母のベッドから滑り落ちたノート。
偶然に開いたページの両面いっぱいに、
「死んでも忘れん、死んでも忘れん、死んでも忘れん」という言葉がびっしりと書き込まれていた。
父には、「うそつき、狂っている」等と罵詈雑言を浴びせ、
自分が気に入らない人は見下し、馬鹿にし、なりふりかまわず近所に悪口を言いふらし、得意満面な顔をする。
悪いことは人のせい。良いことは自分の手柄。
他人には、か弱い老人を演じ、家族を悪者にし、同情して貰うことを生きがいとする。
長女が1歳で死んだとき、自分の親が来てくれなかったことを今でも恨んでいる。
寺に向かう途中、亡骸を一旦足元に置かれた事も恨み続けている。
もう50年以上も前のこと。
全ての恨み事を、何年の何月何日に・・と克明に語る。
思い込みによるトラブル多発。顔がどんどん鬼の形相になっていく。
「された事は死んでも忘れん。死んだら頭の上にとり憑いてずっと付きまとってやる!」と大声で口走る。
耳が遠く聞こえていないのに、自分に都合よく解釈し、適当に返事をする。
風呂が沸いたと伝え、返事をしたにも関わらず、聞いていないと癇癪を起す。
「くそったれが!覚えとけよ!」と罵る。
以前、お湯が冷めるよと促したら、「今足が痛いんや!」と言って逆切れし、
「足が痛いのに風呂に入れと言われて辛い」と叔父に涙声で電話をした事もあって、くどくは言わなかったのだ。
その事を話すと、「耳遠いからな!ぼけとんや!しゃーないやろ」と噛みつく。
「ちっとも会話してくれへんから寂しい。あんたが無視するからイライラするんや」とも言う。
「会話しても、いつも爺さんの悪口ばかり。恨むとか死んでも忘れんという言葉は聞きたくもない。だから話相手にはなれんよ。」
と言っているそばから、爺さんの悪口が始まる。
いきなり、「今から薬飲むから、出て行って!」と、自殺をほのめかす。
狂言なのは、ミエミエなので放置。
ドアを閉めて部屋から出て行こうとすると、「何でドア閉めるねん!」
はぁ?いつもは早く閉めろと怒るだろ?
焦って止めるとでも思っているのだろうが、私は動じんよ。おあいにく様。
予想通り、薬は飲まず。
死んだ長女の写真を見ていたら死ねなかったと言い訳。
「写真見たら余計に傍に行きたくなるのが普通やけどな。」と叔父談
翌日には「今死んだら、爺さんの思うつぼやから絶対死なん!」と力説。
猫柄のバスマットを、睨まれている気がすると異常に嫌い、敵のように蹴散らす。
窓の外から、何かが睨みつけているような気がすると言ってカーテンは閉めたまま。
「引っ越してきた時、玄関に立った時から何かを感じていた。
この家は、魔法の家。気持ちが悪い。実家に戻りたい。実家なら、近所の人が助けてくれる。」と自分勝手に思い込む。
実家に戻れば、前のように歩けるようになると思っているのか?トイレにも行けんよ。
「実家を改造してくれたらええ。飢え死にしても野たれ死んでも構わない。
それが無理なら、施設に入れてくれ。荷物はみんな運んでや!」
施設に荷物なんて、そんなに持ち込まれへんよ言うと、
「どこでもええわ。ここは気持ちが悪い。居たくない。施設に入る!」とごねる。
明日ケアマネに頼んで来ると言い聞かす。
叔父に相談すると、
本人がその気になら、万々歳。
気が変わらぬうちに話を進めよ。
このままだと、お前に危害を加えないとも限らない。
それだけをずっと心配している。
自分から希望したことを必ず書面にしてもらうように。
無理やり施設に入れられたと逆恨みするのは目に見えているから。
翌日、ケアマネに相談に出向く。
事情を説明し、施設の手配を頼んだら、良い感触が得られたので、安堵し帰宅。
「○○さん、なんて言うてた?」
なるべく良いところ探してみるって。
なぁ、ばあさん。自分から施設を希望したんやで。
ちゃんと紙に書いててな。後で無理やり入れられたって文句言わんといてや。
「書かへん!」
なんでよ。施設に行きたいんやろ?この家は気持ち悪くて住めんのやろ?
「そうや。この家は呪われてるわ!ほんまは実家に帰りたいんや。それがあかんのやったら、施設しかないんや!」
だから、頼んできたから。
後で私のこと恨まんとってや。自分が入りたいって希望したこと、ちゃんと書いとって。
「書かん!絶対に書かん!こうなったんは、じいさんのせいや!爺さんが・・・」
爺さんの悪口はもうええ。
明日は歯医者や。施設行くまでにちゃんと治しときや~
風呂から出て部屋に戻り、私を呼ぶ。
「施設なんかに入らへんで!あんたは、なんでも勝手に決める!」
おいおい~!!
私が決めたんちゃうで。
昨日、言ったこと忘れたんか?
ここには居たくないんやろ?施設に行きたいって言ったやん?
「実家に帰りたいってゆうたんや!施設なんか行かへんで!」
まさか、本当に施設を申し込むとは思わなかったのだろう。
ケアマネに謝り、キャンセル。
以後、すべての通院、散歩、買い物への付き添いをヘルパーに任せることにした。
財源は、母が貯めていたへそくり。
何かの時にと数百万預かったのだが、わずかなお金を持っているせいで、ばーさんは大きな勘違いをしている。
よーーし。全部使い切ってやる。
私は、自分の生活費や、猫餌は自分で働いて稼いでいるのだ。
猫餌のダンボールが届くたびに、「また餌かいな!高いのに!」と文句を言われる筋合いは、一切ない。
ばーさんの部屋の窓を、透明の真空ガラスにしたのも、私のお金だ。
外が見えるのが嫌だというから、目隠しシールを貼った。
「なんで、曇りガラスにしなかった!」とブチ切れされる理由はない。
ばーさんが居なくなれば、じーさんが来る。
そしてゆくゆくは、猫部屋に戻るのだ。私の好みにして何が悪い?
トイレの日めくりカレンダーにちょうど良い格言が現れた。
「だれうらむことはない、身から出たさびだなぁ」
その日から、めくるのを止めた。
「真綿で首を絞めるようなことすな!」
「反省してもらおうと思ってね。意味わかる?」
「どうせ、みーんな私が悪いんやろ!」
「そりゃ、反省ではなく、開き直りってやっちゃ~」
「なんで、この家がオカシイのかわかったわ。
この部屋には、猫が住んどったやろ。私に追い出されて、恨んどるんや!
庭にも猫が埋まっとるやろ?だからや。猫はな、執念深いんや。私をいつも睨んでるんや!」
猫は、純真無垢です。ばーさんのように、人を恨んだり憎んだり呪ったりはしません。
と言うと、ばーさんは、私を黙って睨みつけた。
どうやら、「妄想性人格障害」という病気らしい。
妄想性人格障害の診断基準。
次の7つのうち4つ以上あれば妄想性人格障害が疑われる。
1.十分な根拠がないのに、他人が自分を利用したり、危害を加えたり、だましているなどと疑いを持つ。
2.友達の誠実さ、親切を不当に疑い、そのことに心を奪われてしまう。
3.何か情報を漏らすと自分に不利に利用されると恐れ、他人に秘密を打ち上げることができない。
4.悪意のない言葉や出来事の中に、自分をけなしたり、脅かすようなことがあると深読みする。
5.侮辱されたり、傷つけられたり、軽蔑されたことを恨み続ける。
6.自分の性格や評判に対し過敏に反応し、勝手に人から不当に攻撃されていると感じたり、怒ったり、逆襲したりする。
7.根拠がないのに恋人や配偶者が「浮気しているのではないか」と詮索する
若い時期から少なくともその萌芽が見られることが条件ってのも当てはまる。
年齢的に改善の見込みはなく、今後さらに悪化していくと推測される。
攻撃性を和らげる薬があるが、
薬を自己管理している、猜疑心の強い母に処方するのはなかなか難しいらしい。
ヘルパーさんに、生活援助の追加を連絡。
先日伺ったときに、
「娘とケアマネが私を無理やり施設に入れようと企んでいたので、絶対に行かへんと言うたんや」
とおっしゃってました。
やっぱりかい!