ネコきか!!

バビデ
ヤンユジュ
ホイミ
レロレロ

あの店 後編

2006-05-12 | 小説・その他
電話の内容はこうだった。
「そろそろ飲みたくなったろ。俺はあの店にいる。大丈夫、今度は来れるさ。」
日増しに減っていく食欲とは裏腹に、私の喉はあの液体を求めていた。Aを探すのは口実で、私はただあの液体を口にしたかったのだ。
私は一目散にあの店に向かった。何故か今日は見つけられる気がした。周りの景色など目に入らなかった。足の向くままというより、気持ちを身体が追い掛けている感じだった。夢中になって走ると、栄養をとっていない身体は悲鳴を上げたが、そんなことはお構い無しに私は走り続けた。
あの店が見えた。身体が気持ちに追い付くと、期待を胸にドアを開けた。
Aはあの日と同じ、カウンターの端に座っていた。
「待ってたよ。さあ、飲めよ」
私はマスターに渡された液体を一気に嚥下した。喉を通る液体が心地好かった。
「やっぱりお前もこっち側に来ちまったな。もう、他のものは受けつけなくなってるんだろ」
その通りだ。私の身体はサラダどころか水すらも拒否するようになっていた。
「ここは時を忘れた者が集う所だ。他の客を見てみろ。ずっと同じ場所であれを飲んでる。ここにいれば外界の煩わしい出来事に頭を悩ませなくてもすむんだ。いいかげんお前もうんざりしてたんじゃないのか」
そうか、そういうことか。
これだけで生きていける、塩辛い、鉄をまぶしたような味のあれは……。
「――は生命なれば」
ピアノが鳴りだした。この前の曲だった。マスターによると『The Sinking Old Sanctuary』というらしい。
これが聞けるならそれもいいかもしれない。
私は口端に笑みを浮かばせ言った。
「マスター、おかわり」





『あの店』 完

あの店 前編

2006-05-11 | 小説・その他
「いい店知ってんだ。行ってみないか」
スナック畑仲を出るとAは言った。
懐はまだ余裕があったし、明日は休みということも手伝って私はその店に行ってみることにした。
Aに連れられて二十分もするとその店はあった。
内はきれいに片づいており、カウンター越しに頭を下げるマスターと、遊んでいるピアノが私に好印象を持たせた。
Aがカウンターの端に座ったので、私は隣の席に着きジントニックを注文した。あれは後味がすっきりしているので好きだ。
しかし、マスターは済まなそうに、
「申し訳ございません。うちで扱っておりますのはこちらだけでして」
と、赤い液体の入ったグラスを出してきた。
「これを飲ませたかった」
と、Aは私にグラスを握らせた。もう片方の手は自分のグラスを握っている。軽くグラスを合わせ、三口飲んだ。どことなく塩辛いが、それが私の気に入った。
ふいにピアノが鳴りだした。いつのまにか女性が鍵盤に指を滑らせていた。聞いたことのない曲だった。オリジナルなのだろう。忘れられた神殿のような、美しく、寂しい曲だった。結局五杯飲んで私は店を後にした。Aは疲れたと言ってカウンターから離れようとはしなかった。
それからAは会社に来なくなった。電話にも出ず、自宅にも帰っていなかった。
一週間が過ぎ捜索願いが出された。
私に出来ることはなく、一人社食をとっていると、
「A君はどこへ行ったのかねぇ」
と、係長が話しかけてきた。
数分Aのことを話したところで、係長は私の食事を覗き込み、
「それで足りるのかね」
と、訊いてきた。
確かに少ない。なにしろサラダしかないのだ。あの店に行って以来、食欲はかなり減退していた。日に一度の食事がこれだ。私は苦笑するしかなかった。
実はAがいるかもしれないと、あの店を探したことがある。だが、どこをどう歩いてもあの店は見つからなかった。それどころか、あの店を知っている人間がいなかった。
一ヶ月が過ぎると、会社の人間もAのことを諦めていた。
ある日、私に電話がかかってきた。Aからだった。

続く