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道の神さま 野の仏たち

「困った時の神さま・仏さま頼み」だけの
この罰あたり者が、
道ばたの素朴な神仏に惹かれブラブラ歩いています。

庚申さま

2017年03月04日 | 石碑群

     〇〇 カンマーン 庚申      安永4年(1775)    尾去沢・元山尾根        2007.11.7
     カンマーン アブラウンケン 庚申供養塔   宝永2年(1705)  
     〇〇 カンマーン 供養庚申   享保17年(1732)
     月日 庚申             文化5年(1808)


     青面金剛像   無記年   尾去沢・元山尾根                    2007.11.7

現在花輪を向いている方を尾去沢鉱山の表と側の斜面とすると、昔栄えた田郡はその裏側にあたる。
両地区のあいだには、水晶山・大森山・五百枚山へと続く稜線がのびており、
田郡から峠を越えて表側にでる、その峠道近くに庚申さまが多く残っていたといわれる。
しかし坑道が崩落して地表に凹みができ、祀られていた石碑の幾つかはその穴に引き込まれていき、
残ったものも多くは崩れて散乱していたようで、昭和62年、元山尾根の現在地に復元したという。




       


庚申さま ほか

2017年02月09日 | 石碑群

                                                     2010.10.20
     庚申        安永4年    花輪・新田町
     金毘羅大権現    嘉永7年
     唐松大権現         
     甲子
     庚申堂        

花輪街部の南側の端(家並は、さらに先まで伸びているが・・・)で、
花輪ばやし朝詰めでは、お神輿がここまで出張して各町内から各町内から得意な曲の奉納を受ける。
そこを枡形といい、盛岡方面に出かけるとき旅立ち送迎の地で、その送迎を境迎えといった。




       

庚申さま

2016年12月28日 | 石碑群

     アーンク庚申   寛政4年(1792)   末広・紀ノ元                     2016.11.4
     〇〇庚申     弘化4年(1847)
     〇〇庚申     慶応4年(1868)


     金毘羅大権現   文久3年(1863)    末広・紀ノ元                    2016.11.4
     出羽三山 八聖山 鳥海山  文政4年(1821) 

米代川が崖の直下まで迫まる女神、松山から神田へは紀ノ国坂を通り崖を迂回する山道があって、
その松山側のはずれ、旧国道103号と花輪線の間に石碑が並んでいる。
久しぶりに行くと出羽・八聖・鳥海などの参詣碑が倒れていた、土に入っていた部分は意外に浅かった。