」により

ダイヤが乱れていたようで、「ホームライナー静岡36号」が料金不要の快速列車にかわったと思われます。

およそ16分遅れで通過  373系青の「快速」幕見たのは初めて!    貨物撮影はあきらめ帰宅しました。  

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袋井市は可睡斎 3年ぶりに風鈴まつりへ (2021年6月 オマケはドクターイエロー)

2021-06-13 15:31:23 | 街ぶら

こんにちは  2021年6月13日の日曜日です。

石段をのぼり

静岡県西部、遠州三山風鈴まつり  3年ぶりに可睡斎を訪れました。

平日午前中でしたが多くの方がいらっしゃいました。

サイドビュー   日陰のベンチからノンビリ音色を楽しめます♪

風が吹くか吹かないかはその日次第。

2009年 「地図・空中写真閲覧サービス」より 

東名高速袋井インターからも近いです。

お隣りの「可睡ゆりの園」も有名で、現在早咲きのゆりが見頃を迎えているようです。

オマケは袋井市で撮影の「ドクターイエロー」

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