夢ちゃんはお姉さんの月読と一緒に、生後5~6ヵ月でウチにやって来た。
渋谷でレスキューされたのを引き取ったのだ。
二匹とも警戒心が強くて、容易に触らせてはくれなかった。
本棚の奥の隅っこに隠れて、手を出そうものなら、小さいくせに、フーッと威嚇していた。
このまま触れなかったら何かあった時に大変だ、どうしようかと悩み、
触らせないならご飯をあげない大作戦に打って出た。
作戦は見事大成功を納めた。
夢ちゃんはとにかく怖がりで臆病で、でもとっても食いしん坊、
どんなご飯もパクパク食べて、他の猫のお皿まで綺麗にたいらげた。
お皿はいつもピカピカだったね。
抱っこ嫌いで、最初は病院に行くのもひと苦労で、寝起きを狙って、
ボーッとしている間にケージに押し込めた。
お客さんも大嫌いで、妹夫婦や両親が来た時は、一時として姿を現さなかった。
可愛いのに、そのお顔をキチンとお披露目する機会は無かったね。
でも、人の寝静まった夜中に、キッチンやタワーや色んな所を警邏しているのを私は知ってるよ。
抱っこは嫌いだったけど甘えん坊で、ソファでゴロゴロしていると頭の所に来て箱座りをして撫でてくてるのを待っていたよね。
とにかく食べるのが大好きで大好きで大好きでどんなご飯も残さなかった。
夢ちゃんの腹時計はとても正確でキッチリ一時間で「次のおやつ~」って鳴いていたよね。
こんなに食に執着している子が一番先に居なくなるなんて、
全然、考えた事も無かった、予想外の出来事だった。
こんなにご飯が好きな子が食べなくなったのだから、
もっと病院を探して色んな先生に診てもらえばよかった。
病院がキライでももっと連れて色んな病院に行けば早くに解ったのかもと後悔している。
お顔が小さくて、緑色のおメメとお耳とが大きくて、
身体は漆黒、短いカギ尻尾がチョコンとついていた。
あんなに大きいお耳じゃ、渋谷の雑踏はさぞうるさかっただろう。
ウチは東京の田舎の住宅街だから静かに過ごせたんじゃないかと、これだけは自慢出来るね。
ちびネコが来た時も、「何なの?これは!」って寝ているちびネコを、
そーっと覗いていた。だって怖いものねぇ。静かーに音をたてないようにだよね。
近所の猫のブー太郎やアメショーのホセが窓に来ると、一番先に、フーッって怒っていた。
同じ猫族にはかなり強気だったね、夢ちゃん!
どんなに身体が弱っていても、食欲が無くても、
ご飯の用意でお皿がカチャカチャいうと、いつもの場所にスタンバイしていた夢ちゃん。
いつもと同じ!元気だと、確信してしまっていた。
病気だなんて思いたくもなく、いつも通りにご飯は完食するものだと信じていた。
特に若い頃の夢ちゃんは「魔女の宅急便のジジ」にそっくりだった。(シッポは短いけれど)
もちろん、年を取った今でもカワイイよ!
思い出は尽きない…。
夢ちゃんは今日の夢の中にある人になって出て来た。
「私、今の仕事を辞めようと思っているんです」
って申し訳無さそうに背中を向けてドアを開けて歩いて行った。
夢ちゃんはいつでも奥ゆかしい。
引っ込み思案な夢ちゃんらしい最後の連絡だった。
今度生まれて来る時は、もっとわがままな女になって帰っておいで。
夢のわがままなら何でも聞くよ。
奇跡は起きなかったけれど、私は夢ちゃんを守れたと思いたい。
夢ちゃんに出会えて良かった。
ゆめ!私はとっても幸せだよ。
ありがとうね。