松下啓一 自治・政策・まちづくり

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☆自治経営から見た憲法1.憲法は私人間に適用があるか

2019-06-08 | 1.研究活動

 講学的な視点ではなく、自治経営から憲法を見てみると、テキストに書いてあることとは、若干のずれがある。第一問目は、憲法は私人間に適用があるかである。 

 私人間で法の下に関するトラブルや、思想、信条、表現等によるトラブルが起こった場合、憲法は適用されるか。講学上は、憲法違反として、裁判で争えるかが論点である。

 学説は、直接適用説と間接適用説に大別される。判例は、後述のように、間接適用説と言われる。

 本来、憲法は、国家権力の専横から、国民の人権を保障するために、国家権力を制限するための規範である。したがって、憲法は、国家対市民の関係の問題であることが基本である。ところが、国家権力ではない社会的権力が国民の人権を侵害するケースもあるし、国家の役割が積極的なものになって、私人間の問題に介入せざるを得なくなると、従前の憲法観が揺らいでくる。 

 直接適用説は、民間でも国家権力並みの影響力を持つ団体が存在する社会になってきたのだから、憲法の理念を貫徹するためには、私人間でもそのまま憲法を適用するべきだと考える。私人間でも憲法違反として、裁判上で争えるということになる。

 しかし、私人間に全面的に国家が介入することを認めてしまっては、全体主義となって、現行憲法の根本原理である個人主義を真正面からぶつかることになる。人々の暮らしや状況、社会の関係は、いろいろであり、ひとつ一つ憲法違反になる社会は、窮屈である。なお、橋本公旦先生は、社会的権力説・国家類似説を採用し、強大な社会的権力については、国家に比すべき強大性の故に、直接適用を肯定すべきとしていた。

 間接適用説は、通説で、私人間の問題は憲法を直接適用するのではなくて、憲法的価値観を私法(民法や商法)の一般条項に取り込んで間接的に適用するという考え方である。私法の一般条項とは、民法1(信義則他)90(公序良俗違反)704(不法行為)などである。

 判例の立場は間接適用説である。嚆矢となったのが三菱樹脂事件(昭和44年12月12日最高裁)である

 この事件は、入社試験の際の身上書及び面接において、学生運動等の参加活動を秘匿する虚偽の申告をしていたことが判明して、会社側は試用期間終了直前に本採用を拒否した事件である。

 最高裁は、間接適用説を採用した。

1.憲法の右各規定は、同法第三章のその他の自由権的基本権の保障規定と同じく、国または公共団体の統治行動に対して個人の基本的な自由と平等を保障する目的に出たもので、もっぱら国または公共団体と個人との関係を規律するものであり、私人相互の関係を直接規律することを予定するものではない。←直接適用説の否定で、基本的にはそうだろう。

2.私人間の関係においても、相互の社会的力関係の相違から、一方が他方に優越し、事実上後者が前者の意思に服従せざるをえない場合があり、このような場合に私的自治の名の下に優位者の支配力を無制限に認めるときは、劣位者の自由や平等を著しく侵害または制限することとなるおそれがあることは否み難いが、そのためにこのような場合に限り憲法の基本権保障規定の適用ないしは類推適用を認めるべきであるとする見解もまた、採用することはできない。←橋本説の否定。もし、事件が強制加入団体ならば、この説もありかもしれない。

3.私的支配関係においては、個人の基本的な自由や平等に対する具体的な侵害またはそのおそれがあり、その態様、程度が社会的に許容しうる限度を超えるときは、これに対する立法措置によつてその是正を図ることが可能であるし、また、場合によつては、私的自治に対する一般的制限規定である民法一条、九〇条や不法行為に関する諸規定等の適切な運用によつて、一面で私的自治の原則を尊重しながら、他面で社会的許容性の限度を超える侵害に対し基本的な自由や平等の利益を保護し、その間の適切な調整を図る方途も存するのである。←間接適用説でまあそうかと思う。

4.企業者は、かような経済活動の一環としてする契約締結の自由を有し、自己の営業のために労働者を雇傭するにあたり、いかなる者を雇い入れるか、いかなる条件でこれを雇うかについて、法律その他による特別の制限がない限り、原則として自由にこれを決定することができるのであつて、企業者が特定の思想、信条を有する者をそのゆえをもつて雇い入れることを拒んでも、それを当然に違法とすることはできないのである。←憲法価値の私法の一般条項への取り入れの立証責任を大企業側ではなく市民側にかぶせた。ここはずれている。

 同じく昭和女子大学事件(昭和49年7月19日最高裁)というのもある。

 昭和女子大学は、「生活要録」という学生規律を定めていた。ある学生が、無届で政治的暴力行為防止法案に対する反対署名運動を行い、許可なく外部政治団体に加入申請中でした。これは「生活要録」に反する行為であった。大学側はこれを制止しようとしましたが、学生側はこれをきかず、大学側が、この学生を退学処分にした事件である。

1.憲法19条、21条、23条等のいわゆる自由権的基本権の保障規定は、・・・専ら国又は公共団体と個人との関係を規律するものであり、私人相互間の関係について当然に適用ないし類推適用されるものではない。←間接適用説。

2.学生の政治的活動につきかなり広範な規律を及ぼすこととしても、これをもって直ちに社会通念上学生の自由に対する不合理な制限であるということはできない。(中略)実社会の政治的社会的活動にあたる行為を理由として退学処分を行うことが、直ちに学生の学問の自由及び教育を受ける権利を侵害し公序良俗に違反するものではないことは、当裁判所大法廷判例(ポポロ事件判決)・・・の趣旨に徴して明らかである。←ここでも立証責任を学生側に、負わせているが、ズレている。大学側が公助良俗に違反しないことを立証すべきである。

3.大学側はもはや控訴人が大学の教育方針に服する意思が無く「教育目的を達成する見込が失われた」と判断したものであり、この判断は社会通念上合理性を欠くものであるとはいいがたい。←昭和女子大は、今でも同じようなことを言うのだろうか。

 これら判決を見て、どう思うだろうか。

 三菱樹脂事件は、学生運動への参加経験である。実際は、この学生は1,2年の参加したにとどまるようだ。それを言わなかったからと言って、本採用拒否である。私の友人は、逮捕歴があったが、法務省に入り、そこで順調に出世した。そんな人を何も知っているし、ごろごろいる。70年代初頭、逮捕歴があるからという理由で本採用を落としていたら、官公庁も企業もいい学生は取れない。

 ちなみに、三菱樹脂事件の当事者の学生は、その後、和解になって、三菱樹脂に入社し、最終的には、三菱樹脂の子会社の社長になったそうである。

 昭和女子大に至っては、ひえぇである。今時、こんな校則で退学処分していたら、学生はいなくなり、そもそも、こんな校則で退学処分すると知れたら、受験生は激減するだろう。

 入試の面接を何度もやったが、口をすっぱくして言われたのが、学生の思想信条、プライバシーに触れるようなことは聞いてはならないということである。それを聞き、その結果、落とされたと訴えられたら抗弁できないという判断があるからである。

 なお、やや専門的な話になるが、昭和女子大学のようなケースは、部分社会の法理が適用されて、そもそも司法審査の対象とならないとされるが、これも完全にずれているように思う。

 簡単な話、今どき、三菱樹脂や昭和女子大学のようなことをすれば、ネットで炎上して、会社も大学も大きなダメージを受けることになる。それだけ、自由や平等に対する鋭い感性が求められるということである。私人間であっても、自由や平等に対しては、「憲法違反」と言われてしまい、多くの人は、違和感を持たないということである。通説、判例が間接適用説に立つなどといっても、何の役にも立たない。

 判例・通説の間接適用説は、基本的にはその通りかと思うが、今日では、「憲法価値を私法の一般条項への取り入れ」るにあたって、その行為が、法の下の平等や思想、信条、表現の自由侵害に当たるときは、私人間におけるそうした規制が、信義則や公序良俗違反ではないことの立証責任は、こうした差別や規制をした側にあるということである。

 この立証(違いをつけてよい、自由を制限してよい)は、事実上、困難であるし、立証しようとすればするほど、社会的には追い詰めれられていく(炎上)ので、私人間であっても、憲法の法の下の平等や自由権をいしきし、その区別や制限が合理的かどうかを常に、考えながら、慎重に判断することが求められているのが、今日の水準だと思う。

 自治体職員が、私人間の調整に入るときは、判例や通説は、間接適用説であることを頭に入れつつ、直接適用説的な意識で取り組めば、間違いがないということである。 

 

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