桜ちゃんのお父さんは、電車で二時間くらいかかる大きな町で働いていました。
月曜日、まだ雀も鳩も起きてない頃に出かけて行きます。
そのままずっとお仕事をして、土曜日の夜に帰ってきます。
なので、土曜日はごちそうの日です。
お父さんが楽しい気分になれるように、お母さんがお父さんの好きなものを
たくさんたくさん作ります。
いつもは、おうどんやすいとんやおじやを食べています。
でも土曜日と日曜日はとっても豪華な食卓になります。
お父さんとお母さんが昔バーをやっていた時に使っていた、銀色の大きなお盆の上には
たくさんのキャベツの上に、揚げたての大きなとんかつがのっています。
おんなじ銀色の長いお皿には、春雨の上にハムや卵焼きやきゅうりがのった
色とりどりの中華風サラダ。
桜ちゃんのおうちでは「りゃんさい」と呼んでいました。
ナイフやフォークも並びます。
みんなの前に、銀色の楕円形のお皿が並びます。
ステンレスという金属で出来ているお皿です。
大きなお皿から、お父さんがキャベツととんかつをわけて下さいます。
ナイフとフォークで好きな大きさに切って食べるのです。
すき焼きの時もあります。
その時はお父さんが作る係です。
鉄のお鍋に、お砂糖とお醤油を入れて、タマネギと白ネギを入れます。
その上に豚肉をのせてまたネギをのせていきます。
鶏肉のときはたくさんのきのこを入れます。
桜ちゃんの嫌いな椎茸もありましたが、大好きな糸こんにゃくがあるのでがまんします。
お父さんは卵はつけません。
お鍋のあとはおうどんを入れます。
これが桜ちゃん家風すき焼きです。
お父さんがいる週末は家族が揃ってごちそうを食べられる、とても大切な、とても待ち遠しい日でした。
お父さんが帰ってくると、まずは忍ねえねの霊璽の前のろうそくを点けて、
みんなで柏手を打ちお祈りします。
そのあと、みんなで乾杯をします。
おとうさんとおかあさんはキリンビール。
桜ちゃんはお母さんのお兄さん、林平おじちゃんが作ったぶどうジュース。
ご飯を食べてお腹いっぱいになって、桜ちゃんが少し眠くなる頃に
お父さんはウイスキーをしたたか飲んで、お母さんと喧嘩を始めます。
お母さんが一週間ぶりにお父さんと会うと嬉しすぎてつい、おしゃべりがすぎるので
いつも喧嘩になるのです。
桜ちゃんが眠ってから喧嘩をしてくれたらいいのですが、
お母さんはみんなで食卓を囲むとき、いつも余計な一言を言います。
まだ保育園に行ってる桜ちゃんでもわかるくらい余計なことを言います。
たとえばこんなことです。
その日は桜ちゃんのお誕生日。
おとうさんが会社の近くの二葉堂のケーキを買って帰ってきました。
二葉堂は有名なカステラ屋さんです。
そこのケーキは中のスポンジがしっとりふわふわで
生クリームがとっても美味しいのです。
スポンジには桜ちゃんの大好きなイチゴが挟んであります。
みんなのお誕生日には必ず買って来てくれます。
こたつ板の上にはいつもの土曜日よりも少し多めのごちそうが並んでいます。
お父さんの好きなものと、桜ちゃんの好きなものが並びます。
乾杯をして、ケーキの上でゆらゆらしてるろうそくの火を吹き消しました。
お父さんがみんなに
「世の中には、お誕生日にケーキを食べられない子ども達もたくさんいるんだよ。
戦争をしている国の子どもや、親のない子もね。うちも貧乏だけど、もっと貧乏のお家の子もいるんだからね」
と言いました。
そのときです。
お母さんの余計な一言です。
「あぁ、お父さん、純のことね」
純とは、お父さんがよそに作った子どもの事です。
お母さんが勝手に名前をつけています。
その頃の桜ちゃんは純が何歳で、男の子なのか女の子なのかも知りません。
本当の名前も知りません。
でも、「純ってだぁれ?」と言う質問はしてはいけないことだと思っていましたし、
まだ会った事のない家族がいるんだと納得していました。
お母さんの余計な一言のおかげで、お父さんは耳と顔を真っ赤にして怒ります。
葵にいには、「父さんが怒る問題ではない」と言い、お父さんはもっと顔を真っ赤にして
こたつ板をげんこつで叩きます。
楓ねえねは、「母さん、黙って!」と怒鳴ります。
お母さんは、「お母さんは悪くない。ほんとの事を言ってるだけだよ」
と開き直ります。
そこで桜ちゃんを除くみんなが喧嘩になります。
せっかくのお誕生日が台無しです。
桜ちゃんは泣いて止めますが誰も聞いてくれません。
こうなるともう、どうすることも出来ません。
桜ちゃんは押し入れに入って耳をふさいで静かになるのを待つのでした。
毎週土曜日、この喧嘩がなかったら、どんなに幸せなのでしょう。
でもこうやって喧嘩をしながら一週間会えなかった寂しさを紛らわすというのが
桜ちゃんちの土曜日なのです。
待ち遠しいのかそうじゃないのか、それがわかったのは、もう少し後になってから。
次のお話は日曜日のお話にしましょう。
またいつか。
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