村上春樹原理主義!

作家・村上春樹にまつわるトピックスや小説世界について、適度な距離を置いて語ります。

『騎士団長殺し』の主人公には名前がない?

2017-03-20 08:20:17 | 小説世界
ちょっと意味深な導入部分が冒頭にある小説ですが
それを過ぎると
 
 その年の五月から翌年の初めにかけて、私は狭い谷間の入口近くの山の上に住んでいた。 
 
というさりげない語り口で、なじみ深い空間に入っていくかのように物語に引き込まれることになります。
 
 「私」という人物が語る小説世界です。
 
 そして、興味深く読み終わり「面白かったー」とため息をつくのですが、
その感想を人に話そうと思ったときに、はたと気が付くのです。
 主人公である「私」には名前がない!!
 
 これまで『1Q84』は天吾と青豆という主人公がいました。 
『海辺のカフカ』の「僕」には、本名ではないらしいけれど、田村カフカという名前があります。 
『色彩を持たないむ多崎つくると、彼の巡礼の年』の主人公は、
タイトルにうたわれているとおり、多崎つくるという名前を持っています。
 
 でもこの『騎士団長殺し』の主人公には名前がつけられていない!
 (もし「いや違う、この部分に名前がちゃんと出てるじゃないか」と見つけられた方がいたら、
教えてください。 よろしくお願いします) 
 
なぜ名前をつけなかったのでしょう? 
もちろん意図的な仕掛けだと思います。 
読み終わってもしばらく名前がないことに気づかないくらい、自然な感じで物語は語られます。 
そこには、作家としてのなにがしかの工夫があるのでしょう。 
 
「私」に名前をつけなかったのは、名前をつけることによって
「個人」としてのフレームが出来上がるのを嫌ったからではないか。 
名前をつけないことで「私」はどこまでも拡がっていける。そういう可能性を求めたからではないか。
それこそ、私の意識の中であれば、どんなことでも不自然ではなく、可能になるからではないか。 
僭越だけどそんなことを感じます。
 
短編小説なら、名前をもたない語り手というのもよくある話ですが、
これだけ長い小説となると、どうしても村上春樹さんの書き手としての意図を感じざるを得ません。 
これって、考えすぎでしょうか?

『海辺のカフカ』の芝居を観て小説を読む。贅沢なコラボ!

2015-12-14 09:30:00 | 小説世界

彩の国さいたま芸術劇場でやっていた『海辺のカフカ』を観ました。

脚本はフランク・ギャラティ。

アメリカの脚本家です。

映画『アクシデンタル・ツーリスト』の脚本や、トニー賞を受けた舞台『怒りの葡萄』の脚色で有名な人です。

蜷川幸雄が脚本を書いたのではなく、アメリカですでに上演されていた『海辺のカフカ』を翻訳し、蜷川が演出を手がけたという経緯です。

 

ご存知のように、村上春樹の小説『海辺のカフカ』は上下2冊の大作です。

それを3時間超の舞台に縮尺するのだから、大味な舞台になるのではないかと心配していたけれど、そういう杞憂は見事に裏切られました。

 

宮沢りえの美しさ、フランス映画のBGMのような素敵な音楽。

3メートルはあるかと思われる大きな透明なケースが、黒子によって自在に入れ替わる場面転換。

まるで映画のシーンを見るように、舞台は展開します。

森もトラックも図書館の部屋も、透明ケースで移動します。

シーンによっては、いかにも山の中に迷い込んだような錯覚を起こさせます。

人が動かず、場面が動く。

水槽のようなガラスケースに横になって収まった宮沢りえは、象徴のように美しく、青いワンピースと白い二の腕が目に焼きつくのでした。

ナカタさんが猫と会話するシーンでは、着ぐるみの猫が登場します。

リアルな猫です。

幻想的な舞台は、観客の心をひきつけて離しません。

 

芝居が終わったときには、総立ちのスタンディング・オベーション。

もう一度見たいと思った斬新な芝居でした。

 

芝居『海辺のカフカ』を見て、小説『海辺のカフカ』を再読しました。

芝居の脚本は小説のエッセンスを抽出して、印象的にまとめられていたけれど、やはり小説は言葉をつないで考えに考えさせます。

奥深い世界がひろがっています。

「世界でいちばんタフな15歳」という発想が、そもそもすごい!!

神話的世界がベースになって、物語は重層的に進みます。

面白いといったらありません。

人物造形も見事。

 

個人的な感想をいえば、小説の中のさくらより、鈴木杏ちゃんのさくらのほうが、より豊かな人物像を結んでいると思いました。

だけど、こんなにふうに芝居と小説をいったりきたりするのは、とても贅沢な読書体験だと思ったのでした。

“世界の蜷川”と“世界的作家・村上春樹”のコラボだからこそ生まれる素晴らしさです。