goo blog サービス終了のお知らせ 

gooブログはじめました!

写真付きで日記や趣味を書くならgooブログ

カタツムリ🐌

2025-02-27 08:15:00 | 日記
タイランドからおはようございます

そういえば昔読んだダ・ヴィンチコードの本を思い出したのでなんとなく数式と自然の神秘について書いてみようと思います

黄金比とは人間が最も美しいと感じる比率
イタリアの数学者レオナルド・フィボナッチが発見した数例の法則に近いという

『フィボナッチ数例
1.1.2.3.5.8.13 (1+1)は2  隣の(1+2)は3  (3+5)は8 (5+8)は13
1.1.2.3.5.8.13…

花びらの枚数、ひまわりの種の列の数、松ぼっくりやパイナップルの鱗の数、木の枝の分かれ方、人の体の中にある気管支や肝臓の血管の分かれ方など自然界に多く見られるらしい』

黄金比とは1対1.618の比率の事で
簡単に言えば縦が1cm横が1.618cmの長方形の事



この比率はカタツムリのうずまき、ひまわりの種の中央から始まる列の模様

多くの建造物や美術
ピラミッドの底辺と高さの比
モナリザや葛飾北斎の絵

身近なものではクレジットカードの縦横の比率、テレビのブラウン管etc

1:1618の比率 黄金の螺旋になる

また、一般的に人の顔のパーツも黄金比に近いほど美人と呼ばれるらしい

信じるか信じないかはあなた次第


Iris

2025-02-26 18:23:00 | 日記
ギリシア神話の(ア)イリスはギリシア語で「虹」を意味する虹の女神でその美しさと言ったら言葉で言い表わす事ができません。
画像の美しい花はアイリス。
やはりギリシア神話の女神Irisにちなんで名付けられました。
心魂を種に例えるならば、言葉は花なのです。
全人類が綺麗な花を咲かせれば人生が変わるのです。
これから産まれてくる少しだけ天使に似た子供たちの為にもね👼
人間というものは半分くらいは自分の為に生きるでしょう。
そしてもう半分は誰かの為に、後世の為に、地球の為に
世界がアイリスの花のように彩られる事を祈っています💐
決してあきらめないで
どんな絶望の底に落ちたとしても
いつか笑顔で再会しましょうな😊

情動と理性

2025-02-26 04:27:00 | 日記
物騒な世の中に多くの人々が混乱している
混沌混迷の世にありながら日本のトップ層は外国人労働者を集収したいというある種理に適ったとも言える理由等から(もちろん理由など他にもあるのでしょうが)大分寛容になってきた事、事実不法滞在者も含め昔では比にならない程の移民数となりつつあり、文化自体がかけ離れている彼らの多くは現実問題として種々事情から迷惑行為に走る人もおり、平和な日本文化の崩壊の予感に今後の成り行きの不安を感じる人も少なくない
実際はこれすらも我々自国を顧みる事でしか解決のしようもなければ全く別種の(自国的な)問題山積している事は勿論の事だが
誰しもが安心安全な環境を願い今日を生きているはずであるのだが。

私は情動と理性、感情と精神と言った人間本性の性質を今一度考えてみる必要性を提起したいと感じています
感情情動の行きつく先というのは混沌であり、理性を欠いた部分からは最近でも闇バイト問題、今に始まった事ではないが女性に対する性暴力etcの源泉であると推察しており動物的または生物的な素質に支配されている人が不利益をもたらすように思えて仕方ないのです
人とは何か?という話しについては多くの引用と考察が必要とならざる得ない為ここでは割愛する事とするが、
出発点について深く理解するならばやっと動物的な要素からの呪縛から解き放たれるのです
人間とはそもそもそういうものであるべきであったのではないでしょうか?
点としての現状のみならず、歴史という線を辿ってもたくさんの文化、自然科学、哲学、教育全般、芸術などを通してやっと豊かな島国に発展してきた事実を考えると、感情や情動に身を任せて生きていく道を辿るのであれば
必ず文明は崩壊するでしょう

とにかく眠い

2025-02-24 00:37:00 | 日記
昨今のSNSの利点と問題については
いわゆる誹謗中傷という名称で語られており広範かつ集団においてのいじめが大きな社会問題として定着しております

私も含め多くの人はその被害者に大きな同情と解決の糸口を考察しひいては加害者を特定し未成熟な法の穴を埋めるように彼らを罰するという傾向にすら向かい始めている
ただ私が全く別の観点からこの問題を考察するにあたってユング心理学の”シャドウ”について引用させていただく事とします
シャドウとは、自我理想と一致しない人格の無意識的な側面であり、自我にシャドウへの抵抗と投影を引き起こし、シャドウとの葛藤を生み出す。」とありました
ここからは自分のアレンジ解釈である可能性がある事を前提にお伝えした上での持論とはなりますが
人間には自分ですら目を背けたくなる影の性質を無意識領域にまでしまいこんで全く存在しないかのように生きている気質があるように思うのです
人が無人島で1人で生きていれば対面する事のない感情が現代の社会生活という沢山の人との交流の中で、ある特定の人物がトリガーとなり自分の汚くて、恥ずかしくて墓場まで隠していたい性質(シャドウ)が陽の光を浴びて面前に晒されると人はその恥辱に耐えられずにその者をコミュニティーから消してしまいたいという衝動に駆られ心理が起こるのであり、少し話しは割愛しますが
人は一貫性で構成されている生き物ではなく非常に多種複雑な性質同士が対立して構成されている限り
彼らはある意味で他人を利用した自己破壊をしているのです。
最近何かで、人の悪口を言うと脳にストレスがかかり認知症のリスクが3倍にあがる等という話しを聞きますが、上記の考察通り仮にそれがある種の自己否定だとしたら?さらには自己破壊だとしたら?彼らは他人のみならず自分自身を虐待している事になるのではないかと思うのですよ

我々が向かうべきもっと建設的で素敵な考え方は自分の欠点すらも愛しなさい。や、
低次の自己を理解すれば同じだけ高次の自己も理解できるetc
すべては分離ではなく繋がっているのですね
今日も明日もよりよい世界を目指して
グッナイ 愛するみなさまへ

浮気について考察

2025-02-21 11:27:00 | 日記
人は恋をするとPEAというホルモンがでる
恋人がいようが既婚者であろうが恋は誰でもできるのです
次に恋愛とは何か?という定義に関しては男女、もしくは同性において互いにPEAホルモンが放出される事が前提であるがこの時点では恋愛ではありません
恋愛とはお互いが行為を通じて”関係性”を結ぶという事であります
前提としてあなたは私を私はあなたを愛していると伝えあう心の結びつきが発生した”関係性”の事を言うのです
さて、本題にうつります
浮気とは上記の”関係性”において第三者の介入にあるのですが
カップルのどちらか、もしくはどちらもかが第三者にPEAを発生させるだけでは浮気ではありません 恋人が居ながら第三者と私が好意を共有し心や身体における”交流”を結ぶ事をいうのです
風俗やキャバクラ通いがグレーではありながら浮気とならないのはいくら嬢に好意を寄せても片思いに終結する限りは恋愛という”関係性”になりえないからです
※ただしお互いが好意を抱き交流を結ぶのであれば不貞行為でありますが