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塩味食堂【春夏冬中】

「いらっしゃいませ。ありがとうございます❗」m(__)m

データベースの最適化(成長・進化)

2024年04月30日 18時27分04秒 | しなゆかに愉しみながら

・私達は、この世の事象や現象、周囲の人や物などの在り様【 色 】を、


 目で見て、耳で音や声を聴き、鼻でにおいを、舌で味わいを、肌で温熱や硬軟などを感知【 受 】し、


 その感知したことをイメージや印象で分類【 想 】し、 その、感知・分類したものに感情評価(吉凶


 禍福・優勝劣敗・損得勘定)を付け【 行 】て、自分なりに情報として…認識・記憶【 識 】しています。


それら一連の作業を、無意識で、生まれて以降から今日に至るまで、一生懸命に積み重ねてきましたよね!


  そんな種々様々折々の情報が一つひとつ集積されて、私たちそれぞれ個人の小さなアカシックレコードとして


  創り上げられてきたモノが、それぞれの『(心の)テータベース』なのです


※ そして私たちはそれを一生かけて最適化(成長・進化)させていくために、この旅に参加してきています。




  それは、今、この瞬間もなされていて、何を想い、何を話し、どんな表情を浮かべ、どんな行為・行動を


  していくのか、アナタはアナタの『(心の)テータベース』とのやりとりを交わしながら、さらにそのデータ


  を蓄積していっているのです。


「ボーっと生きてんじゃねぇ~ョ!」とチコちゃんに叱られないように、


      強く意識してまいりましょう。(時としてボーっとするのも必要ですけどね )



「運」を味方につける方法(行動目標)

2024年04月17日 12時31分15秒 | しなゆかに愉しみながら


大谷選手の立てた「運」を味方につける方法(行動目標)です。


「大難」は「小難」に! 「小難」は「無難」に!「災い」も「福」に


 転じ(変じ)ていく流れを創りだしていくための行動目標です。


  自分にあてはめるとしたら、審判さんの処は、関わり合うすべての人達かな~。


 それと、便所掃除・人を責めない・花を植える・生き物を殺さないなんかも入るかな



「何故? こんなんで「運」が味方に付いてくるんだよ!」 …って想いますか?


答えは簡単です。アナタがこれらを受ける側すなわち、逆の立場に立てばそうなるハズなんです!




・例えば「あいさつ」については、相手(当人)は、「大難」は「小難」に!「小難」は「無難」に!「災い」も「福」に


転じ(変じ)ていく流れを創りだしていくための行動としての、意を込めた「あいさつ」をしてくる訳ですから、


そうじゃない人から受ける「あいさつ」と比べて、or「あいさつ」すらしない人と比べて、アナタの受ける


心情はいかがなモノでしょうか?


 また、便所掃除する人・しない人、人を責めない人・責める人、花を植えるひと・見るだけの人、


生き物を殺さない人・殺生しがちな人、ごみを拾う人・見向きもしない人、道具を大切にする人・粗末に扱う人…。




 わかりますよね!




例え、他人は見ていなくても、天知る・地知る・人知る(見ていなくても感知するの意味)なんだと想います。


※領収書を差し替えてしまったら、完全確定有罪ですよ!


爽やかに気分転換を・・・

2024年04月15日 18時20分30秒 | しなゆかに愉しみながら
世間では不安要素による陰りが人々に顕れてきているように感じます。
そんなことで、気分転換に 爽やかな?話題をひとつ!



安価なオリジナル料理の話・・・から、【らーめん飯】のご紹介 です。

①お米(2合)を研いで炊飯器へ!(もち米を少し加えて下さい。)
②市販のらーめんスープ1袋を①の中へin!
③通常(2合分)の水加減で、スイッチオン!
④炊き上がったら、よくかき混ぜます。
⑤お好みでチャーシュー・メンマ・ナルト・半熟卵をトッピング!
…さぁ~お召し上がりください!…

※ ②の市販のらーめんスープ1袋…ですが、
私は山形県米沢市なので、食べ慣れた 「岸製麺のしょう油味」 をよく使います。
たまにスーパーで安売りしている他社のモノを使用しては失敗した~となっちゃいます。
でも、福島で買ったらーめんスープは美味しかったし、長崎ちゃんぽんでも試しましたが美味しかったので、
普段の皆さんの親しまれているモノで、是非!お試しください。
調子が良ければ、1人で2合は…軽~く、イケマス!



※ お金に余裕が無ければ、トッピングは…卵黄…だけでもイケます。
※ 給料日なら、お好みのチャーシューをたっぷり載っけて「チャーシュー飯」など如何でしょうか?!

体外離脱体験(再)₊α

2024年04月09日 12時21分21秒 | しなゆかに愉しみながら

※ 当ブログを覗いてくださっている実に98%の方々は、この体外離脱体験されているとのことなのですが、


モチロン体外離脱なんて、何をバカなことを言っているんだ…と言う方も居られることと思いますが、


記憶にないと判定しているだけのことで、実に多くの方々は感知しているものの…理性で認めてない…だけなのだそうです。


 実は、ワタシも以前はドチラカト言えば理性的な部分を持ち合せておりましたので認めてはいましたが、


世間体を考えて、他人に斯様な話をしたことは一切ありませんでした。


まぁ~そんなことから、ワタシの体験談…というよりも、落語を一席お聞き頂くつもりでお付き合いください。


・15、6年前の冬のことでした。 … 以前に勤めていたところで、私が安全衛生委員会の事務局で、


衛生管理者で、誰もやりたがらない仕事だったので、ほとんどの雑務をやっていたことは既述の通りですが、


それら仕事のひとつに、工場でケガを負った人を病院に搬送し処置してもらって…という仕事もしておりました。


 その年は例年にモレズ積雪が多い年で、雪国でない人々には理解できないのかもしれませんが、


道路の両側が積上げらた雪で壁のようになっており、肝心の路面も、除雪はしていても次から次に降り積もる雪に、


通行する自動車に踏み固められて…轍(わだち)…のようになっていて、場合によっては、片側一車線ずつのハズの


道路が単車線の交互通行しかできない道路になってしまう(珍しくは在りませんが)…そんな冬でした。


 


 夕方4時30分頃、労災が発生し、各所・病院等への連絡を仲間に依頼しながら現場へ駆けつけて応急処置後に


病院へ搬送すべく公道にでてから、約5分後のことだったと思います。


前述通りの道路状況ですから、私の頭の中は「如何に早く・確実に病院に彼を送り届けるか!」だけしか考えていません。


斯様な状況、冬ならではの道路状態、さらにうす暗くなり始めてきており、重ねて歩道には下校する小学生達…。


…「如何に早く・確実に病院に彼を送り届けるか!」…


そんなことを真剣に考えながらハンドルを握っていると、自分が運転しているハズの自動車の後方約1メートル?


上空1~2メートル?ほどのところから、運転・同乗している『私達』を…『私』が静かに見ていたんです。


不思議に思って隣にいるハズのケガした人を確認しようとした瞬間に基に戻っていましたが…、


何よりも不思議に思ったことのひとつが上から自動車を見ていましたが、車内の様子が透けて観る事が出来たことでした。


 


*何故?ドチラカト言えば理性的な部分を持ち合せていた私が、感知していて理性で認めざるを得なかったのかというと…、


体外離脱?の際に、彼の首筋の左下…上から覗かなければ見えない位置に在るホクロが見えて、


その事実(あ~本当にここにホクロが在るんだ)を知った・確認できたのが彼の治療後だったからです。


もちろん、それ以前に彼の首筋にホクロがあることをワタシが知らなかったことは言うまでもありません。


※このホクロの件は、私が体外離脱してたことを悟らせるために、誰かに氣付かされたような氣がします。


 でないと、「運転・同乗している『私達』を『私』が静かに見ていた」なんてことも、


 ただの勘違い、思い違い、気のせいで処理していたと想います。(実際、その時(彼の治療後)まで忘れてたし。)


 


…おあとがよろしいようで!…


※ トンテンカラリントンピンシャン!




※実は、この瞬間潜在意識が、一時的にではありますが、顕在意識と融合(統合)シテイタノダト思います。


「吉凶禍福・優勝劣敗・損得勘定」に生きるデシャバリの顕在意識と、潜在意識の主導権が入れ替わった瞬間かと


今日は、この一件が『fusion(融合・統合)』という言葉と共に、朝からしきりに「リフレイン」しております。


Let’s chalenge

2024年03月31日 18時23分05秒 | しなゆかに愉しみながら

できる? or できない? … じゃなくて、


君には、「 できないハズがないんだよ。 」



・『 できないハズがない 』 を支えるモノは、『 自分を信じる心 』 です。 


それ以外には在りません。実践ナクシテ、成長・進化の為の必要・必然・最善の


『 過程 』を『 糧 』に換えることはできません


 今までの過程の中で知り得たことを、実際にやってみて、体感し、体験して…識る…ことなんです。


自分を信じて… Let it go as you are. (あなたが知ったことを実践して(識って)ください。)


 


※ それが「過程」を「糧」に変える唯一の方法で、そのエネルギーは 『 自分を信じる心 』 です。


  …そして、それは、アナタにしかできません。…


 


 『 しかも、アナタには…できないハズがありません!』




何故なら、そこに失敗も成功もないことに氣付き始めていますよね!


何度でもやってみて! 自分の糧に変わるまで・・・・・・・。



「反省・・・「ハッキリ自覚する必要性」

2024年03月26日 12時24分36秒 | しなゆかに愉しみながら

・昨日の夜あたりから、反省しています。


 



・昨日の昼休みに、あんな記事をUPしておきながら、自ら「運を下げる」ようなことをしてしまいました。


何かの営業の電話が昨日の夕方に在って、のっけから立ち入ったことを聞いてきたので、すかさず、


つっけんどんな物言いで電話を切ったのですが、これじゃ~「運」を味方にも・仲良くもできはしないな~と


電話を切った後で氣付いた次第でした。


 人としても小者で心も狭い、営業の方もこんな反応には慣れておられるかも知れないが、


私が逆の立場だったとしたら、間違いなく「チッ!」と舌打ちをして「バ~カ!」と言っていたに違いない。


彼の心の中に好印象のカケラもないどころか、ネガティブな印象をドカッと残したことは間違いがない。


今後、彼が遠くから応援してくれることも、近くからサポート・アシストしてくれることも100%ないだろう。



こうした私自身の 日常・瞬間瞬間のトコロドコロに相手に対して出しているかも知れない、


無自覚な 行為・行動・言葉・表情などが、いつの間にか私の「運」を左右しているのだろうか・・・


神経質になる必要はないかもしれないが、常に意識していてもマイナス効果にはならないだろう。


 というよりも、ハッキリ自覚して、日常、瞬間瞬間の行為行動に反映させていくという必要性がここに在るのだ。


 


 A.目標を明確にする。


 B.それを実現する為の条件を明らかにする。


 C.その条件(B.)を満たす・獲得する方法を


ハッキリ自覚して、日常、瞬間瞬間の行為行動に反映させていく。


 「今度から、営業の方でも、偉い人でも、どんな方でも、電話がかかってきたら、


      分け隔てることなく、常の私で対応していこう・・・と心に誓った次第でした。」


「尊重」と「相応」の違いを

2024年03月25日 12時36分36秒 | しなゆかに愉しみながら

「アナタは普段、周囲のすべての人達を尊重していますか?」


   それとも、 


「その人への評価・感情を基に相応に対処されてますか?」




 …と言われても、あの人は〇〇だからとか、〇〇されたからとか、〇〇って言われたから…とか言って、


自分を擁護してみたところで、それでは今まで学んできたことも ただのお題目や念仏になってしまいます。 


(そのような負の連鎖をこれからもお続けになりますか?)


 【 尊 重 】 (respect)


・尊いものとして重んずること。 「他人の意見を-する」 「人命-の精神」


・respect…を使うと、【尊敬】の意味に受け取られがちな上に、最近では取り違えた解釈も有って、


その意味の1つに…「人格・識見・学問・経験などのすぐれた人を,とうとびうやまうこと。」…つまり!


〇〇〇のすぐれた人。」…と言うように、他と比べて“どうのこうの”と言う、“ 優勝劣敗イズム ” が、


頑として、その思考・見解の中に内在しているものと受け取られがちな風潮に在り、使用・解釈している現状です。


何処が弊害かというと、そこにアナタの「すぐれているorいない」という、評価・感情が入るのを正当化させるからです。


そうしてあなたのその人へ接する姿勢は、まんまと「尊 重」 から 「相 応」に変化していくのです。


 


・アナタが現状・現時点において、すべての人達を分け隔てなく尊重してイナイのであれば、


 アナタは、周囲の意見やアナタ自身のその人との関わりに応じた評価・感情を基に「相応」にご対応されている、


 つまり! 人によって、差別・区別・識別 して、それ相応の言動を以って接しておらることになります。


  … 私自身もそうですが、それでは旧態地球人(不良星・幼稚レベル人間)のままなんです。…


 (※くれぐれも念を押して言いますが、裁くのは私たちではありません)


 私達がそこに氣付かなければ、その様な考え方の誤りに対して、氣付きを促す現象が続くだけになります。


 様々な氣付きや学びを果たし立派な考え方を身に付けたとしても、その実践が無ければただの念仏なんです。


 


  『 実践なんです。』


「世の中は写し鏡」…というアナタ方の言い伝えは間違いのない物です。…そうであれば、


普段の アナタの態度がアナタの体験する世の中に…写し鏡…として顕れる 道理となります。


そこに「尊重」が無く、〇〇された・言われた…の「相応」になる時、そこに生まれるのは争い」となります。


『 己がこころを高きに置くことなく、他者と比べることなく、己がこころを低き処に置きて


 相手を尊重していくということです。それこそが新しい地球に住まう者の資格要件でもあります。


 …実践なくして実現することは在り得ません。… 』       


 


 


                                                                                 Fel`c  Nao`n



(※地球人の中に他人を裁く資格のある人など在り得ない…そんなイメージでした。)  


私達それぞれの舞台で・・・(再)

2024年03月22日 18時05分31秒 | しなゆかに愉しみながら
私たちがそれぞれに居る場所や、関わり合っている人達などの全ては、
そのどれもが、誰もが、 私たちにとって必要・必然で最善の場所(言うなら舞台)であり、
関わり合うべき人達(出演者&スタッフ)なんだと思います。

そこで私たちは、いったいどんな態度や表情、言葉を交わしてすごしているのでしょうか?
「本来であれば、」・・・なんて言うと少し構えちゃいますよね!
でも何も特別な事だとか、立派なこと、尊敬されるようなことが必要だって言ってるんではないんです!

私たちは、 ①私たちのごく普通の生活の中で、  ②ごく普通の行いを通して、③…善いこと…をしていくんだと考えます。
「善いこと」…って言っても、大金を使う事でも、身を粉にして尽くすことでもないよ・・・。(勘違いしないでね!)
身近な人達を想いやること、ちょっとだけ力を貸すこと、いっしょにやること、育もうとすること・・・。
そこに時々、 相手がフッと笑顔になるような言葉や仕草・表情なんかを添えたりしてね!


※ 普段の私たちといったいどれだけの違いがあるのでしょうか?。
ビックリされないように、少しづつやってこうと思います。
そしたら少しづつ私たちを取り巻く世界や環境が変わっていくハズだと想いませんか?



 期待しないで、気長に、寛ぎながら、実行してってみましょうよ!

 私達それぞれの舞台で・・・


※また、一昨昨日地震雲が出ていましたので、念のため3月23日の
 01:11頃は避難訓練のおつもりで!備えあれば憂いなしで!
 地震弱者の方たちに思いやりの心を!

平和の作り方❗

2024年03月19日 12時21分22秒 | しなゆかに愉しみながら

9/20にこんな記事をUPしておりました。


身近な人達の、見えない処でやっている 陰の努力や誠意」…に、


私たちの言葉(気付いてるよ)としての、光(スポットライト)をあてるんです。


「見てるよ(君の、人の見ていない処でやっている努力を)」


「気付いてるよ(君の、人の見ていない処で顕している誠意を)」


そんなアナタの言葉に含まれている(がんばってるね!・立派だナ・尊敬するョetc)って心の声が、


きっと相手にも伝わって 私達それぞれの周囲に、小さいけれど、だけど確かな、信頼と相互理解、


そして平和を創り出していくことになるのだと想います。




また、9/22には、その具体策としてこんな記事をUPしてました。


①敵対行為を無くす。(無くそうと努力する。)


  (言葉・表情・ゐずまいも、モチロンです。)


②他人の陰の努力や誠意などに気付こうとする。


③他人の陰の努力や誠意などを識る・知る。


④さらに、それを言葉にして、相手に伝える。


 



ってぇ~ことはですよ!」などと、


あえて解釈文などを付ける必要はないようです。


 実際に一度でも、やってみてください。


その時の感覚を体験していただきたいと想います。






稚拙な神々たちの協同創造

2024年03月13日 18時14分16秒 | しなゆかに愉しみながら

・私達はいずれにしても、誰一人の例外も無く、家庭や勤務先、学校、集落、町・県・国など言った、


それぞれの、小さな、…ひとつの全体の中で…生き合っているモノです。


そこでこんな風に生き合えていけたなら良いな~と想い浮かぶ姿なんですが、


互いに対する理解や、繋がりの中で生き合えていること、また時として互いに意図せずとも反面教師となり、


迷惑や心配なども掛け合いながらも、それでも互いに繋がりの中で学びながら生き合えていることの…


『 感 謝 』 の気持ちを忘れないでいることではないかと想っています。


 


・まだまだ稚拙な私達は、せめて努力や誠意を以って自身の言葉・行動・ゐずまひに顕し続けていくこと、


人為的に人や物事を計らず、動かそうとせず、ひとつの全体や天地自然の流れに任せる・委ねる…、


逆らわない、アナガわない…そんなことも、こころの隅に置いといて、


せめて、意識できる範囲では、…真心や誠意を以って自身の言葉・行動・ゐずまひに顕し続けていくこと、


それを無心で、『我』を忘れて取り組み続けていきたいものだ。・・・なんて想います。



※稚拙な神々とは、私たちのことを指す言葉で、正に今のこの世の現われが、


私たちの協同創造している(してきた)産物であると言えるのではないでしょうか!



「はてさて、次はどんな世界(ひとつの全体)を創っていきましょうかね。」


もちろん、それぞれの小さな世界(家庭や勤務先、学校、集落etc)を創っている主役は、アナタ!


自分はどうなんだろう?

2024年03月07日 12時27分43秒 | しなゆかに愉しみながら

「自分はどうなんだろう?」・・・って考えてみたこと、ありませんか!



「そこで、こんな一例はいかがでしょうか!」


 


 ① 泣かぬなら、殺してしまえホトトギス


 ② 泣かぬなら、泣かしてみしょうホトトギス


 ③ 泣かぬなら、泣くまで待とうホトトギス


 


・誰が言った言葉か?なんて聞くまでもないことですが、


あなたは、どんなタイプでしょうか? ①? ②? ③だったり?、


どこにも当て嵌まらなかったり、1.5だったり、2.75だったりしますか?


まぁ~つまりは、「その人の人となり」というか、どのように周囲に対して


反応していらっしゃっているのか!ということなんですが、


それぞれ①②③の方々の、その後を知っているだけ想い帰してみてください。


 


 「どんな生涯を送られたのか!」


 


さぁ~! アナタはどんな生涯を望まれますか?



※アナタが周囲に対して、示されている態度(行為・言葉・表情)は如何に?


アナタが発した態度(行為・言葉・表情)は、人を替え、時をズラしても、必ずアナタに還ります。


それでもなお(anyway)

2024年03月04日 18時21分56秒 | しなゆかに愉しみながら

・人はそもそも独りでは生きれてはいないと言うことは比較的すぐに理解できるものですが、


相互理解に基づいて生き合うということはとても難しいこと…と言う事実も痛感していますよね。


それは、相手が「~ではない状態」。つまり、相手の状況や言葉・行動・態度・ゐずまひの意味する処を


理解できない、感情的な解釈をしてしまいガチであるという処に終始するのではないかと想います。


 


 そこに『相互理解』の種が生じてしまいます。



  【相互不理解】


「どちらか一方が、モシクハ双方ともに、相手の言葉・行動・態度・ゐずまひの意味する処を 納得していない こと。 


相手の置かれた立場、環境、経験や学び、魂の進化具合からの、言葉・行動・態度・ゐずまひだなんて 想ってもいないし、


想おうとすらしていない こと。 またそれらをごちゃ混ぜにした 感情論が支配 していることを意味する。」


 つまり、学校教育で習い憶えさせられた『競う・比べる・争う』という癖付けから、無意識に『我』を居ることを


選ばない or 選ぼう としないように癖付けされているからなのです。(実感できていらっしゃるでしょうか?)


( 我 ; 自分の意志や考えを言い張って、人の言葉に従わないこと。 我が強い・我を立てる・我を通す・我を張る。)


 


 

・私達は、『相互理解に基づいて感謝の心で生き合うこと』…の大切さを識っていて、



日々できていない時もあるけれど、その理想を実現していけるように右往左往と試行錯誤しながらも



実践していますが、その努力をしない人も居られますし、その重要性すら知らない人、知ろうともして



いない人達や話にもならない人達や評論家・キ印etcがたくさんいることも識っています。



 しかし、いつまでも同じようにそんな報復の連鎖とまでは言わないモノノ、ネガティブな



時代を繰り返し続けていっても良いものなのでしょうか?

 

相手や自身が、相互理解に基づいて感謝の心で生き合おうとすることが、できていない瞬間が訪れようとしても…、

 

 

  

『 それでもなお(anyway) 

 

「我を折り」家庭でも仲間同士でも会社でも組織でも、



相互理解に基づいて感謝の心で生き合う姿勢で生きてゆくと心に期っします。



例え、それが小さな瞬間の小さな判断や選択だとしても…。



※ マザーテレサのお言葉より。



私たちの役割(再)

2024年02月25日 10時25分25秒 | しなゆかに愉しみながら

「ワクワクすること」…をしなさい。 …とは、先達の偉人達の尊いアドバイスではあるが、


なかなか私達のような凡人ではそれらを探し当てるのは容易ではない…と思いがちである!


 


とかく私達は、「ワクワクすること」…と言われると、


いつもの吉凶禍福・優勝劣敗・損得勘定などの指標から貯め込んだデータを基に判断しようとするが


そうではない! 実はそこがポイントなんです。


 


私達は、「ワクワクすること」…と言われると、「やりたい」 or 「やりたくない」 …で考えがち(ほぼ100%)だが、


これらの感情は全て、吉凶禍福・優勝劣敗・損得勘定を基にその判断基準としているが、そこが違うのだ!


このブログでも再三に亘って「吉凶禍福・優勝劣敗・損得勘定を判断基準にするのは止めましょう。」と言ってきました。


つまり、「ワクワクすること」…を探すのに、「やりたい」or「やりたくない」…を基準にすると見つからないんです。


 


 じゃ~何?…って考えますよね!


 


答えは、「できること」or「できないこと」です。普段・感嘆に、楽に、さりげなく、何気なくやっていることです。


「できないこと」「むずかしいこと」「馴染めない事」…などを無理して、背伸びしてやってみたところで、


何の役にも立たない半人前なのではないでしょうか!


 


でも、自分が普段…さりげなく、簡単に、楽に、何気なくやっていることって、逆に気が付きにくいかも知れません。


でも、それこそが吉凶禍福・優勝劣敗・損得勘定を取り除いた or 卒業するべく私達に与えられた指標なんだと想います。


「ワクワクすること」 = 『 アナタが楽に簡単にできること。』


『 アナタが楽に簡単にできること・普段やっていること…ご一考ください。』




 ※「できることをする」…ということこそ、「今」「ここ」に生きているということ。 


 真の意味で、「しなやかに今この瞬間を生きていること」…なのではないでしょうか。


 吉凶禍福・優勝劣敗・損得勘定のモノサシは私達の本当のモノサシではありません。


 そこに氣付いていこうとする姿勢が今の私達に必要なのではないでしょうか!


 


創造の瞬間(法則)

2024年02月24日 16時46分54秒 | しなゆかに愉しみながら

さぁ~最後の授業(会話)だ。


…と言っても本当の最後ではないが、最後でもある。


さしずめ ひとつの段階の終了(修了)と言ったほうが良いのかな。


 


       『 創造の瞬間(法則) 』


 


…と言った瞬間に、君は間髪入れずに「何を創造したろうか!」と様々な物事・人を思い浮かべようとした。


でも、それと同時にその思い浮かべる事柄が「我」や「欲」によるものではないことも確認していた。


それがこれまでのキミの成長なんだと言えるよ!


今までだったら、ろくでもない我欲まみれの事柄しか思い浮かべてなかったからね。(¥とか、エロいことだとか…)


 


 さて本題だ!


昨日の記事(無為自然)でも書いたけど、あの中に在ることは判っているよね。


努力や誠意を以って自身の言葉・行動・ゐずまひに顕し続けていくこと。


あとは人為的に人や物事を計らず、動かそうとせず天地自然の流れに任せる・委ねるんだ。


以前の記事「問題解決(目標達成)の処理手順」でも書いてたけど、


真心や誠意を以って自身の言葉・行動・ゐずまひに顕し続けていくこと、


それを本当に無我夢中でやってたら「忘れてる(想ってはいない)」ハズだよね!


無我夢中で、『我』を忘れて取り組んでいる瞬間(無為)が『創造のエネルギー(自然)』を生むんだ。


あとは、それを 解決・達成・実現するまで続けること…それだけなんだ。


 


「たぶん、また来るよ!」


 


                        Fel`c