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ぐうたら老人のカオスな放課後

第一線をリタイヤ。世の中を斜めから覗く日々。

加藤清正公第2の墓所を訪ねて

2011年09月19日 | 旅行
 今回は残暑厳しい晩夏に加藤清正公のお墓を訪ねてみました。
 加藤清正のお墓と言えば、誰もが九州は熊本にあると思われるでしょうが、
 もう一つのお墓が海坂藩のモデルとなった庄内藩にあるのです。

 名古屋から高速を走ること10時間弱、山形県の海沿いにある町鶴岡へ。

 映画「おくりびと」のロケ地の一つとなったこの町もご多分に漏れずシャッター街。
そこから20分ほど、金峯山の麓の小さな集落にあるお寺「天澤寺」の境内にひっそりと
墓石がありました

     お寺へ通じる参道

   境内の中の清正公墓所への入り口



 なんで九州は熊本からこんなにも離れた所にと思われますが、次のような訳でここにあるのだとか。以下は説明版からあらましを。


  清正公亡き後、嫡子忠廣公の代に改易に遇い、藩主忠廣は直ちに生母正応院と
  出羽国庄内藩に配流。配流となった際、忠廣親子は清正公の遺骨を熊本から配
  流地へ保持し奉ったとのこと。遺骨の移動が公儀に知れ、詮議されるのを防ぐ
  ために何段かの方策がとられた。昭和24年遺跡の発掘調査が行われ、鎧一領と
  人骨と思われるものが付着している肥前弓野焼の壺が一つ発掘された。

     こじんまりとした鞘堂(かな) 
     儚さを感じさせる五輪の塔  

 忠廣公はこの地でお家再興の思いを抱きつつ夢かなわず亡くなったとか。稲穂が波打つ閑かな場所です。熊本50数万石の太守であった彼はどのような思いでこの地で生涯を終えたのであろうか。

 この集落から少し離れた、出羽三山の一つ羽黒山に向かう街道に小さな造り酒屋が。
 この酒蔵に立ち寄り、造られたお酒を飲んでみたところ、これが美味い。爽やかな喉ごし、嫌みのないスッキリとした味、下戸な自分でも愛飲したくなる思いでした。豊かな地下水と地元で採れるお米がおいしさの決め手とか。都会では無名なお酒だが決して高名なお酒に引けをとらない旨さ。隠れた素晴らしい食べ物に出会えるのも旅の醍醐味の一つ。このお酒の味が変わらないことを願うものです。

   何種類かがあった中で飲んだお酒 極めて美酒です。


   最後におまけの1枚 四国では321号線だったが 

四国 ぶらり車中泊の旅 その4

2011年06月18日 | 旅行
 「道駅 宿毛」を出発。ここでの車中泊の車は5,6台。関東ナンバーが多かった気がするが。
 
 今日の目的地は松山は道後温泉。宇和島市を通過したときに、宇和島城などの有名な観光地はスルーして多賀神社に。40年余り前に訪れたとき、レンタカー屋のおじさんに「ぜひ行って見ろ。」と強く強く勧められた神社再訪。昔は素朴な感じだったが、随分立派な宝物館ができていたのにはびっくり。昔の方が情緒があったような。

 3時過ぎに道後温泉に。かの有名な道後温泉本館(正式には何と言うのかな。共同浴場?)は外観を眺めるだけで入浴はスルー。
 道後は一説に「にきたず」の船着き場があり、そこから朝鮮半島に出航との説が。その場所であろうと言われるところに「額田王の歌碑があるらしい」と言うことを昔聞いたことがあった気がする。観光案内所で尋ねたところ、さんざん調べて「護国神社にあるようです」と教えてもらう。地元ではどうも余り知られていないようだ。トボトボと歩くこと20分強。護国神社に到着。境内に万葉園(?)があり、そこに新しい歌碑が副碑と共に。昔はこの辺りが本当に海岸だったのかしら。しかし、見ることができ目的の一つが果たせて良かった、良かった。車中泊に疲れていたのか、もう一つの有名な三津浜を訪ねるのを失念してしまった。残念。

 
 

 今日はここ道後で泊。人の少ないどこかの道後の湯に浸かり旅の疲れを…。


 朝、出発前に伊佐爾波神社を参拝に。この神社の本殿の建築様式は特殊で、宇佐八幡と石清水八幡の三社しかないとのこと。昨秋宇佐八幡を見ているので、できれば石清水も訪れて見たい。(石清水は高校の古典で習った徒然草に登場していたはず)

   裏から撮影してみました。


 今日の目的地は松山市郊外の砥部焼の里。砥部の伝統産業館でレンタルサイクルを借りて自転車で窯元巡りを。山間部にあるので、自転車での登りは老体にとっては厳しい。でも窯元巡りを満喫。砥部焼は日用雑器が基本であるが、若い人たちの砥部焼らしからぬ新しい作品を創り出している窯が見られる。今後どう発展して行くのだろうか。
 新しい作品も良いが、砥部焼の最大の魅力は日用雑器にあると思うので、変に茶器なんかが主流になって欲しくないと思うのは旅人の勝手な思いか。散策の途中で、「村の駅五本松」で一休み、町の人たちのもてなしの心を実感。
 窯元巡りを堪能して自転車を返して車に戻ったところで雨が降り出した。危ないところだった。

    
 砥部焼の里 登り窯を載せたかったが。


 砥部焼の里散策を終え、四国の旅の目的地は全て訪れることができ、疲れも溜まってきたので帰路に。ただ金曜日の午後4時前。このまま「しまなみ海道」に出れば、休日1000円の恩恵に与れない。かといって松山で時間をつぶすのも今一つ。思案の結果、R11で高松に、高松でも時間が早ければ鳴門まで行くことに。我ながら馬鹿な行動だとは思うけれど。
 松山からひたすらR11を、各地でのICへの入り口案内を横目で見ながら。高松には午後8時前に着いてしまったので、更にR11で鳴門へ。11時に鳴門へ到着。ここで夕食を。徳島ラーメンを食べたかったが分からないのでファミレスでカレーライス。
 時間も丁度良くなったので鳴門北ICから連絡橋へ。激しい雨風でハンドルが取られそうなので慎重に慎重に。淡路SAに入って見たけれど時間も時間、その上の荒天で寂しい限り。早々に引き上げて本州へ。第2神明から名神、新名神、伊勢湾岸道と雨と共に走り、早朝無事に帰宅。



  四国の旅。全行程1829.6キロの走行。四国の縁を廻るドライブに。最終日は砥部から自宅まで558.5キロ。今回もまた九州と同じように走ってばっかりの旅になってしまったようで反省。
  事故・違反に十分気をつけてのドライブだったが、四国のドライバーの運転にはちょっと首を傾げる場面も。(名古屋も決してグッドマナーとは言えないが)

  四国はお遍路の地。各地でお遍路さんを。団体バスで、タクシーで、自家用車でのお遍路さんが多かったが、一人(同行二人か)で雨の中をコツコツと歩いて廻っているお遍路さんもちらほら。その背中に大きな物を…。

  ぶらり車中泊の旅は今回で2回目。足かけ6日間約1830キロの旅。少々きつかったと言うのが偽らざる感想。次は2泊3日ぐらいの旅にと思ってます。きつい面はあるが、時間に縛られず自由に動けるのが車中泊の醍醐味。年も年なのであと何年できる ことやら。行ける内にチャレンジをと考えて、次のプランを練ってます。


  * 写真をもっと載せたかったがファイルが大きいとかで拒否されてしまいました。



 

四国 ぶらり車中泊の旅 その3

2011年06月16日 | 旅行
 今日は次の目的地「足摺岬」へ。40年程前に訪れているが、どのように様変わりしているのか楽しみ。

 途中、黒潮町で「鰹のタタキ」看板に惹かれて立ち寄り。港の食堂で「タタキ」を注文。すると鰹一匹を捌き始め、捌いた片身を藁であぶり食卓に出してくれるではないか。家では余り好きではなかったのだが、「美味い。」の一言。魚の生臭さ(?)が全く無い。

   


 道草を食いすぎたのか、足摺岬には3時過ぎに到着。時期も時期ということか、観光客はほとんど見えない。
 岬の先端をのんびりぶらり散策する。温暖な気候か、自分が育った東北の海岸部とはまったく異なる植物相(当然か)。そして、昨日訪れた室戸岬ともまた異なる雰囲気とも感じるのだが。
 40年余りの時間は観光地の様子を変化させるのに十分な時間であるようだ。街並みは昔の面影がほとんど無くきれいに整備されている。昔見た「ちょっとまて…」の看板を探してみるが撤去されているようだ。当然か、観光地には相応しくない文言だし。
 時間に余り余裕がなかったので「ジョン万次郎記念館」を諦め「竜串海底館」に。
閉館25分前に到着。見学者は誰もいない。水族館の魚たちとは異なり、野性味溢れる姿にしばし見とれる。
 
 

 今日の車中泊は「道駅 宿毛」に。ここは夕日が素晴らしいところとか。しかし、残念ながら厚い雲。美しいであろう夕日を想像しながら就寝。
 少し疲れが溜まって来た感じ。

 


 

四国 ぶらり車中泊の旅 その2

2011年06月15日 | 旅行
 白峯の次の目的地は室戸岬。子供の頃「室戸台風」があり、なぜか室戸岬を見たいと言う思いがあった。

 さて、白峯を下りるには来た道は遠慮したいと、地図を眺めてみると反対側に五色台山岳ルートがあるではないか。「なんてことだ」

 R11に出てひたすら室戸を目指す。
 途中で志度寺に立ち寄る。なかなかな建物。謡曲の舞台の地であることを思い出す。山門の脇のお寺には、なんとエレキテル先生こと「平賀源内」のお墓があるではないか。真新しいお地蔵様の傍にポッツンと源内さん一基だけのお墓。ちょっと違和感が。近所には記念館もあるが今日は月曜日で残念ながら休館。



  

 R11が海岸縁にでるとモヤがかかっており瀬戸内海の風景は全く見ることが出来ない。こんな時期に来たのが悪いのだと諦めてひたすら運転を。和三盆の工場兼売店があったので一休み。お店の方が「ここ数日海からモヤがあがってきてるんですよ」と同情した顔で慰めてくれる。

 室戸岬へ向けて、朝からただただひたすら車を走らせる。飽きもしない。山は霧がかかり、海はモヤっている。そんな四国は香川県から徳島県を抜けて高知県へ。

 午後4時過ぎ室戸岬到着。まずは海洋研究開発機構の室戸陸上局を見学。事務室に見えた方から丁寧にレクチャーを受ける。日々海底地震を観測しているとのこと。御廚人窟・中岡慎太郎像・室戸岬灯台を見て海岸の遊歩道をしばし散策。時間も遅く、観光シーズンでもないので、他の観光客には全く会わず、靜かに室戸岬を楽しむことができた。最後に「シレストむろと」で海洋深層水温泉に入り、今日一日の疲れを癒す。
「うっ、この温泉はしょっぱいぞ。」

 室戸岬の手前の光景

  見えるのは唯空と海のみ
 
 こういう光景も珍しいのでは



 さて今日の車中泊は「道の駅キラメッセ」でということで向かうが、夕飯を摂りたいが店がない。それじゃコンビニで弁当でもと思うがコンビニもない。どうする。
焦って走り回ってやっと一軒のお好み焼き屋を発見。なんとか食事にありつくことが。
 
 今日の泊まりは道の駅「キラメッセむろと」。雨が降り出した、停まっている車は無い。心細くなっていると、一台の車が。「沼津」ナンバー。少しホッとする。



 翌朝、雨も止み高知へ向けて出発。「札幌」とか「仙台」ナンバーの車がやってくる。彼らは昨夜は何処で泊まったのか。隣の「沼津」車はまだ起きてこない。

 R56を高知へ。香南市に入って「絵金蔵」の案内表示を発見。「おどろおどろした絵」だったことを思いだし立ち寄ることに。シーズンオフの平日ということもあってか見学者は誰もいない。受付で提灯を渡され展示室へ。この地で年に数日間それぞれの持ち主が軒下に蝋燭の灯りの下で人々へ披露する習慣をなぞった見学方法だとか。1時間余り滞在。彼(絵金)の絵は錦絵の一つの発展形なのだろうか。しかし、余りにも個性的すぎ、彼一代で終わった世界なのだろう。

  

 県道14号に入り、今日の目的地「牧野記念植物園」へ。失礼ながら高知県はさほど豊かな県ではないと思われるが、とても素晴らしい植物園。ゆったりとした敷地に木材を上手に用いた本館や牧野博士記念棟。雨が再び降りだしたのでゆっくりと見ることが出来なかったが手入れの行き届いていそうな庭園。(温室はそれほどでも)
 十分に堪能して植物園を後に。時間があったので龍馬像に敬意を表すために桂浜へ。「あれ、龍馬像こんなところだっけ」。昔来たとき確か龍馬像は砂浜にあった記憶だったが、思い違いだったのか。

 今日は少々疲れが溜まってきたので、高知市内のビジネスホテルで泊まることに。
      
 これまでの走行距離  1日目 413.9キロ
            2日目 315.8キロ
            3日目 103.7キロ
            

 四国へ向かって

2011年06月05日 | 旅行
先回の九州車中泊の旅から半年が過ぎ、再びハンドルを握って旅へ。
五月の半ばに出ようと思いながら日常の雑事や台風で今日までのびのびに。
休日千円も今月の19日までとか。
天候にはあまり恵まれそうもないけれど今回を逃すと秋まで行けそうもないので思い切って出かけることに。
予定は6日間だけれど、果たしてどうなるのやら。
訪れたい場所は白峰の崇徳院御陵・室戸岬・牧野博士記念植物園・足摺岬、あとは現地で行き当たりばったり。
事故の無いようにゆっくりのんびりと。

携帯から上手く書き込めれば、途中で更新を。ただ機械音痴なもんで、果たして出来るかどうか。

 いざ出立

春、湖国へ

2011年04月28日 | 旅行
  ゆく春を近江の人と惜しみけり
確か『去来抄』に載っている一句。高校時代に習ったことを思い出し訪ねてみたくなり春の一日湖国までドライブ。今回もまだ寒いので車中泊はお預け。


琵琶湖大橋を渡っていると前方の山の山頂が白い。「何だろう」と不思議に思い尋ねたところ「北比良の暮雪ですよ。近江八景の一つで、今の季節にしか見られない景色ですよ」とのこと。写真を一枚だけ撮って見ましたが、ものの見事にピンぼけ。数枚撮るんだったと後悔。
 ピンぼけでちょっと恥ずかしいが。


   『浮御堂』  
 着いたときに団体様と一緒に。待つことしばし、靜になってから境内を散策。春のうららかな日射しと湖面を渡る春風にまさしく「ゆく春を惜しむ」心地に。
    狙って見ましたが失敗。

 30数年前に来たときに比べ綺麗に整備されていました。そりゃそうだよねと近江の人が言うでしょう、多分。
近所のお菓子屋で名物の落雁を買い求めようと行ったら、残念定休日でした。


   『三井寺』 
 三井寺か近江神宮か迷ったが、近江神宮の漏刻は次回に見るとして三井寺へ。
境内は予想通り満開の桜、しばし春に浸りながら境内を散策。
     

 三枚目の桜はコントラストを狙って見たのだが、果たして…。

平日と言うこともあって、それほどの人出でもなくのんびりと散策を。金堂の脇にある
閼伽井屋の井戸は天智・天武・持統天皇の産湯の井戸とか。耳を澄ますと湧き出る泉の音が。天智天皇の時代から続く音かと思うと悠久の空間を感じさせられる。ただ隣に居た老人が「私が子供の頃はもっと大きな音がしていたのですよ」と。あと数百年で涸れてしまうのだろうか。


  『義仲寺』
 ナビに義仲寺をセットし出発。細い道を進み「義仲寺」到着。地図を見ると通ってきた道は旧東海道とか。
 写真をアップしたいが、大きすぎて受け付けてくれない。なぜ・なぜ。同じカメラで同じ様に撮ったのに。研究して後ほどアップを。

   木曽殿と背中あわせの寒さかな 

残念ながら背中あわせではないけれど、義仲と芭蕉の墓がひっそりと並んである。
 二人それぞれの生涯とはかけ離れた簡素で小さな墓であるが、かえってそれが彼らの歴史に刻んだ足跡を偲ばせるように思われるのだったが。
 木曽殿の墓石の傍には、更に一回り小さな碑が。「巴御前」の碑が寄り添うように建っている。平家物語に描かれた勇壮な面影はなく、義仲を慕い続けた薄幸の女性を思わせるたたずまいであった。

 小さな境内の奥に日本浪漫派の巨人「保田與重郎」の墓を発見。「え、なんでこんなところに。彼は奈良の櫻井の人で、戦後その地で隠棲していたはずなのに。」と疑問が。受付の方にお聞きし、パンフレットを頂いてこの寺と保田氏の関係の疑問が氷解。
 戦後隠棲していたときに彼は荒れ果てた義仲寺の復興に力を注いだとのこと。保田氏は義仲の生涯に大きな浪漫を見たのだろうか。保田氏は戦後厳しく批判されたが、文学史上大きな足跡を残した人に違いはないはず。文学を学んだ者としてしばしお参りを。


雪の平泉

2011年01月08日 | 旅行
写真のアップの仕方を子供に習ってやってみましたが。


  中尊寺入り口です。少し世俗的な感じが。


  月見坂。 結構な坂道です。雪が凍っていたら厳しい坂道です。
  観光シーズンでは、こんな写真は撮れなかったでしょう、多分。
  それにしても、観光客は少ない。当然か暮れも押し迫った時ですから。


  有名な金色堂。中は当然ながら撮影禁止。
  金色堂の輝きは、かって見たときのケバケバしさが薄らぎ、落ち着いた輝きと
  感じましたが、果たして…。


  高舘義経堂への入り口。 こんな時期の夕方に訪れる酔狂な物好きはおるまいと、  早々に入場券売り場は閉めたようです。当然な判断でしょう。


  義経堂。中に像が奉られているとかいないとか。


  義経堂から見た北上川と衣川。しかし、衣川は…。度重なる北上川の氾濫で義経堂  は後退したとか。ということは、芭蕉が「夏草や…」と詠んだのはここでは無いの  でしょう。多分。


  宿の窓から見た景色。つい懐かしくなって写して見ましたが。


  毛越寺入り口。ここも観光客は数組だけ。


  境内の常行堂。九州の高千穂で見た飾りと似ていたので撮って見ました。
  他では見たことがない気がするのですが、どうでしょうか。





  毛越寺が誇る庭園。雪に覆われた光景もまた良いものでした。
  シャッターを押すのが億劫になって、この程度の写真しかとれません。


   おまけ

平泉への旅

2010年12月28日 | 旅行

12時14分一関到着。
ここで東北本線に乗り換えだがのるべき列車が雪のため来ない。ホームでしばし寒さに震えながら待つ。

  東北新幹線は空いていた。自由席だったが乗客は二桁に満たない。これじゃ東日本  も大変だ。

平泉に到着。暮れのこの時期、さすがに駅前は閑散としている。
まずは昼食をということで、そば屋へ。「わんこそば」に挑戦はせず、山菜そばを。
どんよりとした、北国の典型的な空模様で、寒いが予想したほどは寒くない。

まずは「平泉文化遺産センター」へ。ここで平泉のアウトラインを学習。
次いで平泉の目玉「中尊寺」へ。
ダラダラとした月見坂を溶けかかった雪道に足をとられないように進む。
観光客は少ない。人のいない参道を写真に撮ることが出来る。他の時期には絶対に出来ないだろう、この時期に来て良かったと少し満足。
金色堂に到着。金色堂の金の輝きが昔に比べて落ち着いて来たように見えるが、季節のためかはたまた観光客がいないためか。

時間は4時を廻り、北国の空はうす暗くなって来た。
もう少し散策をと、高舘義経堂へ。
入り口の案内所は閉店。だろうな、こんな時期のこんな時間に来る物好きはいないと判断し早々に閉店したのだろうと思いながら堂へ。
高舘義経堂からは束稲山が遠望でき、眼下には北上の大河が。芭蕉が見た衣川は残念ながら……。
芭蕉は夏草を、自分は積もった雪を見て、儚さを思った。

今日の宿へ。200名以上の収容能力のある宿だが、宿泊客は10人そこそこ。
温泉もロビーも何もかも貸し切り状態。

翌日は毛越寺へ。庭園は雪に覆われ、他の時期とは全く異なった風情。雪に覆われた景色は独特の趣があり、この趣を見ることができたことに感謝。

この旅の中で出会った観光客は、さすがにオフシーズン、少ない。お土産屋も大半が閉まっている。少ない観光客のほとんどが若い女性。歴女か。おばさんの団体がいないのはとてもとても静かでグー。

予想していたほど寒くもなく、静かで落ち着いた平泉を散策を楽しめた一泊二日の旅でした。


初めての車中泊の旅 九州編6

2010年11月27日 | 旅行
六日目

さわやかな目覚め。
今日も朝食を摂らずに、宇佐へ向かう。

途中「安心院IC」が。これを「あじむ」と読むとは。地名は難しい。

8時過ぎに到着。
道鏡と和気清麻呂で有名な「宇佐八幡神社」を参詣。全国の「八幡様」の総本家の神社。ここも朝が早いせいか、ほとんど参拝者がいない。のんびりと境内を散策。
神社を囲む森はどこも何かしら神々しい。お寺にはなぜ森が無いのだろうか。

今日で六日目、そろそろ疲れが出てきた感じなので、今日は福岡に出てホテルか何かで休むことにしよう。ということで一路福岡へ。

2時過ぎに福岡到着。チェックイン後福岡駅まで買い物に。


七日目

小倉に向けて出発。途中「志賀島」へ。民俗資料館見学後、勧められて隣の「金印の湯」に。なかなか良い湯でした。
小倉に向けて走っていると「宗像大社」の看板。「宗像大社」なんか聞いたことがあるということで寄って見ることに。
この神社はこの旅で寄った神社とは異なって何となく「世俗ぽい」(ごめんなさい)感じがするのはなぜだろう。
この「宗像大社」は「海の正倉院」で有名な神社だったと言うことを思い出した。宝物館の展示物はなかなか素晴らしいものだ。

小倉に入って「松本清張記念館」に。見学後は門司レトロ地区へ。
ここで日もとっぷり暮れる。英国人が何かと世話をやいてくれる店で「焼きカレー」の夕食を。門司橋のイルミネーションが美しい。

今回の旅はここまでに。

ゆとりの旅をするつもりが、慣れなかったためか慌ただしく過ごしてしまったことを反省。あれもこれもではなくもう少しゆとりを持つべきだったと反省。
東北の雪国で育ったためか、九州は魅力の溢れた場所であることを実感。来年暖かくなったら再度訪ねることを誓い、帰路の道に。

※写真の載せる方法が分からなかったので写真のない話になってしまいました。
 勉強します
                       






初めての車中泊の旅 九州編5

2010年11月27日 | 旅行
五日目

寒さで目が覚めてしまった。
外気温は10度を下回っている。寒さ対策を次回は考えねば。

さて、今日は何処へ。
まず、再度高千穂峡へ。のんびりと散策する。早いと観光客も少なくて、なんとなく
ゆとりで散策できる。これも車中泊の利点か。

体も覚めたので、ナビに阿蘇をセット。
阿蘇へ向けて出発。対向車にほとんど会わない道を走る。
その途中で、野鹿に出会う。

「道の駅 阿蘇」でまず情報収集。で、阿蘇パノラマラインで展望台へ。
外輪山・草千里と雄大な景色がすばらしい。途中に「夏目漱石文学碑」の看板。
立ち寄って見る。少し草の中の道を歩くと石碑があった。漱石の作品「二百十日」の
文学碑なそうな。余り立ち寄る人はいなさそうな感じであった。

阿蘇山公園道路を通って上の展望台まで行けたが、10分ほどで下山指示が出る。
有毒ガス濃度が上がったそうな。

R325の方へ下りて、やまなみハイウエーに入ることにする。
R265を走っていると、「りんご狩り」の看板が。九州で「リンゴ狩り」が出来るの、知らなかった。(走りながら見たので、見間違いかな)

やまなみハイウエーをのんびりドライブ。後から追いついてくる地元ナンバーの車には寄って先に行ってもらう。何台かの車は「サンキュー」のハザードライト。
雄大な阿蘇外輪山、美しい紅葉を堪能。

日が落ちる頃、別府に到着。夕食を摂り、「道の駅 院内」へ向かう。
暗い山道を走ること1時間。着いた道の駅は停まっている車は一台もなく、灯りもほとんど無い。不安を感じここでの車中泊は諦め、再び別府へ向かう。別府のインターから大分自動車道に入り、別府湾SAで車中泊を。
寒さは昨日ほどではない。寒さで寝られないことはなさそう。車中泊をしていそうな車は10台に満たない感じ。