今夜の聖句
「とかく法律や制度というものは、
永遠の病気のように遺伝するもので、
ずるずると代を追って伝わり、そろそろとほかの場所へも移ってゆくのだ。
条理が非条理と変わり、
善事が苦悩の種となる。
子孫に生まれたものこそ気の毒なはなしだ。
そしてわれわれが生まれながらに有する権利などは、こいつは残念ながら一こうに問題にされていない。」
されど、瑣末な問題だ。
好きな日本の諺に「すべてよければ、すべてよし」というものがある。
それも瑣末な失態だ。
以前に鼻詰まりの改善法について書いた事があると記憶している。
たしか、イダとピンガラの説明をしたので、ナディーショーダナという呼吸技法についての話しだったと私の自我は記憶している。
海は呼吸する。宇宙は呼吸する。
それならば、人間は呼吸する。
Pneumaはギリシア語で精神的な生命としての「霊」を意味するが、同時に「風、息」のことも意味する。
ヘブライ語のルーアッハも同様に「霊、大いなる者の息」とくる。
地、水、火、空の四元素の空は、霊のすみかであり、思考とは呼吸である。人間は空気を吸うが、空気とは主に(ほぼ)窒素と酸素である。
人を活性化させるものと、人を死に至らしめるものの、生と死を吸い込んでるのだ。
「天地創造の6日目、神は自身の似姿として、土でできたアダムの鼻から息を吹き入れ、生きるものとして創造された。」
呼吸は波のように、宇宙を吸い込む。
そして、吐く息で自己を世界に開示する。
感慨深いものがある。
光を吸い込む。
闇を吐き出す。
これは、瑣末な問題ではない。