萌書房から、市民力ライブラリーの第一弾「市民協働の考え方・つくり方」を出した(萌書房は、モエ書房ではない。きざす書房である。専門は哲学書)。
この本では、一緒にやらない協働を中心に書いた。協働を狭く解し、ともに汗をかくという範囲にとどめると、結局は、行政の意向に縛られ、行政の掌中の協働になるからである。それは好い悪いではなく、税金で動く行政の宿命だからである。 行政にとっては、ちょっと微妙という位置にいる活動を元気にさせるのが協働である。その意味で、先駆的になるし、なかには、行政的な意味での公共性を獲得できずに、一回限りに終わる活動もある。この玉石混交というのが協働の妙味で、しかし、これで新たな活力が社会全体に生まれる源泉になる。行政と汗をかけるという範囲にとどまっていたら、やっぱり行政がいつまでもすべてやるということで、縮小再生産に陥ってしまう。
行政職員にとっては、行政の枠の中ではできないものを市民の発想で試みることができる仕組みである。行政は失敗できない組織であるから、なんにでも慎重になる。試してみて、うまくいったら、採用するというが、協働制度の実践的意味だと思う。担当セクションの責任を気楽にしつつ、新しい社会をつくっていく手段が、協働ではないか。
この本では、そんなことを書いた。
誰も読んだ人がいないかと思っていたら、すでに【608冊目】松下啓一「市民協働の考え方・つくり方」という感想が出ていた。ありがたいことである。感謝。
(追加)
一緒に仕事をしている今井邦人さんも紹介してくれた。一緒にやらない協働はこれまでいまひとつピンときていなかったということ。これがきっと平均値なのだろう。詳しくは。談論風発/ダンロンフウハツ
この本では、一緒にやらない協働を中心に書いた。協働を狭く解し、ともに汗をかくという範囲にとどめると、結局は、行政の意向に縛られ、行政の掌中の協働になるからである。それは好い悪いではなく、税金で動く行政の宿命だからである。 行政にとっては、ちょっと微妙という位置にいる活動を元気にさせるのが協働である。その意味で、先駆的になるし、なかには、行政的な意味での公共性を獲得できずに、一回限りに終わる活動もある。この玉石混交というのが協働の妙味で、しかし、これで新たな活力が社会全体に生まれる源泉になる。行政と汗をかけるという範囲にとどまっていたら、やっぱり行政がいつまでもすべてやるということで、縮小再生産に陥ってしまう。
行政職員にとっては、行政の枠の中ではできないものを市民の発想で試みることができる仕組みである。行政は失敗できない組織であるから、なんにでも慎重になる。試してみて、うまくいったら、採用するというが、協働制度の実践的意味だと思う。担当セクションの責任を気楽にしつつ、新しい社会をつくっていく手段が、協働ではないか。
この本では、そんなことを書いた。
誰も読んだ人がいないかと思っていたら、すでに【608冊目】松下啓一「市民協働の考え方・つくり方」という感想が出ていた。ありがたいことである。感謝。
(追加)
一緒に仕事をしている今井邦人さんも紹介してくれた。一緒にやらない協働はこれまでいまひとつピンときていなかったということ。これがきっと平均値なのだろう。詳しくは。談論風発/ダンロンフウハツ