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自転車ロードレースやロングライドの話題が中心です。
脊椎関節炎と付き合いながら生活しています。

今シーズン展望

2016-04-20 13:19:58 | 自転車

気温が10度以上に上がる日も増え、北海道にもようやく自転車シーズンがやってきました。
屋外ライドが嫌いな僕でも、4月20日(水)の時点で2回も屋外で走っています。(笑)

昨シーズンは2月~3月にピークを出してしまい、その後下がり続けるコンディションに焦ってさらに追い込んでしまったため、4月から6月にかけて、なんともいえない身体のだるさに加え気力も下がり、自転車に乗る事が楽しくなくなってしまいました。
7月に入って、ようやく体力も気力も回復し始めて、9月のツールのステージレースを走り切る事ができました。

そんな経験から、1回目のピークを後ろにずらすために、2月~3月はSSTに集中して、4月に入ってから負荷を徐々に上げてゆくスケジュールを立てましたが、4月上旬に森林公園をシクロクロス車で調子に乗ってスピードを上げて走っているときに倒木に気づくのが遅れて落車してしまい、腰と肋骨と膝を傷めてしまいました。
この腰痛は頑固なヤツで、立っていても、座っていてもジンジンとした痛みが続いています。
幸いにも自転車に乗ることはできて、スプリントでもしない限りは痛みも小さいので、自転車には継続して乗れていますが、膝の痛み(古傷の再燃)のため負荷は上げれていません。
問題なのは肋骨の方で、くしゃみで大激痛、鼻をかんでも激痛、寝がえりをうっても激痛、重い荷物を持っても激痛で、痛みで疲れてしまうような感じです。

今シーズンは、昨シーズンまでのトレーニングを大きく変えようと考えています。
「FTPで30分を週5回」が中心だったメニューをやめて、FTP以上で強度に応じて2分、5分、10分に分けて回数をこなす方法に替えることと、屋外で長い距離を乗る機会を増やすことです。

レースは以下の大会に出場を予定しています。

・5/8 道新杯 完走が目標
・6/5 藻岩山ヒルクライム 自己ベスト更新が目標
・6/26 小平ヒルクライムTT 平地では同走者に先行することが目標
・7/10 ニセコクラシック(140km) 完走が目標
・7/24 サロベツ100マイルロード 最後まで先頭集団に残る事が目標
・8/7 ニセコヒルクライム 自己ベスト更新が目標
・8/28 モエレ沼TT 2分のピーク出力更新が目標
・9/1~9/4 ツールド北海道(ステージレース) 全ステージ完走が目標
・10/9 シクロクロス北海道選手権 積極的に攻めて走りたい

エンガルはクリテリウムで去年のリベンジを・・・と燃えていたのですがクリテが開催されないとのことですので一気に冷めてしまい不参加、きじひき高原ヒルクライムは遠いので例年どおり不参加、サマークロス長沼はサロベツと日程が重なっているので泣く泣く不参加の予定です。
なんとか早いうちに30ポイントを稼いでS2残留を決めて、残留が決まった後のレースでは自分の順位にこだわらない走りができればと考えています。そのためには、初戦の道新杯で完走しなければならないのですが厳しそうです。

レースの他には、5/4に十勝の200kmブルベに参加予定です。
車連レース以外のイベントも検討中です。

ロードバイク機材は勝負ホイールを新調した以外には昨シーズンと同じです。
TTに使うCervelo S5のステムは長く低い物に取り換えました。ようやくレーサーらしいポジションになりましたので、ロードレースをS5で走ることもあるかもしれません。
最大の変更は、シクロクロス車を入手した事です。10月の長沼のシクロ大会でY田さんにフレームを譲っていただき、ブレーキ、クランク、ステム、ハンドル、サドル、ホイールを手持ちの物に換えて組みあげました。このバイクで野幌森林公園を走るのが楽しいです。

昨シーズンは個人的には大きな怪我なくシーズンを終える事ができました。
今シーズンもたくさんの自転車仲間と共に安全に楽しくレースを楽しめればと思います。


ツールド北海道 2015年 中級ステージレース 確かめたくて

2015-09-16 12:38:08 | 自転車

<写真提供:A氏>

自分の限界を確かめたくて・・・トレーニングで向上させることのできる能力には限界がある。VO2Maxは成人までにほぼ天井が決まってしまうし、FTPの上限はVO2Maxまでと言われている。身体の状態によっては、これらの限界まで高めるためのトレーニングに耐えられない場合もある。

自分は15年以上前に事故で右膝に大怪我を負い、2度の手術を受けている。
怪我の影響なのか、右ふくらはぎの最上部の外側に高い負荷をかけ続けると痛みが出る部位がある。よく追い込めた練習をしたときには必ず痛みが出てしまい、その後の負荷をかけたトレーニングがしばらくできなくなってしまう。
痛みが出るトレーニングの負荷と時間はわかっているので、それ以上のトレーニングは避けてきた。
これが自分の限界。

今シーズンは、レースで不甲斐ない結果が続き、結果を求め、確かめたくて、悶々としていた。
「ツールド北海道市民ステージレース」・・・距離の長いレース、しかも山岳が4回繰り返されるコース、さらに疲労している最終日に強い負荷のかかるクリテリウムがあるツールド北海道の市民ステージレースは、自分にとっては限界を超えている。
完走できるのだろうか?3日目も走れるのだろうか?僕の膝は我慢してくれるのだろうか?前を目指す気持ちは最後まで萎えずに維持できるんのだろうか?
確かめたくて、はじめてステージレースにエントリーしてみた。

<シーズン前>
今シーズンは、パワーアップを目標に11月~1月は土日の度に固定ローラーを5時間回してベースを作り、2月からはVO2Maxにあてる時間を多くしたことが影響したのか、3月中旬頃に一回目のピークがあったようです。
4月以降は、業務が忙しくなり、バイクにまたがる事が出来ない期間が多く、そもそも屋外ライドの少ない僕は、固定ローラーで細々と回すだけで、まったく距離を乗りこむことができませんでした。
毎日の習慣だった「Live Training」を使った固定ローラーでの30分の「バーチャル手稲山ヒルクライム」にも取り組む事が出来なくなった頃から妙な脱力感におそわれ、FTP出力程度を維持することも苦しい状態で、主に左脚に力が入りにくい嫌な感覚が続いていました

<道新杯>
初戦である「道新杯」では、裏側の向かい風区間で踏ん張り切れず、先頭集団から少しずつ遅れ、単独走が多くなり、完走するのがやっとの状態でした。
「S3」に昇格した初年だからレベルについてゆけていないのだと自分を納得させていました。

<藻岩山ヒルクライム>
しかし、「藻岩山ヒルクライム」でも身体の状態は変わらず、気持ちも付いてゆかず、S3残留のためのポイントをかせぐために出場したようなもので、平均出力をFTP(といっても現状のFTPではなく体調低下前のFTPなので、当日のFTPはもっと低いと思われます。)で走り切ることだけ考えて淡々とゴールしました。
さすがに身体は楽でしたが、コンディションを上げるために追い込むことすら頭に浮かびませんでした。

<エンガル クリテリウム>
「エンガル」では、ロードレースを完走できるイメージを持つ事が出来なかったためクリテリウムのみ参加しましたが、車連登録歴3年目にしてはじめての「周回遅れ」を経験しました。
バックスタンド裏の砂利路面での先行選手の落車で進路を塞がれ停止してしまい先頭集団から遅れた影響が大きかったのですが、そこから先頭集団に復帰できませんでした。
小集団を作って先頭交代しながら高速を維持して追い上げたり、単独でブリッジをかけたりができず、レース技術と実力の両方の不足を実感しました。

<モチベーションの維持>
この後、代休を利用して、美瑛でツールの中級者コースを試走し、秋までのモチベーションを維持しようとしましたが、業務が楽になる事は無く、土日も休日出勤が多く、なかなかバイクに乗る時間を確保する事ができませんでした。

<ニセコクラシック>
「ニセコクラシック」は試走に行く気力もなく、気の抜けた状態での参加でしたが、70kmコースのスタート地点に集まった大人数を見て、少しずつ「走りたい」欲求が高まるのを感じました。
第一回大会では蘭越からの登り手前までの平坦区間では集団のスピードも緩かったのですが、今回はスタート時(リアルスタートは緩い登り区間だった)から大幅なスピードアップがありました。
先頭集団内では言葉にこそ出されませんでしたが、一気にスピードアップして集団の数を絞ることで意志統一されていたと思います。
これこそがロードレースの醍醐味だと、楽しくなってしまい、どんどんスピードアップのために前に出て先頭集団のスピードアップに加担しました。
楽しかった、とにかく楽しかった。
こんなことをしていたら、脚が売り切れてしまい、登りで沈んでしまうのは明らかだったのですが、レースでコンディションを上げるために無理を承知で走り続けました。
結果は第一回大会と同じ地点での足攣りでペースを落とし、暑さの影響もあって、やっと完走することができました。
このときに登りの途中で出会った69歳のライダー(59歳でエリート昇格を果たした選手です。)に刺激を受けました。

<サロベツ100マイルロードレース>
「サロベツ」では、序盤にできた逃げは容認されたため、集団のペースは落ち着いており、登りで若干バラけるものの、平地ではまとまって緩いペースでレースは進みました。
「今年は大人のレースをしよう」と消極的な姿勢が、最初の逃げに乗るチャンスを逃してしまったと悔んでいます。
2周目の終盤で逃げを吸収し、3周目の一番長い登りで数名がアタックしましたが、これも吸収し、ゴールスプリントでの早がけは成功せずに下位に沈んでしまいました。

<サマークロス長沼>
「サマークロス」では、MTBでの参加でした。
参加者の中にAさんがいて、その明るいキャラクターと前向きな姿勢に、自転車に乗る事の楽しさをあらためて感じる事ができ、この頃からメンタル的にずいぶん前向きに取り組めるようになったと感じています。
Aさん、ありがとう。

<ニセコヒルクライム>
「ニセコヒルクライム」では自己ベストをわずかながらに更新し、徐々にコンディションが上向いてきている事を感じました。

<小平ヒルクライムTT>
「小平ヒルクライムTT」では、前半の平坦で抑えたにもかかわらず、左ふくらはぎの違和感から、登りで踏めず満足のいく結果は出せませんでした。

<モエレ沼タイムトライアル>
「モエレ沼タイムトライアル」では、結果を出そうと気負い過ぎてしまい、諸先輩方のアドバイスをすっかり忘れて序盤から突っ込みすぎて後半にタレてしまうという、もっともダメなパターンに陥ってしまいました。

<ツールド北海道 ステージレース 中級>
「ツールド北海道 ステージレース 中級 タイムトライアル」
モエレでの反省を活かして、向かい風の堤防の上を走る前半を抑えて、折り返し地点で安全に回って、後半に全力で踏む、という戦略でした。
折り返し地点でビビって速度を落とし過ぎたようで、後半は満足のいく走りができましたが、折り返しまでに失ったタイムを取り戻すことはできませんでした。

「ツールド北海道 ステージレース 中級 ロードレース」
前日は深川の実家に宿泊し、6時頃に美瑛に向けて出発しましたが、家を出たとたんに雨が降り始め、国道12号線では土砂降りでした。
美瑛に近づくにつれ晴れ間も見え始め、路面は濡れているものの雨はほとんどあがっていました。

出場者用駐車場に到着し、周りを見回すとKGMさんがすぐ後ろに駐車しており、美しい奥様をご紹介いただきました。

バイクを組みたてて、タグとナンバープレートをCerveloから付け換えて検車に向かいました。
重量計測では7.3kgとのことで、ZIPP303を履いていたら6.8kgギリギリだったと思われます。あらためてAVEDIO Venus01の軽さを実感しました。

ここでゼッケンを実家に忘れてきた事に気付き、受付で手書きのゼッケンを作りました。事務局の皆様にたいへんお世話になりました。

雨があがって晴れ間も見てていたため、路面は濡れていないだろうとタイヤの空気圧はいつも通りの「8」まで入れておきました。
去年は終盤にパンクで先頭集団から遅れてしまったため、今年はシーラントを入れておこうかとも考えていましたが、リアタイヤを直前に替えた以外にパンク対策は施しませんでした。

上級コースのスタートを見送り、軽く近場を走って身体を温め、補給食とドリンクをポケットに入れてスタート待機位置に陣取りました。
スタート位置ではteam pandaのチームメイト2人と並びました。隣はいつもお世話になっているSさん。少し前にはエンガルで声をかけていただいた事のある東京から参戦のKさんなど、知っている顔が多数。
スタート少し前に雨がぱらつき始め、スタート時には完全に雨降り状態となり、道路には水たまりができるほどでした。

スタートしてしばらくはパレード走行のため、集団はゆっくりと進み、反対車線へのはみ出しもモトバイクが厳しく警告していたため去年のツールのようなマナーの悪い走行は少なかったように思います。
雨は相変わらず激しく降り続いており、眼に車輪が巻き上げる水と雨が入り込み眼を開けていられないくらいの状態でした。
一つ目の登りに備えているのか集団のペースが上がらなかったため、一度だけ先頭に出てスピードアップを促しましたが、その後は「大人のレース」に徹しました。
左折して、いよいよ最初の登りにさしかかりました。
後ろを見ていなかったのでどのくらいの人数が先頭集団に残っていたのかわかりませんが、登りに入ってすぐに後ろから10名以上に追い越されたと思います。
体重を66kgまで落としたためか、坂の勾配がきつくなかったためなのかわかりませんが、それほど遅れず疲弊することなく登り切ることができました。下りで脚を温存しようとして一切ペダルを回しませんでした。
下りきって平坦に入ったところで先頭集団が見えていましたので、なんとか追いつこうと単独で追走を試みましたが、なかなか追いつけず、後続を待って数名で回しながら追走しました。
追走集団の気持ちは前向きで「いけるいける!」とスピードを維持して追い続けました。先頭集団が見えているものの、なかなか距離は縮まりません。
そのまま次の登りに入り、追走集団はバラけました。先頭集団からパラパラと落ちてくる選手をパスしながら前を目指し、サドルの前方に重心を移して背中を伸ばし気味にして登り続けました。KOMの少し手前で真っ直ぐに登る区間があり、上を見上げると気持ちが萎えるので視線を落として登りました。
間もなくKOMを通過し、ここでもペダルを踏まずに惰性で下りました。
下り切ってからの美瑛市街までの平坦区間では、単独で走る区間もありましたが、10名程度の集団で回して積極的に先頭集団を負いました。
しかし、ゴール後に2位に入賞した選手から聞いた話では、人数の多い先頭集団では牽制は入らず後続を引き離すためにスピードアップしていたということでした。追走集団は徐々に数を減らし、美瑛市街に入る手前の1km程度の登りでばらけてしまい、5名にまで減ってしまいました。
北大の選手と「1周で終わる初級コースの選手がこの集団にいたらキツイっすね。」と話しながら2周目に突入しました。
この5名の集団は後続に追いつかれることはありませんでしたが、前から落ちてくる選手を拾いながら人数を増やしてゆこうと意志統一されており、積極的に前を追い続けました。

しかし、3回目の登り区間で完全に追走集団はばらけてしまい、下り切ってからの平坦区間でまとまったときにはそれまでのメンバーは見当たらなくなっており、新たなメンバーで前を目指しました。

少し前を見ると、見覚えのあるジャージが・・・チームメイトのFさんが見えましたが、このあたりから右ひざの外裏側に痛みが出始めました。
膝の怪我をしたときにもっとも痛かった場所で、負荷をかけると必ず痛みが出てしまう部位です。痛みどめを持ってこなかったのを悔みましたが、前に追いつく事だけを考えて走りました。
追走集団からちぎれ、単独走になりかけましたが、4つめの登りに入る少し手前でチームメイトのFさんの集団に合流できました。この集団はもう少しで先頭集団に追いつけるところまで迫ったようで、少し前に先頭集団が走っていると思うと、萎えかけていた気力も盛り上がってきました。
しかし、最後の登りで集団はばらけてしまい、Fさんも見えなくなってしまい、ヘロヘロで脚を攣りそうになりながらKOMを越えました。
下り切ってからしばらくは、ほぼ単独走でした。
美瑛市街へ向かう区間は強い向かい風で路面も荒れており、大きくペースダウンし、前に見えている少人数の集団に追いつく事ができませんでした。
もう、このままのペースでゴールまで一人で走るしかないと消極的になった直後に、見覚えのあるジャージーの小集団に追い越されました。
登りの手前まで一緒に走っていた追走集団の仲間です。この集団の最後尾になんとか食らいつき、ローテーションに加わってゴールを目指しました。
先頭に出た時以外は単独走よりも楽に走れるので、助かりました。
この小集団のメンバーも疲弊しているので、前を牽く時間はほんのわずかずつでしたが、疲弊した選手同士が少しでも速くゴールに入ろうという同じ目的を持って走る時間は苦しいけれども楽しい時間でした。
この小集団の利害が一致していたのは市街地に入る丘の手前まででした。
この丘で小集団はばらけ、あとは自分のゴールを目指すのみとなりました。
途中で何度も合流したり離れたりを繰り返していた選手が丘で脚を攣らせ大きくペースダウンしましたが、もう待っている事はできません。少しでも速くゴールに飛び込むために、単独で前を目指しました。
結局、丘からゴールまでの間に他の選手に追いつくことはできませんでしたが、最後の直線はできる限りのスパートをかけて天を仰ぎながらゴールしました。
ゴール後に、一緒に走った小集団の選手達と握手して駐車場に戻りました。みんないい笑顔でした。

既に上級コースの選手達はゴールしており、知り合いの選手達は着替えも済ませていました。自分も着替えを済ませ、汚れたバイクとホイールを掃除してから、プロのゴールを見学し、リザルトを確認して帰路につきました。
ホイールを雑巾で拭きながら「今年はパンクしなかったんだ。」とトラブルなくゴールできた嬉しさがこみ上げてきました。
自分は落車もありませんでしたし、機材トラブルもありませんでしたが、やはりこれだけの人数が一緒に走るレースですから、集団内での落車はあったようです。

国道12号線を通って深川の実家にゼッケンをとりに寄る途中で「梅屋」のアウトレットショップでお買い得シュークリームを買い車中で食べました。お腹がすいていたので、何個もシュークリームをほうばってしまいました。

この頃から右ひざの痛みが強くなり、翌日のクリテリウムを欠場する事を考え始めていました。
札幌に戻ってから餃子の王将に夕食を食べに出かけるときに階段を降りるのが辛くて、気持ちはDNSに傾いていました。
お風呂に入って、傷む部分を軽くマッサージし、湿布を貼って翌日に備えました。

「ツールド北海道 ステージレース 中級 クリテリウム」
朝、目覚めてベッドから脚を降ろした時に少し痛みを感じましたが、階段を降りた時点では、なんとかなるんじゃなかろうか?と感じましたので、レース前に「ロキソニン」を飲んで痛みに対処してクリテリウムに出場する事を決めました。
クリテリウムの会場であるモエレ沼公園は自宅から30分程度の距離にあり、レース会場としては便利な場所にあります。
モエレ沼タイムトライアルのときと同じく西側の駐車用に車を止めて、雨の中、バイクを組み立てて受付を済ませました。
このコースは初めて走るコースなので、じっくりと3周ほどコースの路面状態を確かめながら試走しました。
駐車場で固定ローラーで15分程度ウオームアップした後、召集場所に自転車を並べ、Nさんのテントで雨宿りさせていただきました。

スタート位置は前の方の良い位置を確保できました。
スタートから最初のカーブまでは、選手間の隙間があって良い位置でコーナーに突入することができましたが、石畳区間でザバザバっと追い越されて前を塞がれてからは、ブレーキの必要が無い第2コーナーでブレーキの声がかかるためスピードダウンしてしまい、先頭集団が離れて行ってしまいました。
登り区間前の直線では、選手達のスピードが大きく落ちるため、後ろから詰ってくる選手達が重なって危険と感じ、できるだけクランク前に左右に選手がいない状態を作ろうとしました。
登り区間では何人もの選手達に追い越されますが、そこからゴールゲートまでの区間で挽回する繰り返しでした。
何周か走って気づいたのは、登りを終えてからゴールゲートまでの区間は自分の脚に合っているということです。
ほんの短い登り区間ですが、ここで追い越されるものの、ゴールゲートまでの間にそれほど頑張って踏まなくても挽回して抜き返す事が出来ていたからです。

何周目だったか覚えていないのですが、先頭集団に追いつき、このままの位置を保って最後の直線でぐぐっと前に上がる作戦をイメージしていました。
しかし、やはりブレーキが必要ないコーナーでブレーキの声がかかることが多く、先行選手達が大幅にスピードダウンする結果、中切れが発生し、先頭集団から徐々に遅れはじめました。ここでブレーキで減速する選手達をパスしてどんどん前に出れればよいのですが、コースが狭く路面が濡れている状況で、選手達が右に左に頻繁にラインを変えている状況では、なかなか前に抜け出ることはできませんでした。
モエレ沼でのクリテリウムはコーナーでのタイム差が周回毎に積み重なって最終的なタイム差となって現れますので、よほどの独走力がない限り、最初から前にいて、そのままの位置をキープできなければ、勝負に絡むことはできません。
登り区間のコツがつかめて、追い越される事が少なくなってきたときには、残り周回が「2」と見えました。
ラスト2周のゴールゲート前の直線ではできるだけ前に出ようと必死に踏みましたが、コーナー手前で接触を避けようと減速したのが響いて石畳区間でザバザバと追い越され、そのままの隊列で登り区間に入り、最終周に突入しました。
ゴールゲートまでの直線で頑張って追い越しましたが、コーナー手前で選手が詰っており減速せざるを得ませんでした。ここからはコースが狭いので、やはりそのままの隊列で最終コーナーまで進みました。
ラストのゴール前直線では、皆が一斉にスプリントに入りましたが、水たまりを避けるためなのか、スプリントをあきらめたのか、斜めに走る選手に前を塞がれいったん減速しましたが、声をかけて左側を空けてもらいゴールまで踏みました。
結果、自分と秒単位同タイムで4名の選手がゴールしており、コンマ差で順位が付きました。
今シーズン参戦予定のロードレースは全て終わりました。
右膝は少し痛むものの、ペダルを踏み込めないほどの痛みではありませんでした。無事にトラブルなく今シーズンを走り終えられた事にほっとしました。

雨が降り続く中、駐車場に戻って着替えとバイクの掃除を済ませ、リザルトを確認しに会場へ戻りました。途中で、上級クラスのレースの動画を撮影しましたので、そのうち公開したいと思います。

バイクもウエアも泥というか砂まみれで、鼻の穴からも、耳の穴からも砂が出てきました。
濡れたり汚れるのは嫌ですが、雨のレースは涼しいので大好きです。
思っていたよりもタイヤ(ミシュランPro4)はグリップしてくれましたし、モエレ沼のクリテリウムコースは想像していたよりは走りやすいコースでした。

<確かめたくて 大会終了3日後>
心配していた膝の痛みは強くならず、右膝はまだまだ頑張ってくれそうです。
筋肉痛はほとんどありませんが、太ももの裏側に張りが出ており、少し歩きにくい感じがします。
起床時心拍数は、ほぼ疲労の無い状態に戻っています。
まだトレーニングは再開していませんが、今回の結果を受けて、まだレースを続けてゆけそうな気がしています。


モエレ沼TT S3

2015-08-31 13:43:46 | 自転車

「モエレ沼タイムトライアル」去年はS4で表彰台に乗った大会だったので、今年も去年のタイムを更新する意気込みで臨んだ大会でしたが、去年は先輩たちの教えを忠実に守ってペース配分して良い結果が出たにも関わらず、出たとこ勝負の一発狙いで玉砕してしまいました。

帰宅して早速本日のレースのデータをPCに読み込んで分析してみました。

今年のデータ(出力と速度のグラフ)

去年のデータ(出力と速度のグラフ)

今年のレースでは、スタートから第一コーナーまでと第二コーナーまでの区間でパワーを出し過ぎ、ケイデンスも全体的に自分の得意なケイデンス(80付近)より10以上オーバー(90以上)してしまったことが重なって、第三コーナーを曲がってから下りきったところで完全に脚が終わってしまい、そのあとはゴールまで400Wに届かない低出力でした。
「出力配分およびケイデンスの選択ミス」によって後半まで足を残せませんでした。

スタート直後は写真の雰囲気からもわかるように、「踏みすぎないように」と注意しながら冷静にスタートしていましたが、冷静だったのはここまで。...
追い風でスタートからスピードが乗るのでシフトアップをしないまま(上から5枚目)第一コーナーを理想的なラインでクリアし、そのままのスピード感を維持しようとして、せっかく追加したTTバー先端のシフターを活かすことなくケイデンスを高く保ったまま第2コーナーまで走ってしまいました。これが最初の間違い。
そのまま第2コーナーを回ったところで強烈な向かい風に無理をして回していた脚がたれはじめ、それでもスピード感を維持したくて頑張って回してしまいました。これが二つ目の間違い。
第3コーナーをクリアした直後の下りでバイクが不安定になるのをおそれてTTバーを握るのが遅れ、ケイデンスが高いままだったのでギア飛びをおそれてシフトアップも遅れ、ケイデンスを回しきってしまったためシフトアップしても力強く踏むことができません。
第4コーナーまでの区間では「300W」という1.3kmのTT中とは思えない信じられない数字も見えてしまい、ここで心が折れました。
最後の直線はなんとか頑張って踏んだものの、時すでに遅し…。

データは自分に現実を叩きつけてくれます。
今回、自分の単位時間あたりの限界出力とケイデンスは、トレーニング時と変わらず、レース時のアドレナリン効果も短時間高強度には関係なかったようです。
レースになると楽しくてついつい先頭に出て集団のスピードアップを試みたり、少し飛び出して遊んでみたりしてしまうのですが、登り区間やゴール前に脚を残せず自らの首を絞めているだけなのは自分のパワーデータを考えてみれば自明なこと。
「大人のレース運びをしなければ。」と誓うのはレース直後だけで、レースになると忘れてしまって楽しく走ることだけ優先しているという同じ事の繰り返しからそろそろ卒業しなければ・・・と思ってみるものの、それじゃまったく面白くないので、やっぱり大人にはなれそうもありません。


第6回 ニセコ花園ヒルクライム S3

2015-08-04 11:17:30 | 自転車

第一回から毎回連続出場させていただいている「ニセコ花園ヒルクライム」に出場しました。

リザルトは確認せず完走証も受け取らずに札幌に戻ってきたため、現時点で自分の公式リザルトは不明ですが、春からコンディションが上がってなかったことを考えると、徐々に戻ってきているのかなと実感した大会でした。

朝4時に起きて朝食(いつもの「おはぎ」)を食べて、軽量化を完了し、5:00に自宅を出発。
大会終了後に自走で札幌まで戻ってくるうという会社の後輩をピックアップして倶知安までおよそ2時間。
天気が良く、羊蹄山も綺麗に頂上まで見ることができました。
気温が高く蒸し暑いのかと思っていましたが、それほど蒸し暑い事は無く、さわやかなヒルクライム日和でした。

受付を済ませ山頂で受け取る荷物を預けた後にGOKISOのブースを見ていると、「山の神」森本選手がふんわりとした雰囲気のオーラをまといながら登場。
「あ、森本さん。こんにちわ。」と声をかけると、気さくに「どうもどうも。」と応えてくれました。
森本選手は腰から上が細かったです。

駐車場に戻ってteam pandaの皆さんと、会社の後輩とで少し上までウオームアップに出ました。
突然、「プシュ~」という音を出して、コンクリート工場の手前あたりでIさんのタイヤがパンク。
コンチネンタル・スーパーソニックという決戦用の薄くて細いタイヤにVittoriaのラテックスチューブという仕様だったためか、ホイールの耐えられる最高気圧まで空気を詰めていたためか、たまたまとがった物を踏んでしまったのか。
パンクは不運でしたが、幸運にもすぐに奥様の車が到着してフロアポンプを入手できたため、パンク修理はスムーズに完了しました。

スタート地点に戻ってから出走サインを書いて、バイクを並べました。
第一スタートグループということで、少しだけ誇らしい気持ちになりました。

今回のバイクは、AVEDIO VENUS01にホイールがENVEのクリンチャーでした。
特別に軽量化は意識していませんが、7kg台だろうと思います。
もっともっと本気を出して自己ベストの大幅な更新を狙うのであれば、ZIPP303を使うべきでしたが、自分にはレースでのパワーデータの方が大切なので、あえて重たいENVEクリンチャー with PowerTapを履きました。

スタートして農業高校前まではパレードで、スピードもそれほど速くなく落ち着いた走行でした。
計測開始ポイントを過ぎてスピードアップしましたが、エリートとS2が前にいる割には、例年と比べても特に速かったという印象は受けませんでした。
コンクリート工場を過ぎたあたりから少しずつ登りの勾配が強くなってゆきますので、選手間の速度差が出てきますが、ここはスピードを維持したままうまく集団を抜けることができたと思います。

今回は、道が細くなるまではフロントはアウター、リアは23までで走ることにしていましたが、道が細くなってからもしばらくはアウター(ただしリアは25)のままでした。
そのためか、心拍は160まで上がらず、近くの選手達とおしゃべりしながら(「今年は毛虫が見当たりませんね~」とか、他愛もない話。)登る余裕がありました。自己ベストを目指すのであれば、そんな余裕を持っていてはいけないのかもしれませんが、これ以上ペースを上げたら急速に疲労するギリギリだったのかもしれません。

自分の周りの選手たちがS2やS3の選手ばかりだからだったのか、集団密度が低いあたりで走っていたからなのかもしれませんが、今回のレースでは一部の大学生を除いて、ふらついたり、やたらに斜行する等のマナーの悪い選手はおらず、全行程を気持ち良く走る事ができました。

「残り5km」までが短く感じたのもつかの間、そこからが長かったですが、もうダメ・・・というほどのきつさでもなく、もっとも勾配がきついといわれている黄色と黒の縞々のガードレールが出てくるあたりも、座る位置を前に変えて前のめりになって重心を変えることでうまく対応できたと思います。

残り2kmから徐々にペースを上げて、後続に追い抜かれないように頑張ってゴールしました。最後は追い風だったのかもしれません。

公式リザルトはまだわかりませんが、自分のサイコンではわずかに自己ベストのはずです。
平均出力は250W、ノーマライズドパワーは256Wでしたし、ゴール後にひどくゼエゼエ苦しくもなかったので、追い込みが足りなかったようです。
それでも、10min~30minのピークパワーは更新できたので、現時点でのベストなワークだったと言えるでしょう。

ゴール後はチームのみなさんや知り合いの皆さんとお話しし、「山の神」の森本さんと記念写真を撮ったりして少しゆっくりしてから、ミルク工房を目指して爽快なダウンヒルを楽しみました。ダウンヒルの様子を動画撮影し、短く予告編風にまとめてみましたので、よろしかったらご覧ください。
https://youtu.be/BlFZuXaoXPQ

倶知安に戻って、車でミルク工房に戻って家族へのお土産を買って札幌に戻りました。
天気も良く、知り合いともたくさんお話しできて、楽しい一日でした。
来年もぜひとも参加できればと考えています。


第12回 サロベツ100マイルロード S3

2015-07-20 10:01:29 | 自転車

去年に続き、今年もサロベツでのロードレースに参加させていただき、結果はS3で19位でした。

<写真はKGMさん提供>

4月から仕事が忙しく、自転車に乗る時間が少なくなったことが影響しているのか、2月、3月にピークパワーを更新した勢いはどこへやら、これまでは、道新杯では完走がやっと、藻岩はやる気なく完走するのみ、エンガルクリテでは屈辱の周回遅れ、ニセコでは去年の記録を下回るという散々な今シーズンのレースリザルトでした。
それでも、S3残留の目安である30ポイントを既に獲得したことから、「DNFでもいいや」と開き直った気持ちもありました。
なんとなくコンディションが戻ってきつつあるような感覚があるものの、距離を乗っていない不安はあり、しかも去年のゴールスプリント直後の落車事故の恐怖が心の芯に残っている状態で、サロベツは遠い事もあって、どうもモチベーションが上がりませんでした。「エントリーしなければよかった。」と弱音を吐く自分に妻も「やめときなさい!」と厳しいのか優しいのかわからない反応。
稚内に生まれて初めて訪れるという楽しみもあって、なんとか重い腰を上げることができました。

去年のレースでコースはだいたいわかっているので、試走はせず、18日(土)はのんびりと11:00頃に札幌を出発。
道央自動車道から留萌へ抜けて、海岸線を北上し、およそ5時間かけて宿泊地の稚内に到着。ベッドが硬くてなかなか寝付けずに熟睡感のないまま4:45に起床。朝食を食べて、軽量化を完了(朝食を食べたら出る物はすぐに出るのが習慣です。)し、5:45頃にホテルを出発し、6:30頃にレース会場に到着。

受付を済ませ、暑くなりそうな気候のためヘルメットキャップにうんざりしながらコースを逆走してウオームアップ。
今年はS3の参加者が少なかったような気がします。
スタートは8:45。クリートを嵌めるのに手間取っている選手もいましたが、スムーズにレースはスタートしました。

特にスピードアップするわけでもなく集団は淡々と進みました。
少し登りが出てくると走力の差で少し集団が縦に伸びました。
最初の下りから交差点を左折したところでわずかに先頭と差が開きましたが、後続は離れまいとダッシュをかけて、間もなく全員がひと塊となって平坦区間を進みます。
ふと前方をみると数名が飛び出していましたので、自分が先頭に出て少しスピードアップして吸収しようとしましたが、ちょっとしたスピードアップで簡単に差が詰まったため、逃げ切れないというのが集団内での共通認識で、最大で45秒差まで集団内では逃げを容認していました。
この「逃げ」は集団の予想よりも頑張って、2周目の終盤まで逃げ続けました。敢闘賞に値する強い逃げ集団でした。

左折して登りに入ってからも逃げとの差を開き過ぎないように集団は淡々と進みました。時々、逃げとの差が開き過ぎないようにスピードアップのために先頭に出て集団を牽きました。
先頭を牽く選手はいつものように限られており、ローテーションを回すということはほとんどありませんでした。
先頭が少しスピードを緩めると、後方から中途半端に上がって集団が右に膨らんでゆく傾向があり、そのまま前に出てゆかないのはなぜなのか、いつも不思議な気がしています。
そこでとどまっていられると、後続の選手は前に蓋をされた状態になってしまい、前に出てゆけないのです。

サロベツの登りは、登りが苦手な僕でさえ遅れることが無い斜度です。
集団は登りでも大きくバラけることなく進みました。アップダウンが続く終盤ではカーブも多く落車が起きやすいので、できるだけ前へ前へ進み、ゴール前のシュミレーションとして500m手前から少しギアをかけて集団の先頭でゴール前の登りに入りましたが、けっこう頑張って踏んでいても後ろから軽くかわされるので、「これは最後のスプリントはダメだな…」と、この時点で「早がけ作戦」を決めました。
2周目も逃げは続いていましたが、平坦区間で少し差が詰まってきて、終盤のアップダウン区間で集団から少し前に出て、逃げメンバー(3名?)に追いつき、「ガンバロー!」と声をかけましたが、そのまま逃げ続けるというアクションは起こりませんでした。
自分は2ラップ目をトップ通過して写真を撮ってもらおうと少しがんばってゴール前で踏みましたが、やはり軽くかわされました。
後ろを振り返っていなかったので、3周目に入ったところで集団の人数がどれだけ減っていたのかわかりませんでしたが、ほとんどの選手は残っていたのではないでしょうか?
3周目も後半の登り始めまでは、大きな動きは無く集団は牽制状態でした。
一番長い登り区間でH野さんを含む3名ほどが先行したのが見えましたが、自分の場合、ここで頑張ってしまっては足が終わってしまうので、なんとか追いつける距離を保って追走し、少し集団から抜け出して、アップダウン区間の一番てっぺんあたりで3名をとらえました。
そのまま最後まで走り切る自信がなかったので、下りでは脚を緩めてゴール前の「早がけ」に備えました。5、6名が自分より先行していたと思いますが、早めに仕掛ける作戦通り、残り500mの看板が見えた時点では自分が先頭になっていました。
最後の100mにダッシュをかけましたが、キレがなく50mを残して一気に大集団に追い越されてしまい、完全に集中がきれてしまい、踏むのをやめて、「ちくしょー!」と言いながら流してゴールとなりました。
早がけが間違っていたとは思いません。ベストの選択でしたが、気持ちで負けていたと思います。

去年のサロベツでは、同様にゴール前で早がけして捲くられて7位に沈みましたが、最後まで粘って踏んだため、ゴール直後に他の選手と絡んで落車してしまい、右肩脱臼とろっ骨骨折を負い、1ヶ月半ほどトレーニングを休まなければなりませんでした。くしゃみをすると激痛が走り、寝返りもうてない状態で、とても辛かった経験でした。
このことが頭に残っていて、ゴール前の集団スプリントが怖かったのが、今回、ゴール前で簡単に踏むのを諦めた理由の一つです。
去年のリベンジを誓って臨んだレースでしたが、次年度に持ち越しすることになってしまいました。

レース中、知り合いの選手達と話しながら、お互いに励まし合いながら競えた事がとても楽しかったです。来年も参加したいと考えていますが、万が一、S2に昇格していたら「100km」のレースですから、自分にとっては完走も難しい厳しいレースになりそうです。