今日は悪名高き「記者クラブ」について解説します。
記者クラブは日本と韓国に特有のシステムで、簡単に言えば、官公庁などの取材先から無償で間借りした部屋と、そこを取材拠点とする記者集団といったところです。新聞や通信社、テレビ局の記者が所属し、記者クラブを通じて取材対象が発表するプレスリリース(マスコミ向けの発表資料)を手に入れたり、記者会見を開いたりします。
代表的な記者クラブには、外務省にある「霞クラブ」や財務省の「財政研究会」、宮内庁の「宮内記者会」などがあります。警視庁には3つの記者クラブがあります。朝日新聞、毎日新聞、読売新聞、東京新聞、日本経済新聞と共同通信が加盟する「七社会」、産経新聞、時事通信、NHKなどが所属する「警視庁記者クラブ」、民放各社が集まる「警視庁ニュース記者会」です。日本銀行には「日銀記者クラブ」、日本経団連には「経団連記者クラブ」、東京商工会議所にも「商工会議所記者クラブ」が、東京証券取引所にも「兜クラブ」があります。電力会社や都道府県庁、県警本部、政令指定都市はもちろん、人口数万人規模の地方都市の市役所にも記者クラブはあります。
多くの記者クラブは、日本新聞協会のメンバーであることが加盟資格となっています。加盟社は記者クラブによって変わります。中央では全国紙とキー局が中心となり、地方では地方紙を中心に全国紙、ローカル局が加盟しています。地方の市役所では、テレビ局は加盟していないか、準加盟というケースも少なくありません。所属する記者数は会社によってまちまちで、中小都市のように1人のこともあれば、10人以上が所属することもあります。部屋や机などの備品は、取材先から無償で借り受け、大きな記者クラブになると、記者の世話係を務める職員がいて、毎朝コーヒーを作ってくれます。さすがに最近は電話回線は自社で引くことが多くなってきました。毎月、1人当たり500円とか1000円程度のクラブ費を支払い、集めたお金でコーヒー豆を買ったり、クラブ員が転勤になった際の選別に充てたりしています。共同利用のファクス代金やコピー代を取材先に支払っている記者クラブもあります。
加盟各社は、2カ月~半年交代で幹事社を務めます。幹事社は会見の設定や司会役をしたりします。各記者クラブには、「ルート」などと呼ばれる緊急時の連絡網があります。例えば、事件・事故の場合、管轄する警察署が、報道用資料を作成し、県警本部の了解を得た上で幹事社のA社に電話・ファクス連絡します。A社は記者クラブ加盟社のB社とC社に同様にして連絡します。さらにB社はD社に、C社はE社にといった具合に順番に連絡していきます。
さて、明治時代にさかのぼる記者クラブ制度は、「閉鎖的」「特権意識」「横並び体質」として批判を浴びています。特に「閉鎖的」との批判は強く、実際、週刊誌や海外メディアは排除されてきました。この「閉鎖性」に風穴を開けたのが「ブルンバーグ」です。当時の東京支局長デビッド・バッツ氏は「報道の自由を阻む非関税障壁だ」として、アメリカ大使館やロイター通信、CNNなどを巻き込み、東証の兜クラブへの加盟を求め、最終的に1993年に加盟を勝ち取りました。
ただ、海外メディアに完全に扉が開かれたわけではなく、2002年にEUは「日本の規制改革に関するEU優先提案」の中に、「情報への自由かつ平等なアクセス」の項目を設け、日本の公的機関に対して海外メディアのアクセスの保証と記者クラブ制度の廃止を求めています。
これに対し、日本新聞協会は2003年12月、見解を表明。公的機関に対して結束して情報公開を迫るという役割があると指摘しつつ、①公的情報の迅速・的確な報道②人命人権にかかわる取材・報道上の整理③市民からの情報提供の共同の窓口―などの役割のために記者クラブは必要だとしています。
行政の側からも記者クラブ制度への問題提起があります。
1996年には朝日新聞出身の竹内謙鎌倉市長が、記者クラブの代わりに「広報メディアセンター」を設置。登録を条件にセンターを加盟社以外にも開放しました。2001年には、長野県知事に当選した田中康夫氏が「脱・記者クラブ宣言」をしました。それまで県庁内に3つあった記者クラブスペースの無償提供を取り消し、代わって表現者すべてに開放する「プレスセンター」を設けました。2003年には、田中知事に個人的な反感を持つおたく評論家の宅八郎氏が知事会見に現われ、過去の知事が執筆した記事について謝罪を求め、その1問1答も長野県のホームページで公開されました。
他にも、「官庁などからコントロールされた情報を、批判も分析もせずに垂れ流している」「クラブ室やクラブ設備の一部は、官庁側が無償で提供しており、維持に税金が使われている」「役所などの発表情報を横並びに垂れ流している」「官庁などの取材源から情報を得られなくなることを恐れ、当局追従姿勢に陥りがちになっている」などの批判があります。
これらの批判すべてが正当なものであるとは思いませんが、少なくとも無償での間借りは見直すべきでしょう。記者クラブの維持費に税金が使われているとの批判に対しては何の言い訳もできません。マスコミも利益を追い求める私企業であり、無条件で税金を使っていいはずがありません。
「閉鎖的」との批判に対しても、多くの点で肯定せざるを得ません。雑誌社や海外メディアを排除する正当な理由はありません。ただ、記者会見への出席には、何らかの制限は必要だと思われます。完全に自由化された場合、右翼団体や総会屋の類が会見場に乗り込んできて混乱する可能性もあります。市民運動グループが会見を開くようなケースでは、そのグループと対立する別のグループがやってきて騒ぎ立てるということも可能になります。世間の耳目を集めるような大事件では、野次馬根性丸出しの連中が押しかける可能性もあります。ちなみに地方では、記者会見に出席できるのが必ずしも記者クラブ加盟社だけというわけではありません。大事件の際は、加盟社でも何でもないワイドショーのリポーターや雑誌記者がちゃっかりと出席していることも珍しくありません。
「官庁などからコントロールされた情報を、批判も分析もせずに垂れ流している」「役所などの発表情報を横並びに垂れ流している」との批判については、半分は当たっていますが、半分は誤解です。このことでよく批判に晒されるものに「黒板協定」があります。幹事社が発表を了解した場合、これがクラブの黒板に書き出され、その内容については記者クラブ所属の記者は発表以前に記事にしないことになっています。この点が「横並び」とされる理由の一つでしょう。確かに日々、各紙の紙面を眺めていると同じような記事ばかりと批判されても仕方ない面もあります。政治面の記事には、横並びとしか思えない記事が多く見受けられます。事件報道でも「警察発表を検証せずにそのまま記事にしている」との指摘は、その通りとしか言いようがありません。
ただ、全国紙だろうと地方紙だろうと、官公庁の発表記事しか書かない記者はまったく評価されません。記者は常にスクープを狙い、独自ネタを探しています。「黒板協定」よりも先にニュースをつかもうと努力しています。仮にあるニュースについて会見での発表申し入れがあり、それを幹事社が受け入れたような場合でも、すでに独自取材でそのニュースをつかんでいた場合は、「黒板協定」を拒否することもあります。このことが後々でもめる原因になって、記者クラブ内で「協定違反だ」となるケースもあります。
地方では「黒板協定」は、どちらかというと全国紙が利用したがる傾向にあります。理由は簡単で、地方では地方紙の記者数が圧倒しているためです。手厚い陣容の地方紙は黒板協定で各社一斉に横並びとなるよりも、独自の取材で最初に書こうとします。逆に記者が数人しかいない全国紙は、地方紙のような陣容を展開できるはずもなく、地方紙に抜かれるよりは「横並び」を歓迎する傾向があります。もちろん全国紙も独自にニュースをつかんでいた場合は、この限りではありません。
「特権意識」との批判については、記者クラブそのものに原因があるのではなく、記者一人ひとりの「自分たちは正義なんだ」という独善性とか、「俺は新聞記者だ。その辺の会社員とは違うんだ」というわけのわからない優越感に根ざしていると思います。
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