☆つる姫の星の燈火☆

つる姫のナイトメアー~雨降りの階段~

木造2階建ての古いアパート。

1階と2階に、6畳と3畳と台所のある部屋が6室あり

2階に上がる階段の手前にある小さな建物は

共同のお風呂場である。

ここを利用する人は、沸かしたり、掃除をしなくてはいけなかったので

学生の私は、大家さんのお風呂を借りていた。

 

私の部屋は、2階の真ん中。

共同トイレが、一番奥の部屋の前に、二つ並んでいる。

階段上がってすぐの、手前の部屋は空き部屋で

奥の部屋には、いい年で独身の男性が住んでいた。

 

薄い土壁越しに、隣の住人の出す音に

勉強に集中できず、苛立つ日もあった。

 

玄関を入ってすぐ左手には、小さな台所。

流し台は、タイル張りである。

手を滑って落ちる食器は、タイルに衝突すると、すぐに割れてしまう。

 

廊下側に、小さな窓があった。

換気扇代わりに、その窓を開けて食事の支度をしている時に

奥の住人が、階段を上がってくる音がすると

中を見られないように、と一旦窓を閉める。

 

古いアパートは

雨が降ると、雨樋でも詰まっていたのだろうか

ポン、ポンと、どこかに雨粒が当たる音がする。

 

その日、夕方から雨が降り始めた。

台所で簡単な夕食を作っていると、

ドン、ドン、ドン、ドン。

木の階段を、ゆっくりと踏みしめて上がってくる音がした。

奥の住人だろう。

他に階段を上ってくる人は、まずいない。

今日はいつもより、帰りが早いな。

疲れているような重い足音だ。

いつの間にか

隣人の帰宅時間や、健康状態を把握している。

 

私は、いつものように小窓を閉めて

奥の住人が、部屋の前を行きすぎるのを待っていた。

 

階段を上がってくる音が中途半端に途切れたのを

少し気にかけていたが

しばらく待っても、奥の住人が部屋の前を通過する気配がしない。

恐る恐る玄関の扉を、片目分だけ細く開いて

階段の方を覗きみた。

 

はだか電球の黄色い灯りに照らされた踊り場には、誰もいない。

今度は、扉を頭が出る分だけ開いて、反対方向に首を回す。

奥の部屋に、灯りはついていない。

あれ?

 

怖い想いを打ち消したくて

大急ぎで、外の見える6畳の部屋に行き

窓の下の空き地を見下ろした。

アパートに入るには、その空き地を通るしか道がない。

舗装されていないそのスペースに

強くなり始めた雨が、地面をぬかるませて降っている。

 

暮れきらない、薄暗い雨空の明るさを頼りに

窓ガラスに額を押しつけて、目を凝らすが

柔らかくなった土の上に、誰かが通ったような足跡は見当たらない。

地面にぶつかった雨が、黄土色の水しぶきをあげているだけだ。

 

途切れてしまった足音。

階段は10段。

頭の中でカウントしたのは、確か4段だ。

ドン・・ドン・・ドン・・ドン。

 

その夜、二度と小窓を開ける事はなかった。

ひとしきり降った雨がやんだ頃、

階段を10段上り切り、踊り場で靴を脱いで

奥の住人が部屋の前を通り過ぎて、部屋に入っていった。

今日は、いつもより遅いではないか。

この日ばかりは、隣人の出す日常の物音が

たったひとつの救いに思えた。

 

 

 

多感な思春期の頃、

怖くても、うれしくても、悲しくても

部屋にテレビはなく

耳を、ラジオの音で塞いで

ただひたすら、白いノートに心を書き写して過ごした夜の事。

最後は独りで布団をかぶり、雨や風の音を聞いて眠った。

あの時訪れようとしていたのは、天使か悪魔か、それとも。

 

 

 

 

お盆休みはどうされますか?

 

ご先祖様に感謝をこめて                                つる姫


私の好きなものは笑顔。笑顔は世界を救うと信じるつる姫のブログです。

名前:
コメント:

※文字化け等の原因になりますので顔文字の投稿はお控えください。

コメント利用規約に同意の上コメント投稿を行ってください。

 

最近の「フォト&ショート」カテゴリーもっと見る

最近の記事
バックナンバー
人気記事